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2.4 品質競争力の強化
2.4.1 舶用エンジン、排ガス規制への対応力
 米国環境保護庁(EPA)は1996年に、2006年までに販売される新造船外機について、排出される炭化水素と窒素の量を75%減らすという規則を公布した。2ストロークエンジンは、水質及び大気の主要汚染源として特に近年非難されている。専門家の調べによると、ガソリン燃料の中にオイルを混合させて燃やす2ストロークエンジンでは、オイル混合ガソリンの20〜30%が水中又は大気中に排出される。カリフォルニア州ではEPAの規制を待たずして、既に2001年には、販売されるすべての新造船外機に同規則を適用する方針を打ち出した。
 それとは別に、水質汚染防止を訴える環境保護団体のブルーウォーター・ネットワーク(Bluewater Network)は、最近、BRPとヤマハ・マリーングループに対し、2ストロークエンジンの生産中止を要求する1,500人のボート愛好家たちからの書簡を送った。ただ、BRPがアウトボード・マリーンから買収したエンジンブランドのエヴィンルードは、2002年以降E-TECによる排ガス量激減が奏功し、2ストロークエンジンにもかかわらず環境汚染機種として見なされていない。
 
 このように、舶用エンジンが環境にどれほどの悪影響を及ぼしているかは、近年、急激に重要視され始めた。船外機エンジンメーカー各社はEPAとカリフォルニア州の規制への適合を迫られると同時に、燃費の良い機種の需要増加という動向を受けて、一部を除き、全体的には2ストロークから4ストロークヘ主軸が移行している。
 その結果、マーキュリー・マリーンはオプティマックス(OptiMax)で同州規制に適合し、BRPはE-TEC技術によってエヴィンルードとジョンソンの燃費を大幅に向上させ規制に適合した。2005年3月20日付けオマハ・ワールドヘラルド(Omaha World-Herald)によると、ホンダ・マリーンは、2ストロークエンジンから完全撤退を決定し、4ストロークエンジンだけを製造する先行メーカーという立場に立った。ヤマハも4ストロークエンジンの燃費を大幅に向上させ、市場における存在感という面で最有力メーカーの地位を築き、スズキも4ストロークエンジン市場での主要メーカーになりつつある。
 
 大手各社の動向を以下に追ってみる。
 
(マーキュリー・マリーン、気化式2ストロークから撒退)
 ブランズウィック傘下のマーキュリー・マリーンは、2005年7月1日付け(つまり、2006年型機種から)で、燃料気化式(fuel carbureted)2ストローク船外機市場から撤退した。気化式2ストローク船外機が、EPAの定める排ガス規制に適合しないことが主因である。
 マーキュリー・マリーンはその一方で、オプティマックスという技術を駆使した直噴式(direct fuel injected: DFI)船外機を、2ストロークと4ストロークの両方で製造していく。この直噴式エンジンはEPAの排ガス規制に適合している。2.5馬力の小型エンジンもあるが、マーキュリー・マリーンが注力しているのは、最近のエンジン市場で成長分野と見られている大型市場である。ヴェラド(Verado)というブランド名で275馬力までの船外機を出荷する。
 2005年7月29日付けボーティング・インダストリーによると、2005年第2四半期(4〜6月)、マーキュリー・マリーンの低排ガス機種が同社全体の売上高に占める割合は71%で、前年同期の56%から大幅に増加しており、低排ガス機種の需要増加を浮き彫りにしている。
 
(E-TECに賭けるBRP)
 BRPは、エヴィンルードE-TEC船外機の機種を拡張する一方で、北米市場においては、40〜225馬力のジョンソン4ストロークエンジンの製造を2006年から打ち切る。その結果、2006年からは、ジョンソン4ストロークエンジンは、2.5、4、6、9.9、15、25、そして30馬力のエンジンだけとなる。2.5馬力は新機種である。ジョンソン気化式2ストロークの機種は3.5、9.9、15、90、115、150、そして175馬力である。
 115馬力の60度V4E-TECに130馬力が、それと150、175、200馬力の60度V6プラットフォームが加えられ、エヴィンルードのE-TEC機種は2005年秋から40〜250馬力までそろうことになる。「V4とV6は、製品種を包括させるのに最も重要な機種となる。」、「それによって、ジョンソン4ストロークの40〜225馬力を北米で出荷し続ける必要がなくなる。」、「エヴィンルードE-TECが北米市場にとって我々の供給できる長高のエンジン。」(ボーティング・インダストリー、4/29/2005)とBRPのランバート副社長で、同社アウトボード・マリーン・エンジンズ部門責任者は語る。
 エヴィンルードE-TECはこれで、2気筒が40、50、60馬力、3気筒が75、90馬力、V4の115、150馬力、V6の2.5リッターで150、175、200馬力、V6の3.3リッターで200HO、225、225HO、250馬力がそろうことになる。
 E-TECは、エヴィンルードに採用されているエンジンコントロール・コンピュータで、自動車用エンジンコントロール・コンピュータよりもパワフルである。E-TECで制御される2ストロークのエヴィンルードは、EPAとカリフォルニア州の厳しい排ガス規制に適合する性能を有しており、2005年にEPAの「クリーンエア優秀賞(Clean Air Excellence Award)」を受賞した。マリーンエンジンで同賞を受賞したのはBRPが最初で、エヴィンルードの販売促進に大きな味方をつけることになった。また、2005年ウィスコンシン州知事新製品賞を含め、計8つの賞を獲得している。エヴィンルードは、汚染の根元として批判されている2ストロークエンジンだが、E-TEC技術によって汚染物質の排出量を大幅に少なくしたことで、評判を勝ち取った。
 
