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第9回海洋文学大賞受賞作品集

 事業名 海洋文学大賞の実施
 団体名 日本海事広報協会 注目度注目度5


海洋文学賞部門佳作受賞作品
『閉じる島』
清原つる代(きよはら・つるよ)
本名=中村つる代。一九九〇年「みんな眠れない」で第二十一回九州芸術祭文学賞佳作。一九九三年「蝉ハイツ」第十九回新沖縄文学賞。一九九四年「うたた寝」オール讀物新人賞候補作。二〇〇一年「クジラの入江」で第一回南日本文学大賞佳作。二〇〇一年「子捨て村」第五回海洋文学大賞佳作。二〇〇二年「やしの実漂着」第六回海洋文学大賞佳作。二〇〇五年新聞連載小説「魚雷艇の村で」を南方新社(鹿児島)より刊行。沖縄県糸満市在住。
 
 流れは速く、川のようだ。
 肥え太った大蛇が緑や青やの透き通る腹をくねらせながら数限りなくのたうちまわっているような速い流れは、紺碧の海に氾濫する大小さまざまな川となって環礁の外へと流れ出し、一帯に夥しい数の渦巻きをつくりだしている。池間漁協所属の小型漁船〈新栄丸〉の舷側から展望すると、先程まで底知れない藍を何層にもたたえて果てもなくひろがっているかに見えた大海原がそこここで不気味に泡立ちながら割れて、辺り一面異様な茶褐色に染まり出した。岩礁の先端部分が次々と海面から突き出す。大潮の流れが轟々と音を立てて干き始めているのだ。
 海底が刻々迫り上がって、十重二十重の重なり合った花びらのかたちに盛り上がりながら湧き立ち、湧き上がるさまは上空から俯瞰すれば幾百もの噴水のようでもあろう。ふつふつと激しい勢いで海面が沸騰し、底の隆起がベールを脱いだようにあらわになる。
 舷側から身を乗り出して、浩樹(ひろき)はカメラのレンズをしっかり構えた。今回の取材で宮古のマスコミ連中に一泡吹かせてやるつもりなのだ。那覇に本社を置くライバル紙の支局長は、釣りに来たのか仕事に来たのかわからぬくらいの無類の釣り好きだから、週末の今日などどこかの荒磯で大物釣りでも愉しんでいるに違いないし、宮古群島内に主な読者を持つ地元二紙の記者たちは島内各地での決まりきった催し物の取材に追われて内心、退屈しきっているに違いない。彼らの知らないところで浩樹だけが超レアーな季節物を追っかけてこの新栄丸に乗り込んでいるのだ。
 旧暦三月は海の民である宮古や、池間島の人々が待ちに待ったサニツの季節である。群島の海の玄関口である平良港から新栄丸に揺られて約一時間半、船は舳先を北へ北へと向けて走り続ける。途中、宮古島の北端に子供のように付き従う池間島からの船を船団に加えて都合、三十隻もの船がむかでさながらの行列を組んで水平線の彼方を目指した。
 そこには天の高みから真っ逆さまに海へ落ちてしまった虹のようにきらめき輝く不思議な場所がひらけている。浩樹は学生時代の大半を吐喝喇列島以南の島々をめぐるフィールドワークに費やし、お爺やお婆たちの口からじかに民話採集して歩いた。浩樹の南島狂いはその頃からのもので、周囲がしまいに呆れるほどの入れ込みようであった。
 沖縄の本土復帰後は慣れた空気の鹿児島の新聞社を辞め、とうとう那覇に本社のあるR新報に志願したくらいだ。想い叶っての数カ月は地に足がつかないほど有頂天だった。
 入社三年目、三十三歳という若さで早くも宮古支局長としての重責を担い、赴任することとなったのはほかに希望者が一人もいなかったからだ。復帰直後の混乱もまだ収まらない一九七六年当時、隣の八重山群島ではすでに観光ブームに火が点いて、若者中心の観光客で大いに賑わい始めていた。その八重山諸島に比べて、隣合った位置にある宮古群島はまだ全国的にも関心度がうすく、猫も杓子もオキナワへオキナワへとなびく沖縄観光ブームの中で唯一置き去りにされた島なのであった。
