1-7 海 溶かす水
海は地球表面の約70%を占め,海にある水の量は13億3800万km3で,地球全体の水の96.539%であると計算されています。海は水の溜まり場です。海水には多くの元素が溶けていますが,蒸発するときはそれらを含みませんので,私たち人間が利用できる淡水の重要な供給源です。
Q 海はどうしてしょっぱいの?
A 海水1リットルに30〜35グラムの塩が溶けているから。
海水の化学組成
自然界には92種類の元素が存在していますが,海水中にはそのほとんどの元素が溶けています。海水の化学組成は水を構成する酸素と水素とが主成分であり,溶存成分は多い方から,塩素イオン(19.35g/kg),ナトリウムイオン(10.76g/kg),硫酸イオン(2.71g/kg),マグネシウムイオン(1.29g/kg)です(表7.1)。
表7.1 海水の主要成分の組成(塩分3.5%)
海水 |
濃度(g/kg) |
重量百分率(%) |
Cl-塩素イオン |
19.35 |
55.07 |
Na+ナトリウムイオン |
10.76 |
30.62 |
SO42-硫酸イオン |
2.71 |
7.72 |
Mg2+マグネシウムイオン |
1.29 |
3.68 |
Ca2+カルシウムイオン |
0.41 |
1.17 |
K+カリウムイオン |
0.39 |
1.10 |
HCO3-炭酸水素イオン |
0.14 |
0.40 |
Br-臭素イオン |
0.067 |
0.19 |
Sr2+ストロンチウムイオン |
0.008 |
0.02 |
B3+ホウ酸イオン |
0.004 |
0.01 |
P-フッ素イオン |
0.001 |
0.01 |
合計 |
|
99.99 |
|
海の形成
約46億年前に原始太陽と小さな惑星が形成され,これらの微惑星が衝突を繰り返して地球ができました( 宇宙の水・地球の水参照)。できたばかりの地球は固体粒子が一様に集まったもので,外側には原始太陽系星雲の厚いガスが取り巻いていました。衝突のエネルギーが熱として蓄えられ,濃い原始大気の保温効果のために地球全体が暖められ,固体粒子が溶けてマグマの海ができました。原始地球を取り巻いていた大量のガスは何らかの機構で散逸してしまい,二次的に地球内部から水蒸気,二酸化炭素を主成分とし,塩酸ガスなどを含む火山ガスが放出され,大気ができたと考えられています。
微惑星の衝突が少なくなると地表の湿度が徐々に下がり,マグマの海も固まり始めました。大気中の水蒸気は水となり,雨となって地表に降りました。水は窪地に溜まり,原始の海ができました。その海は,大気中に存在した塩酸ガスや亜硫酸ガスを溶かした酸の海でした(しょっぱいのではなく,酸っぱい!)。酸性の海水は陸上で岩石と接触し,岩石中の塩類(ナトリウム,カルシウム,マグネシウム,鉄,アルミニウム)を溶かしました。こうして中和され,陽イオンと陰イオンを含む塩辛い海水が形成されました。現在の海水はややアルカリ性(約pH8)です。これに対して,高温の水はそれ自体が岩石と反応しやすいので,非常に早い段階で地表の岩石との間で中和反応が進行したとする考えもあります。
海の変化
大気中の二酸化炭素は酸性溶液には溶けないのですが,海水が中和されると溶けるようになります。海水中で炭酸イオンと力ルシウムイオンが結合し,水に溶けない炭酸カルシウムになって沈殿します。これが石灰岩の起源の一つですが,これにより大気中の二酸化炭素の量が減少したと考えられています。火星や金星の大気が二酸化炭素が主成分であるのに対して,地球が異なっているのは,地球に水が存在したからです。
Q 鉄は昔,海水に大量に溶けていたって本当?
