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2.6 ダンピング提訴
 ブランズウィック傘下のマーキュリー・マリーンが、日本のメーカー(ヤマハ、ホンダ、スズキ、ニッサン、トーハツ)をダンピングの疑いで訴えたことに始まったダンピング訴訟は、日本のメーカー側に「クロ」判定を下した商務省(DOC)の判定を経て、それを覆した米国国際貿易委員会(ITC)の最終判定で決着した。その間、業界内にはブランズウィックを後方支援する声より、冷評する声と、ダンピング審査の手続きに対する批判が出た。
 ダンピング訴訟の経過とそれを取巻くプレジャーボート業界の声を見ていく。
 
(ITCの判定、ヤマハは米メーカーにダンピング被害を与えていない)
 2004年1月8日、日本の船外機メーカー(ヤマハ、ホンダ、スズキ、ニッサン、トーハツ)が、米国市場でダンピングしているというマーキュリー・マリーンの訴えを受けて、DOCはダンピング調査を開始し、同年12月28日、1年間の調査の結果、日本のメーカーが米国の反ダンピング法に定めるダンピングを行ったとの判定を下した。そのダンピング率は18.98%と決定された。
 本件はその後、ITCに移り、2005年2月、委員による投票の結果4対2で、日本のメーカーは米国メーカーにダンピングによる被害を与えていないとの最終決定を下した。3月1日付けボーティング・インダストリーによると、4人の多数派意見は次の4点を指摘している。
 
☆日本のメーカーは、4ストロークエンジンで米国メーカーよりも多くの機種をそろえていた。同市場では、排ガス量の少ないエンジンに需要が向かっているが、従来から2ストロークエンジンに強かった米国メーカーは、直噴式(direct injection)の2ストロークエンジンの出荷を続けた。115馬力以上の4ストロークエンジン市場で輸入エンジンの占有率が高かったのは事実だが、それは、米国メーカー自身が輸入したことによる。米国国産業界が、これまで製造してこなかった115馬力以上の4ストロークエンジンを供給するには、製造するより輸入した方が手っ取り早かったわけで、115馬力以上の4ストロークエンジンを以前から製造していた日本のメーカーにとって市場動向が有利に働いた。
☆当該市場(115馬力以上の4ストロークエンジン)において、輸入製品が米国国産製品の価格を法外に抑えた又は低価格圧力をかけたという証拠は不十分である。180の価格比較の結果、当該輸入エンジンが米国国産エンジンよりも安く販売された割合は63%にとどまる。また、我々の調べでは、同市場において、日本製品を低価格で販売することと、市場全体の価格動向には直接的な関係がないという結論に至った。
☆輸入エンジンは米国国産業界の業績に大きな打撃を与えていない。輸入エンジンは確かに増えたものの、輸入エンジンの米国市場は、米国メーカーが同部門(115馬力以上の4ストロークエンジン)に弱く日本メーカーが強かったことから、日本製の需要が高まった。日本製が米国製より低価格で販売されたのも事実だが、それによって、製品価格が不当に押し下げられ、国産メーカーが財政的打撃を受けたという証拠は認められなかった。
☆4ストロークエンジン市場の急成長に対応しきれなかったことが当該市場で米国国産メーカーが市場を奪われた主因であり、国産メーカーの業績が落ちたことと、当該エンジンの販売価格との間に直接の因果関係は認められない。
 
(控訴の可能性は払拭できない)
 ITCによる最終判定に先立ち、2004年12月、ブランズウィックのバックリー会長は次のような声明を発表している。
 「ブランズウィックは、ヤマハやゲンマーと守秘義務合意の約束を交わしているため、今回のダンピング訴訟について公表できないことがたくさんある。だからといって、相手の主張内容が自動的に正しくなると言うことにはならない。」、「マーキュリー・マリーンは、単に公正な競争を求めるだけであり、米国船外機市場は、公正な競争が崩れたために打撃を受けている。」、「最近まで我々が日本に船外機を輸出する際、我々は日本の税関の前で、10台に1台の割合でエンジンを分解して見せ、日本のクオリティスタンダードを満たしているかどうかを検品されていた。日本の税関が我々に強いたことは、見えない関税を米国製品に上乗せすることによって国内産業を保護しているものであり、米国製品は、実質的には11%の関税を払わされているのと同じ負担を被っていた。」
 その声明発表から2ヵ月ほどで、ITCが商務省の判定を覆す最終判定を下したわけだが、ブランズウィックは控訴しない方針を発表したものの、バックリー会長は、「日本のメーカーがこれまでどおり不当な価格で米市場に製品を出荷し続けるなら、新たな訴えを起こす構えがある。」(ボーティング・インダストリー、2/15/2005)ことを明らかにした。さらに、「ITCの判定は間違っている。おそらくは政治的な理由でもあるのだろう。」と、反感をあらわにした。
 それに対し、ブランズウィックと不仲のゲンマーのジェイコブス会長は、「船外機の価格を釣り上げるための大義名分が欲しいのだろう。」と、マーキュリー・マリーンを冷評した。ジェイコブス会長は、マーキュリー・マリーンが最初に訴えを起こした直後から、ブランズウィック(マーキュリー・マリーン)の行為に対し「偽善的」と攻撃を加え、「ブランズウィックが、ヤマハのエンジンをダンピングで訴えていることは、自分たちの製品にも我々の市場にも何の価値ももたらさないばかりか、最終的な判定内容がどうあれ、コストを引き上げさせ、米国のプレジャーボート市場に混乱を引き起こすだけである。」(Bナイトライダー、10/22/2004)と非難してきた。
 一方、ヤマハ・マリーンのラッセル・ジュウラ(Russell Jura)法務顧問は、ヤマハ・マリーンが米国市場での販売価格を引き上げ、日本市場での販売価格を引き下げることで、反ダンピング法に抵触しないことについて議論の余地がないよう対応したことを強調している。
 