 浩樹たちの新聞社が中心となって数年後に立ち上げることになる宮古島トライアスロン大会もまだ開催されていない当時、宮古と言っても県内の人間でさえろくに見向きもしない。
 魅力の乏しい島としてそっぽを向かれる証拠には百人が在籍している編集局内で宮古、八重山両島への定期人事異動のため希望者を募ったところ八重山支局の方へは五、六人が即座に名乗り出たものの、宮古支局へは浩樹を除いてただの一人も希望者がいなかったことを見てもわかる。
 浩樹の転勤がすんなり決まる筈である。
 支局勤務経験者の中には悪いうわさを無責任に流す者がいて、そんな評判が編集局内に蔓延していたことも希望者ゼロの遠因になっていたらしい。たとえば選挙の際の記事の書き方が気に入らないからと夜中に支局の窓ガラスに石を投げつけられたり、往来で島民どうしが襟をつかみ合い、人目も構わず大声で諍いしていたりする場面を一、二度見たぐらいでことさら大袈裟に、あの島の者は喧嘩っ早くてどうにもならん。関わり合いになると何をされるかわからん式の流言飛語をするから、記者の中でも出身者でない限り自然と転勤希望者が出なくなるわけだ。観光ブームに湧く八重山諸島に比べても影がうすくなる筈である。そんな中、南島指向の浩樹一人は待望の宮古支局への辞令が下りて、いよいよ琉球列島の先端近くにまでたどり着いた時は思わず万歳を叫んだ。学生時代から付き合っていたトモミとは鹿児島の新聞社時代に結婚、沖縄移住後に生まれてこの春三歳を迎えたばかりの浩秋を連れての宮古行きだった。
 家族での支局暮らしは支局長である浩樹のほかは妻のトモミが電話番兼事務員として留守番役を引き受け、来客などの応対もすべて受け持つ二十四時間態勢である。浩樹はたまに出て来る社会ダネや選挙関連の取材、ほかは各支局持ち廻りの地方版に載せる話題物を拾って歩いている。そんな日々の取材で池間島や伊良部島へ足を運ぶたびに、その妖しいまでの美しさに眼を見張り、虜にならずにいられなかったのがヤビジだ。
 池間島と宮古島を隔てる水平線に、それは七色の虹のたなびくが如き壮麗さで横たわっていた。夏真っ盛りの七月のある日、妻のトモミに留守番を言いつけて一人、池間島に渡った浩樹は漁船の行き交う船溜まりではるか北の水平線に初めてその不思議な色を探し当てたとき、
 「あれは何なんだ?」
 傍らに座っていた漁師の肩を叩いて思わず訊ねないではいられなかった。漁師は追い込み漁の網の手入れに余念がないらしい。
 「あの、虹みたいにキラキラ光ってる帯は一体、何かね? オジイ」
 老いた漁師は黒褐色に焼けた皺深い顔の中の人懐こい眼を瞬いて、
 「ヤビジを知らんばい」と事もなげに言った。
 八重干瀬(ヤビジ)は旧暦三月三日、女の節句でもある浜降りの日の前後にだけ海底から浮上する幻の島だとオジイが言う。
 「ひろまさむんじゃ、くん兄さんは」
 オジイはそう言って笑い、兄さんはヤマトゥから来たのかと訊ねた。ひろまさむんとは不思議なとか、珍しいとかいう時に使われる共通のウチナーグチである。
 頷いて見せた浩樹に、
 「仕方ねえらん、ヤマトゥの人じゃなあ」とオジイは僅かに首を竦め、
 「ヤビジはな、宮古じゅうのぜんぶの魚が湧く場所なんじゃ。耕さんでも肥料やらんでも魚がどんどん湧いて生まれる、ありがたい畑じゃよ」
 胸を張らんばかりに言った。