A はい。海水中に溶けていた鉄は,光合成ができる生物が誕生し海水中に排出された酸素と結合して水に溶けなくなり,沈殿しました。海水中の鉄が少なくなって初めて酸素が大気中に放出されたのです。
最古の化石は微細なバクテリアのようなもので約38億年前の岩石に含まれているのが発見されています。生命の誕生は約40億年前に,有害な太陽の紫外線が届かない栄養の豊富な熱水が湧く深海底の海嶺近くで発生したという説が最近有力になっています。
やがて光合成ができる生物が誕生し海水中に酸素が排出されました。海水中に溶けていた鉄はその酸素と結合して沈殿しました。海水中の鉄が少なくなって初めて酸素が大気中に放出されたのです。酸素が大気中に出され,有害な紫外線を遮るオゾン層ができて初めて,生物は水から陸に上がることができるようになりました。
ストロマトライトと縞状鉄鉱層
今から27〜30億年ほど前に,原核生物のなかで光合成の能力を獲得したシアノバクテリアという生物が発生したといわれていますが,酸素を出す生き物がいつ出現したのかなど,まだわかっていないことがたくさんあります。35億年前以降という説もあります。なお,オーストラリアのハメリンプールなどで現在も成長を続けるストロマトライトが確認されています。
光合成は光エネルギーを利用して二酸化炭素と水から有機物と酸素をつくる反応です(地球上できわめて安定な化合物である水が分解される数少ない例です)。初めは海中や大気中には酸素は存在しませんでした。シアノバクテリアが繁殖し,海中に酸素が放出されると,海中に溶けていた2価の鉄イオンは酸化され,水に溶けにくい3価の鉄イオンになり,水酸化鉄となって沈殿します。これが縞状鉄鉱層の起源です。
私たちの近代社会を支えている鉄をつくる鉄鉱石の大半は,このようにして形成された縞状鉄鉱層です。たとえば,中国の鞍山地域は33億年〜27億年前,オーストラリアのハマースレイ地域では25億年前頃にできたものといわれています。つまり,私たちが鉄を利用できるのも,海の中で起きたできごとによっているわけです。
Q 水の中には泡がない(酸素がない)のにどうして魚は生きられるの?
A 実は,水に気体も溶けます。空気に触れている水には,空気中から窒素や酸素が溶け込みます。魚のような水生生物は,水の中に溶けている酸素を取り入れているのです。水は気体も液体も固体もいろいろな物質を溶かすことができます。
溶解
水に溶けるということは,固体・液体・気体の物質を構成する粒子(分子やイオン)が水に拡散して,透明で均一な混合物になることをいいます。水はさまざまな物質を溶かすことができます。水に溶ける物質は,(1)親水性物質,(2)疎水性物質,(3)ひとつの分子のなかに親水性部分と疎水性部分をあわせ持つもの―の3つに分けられます。親水性物質には電解質と非電解質があり,親水性物質は塩化ナトリウム(塩)のような無機電解質と酢酸のような有機電解質があります。親水性の非電解質とは,糖やアルコールなどです。疎水性物質はその文字から考えると,水に溶けそうもない物質ですが,水にまったく溶けないわけではありません。ひとつの分子のなかに親水性部分と疎水性部分を併せ持つもののひとつが石けんです。また,水は酸素や窒素などの気体も溶かすことができます。水は物質を溶かす力が強いので,逆にいうと「純粋な水」をつくることが難しいのです。
空気中で水蒸気が水に凝結すると,空気中の二酸化炭素が溶けて酸性(pH5.6)になります。空気中の人間活動や火山活動の結果放出された窒素酸化物や硫黄酸化物があると,pH5.6以下の酸性雨といわれるものになります。
水生生物は水の中に酸素が溶けているので,それを呼吸しているのです。また,水が陸上や地下を流れるとき,ミネラル成分や有機物を溶かします。これらの水に溶けた物質は水とともに移動でき,動植物に栄養として取り込まれます。
生命にとって,水はさまざまな種類の物質を溶かすことができるということが重要です。しかし,水は生物に有害な物質を溶かすこともできます。
懸濁
液体中に固体粒子が目に見える程度の微粒子として分散している状態を懸濁といいます。水は粘性が大きくまた比重も大きいため,粒子を浮遊させやすいのです。雨のあと川の水が茶色に濁っているのを見たことありませんか? それは,水が土の粒子を運んでいるのです。
また「プランクトン」とは水に浮遊して生活する生き物の総称ですが,プランクトンが暮らせるのも水のこの性質のおかげです。
Q 水は熱を運ぶって,どういうこと?
