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3. プレジャーボート市場の行方と日本企業
3.1 プレジャーボート市場の行方と日本企業
(大きな成長は期待できない)
 米国プレジャーボート市場は近年、全体的には成熟気味と見なされており、大きな成長をほとんど見込めない状態にある。バンク・オブ・アメリカ(BoA)証券部門のアナリストのゲーリー・クーパー(Gary Cooper)氏は、「消費者の消費鈍化とインフレが、2005年暮れから2006年にかけてプレジャーボートの売上げに悪影響を及ぼす。」と予測している。同氏は、向こう5四半期にわたって消費鈍化が続くと予測、その結果、2006年は年間を通してマリーン関連市場が低迷するとみている(ボーティング・インダストリー、10/11/2005)。
 楽観的に見たとしても、プレジャーボート市場は通常、毎年第4四半期(10〜12月)が年間を通して最も低迷する四半期であり、ハリケーン「カトリーナ」と「リタ」によって湾岸地域(テキサス、ルイジアナ、アラバマ、フロリダ州)におけるプレジャーボート市場が、打撃を受けて前年比で縮小するのではないかという懸念もあったが、それほどの打撃を受けずにほぼ横ばいになる、という見通しにとどまる(ボーティング・インダストリー、9/16/2005)。
 ただ、NMMAのトム・ダムリッチ(Thom Dammrich)会長によると、「2005年の販売隻数では昨年比横ばい。売上高ではやや上昇で今年を終える。」と見込んでおり、ボートの大型化(高額化)という傾向を反映すると見られる(ボーティング・インダストリー、9/16/2005)。
 米国内のボート人口7,200万人という数字は、15年前の数字とあまり変わらず、1997年のピーク時と比べると600万人の減少を示すものである。ただ、プレジャーボート売上高は2000〜2003年の不況を反映して伸び悩んでいたが、売上高の面から言えば、昨年から回復兆候にある。団塊の世代の富裕層が高級ボートを購入し始めたことが主因と言われている。
 一般に、プレジャーボート購入者の平均年齢は48歳、平均年収は7万1,000ドルである。業界最大手のブランズウィックがかかえる各ブランドの中で、最も高級なヨットブランドであるハトラス(Hatteras)が、2005年冬のボートショーで記録的に売れたこともその傾向を示している(シカゴ・サンタイムス(Chicago Sun-Times)、03/06/2005)。
 
(ボート種別では成長する市場もある)
 全体的にみると横ばいでも、ボートの種類別に見ると成長を見込める市場もある。調査会社インフォ・リンク(Info-Link)のジェシー・ウェルズ(Jesse Wells)セールス&マーケティング部長によると、「15フィート以上のパワーボート部門がほかに比べて若干好調である。」、「2005年通年の船内外機とPWCは、昨年と比べると、ほかのボートよりも伸び率が大きくなる。」と予測される(ボーティング・インダストリー、9/30/2005)。
 インフォ・リンクのウェブサイト(http://www.info-link.com/bellwetherreports.asp)には、ボート販売隻数の推移が種類別に折線グラフで掲載されている。それによると、2005年春から夏にかけて、船内外機は前年同期比で約2%〜約7%上昇した。
 逆に、船外機ボートは低迷している。15フィート以上のアルミニウム製船外機ボートは、2005年初めから夏にかけて前年同期比5%近く減少、15フィート以上のグラスファイバー製船外機ボートも横ばいから2%近く落ちている。ウェルズ氏はそれについて、「船外機、特にアルミニウム製船外機ボート市場は、2004年をピークに今年は減退する見込みである。」と話している(ボーティング・インダストリー、9/30/2005)。
 
(ブランズウィックを機軸に動く)
 北米プレジャーボート市場は、ゲンマーを抜いて業界最大手にのし上がったブランズウィックが、今後も大きな影響を与えることが必至といえる。2004年だけで7つのボートブランドを買収した同社は、2005年も買収を続け、2006年もいくつかのボート製造会社やボートブランド(どこを買収するかは明かしていない)を買収する姿勢を公言している。
 年間13万隻を製造する同社のバックリー最高経営責任者(CEO)はさらに、「ボート市場にもエンジン市場にも、そしてそれ以外の周辺市場にも入り込み、消費者がお金を使う市場なら至る所に進出する。」と話し、ボート関連市場における総合企業としての路線を固めている。同社は特にディーラー網の強さを背景に、アフターマーケットサービスを拡充させ、「あらゆる市場のあらゆる価格帯で顧客を獲得する。」戦略である。
 FTNミッドウェスト・リサーチのアナリストのブライン・レイル(Brian Rayle)氏はそれについて、「消費者たちが、ボーティングを楽しむのをもっと簡単にする製品とサービスの融合を実現し、ボーティング・ビジネスをもっと効率的にしようとする戦略。」と分析している(シカゴ・サンタイムス、03/06/2005)。
 