(ダンピング率算出方法に問題あり?)
 本件ダンピング訴訟については、DOCのダンピング率算出法に疑問を投げかける意見も多く出て来た。7月7日付けボーティング・インダストリーによると、「ダンピング率を算出する方程式は、日米両方の複雑な市場において何百品種にも及ぶ製品の利益率を考慮しなければならない。」と伝えている。それにはもちろん、米国ボートメーカーと米国ボートディーラーの両方に、エンジンを別々の価格で納品するという二重価格があることも含まれる。
 一方、米国よりも遙かに小さい市場の日本では、パッケージ化された流通網に出荷するためにエンジンメーカーがボートメーカーに依存することはなく、船外機を卸すビジネスコストが米国とは全く異質である。それは単なる一例であり、同業界はそれぞれに非常に複雑な構造になっていることをまず念頭に置かなければならない。
 さらに、方程式では同じ機種や似た機種を必ずしも比較できないことがあることも考慮しなければならない。米国市場に流通している製品と同じものが日本市場にない場合、一番似ている製品が計算に使われることになる。例えば、ヤマハ・マリーンは、パワーヘッド(船外機の主要部品)を日本ではOEM(相手先ブランド製造)に販売しないにもかかわらず、米国市場でマーキュリー・マリーンに売られるOEMパワーヘッドは、日本でディーラーに交換部品として売られるパワーヘッドと比較される。
 マーキュリー・マリーンもヤマハ・マリーンも、DOCのシステムに落ち度があり、ダンピング率の算出方法に欠陥があると指摘した。ヤマハ・マリーンのフィル・ダイスコウ(Phil Dyskow)社長は、「米国政府のやり方はWTOのスタンダードを満たしていない。」と発表した。
 しかしながら、2005年2月2日、ITCは、日本製船外機のダンピングによる被害は認められない旨最終判定を下した。ITCは最終判定文書の中で、マーキュリー・マリーンの主張内容は「因果関係が証明されず、物質的打撃も立証できず、業界にとって決定的ではない。」と結論付けられた。結局、ダンピング率の算定方法の是非とは別の観点から、日本メーカーに対するダンピング提訴は「シロ」という結論となった。
 
(ダンピング提訴の教訓)
 本件については、船外機市場に精通している業界有力者であるベン・シャーウッド(Ben Sherwood)氏が、4月6日付けでボーティング・インダストリーに寄稿し、一連のダンピング訴訟報道で、業界人や世間一般が誤解していると指摘している。シャーウッドの意見文を以下に訳した。
 マーキュリー・マリーンが、ヤマハ・マリーンやホンダ・マリーン、そしてスズキの船外機をダンピングで訴えたことについて、ITCはダンピングがなかったと判定し、それを受けて、業界や世間一般がITCの判定を日本のメーカーの無罪と解釈しているようなので、いくつか明確にしておきたい。
 DOCは1年かけた調査の結果、日本のメーカーが米市場でダンピングしていたと判定した。ダンピング率は18.98%という結果も出た。ゲンマーの会長を筆頭に、日本のメーカーが有罪だと判定された直後、マーキュリー・マリーンを批判する感情的な声明文や意見があちこちで報じられたが、どうして彼らがそれほどまでに感情的になったのか不思議だ。
 DOCの判定の後、本件はITCに移り、4対2の票決で「ダンピングはあったが、米メーカーに被害はなかった。」という判定が下された。この判定には驚かされた。
 船外機ビジネスでの長い経験から私見を言わせてもらえば、1980年代に日本メーカーが米国船外機市場に参入して以来、船外機製造で適正な利益率を確保したメーカーはどこもない。ブランズウィックの直近四半期の決算報告を見ても分かるように、同社の利益は、ボート製造とP&A部門から記録されている。
 船外機製造がまともな利益率を記録できないのは、米国市場における出荷数が年間50万台以上から30万台に落ち込んだからではないかと思う。市場は縮小したものの、主要メーカーは3社から8社(外国の5社を含む)に増えた。つまり、以前は3社が50万台という市場で競争していた船外機市場は、今では8社が30万台の市場で競争している。
 1980年代前半、OMCは、低価格の日本製と競争するために、製造コストを下げる目的で南部諸州に数ヵ所の工場を移転した。当時、OMCは外国で日本メーカーをダンピングで訴えて勝訴した。米国市場で訴えなかったのは、日本メーカーへの警告だったからだ。
 マーキュリー・マリーンは今回の件で、控訴する予定はないようだが、控訴の選択肢は残してあるという構えを見せている。私が思うに、米国船外機業界は今、ダンピング問題を解決させ、前進すべきである。国内メーカーか外国メーカーを問わず、すべての船外機メーカーは、完全に公平な土俵で正々堂々と競争すべきなのだ。ダンピングや裏契約はもちろん、ディーラーの駐車場を舗装してあげたり、ディーラーごとに卸価格を変動させたり、そういった不公平な行為をいっさい止めることだ。
 さらに、船外機メーカーがボートメーカーにエンジンを卸す際、利幅がほとんどなくなるほどの割引価格で供給するという商習慣が横行しているが、船外機の利益率をさらに押し下げてしまう行為はすぐになくさなければならない。
 船外機メーカーは近年、排ガス規制を満たす製品を開発するために、過去最大級の投資を強いられている。汚染原因を大幅に取り除くことができればボーティング人口も増え、業界自体も活性化される。船外機メーカーが利益を確保できなくなったら、ボーティング業界の意味もなくなってしまう。


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