A 水は比熱容量が大きいので温まりにくく冷めにくい物質です。太陽によって温められた赤道近くの海から南極や北極へ向かう海流によって熱が運ばれ(冷めにくいので),地球の温度差が緩和されます。
海流
海の水は絶えず動いていますが,決まった向きに流れる「海流」があります。海流は主に太陽の熱と風によって起こります。
赤道のまわりの海は,太陽の光(太陽エネルギー)を強く受けて温められます。その反対に南極,北極に近い海は,太陽の光があまり届かないので冷たいままです。温められた赤道近くの海から南極や北極へ向かう海流が生じます。
また,海流は風の力によっても起きます。地球には中緯度の西風(偏西風)と低緯度の東風(貿易風)という強い風が吹いています。これらの強い風が海水を動かしています。熱と風によって生まれた海水の動きに地球の自転,陸地や海底の地形が重なりあって,海流の流れる向きが決まっていきます。
海洋大循環
海表層部の海流とは別に,地球の海水は非常にゆっくり(周期2000/年)と海洋全体(深海を含む)を循環していることが分かってきました(発見者にちなんでブロッカーのコンベアベルトとよばれています図7.1)。北大西洋グリーンランド沖と南極海では海水が冷やされ,また海水が凍るとき塩分は海水中に残されるので,海水の塩分が高くなります。冷たく密度の高い海水が沈みます。そして北大西洋深層水や南極深層水となります。深層を移動してインド洋や太平洋に達し,上昇した後,表層流に合流し,再び大西洋に戻っています。
海洋全体での熱輸送は表層流の役割が大きく,表層流は低緯度で海水が吸収した太陽エネルギーを高緯度に輸送し放出して,地球の低緯度と高緯度間の温度変化を小さくしています。
図7.1 海洋大循環(ブロッカーのコンベアベルト)
熱を運ぶ大気の水蒸気
太陽エネルギーがもっとも多く降り注いでいる赤道付近の海面ではさかんに水が蒸発しています。水は蒸発熱(気化熱)が大きいので,水蒸気は大きな潜熱*を持っています。蒸発した水蒸気は,大気の流れに乗って高緯度地方へ移動し,気温の低下によって凝結し雲粒になります。このときに熱が放出され,高緯度地方の大気が温められるのです。こうして地球の低緯度と高緯度間の温度変化を小さくしています。
さらに上空に運ばれた熱は宇宙空間に出て行きます。また,雲や雪・氷は太陽エネルギーを反射して宇宙に戻します。大気中の水は二酸化炭素と同じように温室効果を持ちます。このように水は地球全体の熱収支のバランスを取るうえで重要な役割を担っています。
*潜熱:固体・液体・気体と状態が変化するときに吸収・放出される熱のこと
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(小川かほる)
高緯度地方や高地では,冬に降った雪が夏に融け切らないで貯まった積雪が氷に変わります。氷河や万年雪の量は2406万4100km3,地球全体の水の量の1.736%を占めると計算されています。淡水の量は地球上の水の約2.5%しかありませんが,そのうちの約7割が凍っています。南極氷床に降った雪が氷河となり,氷山として流出するのに10万年を超える時間がかかります。
Q 氷河は固まったまま動かないの?
A 極めてゆっくりですが,低い方向,つまり海に向かって流れています。
降ったばかりの雪は空隙が多いのですが,やがて雪の結晶が氷の粒となって,さらに降り積もった雪の重みで密度が増してきます。空隙は小さくなり,含まれていた空気が気泡となって密度が0.8g/cm3を超えると,氷河氷とよばれる状態になります。
氷河とは重力の作用で低いところに流れ下るものをいいます。温暖氷河(温度が0℃の氷河)では年間数十から200mほどの速度で流れ,深いU字型に谷を削っていきます。地球温暖化の影響で30年ほど前と比べると速くなっているそうです。
固体の氷が流れるメカニズムについては,氷の力学的研究と関連して研究されています。固体の物質にある程度以上の力を加えると,あたかも水あめや蜂蜜のように変形することを「塑性変形」といい,氷河の流動は氷の塑性変形として理解されています。
Q 氷が水に浮くのがどうして不思議なの?