(ブランズウィックの3つの戦略骨子)
 ブランズウィックのピーター・リームプート(Peter Leemputte)最高財務責任者(CFO)は、「バンク・オブ・アメリカ証券2005年カンファレンス」のウェブ放送に出演し、買収及び吸収、技術革新、そしてコスト削減という3つによって大幅な成長を実現するという同社の戦略を説明した。
 同氏はその中で、消費者に照準を合わせることが最重要であるという姿勢を強調した。「適した製品を、より良いアフターマーケットサービスによって提供することが今の市場で成功するカギとなる。」、「これまで、ボーティングについては、ボートを買った日と売った日がボーターにとって幸せな日と言われてきた。それは、実用するのにあまりにも手間ひまがかかり、面倒だからだ。」、「ブランズウィックはそれを変える。運搬や移動、維持、あらゆる面でボーティングをもっと簡単にできるようにする。」。
 同氏によると、ブランズウィックは来年、高性能品質開発班(High Performance Product Development: HPPD)という特別開発班を編成する。ボートとエンジンの両部門から人材を集めて編成され、新製品を開発するのが任務となる。主として推進工学と電子工学を同時に発展させ、市場で最も競争力のある革新的製品を作ることを目指す。
 「開発は既に始まっており、2006年には結果が出始め、新製品を発表できるだろう。」と同氏は述べた。1つの例は、アフターマーケットでディーラーが種々の電子機器を装着したり融合させたりするという現行のやり方ではなく、OEMによる装着と組合せを多用する計画である。
 同氏はさらに、これから出荷されるボートはこれまでよりも「美しい」船体になると指摘している。外見も内装も美しく、電子機器もあらかじめ組み込まれた格好の良いボートを製造する。同氏によると、傘下のシーレイ(Sea Ray)とUSマリーン(US Marine)は、2006年型を計37種類出荷する予定としている。両社は2005年型、17種類の新型ボートを発表した(インターナショナル・ボートインダストリー、03/16/2005)。
 
(日本企業)
 ボーティング・インダストリー誌のリズ・ウォルツ(Liz Walz)上席編集員は、プレジャーボート市場における日本企業について、「プレゼンスが皆無に等しいため、情報も統計もない。」と話している。「良い製品を安く売れば、誰にもどこにでも商機は生まれる。」と同氏は言うが、「米国プレジャーボート市場は成熟期にあり、しかも、日本のボートビルダーが日本から製品を持ってくるとなると、輪送コストを製品価格に乗せなければならなくなるし、関税もかかる。五大湖市場や東海岸市場に輸送しようとすればなおさらである。決定的なのは、ディーラー網とマーケティング戦略で、米国ボートビルダーはディーラー網を確立していることから、彼らと競争するのは厳しいだろう。」と分析する。
 
3.2 エンジン市場の行方と日本企業
(マーキュリー・マリーン対ヤマハ、BRP)
 船外機市場は、ブランズウィック傘下のマーキュリー・マリーンと、OMCからエヴィンルードとジョンソンという2つのエンジンブランドを買収したBRPが注目されている。
 現在、同市場の量大手はマーキュリー・マリーンと言われている。市場シェアについては、各社が出荷台数を明かさないため正確なことは分からないが、マーキュリー・マリーンは38%を握っていると自己申告し、その後を約33%でヤマハが追い、BRPと続き、ホンダ、スズキ、ニッサン(トーハツ)が並んでいる。
 マーキュリー・マリーンの場合、親会社であるブランズウィックが年間13万隻のボートを生産していることから、自社製ボートにマーキュリー・マリーン製エンジンを搭載することは容易に想像できる。従来なら、ボートビルダーはエンジンメーカーと契約している。しかし、ブランズウィックがマーキュリー・マリーンを傘下に収めたことを受けて、ヤマハやBRPは、ブランズウィックとの契約を更新しない方針を早々と掲げている。
 ブランズウィックは、エンジンメーカーとの契約を更新しなくてもマーキュリー・マリーン製エンジンを搭載すれば済む。一方、ヤマハやBRPといったエンジンメーカーは、米国に数千社あると言われる零細又は中小ボートビルダーとの契約締結を求めることになると見られる。
 一般的には、ボートビルダーが年間に仕入れるエンジンの数によって、エンジン1台あたりの価格が決まってくる。エンジンメーカーは、その数が多ければ多いほど1台当たりの価格を下げる。しかし、中小や零細のボートビルダーは、年間数十隻、中には数隻しか生産しない個人経営のところもあるため、ヤマハやBRPは、取引台数が少なくても割引価格を提示しなければ、独立系ボートビルダーには仕入れてもらえないという課題に直面する。そうなると、ヤマハやBRPがこれまで相手にしなかった中小ボートビルダーに低価格でエンジンを卸していたスズキとの競争に直面することになる。
 例えば、ウィスコンシン州マディソンにあるストーム・ホーク・ボーツのように、数少ないボートしか生産しないため割引価格でエンジンを仕入れることができない独立系ボートビルダーは、マーキュリー・マリーンやヤマハのように、大口しか相手にしないエンジンメーカーとは取り引きができない。ストーム・ホーク・ボーツは現在、スズキのエンジンを搭載している。マーキュリー・マリーン以外のメーカーが市場シェアを上げたいのであれば、スズキのように、取引量が少なくても割安価格でのエンジン供給契約を結ぶことで、中小規模の独立系ボートメーカーにエンジンを卸していく必要がある。
 
