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3.2 船体運動による乗り心地の評価
 船体運動と乗り心地の関係について検討をする。本研究で行った8往復の計測のうち,欠測データを除く14航海分のデータを用いて乗り心地の解析・評価を行った。これら14航海には,台風の前後が含まれるにも拘わらず,嘔吐に至った被験者はひとりもいなかった。
 出港後5分ごとに実施したアンケート調査の詳細な解析結果は続報で述べる予定であるが,ここでは快適性に関する評価値を用いて船体運動と乗り心地について考察を行った。本研究で使用したMood Check List(一部)をFig. 6に示す。解析では,「非常に快適」を-3,「非常に不快」を+3とし,回答者(4〜16名)の平均値を快適性指標として用いた。
 
Fig. 6  Mood check list (a part of the questionnaire sheet).
 
 国際規格ISO2631-1(1997)で定義されている乗り物酔いの評価のための周波数荷重曲線をFig. 7に示す。
 
Fig. 7  Frequency weighting curve Wf defined in ISO 2631-1.
 
 この周波数荷重では,0.2Hz付近にピークを持つ周波数特性で重み付けされるため,Fig. 3に示すような0.5Hz付近にピークを持つ上下揺れ加速度は0.224倍(-13.00dB)に減衰して評価される。一方,0.12Hz付近にピークを持つ左右揺れは0.895倍(-0.96dB)で評価されるため,高速双胴船では左右揺れの影響を無視できないことがわかる。以下では,周波数荷重された加速度aw(t)を用いて評価を行う。
 ISO2631-1の付録では,さらに,(1)式で表されるMSDV(Motion Sickness Dose Value)[ms-1.5]が定義されている。
 
 
 ここに,Tは動揺に暴露された全時間(秒)である。添え字Zは,上下揺れを意味する。そして,20分から6時間の航海に対して予測される嘔吐率は1/3MDVになるという。
 周波数荷重された加速度のr.m.s.値やMSDVによる評価を試みたが,船体運動と快適性指標を関連づけるのは困難であった。そこで,本研究では,(2)式で表される乗り心地指標RCI(Ride Comfort Index)を提案する。これは,人間の感覚による心理学的尺度が刺激の対数値で近似的に表されるというWeber-Fechnerの法則を考慮したものである。
 
 
 航海中5分ごとに調査した快適性指標の変化を調べると,40分間という比較的短時間の航路では,航海中に大きく変化しないということがわかったので,航海ごとの快適性を表す指標には,航海中に全回答者から得られた快適性指標の平均値を用いることとした。また,上下揺れと左右揺れの複合的な影響を考慮するために,r.s.s.(root-sums-of-square)として求めたRCIr.s.s.を考える。
 
 
 乗り心地指標RCIr.s.s.と快適性指標との関係をFig. 8に示す。
 
Fig. 8  Relationship between RCIr.s.s. and comfort index.
 
 これは,14航海の出港後40分間の船体運動から計算されたRCIr.s.s.と快適性指標の40分間の平均値をプロットしたものである。相関係数Rが比較的高いことからも,高速双胴船の乗り心地評価にRCIr.s.s.を用いることが妥当であると判断することができる。
 
4. 結言
 本論文では,高速旅客船の乗り心地評価手法を確立するために,大阪湾を就航する水中翼付高速双胴船で乗り心地に関する実船実験を行い,船体運動の解析結果について述べた。そして,高速旅客船の乗り心地を正しく推定・評価するためには,従来の排水量型船舶のデータに基づく嘔吐率を指標とした乗り物酔い発症の評価手法では適切ではないことを明らかにして,左右揺れ加速度を考慮した乗り心地評価手法を提案した。本研究では,船体運動の違いによる快適性への影響を比較・検討するために,同一船の同じ場所におけるデータを用いて新しい評価指標を提案したが,これが普遍的な評価指標となり得るか否かは今後のデータ収集を必要とする。
 本船は,大阪湾を横断する航路になっているために横波を受け易いことと,浮遊ゴミを避けるために頻繁な操船をすることによって,左右揺れ加速度が大きくなると考えられる。
 今後は,出港後5分ごとに実施した心理的反応の解析および生理的反応(心電図)を考慮して,高速旅客船の乗り心地評価手法の確立を目指したいと考えている。
 
謝辞
 高速旅客船の乗り心地評価実験に対してご理解と全面的なご協力をいただいた株式会社 淡路開発事業団の森脇明宏部長および洲本パールライン「パールブライト2」の乗組員,関係各位に厚く御礼申し上げる。
 また,高速船の耐航性能評価に関連して有益なご助言をいただいた大阪府立大学 池田良穂教授,片山徹講師に感謝の意を表する。最後に,高速船の乗り心地に関する研究および実船実験の機会を与えて下さった細田龍介 大阪府立大学名誉教授に深く感謝申し上げる。
 
参考文献
1) Lawther, A, Griffin, MJ: Prediction of the incidence of motion sickness from the magnitude, frequency and duration of vertical oscillation, J. of Acoustical Society of America, Vol.82, No.3, pp.975-966, 1987.
2) International Organization for Standardization: Mechanical vibration and ― Evaluation of human exposure to whole-body vibration ― Part 1: General requirements, ISO2631-1 Second edition, International Organization for Standardization, 1997.
3) Lawther, A, Griffin, MJ: Measurement of ship motion, In: Human Factors in Transport Research, Vol.2, pp.131-139, 1980.


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