A ほとんどの物質は液体から固体になるとき密度は大きくなるので,固体は液体の中で沈みます。固体である氷が液体の水に浮かぶ物質は珍しいのです。
固体・液体・気体
固体は粒子間に働く結合力で粒子が規則正しく密に並んだ状態で,一定の形,体積を持ちます。液体は,固体よりも離れて運動できるようになった状態です。粒子はほぼ密着しているので一定の体積を持ちますが,一定の形を持ちません。気体は,自由に運動できるようになった状態です。そのため,決まった形も持たず,体積も一定ではありません。ですから,普通の物質は液体から固体になるとき密度は大きくなります。
水の密度
水の密度は3.98℃のときに最大で0.99997g/cm3,0℃の水の密度は0.99984g/cm3,氷の密度は0.9168g/cm3です。水よりも氷の方が軽いので,氷は水に浮きます。このことは,水は氷になるとき体積が増すことと同じです。岩の間に浸み込んだ水が凍って岩を割ってしまうのはこのためです。
氷が水の上に浮くことは水中の生物にとって大切なことです。氷の上がマイナス数十℃になっても,氷が“フタ”になって寒さを防いでくれます。もし,氷が水に沈む性貿なら,寒さが続くと小さい湖沼は水全部が凍ってしまって,水中の生物が棲める場所がなくなってしまいます。
氷の張る水深のある湖の水の動きを考えてみましょう。氷の張った湖の下には,水が存在しますが,湖底付近の水温は約4℃です。これは水は水温が約4℃の時に一番密度が大きい(=重い)ため,4℃の水が一番下にくるからです。しかし,春になると暖かい日差しにより水面から温められます。表面近くの水が4℃まで温められると,重くなって上と下の温かい水と真中の冷たい水が混ざっていきます。その結果,湖の下に沈んでいた栄養塩が湖全体に行きわたり活発な生物の生産活動がはじまります。夏になると,水面付近が一番温かくなります。このときは,暖かい水が上にありますから,水は安定して混ざりにくくなります。そのため,夏は光がたくさんある表層部に栄養が供給されなくなって生産活動が低下します。秋になって涼しくなると,水面付近の温度が下がってきて,対流が起き,水がまた混じります。栄養が再び下層から供給されて,生産活動が再び活発になります。冬になると,水面付近の水が氷結します。
湖の水の動きと生物の生産活動は深く結びついていますが,これはまさに水の密度が普通の物質とは異なるからこそ可能になったのです。
図8.1 湖沼の季節変化(水温と対流)
Q 南極や北極の冷たい海中で,生物は凍らないの?
A 冷たい海の中にも生物は暮らしていますが凍ってしまっては生きていけません。南極の海に棲む魚は血液や体液の中に凍りつくのを防ぐたんぱく質を持っているものもいます。
氷水に塩を溶かして,氷を作る実験をしたことありませんか?水溶液の凝固点(液体が固体にかわる温度)は,その濃度に依存して変化し,高濃度の溶液であればあるほど低くなります。海水には塩分が約3.5%ほど溶けていますので,海水は約マイナス2℃では凍りません。海水の中にいる限り,マイナス2℃より下がることはないと考えられます。
生命活動(呼吸して,食べて,いらないものを出して,大きくなって,子孫をつくる)には液体の水が必須です。生物の体内の水が凍りついてしまったら,生命活動は進みません。冷たい海の中の生き物は,凍らないように,あるいは凍っても回復できるような工夫をしています。
南極の海に棲む魚の血液や体液の中には,凍りつくのをふせぐアンチフリーズ・タンパク質(糖タンパクの一種)があります。血液や体液にできはじめた氷の結晶に付着して,それ以上氷が成長しないように働くと考えられています。
Q 海の中でできた氷と氷河が流れてきた氷は同じもの?
A 固体としては同じ氷ですが,地球温暖化の影響に対しては,海の中でできた氷が溶けても海水面は変化しませんが,陸から流れてきた氷河が溶けると海水面が上がります。
氷が水中にあるとき,水の外に出ている部分は1/11に過ぎません。残りの大部分は水中に隠れています。しかし,氷が溶けると水中にあった分と同じ体積になりますから,水面の位置は変わりません。南極や北極近くの凍った大地(アイスランド)などでは陸地に氷が乗っています。地球温暖化により,これまでの地球の水循環の速度を超えて陸地から氷河が溶け出すと,海の水が急に増え,海面が数十cmから数m上昇し,海の中に沈む土地も出てくるのではと心配されています(地球温暖化による海水面の上昇には,氷河が溶けるだけでなく,海水温が上昇して海水の体積が増えることも影響します)。
(小川かほる・高城英子)
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