3.3 限界関数
2船衝突における衝突条件を表す3つの基本変数V A, V B, θ(Fig. 1 参照)の組合せに関して、D/Hタンカーである被衝突船の内殻が破断するかどうかの閾値を表す限界関数(解曲面)を導入する。先ず、FEMシミュレーションのシリーズ解析結果を基にして、解曲面の特性を定式化する。次に、この解曲面の特性を応用して、他船舶の衝突に関して少数のFEMシミュレーション解析結果を用いて限界関数を特定する手法について示す。
3.3.1 内殻破断限界の闘値に関するFEM解析例
尖鋭形状バルブを有する標準型VLCC(Table 1のB6L[Ballast])が代表被衝突船(A15)に衝突する場合(CASE A15-B6L[Ballast])を代表例として採り上げて、衝突角度θが70〜130degに変化した場合について内殻破断の限界条件をFEMシミュレーション解析により求めて、解曲面の特性を調べた。
本論文で採り上げた代表被衝突船及び代表衝突船の主要目等の一覧をTable 1に示す。解析ケースのIDをShip IDを組み合わせて、“A15-B4L[Ballast]”のように表示することとする。
Table 1 |
Principal dimensions of the struck/striking ships. |
\ |
Ship ID |
Spec. |
Disp.
[ton] |
Lpp
[m] |
B
[m] |
D
[m] |
d
[m] |
Struck ship |
A15 |
D/H
VLCC |
Laden: 350,000 |
309 |
58 |
33.0 |
21.0 |
Striking ship |
B4L |
VLCC |
Ballast: 124,000
Laden: 350,000 |
320 |
58 |
32.5 |
8.5
21.0 |
B4T |
B6L |
B6T |
B5L |
6,200TEU
Container |
Ballast: 60,600 |
287 |
40 |
23.9 |
7.7 |
B5T |
|
衝突角度がθ=100degの場合を例として、FEMシミュレーション解析から求めたVAとVBの関係をFig. 2に示す。図中において、*Rup.はFEMシミュレーション解析で内殻破断が確認された事を、○No Rup. は内殻破断が発生しなかった事をそれぞれ示しており、曲線VBはシミュレーション解析結果を基に推定した内殻破断の限界値である。衝突角度θが変化した場合について、同様にFEMシミュレーション解析結果を基にして推定したVAとVBの関係をFig. 3に示す。
Fig. 3より、VA>5ktの場合には、内殻破断限界を表すVAとVBの関係は、θ>=110degでは、右肩下がりの曲線、θ=<90degでは右肩上がりの曲線となることが分かる。本論文では、衝突限界角度、及び、第5章における油流出量の評価の際に対象としているのは、被衝突船が有為な前進速度を有している場合である。そこで、被衝突船の前進速度VAが5〜15ktの範囲にある場合について、VAをパラメータとして衝突角度θとVBとの関係をFig. 4に示す。Fig. 4では、VA=9〜15ktの範囲においては、曲線VBの関係には良く似た傾向が見られる。VA=5ktのような低速になると異なった傾向が現れることが分かる。
Fig. 2 |
Critical condition for VA vs. VB (at θ=100deg). |
Fig. 3 |
Critical condition for VA vs. VB (at θ=70〜130deg). |
Fig. 4 |
Critical condition for θ vs. VB (at VA =5 to 15kt). |
3.3.2 限界関数(解曲面)の導出
限界関数を求めるための準備として、衝突破壊により消費されるエネルギーおよび損傷規模、損傷深さについて考察する。各変数の単位としては、Ton(質量), kt(速度), deg(角度)を用いることにする。
速度V Aで前進している被衝突船が衝突角度θで衝突される場合に、衝突破壊により消費される内部エネルギーを以下のように推定することができる(記号についてはFig. 1 参照)。
X方向の速度成分及びY方向の速度成分による内部エネルギーをそれぞれ式(1),(2)で近似する。