(マキュリー・マリーンの上位機種)
 ブランズウィックのピーター・リームプート最高経営責任者(CFO)は、傘下のマーキュリー・マリーンが出荷しているヴェラド(Verado)4ストロークエンジンについて、「技術面では少なくとも日本製より4年は先を行っている。」、「マーキュリーは2004年、約6,000台のヴェラドを売った。」、「同社は、新たな工場設備によって年間3万台のエンジンを生産できる能力がある。今後も生産能力を上げて行く計画で、最終的には年間6万台を生産できるようにする。」と語った。
 同氏によると、ヴェラドは競合製品よりもやや高めの価格でも売れている。「独自性を出さずに何の強みもないまま、時勢に流されて生産している他社の4ストロークに比べると7〜15%高額だが、ヴェラドは同業界が過去20年見たことのない画期的技術革新のたまものである。」と強調した(インターナショナル・ボートインダストリー、03/16/2005)。
 
(BRP、ダンピング訴訟を受けて価格引き下げ)
 BRPは、同社が輸入しているスズキの4ストロークエンジンの価格引き上げを撤回した。日本製船外機にダンピングがあったと判定した商務省の決定を受けて、該当する日本製エンジンに18.98%の関税が課せられることになったために、BRPは、25馬力〜225馬力のジョンソンの価格を昨年秋に5〜12%引き上げた。ところが、今年2月になって、ITCが「米製造会社に実質的な損害を与えていない。」と判定し、商務省の判定を覆したため、BRPは2月初旬、スズキ製のエンジン価格をダンピング関税導入前の価格に戻した。
 それと同時に、BRPはエヴィンルードE-TECの大々的広告キャンペーンを開始した。紙媒体とテレビをはじめ、インフォマーシャル、さらにはイベント協賛を通じて、2ストロークでもE-TEC技術を駆使したエヴィンルードなら、パフォーマンスを落とさずに汚染性が低いことを強調した。同社は、NCAAの大学バスケットボール大会やデイトナ(Daytona 500)をはじめとする8つのイベントの協賛として参加した(インターナショナル・ボートインダストリー、02/11/2005)。
 
(BRP、E-TECで攻勢に)
 BRPは、従来OMCのエヴィンルードとジョンソンがもっていた市場シェア24%を取り戻すことを目標に掲げている。
 BRPはE-TECという技術によって排ガス量を極端に少なくしたことで、元顧客を次第に取り戻している。OMCは船外機市場ではディーラー網が強かったため、BRPもそのディーラー網を受け継いでおり、ディーラー網の面だけで言えば、BRPの方が日本勢よりも優位とみられる。船外機市場の20%前後には戻ってきたのではないかという憶測もあるが、ブランズウィック傘下のボートブランドと契約しないことを決めたため、24%に戻すという目標達成への道は険しくなったともみられる(ミルウォーキー・ジャーナル・センチネル、06/07/2005)。
 
(ヤマハのエンジン生産計画)
 「3台の船外機を必要とする大型ボートが、2台のエンジンで十分になるよう大型4ストロークエンジンの馬力と性能を高めることに注力する。それと同時に、小型4ストロークエンジンをもっと小型化し可搬性を高める方針である(馬力を落とさずに大きさだけを小型化する)。」「現在の市場を牽引しているのは4ストロークエンジンだ。」(ボーティング・インダストリー、7/15/2005)とヤマハ・マリーン・グループのフィル・ダイスコウ(Phil Dyskow)社長は、述べている。
 