 BRPのランバート副社長は船外機市場について、「確かに成熟市場と言える。」、「新技術の導入で一時的には市場を活性化できるかも知れないが、過去10〜15年間をみても分かるように、全体的には横ばいに近い。従って、市場シェアの拡大は新規顧客の取り込みでは実現できず、必然的に競合社の顧客を奪うことになる。」、「また、ジョンソンとエヴィンルードの顧客だった人が、アウトボード・マリーン(OMC)の破産によっていったん離れても、製品の質を向上させたことでまたジョンソンとエヴィンルードに戻ってくると思う。」(ミルウォーキー・ジャーナル・センチネル、6/7/2005)と話している。
 実際、南フロリダ・プレジャーボート工業会(Marine Industries Association of South Florida)のフランク・ハーホールド(Frank Herhold)会長は、BRPのディーラー網が業界の中でもかなり充実していることを理由に、ジョンソンとエヴィンルードが・マーキュリー・マリーン製エンジンやヤマハ製エンジンに肉薄する可能性を示唆している。
 
(4ストロークに賭ける日本勢)
 2004年10月にフロリダ州フォート・ローダーデイルで開かれた国際ボートショーでは、「燃費」がキーワードとなった。当時の舶用のガソリン価格は1ガロンあたり2.50ドルまで上昇したという背景から、高くて重いが、静かで燃費の良い4ストロークエンジンの需要が一気に高まった。
 ホンダ・マリーンのマーケティング部長、ロビン・センガー(Robin Senger)は、従来の2ストロークエンジンに比べて、新型4ストロークエンジンは、燃料を90%も節約でき、「グリーン」2ストロークエンジンと言われるヤマハのHPDIシステムより15%も燃費が良いと話している。
 簡単に言えば、2ストロークエンジンは、チェーンソーに使われる動力とほぼ同型で軽くて馬力があるものの、ガソリンとオイルの混合燃料を燃やすために排ガス量が非常に多い。一方、4ストロークエンジンは、自動車エンジンとほぼ同じ設計で、ホンダ・マリーンは、ホンダ車のエンジンを基に4ストロークの舶用エンジンを製造している。ホンダは、4ストロークエンジンだけを製造するほぼ最初のメーカーとなった。他社も、2006年のEPA排ガス規制に適合するために、2ストロークから4ストロークに移行している。
 ただ、BRPのデイブ・トーマス(Dave Thomas)は、エヴィンルードの新型6気筒E-TEC機種では、電子気化式(electronic fuel injection: EFI)によって、「4ストロークエンジンより効率的な燃費を実現している。」(パルム・ビーチ・ポスト(Palm Beach Post)、10/31/2004)と、ホンダ・マリーンに反論している。
 ヤマハの高圧直噴(High Pressure Direct Injection: HPDI)システムは、2ストロークでありながら、4ストローク並みの排ガス量に抑えた機種で、2ストロークエンジン市場では、BRPのE-TECに次いで高い評価を得ている。それでも、ヤマハ・マリーン全体としては、4ストロークの方に重点を置いた製品開発及びマーケティングに傾注する方向に向かっている。
 