 むかしむかし、島に先祖たちが住み始めたころより、池間の民が飢えることなく生かされておるのはヤビジのお蔭なのじゃ。ヤビジはな、池間の民に神さまがくれた海の畑なのじゃともオジイは言った。それ以来、ヤビジは浩樹のひそかに憧れる場所となった。いつか必ずヤビジを訪れてみたい。一年のうちのわずか数日間だけ海底からその全容を現すという神の畑、魚たちの生まれる聖なる場所にじかに降り立ち、その真っ只中に自らの足でしっかり立ってみたいものだと。
 あれから九カ月、待ちに待ったその瞬間が今まさに訪れようとしている。旧暦三月の大潮の季節、宮古島や池間、伊良部島の人々がサニツと呼んで心躍らせる浜降りの季節がやって来たのだ。そのサニツに、お爺お婆も子供も大人も農家の人も役場の職員も銀行員も、土建屋も教師もマチャーグワーのおばさんも宮古じゅうの人たちが年に一度は必ず訪れ、海の幸を神さまよりありがたく押しいただく場所、そこがヤビジなのだ。
 「ヤビジの資源再生力はなあ、世界一だば」
 誇らしげに語ってくれたのが池間漁協の幹部の一人だった。島通いの取材の末、すっかり顔なじみとなった浩樹に向かって彼が話した内容はこうだ。現在ヤビジで操業している一・五屯未満の一本釣り小型漁船が池間島だけで約三十隻いるが、マチ、タイ、メバル、タマン、カタカスなど一日の水揚げは一隻あたり平均五十キロ。総水揚げは約千五百キロに上り、伊良部、平良漁協の分を加えると一日あたり二千五百キロは下らないという。
 それらの一本釣りのほかに佐良浜漁夫による追い込み漁も活発で、県魚に指定されているグルクンをはじめ、イワシ、キビナゴ、スズメダイ、テンジクダイなどこっちの方も一日平均千キロ前後の漁獲量というから、両方合わせた漁民の稼ぎは結構な額になろうというものだ。
 「そんなに捕られながらヤビジの魚は不思議と減らない。グルクンなんか年中、ヤビジのほんの一画で捕ってるんだが、一向に減る様子がないネ。一日で捕られた分の魚が次の日にはまた、そっくり生まれて来ているとしか思えんさあ。この盛んな再生力がある限り、ヤビジは将来とも変わらない魚の森だね」
 池間島の船溜まりでいつか老いた漁師が語っていたことを裏付けるように言う。従って栽培漁業なるものは今のところ、この宮古近海には必要ないと幹部は胸を張った。
 「いつもは海の底に沈んでいるがなあ、サニツの頃に浮き上がって来るヤビジの広さと言ったらそれは凄い、そうさなあ、宮古島全体にも匹敵するだろう」
 「宮古にはもう一つの大陸があるのだば」
 「ひょっとしたら、宮古本島より大きい(マギー)かも知れんな」
 漁師たちは口々に言って眼を細め、事ある毎にヤビジ自慢をした。浩樹の好奇心は嫌が上にも掻き立てられずにはいない。天女のはごろもが舞い落ちて綾成す帯となったような、はるか水平線の彼方を濃淡さまざまの虹色に染めて横たわるヤビジ。光の粒子を凝縮させてちりばめたようなあの虹の帯のたなびく場所に、宮古島に匹敵する面積の巨大な島が沈んでいるとしたら――。周囲約九キロの池間島の漁師たちが大陸と呼ぶ筈である。一方のヤビジはというと周囲約二十五キロもあると言われ、池間島が三個も入ってしまうほどの大環礁地帯なのだ。浩樹の脳裏にいつからか見渡す限りの南海の大海原に忽然と浮上する幻の島のイメージが広がり始めた。


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更新日: 2019年4月13日

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