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 そこからは、歩いてすぐ海岸にでるはずだ。ぼくは歩きはじめた。
 しお風がふいてきて、いそのにおいがプーンとする。
 それを感じたのか、うみくんも、ポケットのなかでそわそわしはじめた。
 「おい、もうちょっとまってくれよ、今うみになったら、ぼく、今度こそ、ズボンびしょびしょになっちゃうんだからね」
 ぼくはそういって、ポケットに手をいれ、うみくんがうみにもどっていないのをたしかめていた。
 すると、むこうから、ちょっとあやしいかんじのお兄さんが二人、ぼくのほうに近づいてきた。
 ひとりは、黒いサングラスをかけた背の高い男。もうひとりは、ビニールぶくろをさげた背の低い男。どちらも顔が赤くて、ヨタヨタしてる。海岸でビールをのんでよっぱらった帰り、という感じだった。
 サングラスのほうが、ぼくにはなしかけてきた。
 「おい、こぞう、さっきからポケットに手いれてるけど、なにか大事なものでももってんのか?」
 すると、背の低いほうも、へへへとわらいながら、
 「こいつ、ガキだけど、大金でももってるんじゃねえんすか。さっきから、なんかかくしてる感じだ、ねえあにき」
といい、ぼくの手をつかんだ。
 「うわっ」
 ぼくの手はポケットからひっぱり出され、青いハンカチといっしょに上にもちあげられた。
 するとすぐに、サングラスの男がそれをつかみ、はしりだした。
 背の低いほうもはしる。
 ぼくも、
 「まってよー」
といいながら、あとをおいかけた。
 あの二人組、うみくんがうみになったりハンカチになったりすること知ってて、うばっていったのかな。大金とかいってたし、もしかすると、うみくん、売り飛ばされちゃうのかな。ぼくは、そうおもって、きがきじゃなかった。
 けどすぐに、背の低い男は、
 「あにき、それ、金めのものじゃないっすよ」といった。
 サングラスの男は、サングラスをしてたので、なにか金めのものにまちがえたらしい。
 サングラスをとって見ると、ハンカチだということがわかって、ポイッとすてた。
 けれど背の低い男は、
 「もったいねえ、汗ふくのにいいじゃないっすか」
といって、ひろってビニールぶくろのなかにいれた。
 ビニールぶくろには、冷たそうなビールが何本かはいっていた。とうめいなふくろだったから、おいかけていくぼくにも見えた。
 うみくんは、そこに入ると、ひんやりして気持ち良くなったようで、すっかりからだをゆるめてしまった。
 そう、うみにもどったのだ。
 背の低い男は、ふくろがきゅうに重くなったのをかんじて、なかをのぞいた。
 するとそこに、水のようなものがピチャピチャ入っているのを見て、おどろいていた。
 「・・・なんじゃ、これ」
 背の低い男がそういうと、サングラスの男もふくろの中をのぞき、
 「おめえ、あにきのおれをさしおいて、また、ビール一本あけたんだな、このやろう」
と、おこりだした。
 「いいえ、ちがいますよ」
 背の低い男はあわてていったけど、サングラスの男は信じないようだった。
 「じゃあ、なんだ、このざまは・・・」
 サングラスの男は、背の低い男のむなぐらをつかむ。
 「あにき、ちがうって」
 二人はけんかになり、ビニールぶくろは道ばたにおかれた。
 そのすきにぼくは、大いそぎではしっていって、ふくろのなかをみた。
 うみくんは、あんのじょう、サングラスの男の声におどろいて、またハンカチにもどっていた。
 ぼくは、すぐにそれをつかんで、いそいでその場からにげた。
 そして、はしってはしってはしって、海岸までたどりついた。
 「ああ、よかった。ぼく、どうなることかとおもったよ」
 ぼくがいうと、うみくんも、うなずくようにからだをひらひらさせた。
 目の前には、大きな大きな海がひろがっていた。
 海からの風が、ぼくの汗を、ごくろうさまというようにふいてくれた。
 「ついたよ、うみくん」
 ぼくはそういって、うみくんを海にうかべた。
 すると、うみくんのからだは、すぐにほぐれていった。
 「ナミくんありがとう!」
 うみくんのまわりからも、声がきこえてきた。
 「あっ、ちいさなうみくんが帰ってきた」
 うみくんのまわりに、他のうみたちもかけよってきたようだ。波がいっぱいたってる。
 「そこにいるナミくんって子が、ぼくをはこんできてくれたんだ」
 うみくんがいうと、
 「まあまあ、おせわになりました」
 「ありがとう」
 「ありがとう」
と、うみくんのお母さんや兄弟のような声がきこえてきた。
 そしてそのあとから、お父さんのような太い声もした。
 「ナミくんっていうのかい。いい名前だね。よせてはかえす波。なにかたいへんなことがあっても、それをはねかえす波。それと同じ名前だね」
 すると、うみくんがいった。
 「うん、ナミくんはそういう子だったよ」
 「そうか、じゃあ次はちいさなうみくんが、強くなる番だな」
 「うん」
 うみくんはへんじすると、お父さんうみのほうへ近づいていったようだった。
 そうしてもう、すっかり見分けがつかなくなってしまった。それに、ザブンザブンという音ばかり強くなり、うみくんたちの声も聞きとれなくなっていった。
 ぼくは、少しさびしいきもちになった。だから、大きな声でさけんでみた。
 「うみくーん、犬につかまるなよー」
 大きな声でさけんだから、またかたまるかなとおもったけど、ハンカチはあらわれなかった。
 うみくん、強くなったんだね。
 そうおもうと、ぼくはすっきりした気分になり、帰りのバス停にむかっていった。
 そしてバスにのって、駅前にいって、そこからあるいて家にかえった。
 玄関の前に、だれか立っていた。近づいてみたら、兄ちゃんだった。
 「ナミ、今日はごめんな。こんな時間まで、どこいってたんだ?」
 「うん、ちょっと、うみと遊んでたんだ」
 ぼくがいうと、兄ちゃんは、
 「えっ、海までいってきたの? ひとりで? すごいなあ」
といって、おどろいていた。そして、
 「よし、明日はいっしょに行こうな」
といって、ぼくの頭をぐりぐりなでまわした。


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