(排ガスに関する安全性という課題も)
 排ガス問題は、環境だけでなく安全性に関してもエンジン市場に影響を与えている。ボート愛好家やウォータースポーツ愛好家の間で、1990年以来110人以上(実数は200人を超えていると専門家は推測している)の一酸化炭素中毒死者が出ており、エンジン製造業界では、一酸化炭素の排出量の少ない排ガスシステムの開発に迫られている。
 マーキュリー・マリーンではその対策として、一酸化炭素の排出量を大幅に引き下げる排ガスシステムを開発し、2005年初頭に開かれた世界最大のマリーン業界イベント「マイアミ国際ボートシヨー」でプロトタイプを発表し、注目された。
 2005年2月20日付けミルウォーキー・ジャーナル・センティネル紙によると、同システムは、米国で最も厳しい大気汚染規制を制定しているカリフォルニア州の規制と、船内機と船内外機の排ガスシステムを規制するEPAの規制内容に則って開発されたものである。エンジンが燃料を燃焼する際に排出される一酸化炭素は無色無臭で、ボート周辺の水中にいる人は一酸化炭素中毒を起こしていることに気がつかない。
 EPAでは現行規制を見直し、船内機と船内外機について炭化水素と窒素酸化物、そして一酸化炭素の排出量規制を2009年までに強化する案を検討中である。
 マーキュリー・マリーンではそういった動きに対し、触媒変換器(catalytic converter)による排ガス分解機能をエンジンに搭載する手段しかないと判断した。同じ技術は自動車エンジンに昔から使われている。問題は、触媒変換がかなりの高温になるため、エンジン周辺で発火するおそれが高まることである。また、塩水による材質腐食という問題もある。
 従って、「エンジンと排ガスシステムの設計を根本的に変える必要が出てくるだろう。従来の設計では、排ガスの汚染性を低減させるために排ガス分解を行う機能は実現しない。」とマーキュリー・マリーンの規制対応担当責任者マーク・ライシャーズ(Mark Reichers)は話している。
 
(スターンドライブ・メーカーに触媒変換器の実験費援助案)
 2005年4月19日付けボーティング・インダストリーによると、EPAとカリフォルニア大気資源評議会(CARB)は、海水における触媒変換装置付き船内外機の安全性を、ボート上と水中の両方で実験する費用の一部を援助する方針で合意した。
 CARBは、船内外機に搭載される触媒変換器が海水中で使われるとき、どの程度の耐久性があるのか認識し、適切な規則を定めようとしている。
 NMMAに所属する船内外機メーカーは、全般的に小規模企業で個人経営の場合が多く、実験資金が不足している。最終的な基準はまだ決まっていないが、中身がどうであれ、規制に適合するための費用は大部分の船内外機メーカーにとってかなりの経済的負担になることは明白である。
 NMMAは、米国コーストガードや連邦議会にも働きかけるようEPAとCARBに圧力をかけ、海水での実験の重要性を認識してもらい、船内外機メーカーへの実験費用援助を取り付けることを狙っている。
 
2.4.2 舶用エンジン、順客のニーズにあわせた製品開発や品質管理
(エンジン種別の顧客満足度)
 エンジン全般に関する顧客満足については、次のような調査結果がある。調査会社J.D.パワー(J.D. Power)による調査では、「エンジン始動の容易性」、「航行中の静寂性」、「信頼性(故障しにくい)」、「燃費」、「シフティングの滑らかさ」、「燃焼臭のなさ」という6つの要素で顧客満足度が決まる。
 同調査によると、2ストローク船外機市場では、ヤマハ製直墳(direct injected)エンジンの顧客満足度が最高で、1,000点満点のうち904点を獲得した。特に「エンジン始動の容易性」と「燃費」で高得点だった。2位のホンダは、「航行中の静寂性」と「信頼性(故障しにくい)」で高得点だった。
 4ストローク船外機市場ではヤマハとジョンソンが首位で、その後にホンダとスズキが続いた。
 船内機市場では、「インドマーEFI(Indmar EFI)」が907の最高得点で、「プレジャークラフト・エンジングループ(Pleasurecraft Engine Group)」が906点で2位であった。
 船内外機市場では、「ボルボ ペンタEFI(Volvo Penta EFI)」が843点で首位だった。
 さらに、J.D.パワーによる市場調査では、どのエンジン機種の顧客満足度が高いかを調べた結果、1位から4位が次のようになっている。
 
1位 電子燃料噴射(electronic fuel injected: EFI)船内機
2位 EF144ストローク船外機
3位 直墳(direct injected: DI)2ストローク船外機
4位 EFI船内外機
*ボーティング・インダストリーが2005年2月18日に発表した同詞査「2005 Marine Engine Competitive Information Study」は、2003年3月から2004年5月の間に新ボートを登録した1万2,530人を対象に実施されたもの
 