式(1),(2)は、回転運動による運動エネルギー成分を無視しており、衝突後には衝突船及び被衝突船が一体となって並進運動をすると仮定した運動量保存則から導出した近似式である。
被衝突船の損傷規模(損傷体積)は内部エネルギーに比例すると考えられるので、損傷体積関数Vdを次式で表す。
Vd=α1(EX+α2 EY) (3)
ここで、係数α1は、総内部エネルギーの内、被衝突船の損傷により消費される割合を評価する未定係数であり、衝突船船首部の損傷や摩擦仕事による消費分担が大きくなるに従って、小さな値となる。係数α2は、Y方向(被衝突船の前進方向)成分の内部エネルギーの内、構造破壊により消費されるエネルギー比を評価する係数(α2=<1.0)である。内部エネルギーのY方向成分は、特に摩擦により消費されるエネルギー割合が大きくなる場合(衝突角度が向かい角の場合)があるので、この影響を分離できるようにした。
被衝突船船側の損傷面積の大きさは、両船のY方向速度に支配されるので、損傷面積関数Sdを次式で表した。
Sd=VA-α3 VBcosθ (4)
α3は被衝突船船側の損傷面積に対する衝突船前進速度の寄与を表す係数である。この係数は、衝突船船首のY方向速度成分が被衝突船船側との接触長さを増減させる特性、及び、船首先端が曲げ変形を受けて接触面積を拡大させる特性を総合的に表していると考えることができる。
損傷深さは、損傷体積を損傷面積で除した値に比例すると考えられるので、損傷深さ関数Ddとして次式を仮定する。
Dd=Vd/Sd (5)
前項に示したCASE A15-B6Lの解析例(Fig. 4)を参照すると、限界状態におけるVBの曲線は、衝突角度がθ=<100degの領域とθ=<100degの領域ではっきりと異なった傾向を示している。この変化は、斜め向かい角と、斜め追い角の違いにより現れるものであるので、以下における検討では、斜め追い角の場合(70=<θ=<100deg)と斜め向かい角の場合(100=<θ=<130deg)を分離して取り扱うことにする。
また、被衝突船の前進速度に関しては、高速(VA=9, 12, 15kt)の場合には比較的似た傾向を示しているが、低速(VA=5kt)では異なった傾向が現れている。ここでは、被衝突船の前進速度については適用範囲を9=<VA=<15ktに限定して限界関数を定式化することにする。
Fig. 4に示す限界状態について、3変数(VA, VB, θ)の組み合わせから、式(1)〜(5)に従って損傷深さ関数Ddを算定した結果をFig. 5, Fig. 6に示す。係数α2、α3の値はそれぞれVA=9〜15ktの範囲で、Ddの値がVAに依らず一定になるように最適化した。α1の値は、この解析例(CASE A15-B6L)の場合についてはα1=0.75(一定値)を与えた。
Fig. 5 Damage depth function Dd: 70=<θ=<100deg
(α1=0.75, α2=1.0, α3=-0.5)
Fig. 6 Damage depth function Dd: 100=<θ=<130deg
(α1=0.75, α2=0.48, α3=1.8)
Fig. 5, 6に示すVA=9, 12, 15ktに対応する曲線の平均値を共通な解曲線と見なすことにする。この平均曲線を図中に“mean”として併せて示した。“mean”を2次曲線で近似した関数を限界関数Dd,crとして採用する。
衝突角度(70=<θ=<100deg)の場合の限界関数:
Dd,cr=-140.7θ2+31036θ-682789
α2=1.0, α3=-0.5 (6)
衝突角度(100=<θ=<130deg)の場合の限界関数:
Dd,cr=300.5θ2-71733θ+4712321
α2=0.48, α3=1.8 (7)
式(6),(7)に示す2次曲線近似の相関度はR2>=0.98であった。また、Fig. 4に示す元のシミュレーション解析結果と比較すると、VBの推定誤差は大凡0.2kt以下であった。
係数α2, α3の値は、衝突角度が斜め追い角(70=<θ=<100deg)か、斜め向かい角(l00=<θ=<130deg)かに支配される係数であるので、各角度領域内では一定値を与えた。
Ddは、式(1)〜(5)に式(6),(7)のα2, α3の値を適用することにより求められる関数であり、3変数(VA, VB, θ)の組合せに対して、Ddの値が式(6)または(7)により与えられるDd,crより大なら、内殻破断が発生し、小なら破断しないという判定を下すことができる。Ddは損傷深さに関する関数であるが、損傷深さそのものを表しているわけではない。式(6),(7)により与えられるDdの値はθ=100degにおいて不連続であるが、限界状態におけるVBの値で見ると連続性は保持されている。
