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特別付録
インタビュー
(2003.12.11撮影記録)
つがねの鏝絵(こてえ)
鏝絵師 職人 三井貴男さん
みつい・たかお
左官・鏝絵職人 94歳
技術なんてものは捨てることは出来ん。死ぬまでついてくる。金と違って。
津金の民家を語るとき
忘れてはならないのが、鏝絵です。
鏝絵とは、漆喰に色をまぜ、鏝を使って描く立体絵。
左官職人の花形芸です。
津金にはまだ、当時の事を知る職人さんがいます。
鏝絵師の三井貴男さんの特別インタビューです。
聞き手:高英子 撮影:望月小夜子 2006.7.5 文起:吉本標実
 
−左官業の仕事を始められたのはおいくつのときですか?
 16歳で弟子にはいって、始めたのは、20歳頃だね。津金にきては、82年くらいになるかな。当時、左官業は比較的少なかった。
 
−左官屋さんは、みな鏝絵を描くものですか。
 やってる人は少ないね。趣味がなきゃ出来んちゅうことだね、趣昧のことは心がいくから。
 
−鏝絵は、親方に技術をおしえてもらうものですか?
 人のやってるのを見て覚えるものだ。親方がやってるのをみるから、きれいだなとか、俺にも出来るかなあ。やってみたいなあと思ったんだね。これだけ長くやってるけんども、絵をやれる職人は、この界隈でいないね、2、3人しかいないよ。今はいい塗料があるから、古くなった白壁をペンキ屋さんでも、汚れた上へ新しく見えるように塗ってくれる。でも鏝絵は、出来ないって、塗らずにそのまま残しちまうんだ。
 
−鏝絵を描く手順は?
 絵柄をきめて、下絵それを基本にね。失敗してはなんにもならんから。それを目標のものに蝋で留めておいて、輪郭だけとって、漆喰を練ったのをつけていくんだ。乾燥させて着色をする。図柄は、その家と無論相談する。字がいいとか、左官屋さんに任せるよとか。お金の貯まる様においべっさんとか、家紋だから松に波をいれればいいねとか。松と鶴を入れたり。場所によって人目に付くとこは手をかけんとね。あんまり見えないようなところに手間をかけちゃ・・・(笑)
 
−70年近く現役でいらっしゃって、数々の鏝絵が残っているわけですが、三井さんの代表作だというものは?
 西さんところのだね(上記※波に鶴)。60年位前のものだね。初期のころだね。この辺では、感心するような作品はなかなかないね。鏝絵ってば、最高じゃ入江長八美術館(静岡県)のものだね。そばでみても、生きてるからね。すばらしいね。左官屋だったけど、絵の勉強もし一流の画家に1年も2年も勉強してた人だよ。
 
−戦時中はいかがでしたか。
 兄弟がみんな兵隊にいったから、幸いに召集はうけなかったね。当時は、白壁を軍の命令で、土をふっかけるとか墨を塗るとかしたね。今でも田舎には土蔵が黄色く残っているのもある。戦中戦後は、新築改修も少なかった。しごとはなかった。だから儲からん農業だよ(笑)。食べるものまで供出したからね。
 
−やがて戦争が終わって、津金にも家が建ち始めたと思いますが。
 草屋根がなくなったのは何年ぐらい前かなあ・・・。たちまちこの辺にむかしの住宅はないよ。30、40年くらいからは、この辺に仕事に行ったことがない。弟子はひとりとったけれども、でもいまは、土壁を塗ったりはないね。土壁っていうものは、昔から最高だよ。昔のことを知ってる人は、これはいつになってもやりたいなあと思う。けれど、もう職人がいなくなったからね。
 
−お子さんは、左官屋さんをやりたいということはありましたか?
 ないね。当時はいろいろしごとがあったからね。でも、自分の跡をついでほしいと思ったね。
 
−やはり技術を後世に残していきたいと思われますか?
 思いもしないよ(笑)やったことがある人なら、いくらでも出来るよ。覚える人があれば教えてやってもいいと思うね。技術を持ってる人ならね。コテの使い方ができる、紋を入れることができるなら、同じ理屈だから。そういう人がいれば教えてやってもいい。
 
−三井さんが仕事をされたところも壊され、新しい建物になっていきますが。
 そうだね。でも、その家の時代に沿っての考えだからね。ただ、何処へ行っても、あれは俺がやった鏝絵だなあとそこにいけば思うね。あそこは傷んじゃったなとか、ちゃんとしてるなあと。
 
−鏝絵を描いてほしいという人がいれば、今でも描きたいと思われますか?
 描いてもいいね。年をとってもね、手間食うだけでもってね、いまの若い衆よりは、古い衆のほうが仕事はいい仕事が打てる。技術なんてものは捨てることは出来ん。死ぬまでついてくる。金と違って。むかしからね、「金銭は使い無くせば人のもの、手にある職は宝」ってね。どんな仕事だってそうさ、パーマ屋さんだって大工だって。80歳になったって、技術は衰えない。どんな偉い人でも、頭で覚えたものは逃げていってしまうからね。


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