 船外機市場で4ストロークエンジンの人気が急上昇する中、ヤマハにとっては、需要増に追いついていけるかどうかが近未来の課題として立ちはだかっている。同社長は「4ストローク需要の上昇傾向は、我々が予測していたよりかなり強い。」、「2007年型を出荷するまで、つまり、向こう2年間において、4ストロークエンジンは80%を超えるだろう。」、「気化式2ストロークはおそらく5%以下になり、DFI(直噴式)2ストロークが10〜12%を占めるのではないか。」と語った。
 ヤマハのデイビッド・グリッグスビー(David Grigsby)船外機部長は、2006年型では82種類の型を出荷し、そのうち57種類が4ストロークになり、高圧直噴式を12種類出す計画であることを明らかにした。
 4ストロークの需要増加によって、2006年は同社にとって成長の年になるだろうとダイスコウ社長は指摘する。同氏は、2005年のGDP成長率を3.5%と見積もっており、それが同社の成長を期待できる最大の理由に位置づけている。「これまでの経験からいって、プレジャーボート業界は、GDP成長率が2%以上の場合、業界全体が成長できる。」とダイスコウ社長は推測している。
 同氏にとって最大の課題は、同社の船外機製造部門が需要に応えるだけの生産を実現できるかどうかだ。「業界全体としては、需要に追いつけないという課題は存在しない。実際、ヤマハ自体も、純粋な需給問題に直面しているわけでもなく、4ストロークエンジンを必要な数だけ遅れることなく納品できる。」と強調している。ただ、同氏によると、ヤマハの課題は、何をどういう期間でどれだけ生産するかという具体的生産計画を見極めることである。
 ダイスコウ社長によると、ヤマハはその課題に取り組むために3段階に分けて対応する。まず、短期的には、ストロークに関係なく最も需要の高い75〜95馬力と115〜150馬力、そして200〜250馬力の4ストロークの生産に注力する。だいたい2006年3月までがこの短期的対応に当たる。その時期は、ヤマハがマーキュリー・マリーンにパワーヘッドを供給する契約が満了する時でもある。
 中期的には、その集中生産機種を4ストロークだけに絞り込む。そして長期的には、同社が日本に完成させた22万平方フィートのダイキャスティング(溶かした金属やプラスチックを鋳型に注いで製造すること)施設を効率的に使用すること。「同施設は我々の全体的生産能力を上げることはない。なぜなら、その必要がないからだ。しかし、4ストロークをより多く生産するのに必要となる種々の調整のための柔軟性を高めてくれる。」と同社長は話している(ボーティング・インダストリー07/07/2005)。
 
3.3 PWC市場の行方
(やっと持ち直したPWC市場)
 PWC市場は、1990年代中盤に全盛期を迎えて以来、ずっと横ばいか縮小を続けてきたが、この2年、前年比でようやく成長した。PWCの低迷は、ポラリスを市場から撤退させたほど慢性的だったが、騒音問題と環境汚染、安全性、娯楽性という4つの課題を少しずつ解決して、やや持ち直した感がある。
 インフォ・リンクの統計によると、2004年の夏に一旦落ち込んだが、それまでの約1年とその後の数ヶ月は横ばい又は微増を維持し、今年春からは前年比数パーセントで成長し、夏には同15%前後で成長した。エンジンの改良をはじめ、2人〜3人乗り型が主流となり、家族で楽しめる娯楽として認識されるようになったことが奏功したと指摘される。もちろん、景気回復という要素も大きい。
 
(世間の厳しい見方に苦労)
 水上オートバイ工業会(Personal Watercraft Industry Association: PWIA)はこれまで、何らかの動力付きの水上乗物にとってふさわしくない場所もあるということには賛成してきたが、PWCと似た性質の乗物が許される場所で、PWCだけが禁止されるのは理にかなっていないと反論してきた。
 PWCは、動力がウォータージェットであることから、ボートエンジン(つまりスクリュー)に比べると、海藻や海洋ほ乳類への悪影響は少ない。しかし、騒音による水鳥や他の動物への悪影響が指摘されている。ただ、騒音被害に関する科学的立証はまだ行われていない。
 PWCは近年、騒音に関する目覚ましい改良が重ねられ、2005年型は1998年型に比べると音量が70%も下がっている。ただ、ボートが岸から離れたところで運航するのに比べて、PWCの場合岸にかなり近い領域での航行となるため、エンジン音が船外機よりも小さくても、岸沿いの動物や人にとってはPWCの方がうるさいことになる。
 また、安全性の問題も近年深刻化している。事故による負傷者や死者を少なくするために、各地方自治体では、PWC運転可能な最低年齢の引き上げを検討してきている。ニューヨーク州もその州の一つで、同州議会は2005年7月末、PWC運転可能な最低年齢を14歳に引き上げる法案を可決、ジョージ・パタキ知事が署名し、法制化された(http://www.pwia.org/news2005/072805.html)。


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