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疲労き裂先端の圧縮塑性域が伝播挙動に及ぼす影響
正員 熊 纓*   正員 勝田順一**
河野和芳**    崎山毅**
 
* 長崎大学大学院生産科学研究科
** 長崎大学工学部構造工学科
原稿受理 平成17年8月25日
 
Effects of Compressive Plastic Zone at the Fatigue Crack Tip on Propagation Behavior
 
by Yiong Xiong, Member
Junichi Katsuta, Member
Kazuyoshi Kawano
Takeshi Sakiyama
 
Summary
 In this paper, emphasis on physical meanings of hysteresis loops denoting a relationship between loads and strains near the fatigue crack tip, variations of the tensile plastic load zone in loading and the compressive plastic load zone in unloading are studied respectively under various test conditions, and the effects on acceleration, delayed retardation and non-propagation during fatigue crack propagation are also studied. It can be speculated that the compressive plastic zone at the crack tip has some effects on fatigue crack propagation. Furthermore, it is known that the crack closure phenomenon ends after the compressive plastic zone appears but before the minimum load. Therefore, a parameter PCF called the crack closure finish load is presented for evaluating behavior of fatigue crack propagation.
 
1. 緒言
 疲労き裂伝播中の閉口現象がElber1)により確認されてから,き裂先端の弾塑性挙動が疲労き裂伝播に大きく影響することが明らかになってきた。現在,このことを評価するパラメータとして,Parisにより提案されたΔK(=Kmax-Kmin)の代わりに,き裂先端が開口してからの有効応力拡大係数範囲ΔKeff(=Kmax-Kop)が用いられている。また,西谷ら2)は閉口するまでのΔKeff(Kmax-Kcl))を定義した。これらの評価法では,き裂先端の塑性変形によるコンプライアンス変化の物理的意味は十分に考慮されていない。豊貞ら3)は疲労伝播中のコンプライアンスの変化を考察することによって,再引張塑性域形成荷重PRPGを定義し,き裂先端が塑性変形する間のΔKRP(=Kmax-KRPG)を提案した。しかしながら,これらのパラメータは,注目点から最大荷重までの荷重範囲での評価であり,き裂先端の圧縮塑性変形の役割は評価されていない。
 そこで,本論文では,き裂先端近傍ひずみと荷重から算出するヒステリシスループにおける負荷引張塑性載荷域と除荷圧縮塑性載荷域の生じ始める点の変化に注目し,疲労き裂伝播中の加速,遅延減速及び停留現象との関連を詳しく調査することによって,き裂先端にある圧縮塑性域の変化が疲労き裂伝播に与える効果を明らかにすることを目的とする。一定荷重振幅,最小荷重を一定にして応力比を変化させるスパイク状及びブロック状の繰返し荷重を負荷する疲労き裂伝播試験,及び最大荷重を一定に保ちながら最小荷重を上昇させるKth試験を行った。
 
2. 試験及び計測方法
2.1 疲労き裂伝播試験条件及び材料
 疲労き裂伝播試験は,200kN電気サーボ式疲労試験機を使用し,高精度ロードセルとデジタル型動ひずみ計,及び自作した計測プログラムを用いて,荷重,き裂先端近傍ひずみ,試験片背面ひずみをサンプリングタイム1msecで同時計測した。試験中の状況はパソコン画面でモニタした。
 使用した材料は溶接構造用軟鋼(JIS-SM400B)であり,Fig. 1に示すようなCT型試験片を用いた。また,き裂伝播経路に沿って高密度5連ひずみゲージを貼付し,疲労き裂先端に最も近い未切断ひずみゲージを選択して疲労き裂先端近傍ひずみを計測した。載荷条件はFig. 2に示すように,載荷速度10Hz,最大荷重20kN,最小荷重2kNの引張sin波荷重を基本荷重として,一定振幅の繰返し荷重,一定振幅の繰返し中にスパイク荷重,ブロック状に振幅を増減させる繰返し荷重を負荷する疲労き裂伝播試験及びKth試験を行った。スパイク荷重載荷の場合には,き裂先端が42.9mm,51.3mm,53.6mm,63.3mmと72.3mmまで進展する時点で,スパイク荷重を負荷した。ブロック荷重載荷の場合には,繰返し回数5万回ごとに最大荷重を増減させた。また,Kth試験の場合には,最大荷重は一定で,き裂が2.5mm伝播するごとに最小荷重を逐次上昇させて,14ステップ行った。
 
Fig. 1 Shape of CT type specimen
 
Fig. 2 Types of external loading
 
2.2 計測方法
 疲労き裂伝播試験中,4000回ごとに計測したき裂先端近傍ひずみと荷重の関係の一部をFig. 3に示す。また,これらの結果は1枚のひずみゲージで計測した結果である。なお,1回の計測結果ごとにき裂先端近傍ひずみから除荷弾性ひずみを引き算して横軸方向に拡大することで,ヒステリシスループを求めた。その一例をFig. 4(b)に示す。このヒステリシスループを載荷側と除荷側に分離して,最小二乗法を適用して関数化した4)。また,ヒステリシスループのコンプライアンス変化を詳細に調査するために,ひずみを荷重で一回微分してdε'/dpを,二回微分してd2ε'/dp2を求め,これらとPの関係をFig. 4(a)とFig. 4(c)に示す。
 町田ら5)も述べているように,除荷過程においては,き裂先端に再圧縮塑性域が形成するとともにdε'/dpが上昇しているのに対して,き裂が閉口すると見掛け上のリガメントが増加するとともにdε'/dpが下降していることから,除荷側の一回微分の極大値を閉口荷重Pclと判断する。また,負荷過程においては,き裂開口以前はdε'/dpが上昇しd2ε'/dp2が下降しているものの,き裂先端に再引張塑性域が形成するとともにdε'/dpとd2ε'/dp2が共に上昇することから,負荷側の二回微分の極小値を再引張塑性域形成荷重PRPGと判断する。
 
Fig. 3  The examples of relation between load and strain near fatigue crack tip
 
 また,除荷側の二回微分の極小値を再圧縮塑性域形成荷重PRCPGとする。ヒステリシスループの除荷側を二回微分した場合,PclとPminの間に極値が現れた。Pclからこの極値に至る間は,閉口域の成長が主支配因子になるとともに,再圧縮塑性域の成長速度がPRCPGからPclに至るよりも遅くなることから,dε'/dpが下降しd2ε'/dp2が上昇しているものと考えられる。この極値まで除荷すると,閉口可能のき裂表面が完全に接触されて,圧縮塑性域が成長しないため,この後からPminに至る間はdε'/dpとd2ε'/dp2が共に下降しているものと考えられる。したがって,この極大値をき裂閉口終了荷重PCFと定義する。しかし,PclからPCFに至る除荷過程では圧縮塑性域が存在しているため,本文ではPRCPG〜PCF(ΔPRCF)の領域を除荷圧縮塑性荷重域としてき裂伝播挙動を考察することにする。なお,PRPG〜Pmax(ΔPRPG)の領域を負荷引張塑性荷重域,Pmax〜PRCPGの領域を除荷弾性荷重域,PCF〜Pminの領域をヒステリシスループtailと呼ぶことにする。
 
Fig. 4  Quantitative calculation of PRCPG, PRPG, Pcl and PCF
(拡大画面:30KB)


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