(エンジン市場が船体設計に与える影響)
 一方、船外機市場が2ストロークから4ストロークに移行したことを受けて、ボート設計に影響が出ている。4ストロークエンジンは2ストロークエンジンに比べて平均150パウンド(約68キログラム)重いため、ボートメーカーはビーム(横梁)の幅を広げると同時にトランサム(横木)を高くさせている。
 例えば、ランド・ボーツ(Lund Boats)の場合、150馬力以上の船外機を搭載するボートでは、トランサムの高さを20〜25インチ(約50センチ〜63センチ)引き上げた。ビーム幅も広がったためボート幅も広がり、それを受けてトレーラーメーカーも、船体がトレーラーの車輪上に来るように、バンクやローラーを高くしている。ただ、「高速道路を移動するには、トレーラーの車輪幅は102インチ(259センチ)が上限であるため、ボート幅を102インチ以内にしなければならない。」、「重いエンジンの搭載に耐えさせるために、14フィートのボートに90インチ(228センチ)のビームを使ったことさえある。」(オマハ・ワールドヘラルド(Omaha World-Herald)、2005年03/20)とランド・ボーツのマイク・ホワイト(Mike White)中西部販売部長は語っている。
 
2.4.3 ボート、顧客のニーズにあわせた製品開発や品質管理
 ボート市場では、近年、「ボートの大型化」、「パッケージ商品の好調」、「信頼性、運搬の簡易性、デザインが重要」という三つの需要傾向が顕著になっている。ブランズウィックによる企業買収先はそれらの傾向を反映しており、独自の資源で需要にあわせて製品開発するよりも、その製品を持っている会社を買収した方が手っ取り早いという米国型の事業拡張手法を象徴している。
 
(ボートの大型化)
 NMMAが2005年6月に発表した統計によると、2004年第1四半期(1〜3月)と2005年同期のボート売上げを隻数で比較すると1%強の増加で、売上高で見ると4.2%の増加を記録した。つまり、1隻あたりの単価が上昇したことを意味する。最近の傾向として指摘されている、ボートサイズの大型化を表している。
 同時にそれは、大手ボートメーカーや業界団体の共通した認識で、NMMAのトム・ダムリッチ(Thom Dammrich)会長も、「大型ボートが市場の成長分野を支配している。おそらくここ5年くらいではそれが最も顕著な傾向だ。」(ナイトライダー(Knight Ridder)、7/7/2005)と語っている。さらに、ブランズウィックのバックリー会長も「大型ボートが好調。我々の最大級のボートは2006年生産分まで売り切れている。」(ミルウォーキー・ジャーナル・センチネル、1/15/2005)と語っている。
 一般に、大型プレジャーボートは、長さ30フィート(9.14メートル)以上のことを言う。マリーナでは、30フィート以上のプレジャーボートはまだ少数派だが、サイズ別の伸び率では30フィート以上のボートが最も成長している。
 ブランズウィックが過去2年以内に買収して来たボートメーカーのうち、シー・プロ・ボーツ、シー・ボス・ボーツ、トリトン・ボーツ及びシーレイはいずれも30フィート以上のボートを生産しており、需要にあわせたブランズウィックの買収戦略がうかがえる。
 
(パッケージ商品の好調)
 2005年1月15日付けミルウォーキー・ジャーナル・センティネル紙によると、2004年からの景気回復傾向で、五大湖周辺を中心とした米中西部ボート市場は、1月のボートショーで、ボートとエンジン、そしてトレーラーをパッケージ化した1万ドル以下の商品の売行きや予約が非常に好調だった。米国ボート市場全体の43%を占めると言われる五大湖周辺のボート市場動向は、全米市場をある程度反映していると見なされ、米中西部の消費者嗜好の傾向は無視できない。
 
(信頼性、運搬の簡易性、デザインが重要)
 消費者にとって面倒なことを取り除く製品開発というのは近年の傾向でもある。ブランズウィックでは、市場の活性化を目標に、2004年に特に力を入れたのは「製品の信頼性を高める」ことと「移動するのに簡単なこと」だった。つまり、修理や運搬の手間を極力なくす製品の人気が高まってきたことが指摘されている。
 さらに、ボートの材質が今まで以上に重要になってきているとも指摘されている。ミシガン州のボート業界調査会社であるスタティスカル・サーベイ(Statistical Survey Inc.)は2005年3月5日、ボート市場の特徴として、アルミニウム製の人気が高まり、グラスファイバー製の需要が弱まったことを報告している。同調査によると、2005年1月のアルミニウム製ボート売上高は前年同月比6.1%増加で、グラスファイバー製は同1.2%減少だった(ナイトライダー、3/5/2005)。
 ブランズウィックが近年買収したボートメーカー及びブランドを見ると、ランド(アルミニウム製フィッシング小型ボート)、クレストライナー(アルミニウム製パーティーボート、6〜12人乗り)、ロウ(アルミニウム製フィッシング小型ボート)、トリトン・ボーツ(アルミニウム製淡水バス釣ボート、12〜35フィート)があり、ここでも、市場動向を反映した買収が浮き彫りにされている。


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