式(6),(7)の限界関数は、CASE A15-B6L[Ballast](衝突船:尖鋭形状標準型バルブを有するVLCC、被衝突船:標準的なD/H VLCC)の解析例を参照して求められたものであるが、ここでは、この限界関数を他の2船の衝突の揚合に援用する手法について述べる。
限界関数は、衝突角度θ及び被衝突船の前進速度VAの変化に対して、見通しの良い状態量変化を表すように求められたものである。従って、この限界関数を援用することにより、3変数(VA, VB, θ)の相対的な変分を十分な精度で推定することが期待できる。以下に示す手法により、少数ケースのFEMシミュレーション解析結果を基にして限界関数を推定する。
一般的な2船衝突の場合に、式(1)〜(5)に式(6),(7)のα2, α3の値を適用して損傷深さ関数Ddを求めた場合に、未知となるのは係数α1のみである。α1は衝突する2船の相対的な強度差に支配される係数であり、衝突する2船に固有の係数である。衝突する2船についてFEMシミュレーション解析を試行して、1〜3ケースの限界状態を特定できれば、α1の値を推定することができる。
以下において、CASE A15-B4L[Ballast](衝突船:扁平形状標準型バルブを有するVLCC)の場合を採り上げて、α1の値を推定した例を示す。
(1)ステップ1
先ず、以下の3ケースについてFEMシミュレーション解析を試行して、内殻破断限界となるVBの値を求める。
CASE-1: θ=80deg, VA=9kt
CASE-2: θ=100deg, VA=9kt
CASE-3: θ=120deg, VA=9kt
CASE-1, 3は、予想される限界角度付近の衝突角度を採り上げたものであり、CASE-2は、限界関数の適用範囲の境界を採り上げたものである。この3ケースのFEM解析を実施することにより、限界角度を推定する場合の精度向上が期待できる。
(2)ステップ2
3ケースについて、3変数(VA, VB, θ)の値を式(1)〜(5)に代入して損傷深さ関数Ddの値を求める。Ddの値は未定係数α1の1次関数となる。この値が式(6),(7)のDd,crと等しいという条件からα1の値を決定する。3ケースにおいて、ステップ1,2から求められたVB及びα1の値は以下の通りである。
CASE-1: VB=145kt, α1=0.787
CASE-2: VB=11.7kt, α1(θ<100)=0.669, α1(θ>100)=0.675
CASE-3: VB=11.9kt, α1=0.746
(3)ステップ3
衝突角度範囲(70=<θ=<100deg)及び(100=<θ=<130deg)において、CASE-1, 2, 3から求められたα1の値がθに線形比例して変化すると仮定して、角度θに対応するα1の値を求める。
(4)ステップ4
各衝突角度θにおいて、式(1)〜(7)に変数(θ, VA, α1)を代入することにより、VBの値を求める。
以上の操作により求められたθとVBの関係をFig. 7に示す。図中において、■印はCASE-1,2,3のFEMシミュレーション解析から求められた3点であり、3本の曲線は総てこの3点を基にして限界関数を援用することにより求められた推定値である。
推定精度の検証のために、被衝突船の速度がVA=15ktで、3種類の衝突角度(θ=70, 90, 120deg)について、FEMシミュレーション解析を実施して内殻破断が発生するかどうかを確認した。図中の*Rup. が破断発生した場合を、○No Rup. が破断発生が無かった場合を示している。VA=15ktに対して推定された限界曲線は、ほぼ*と○の間を通っていることから、内殻破断有無の閾値を精度良く推定していると見ることができる。この検証例では、最も推定誤差が大きかったのはθ=120degの場合であり、FEMによる解析結果と限界関数による推定値との差が約0.4ktであった。
後述のTable 3(c)では、Fig. 7の推定曲線を使用して油流出マップを作成したものである。
Fig. 7 Critical curve for θ vs. VB.
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