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4. 自動着桟制御のシミュレーション結果
 操船計画によって決定された操船目標は、初期船速3ノットを保ったままバウスラスターとスタンスラスターを用いて、回頭しながら横方向に1.9船長まで幅寄せし、その後、0.3ノットに減速し、更に岸壁に平行に0.1船長幅寄せする着桟操船とする。
 Fig. 5に外乱がないと仮定した時のLFFCD単独の制卸結果を示す。
 左図の上段の図は船速、中段の図は横移動量、下段の図は回頭角を示す。また、中央図の上段の図はプロペラ回転数、中段の図はスラスター推力、下段の図は横流れ角を示す。右図は船の100秒毎の位置と姿勢そして船体重心の目標軌道を示している。以下、図の並びは同じである。
 アプローチ操船からバーシング操船に移行する際にも、制御系の変更は行わず制御系の学習機能に任せている。
 3ノットから0.3ノットに減速された後も制御性能はさほど低下しているようには見られず、1000〜1100秒でスタンスラスターの推力に振動傾向が現れているが、総じてLFFCDの学習機能が有効に働いていると思われる。スラスター推力の振動は、推力の最大増加率を大きくすることによって解消されることから、操作部の能力は制御性能にかなり影響があると思われる。また、左図の下段の図に見られるように、2°の回頭が生じているが、実用上は許容できるものと思われ、これは時間の経過と共に0に収束することを確認している。
 次に、Fig. 6に風外乱がある時のLFFCD単独の制御結果を示す。
 実際の風外乱は時間と共に変動するが、ここでは、簡単のため時刻t=0秒においてステップ状の定常外乱として与えた。
 風外乱は絶対風速VWD=30ノット、絶対風向ΘWD=135°である。LFFCD単独では風外乱は補償できず、0.3ノットに減速してからは制御不能となっている。これはLFFCWDがないため、風外乱を補償するための適切な操作量が出力されないからである。
 フィードバック制御システムでは、目標値からの偏差および外乱の影響は全て制御偏差に現れており、その偏差をどのような制御則で補償するかが問題であった。学習型フィードフォワード制御系においては、目標値追従系と外乱補償系は明確に分離されており、目標値追従系のみでは外乱を補償できないことは文献1, 2, 3, 5)にも明確に示されている。
 
Fig. 5  Follow-up ability with respect to the desired values, manipulated variables, and trajectory with LFFCD, under no disturbance
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Fig. 6  Follow-up ability with respect to the desired values, manipulated variables, and trajectory with LFFCD, under wind disturbance (VWD=30knots, ΘWD=135°)
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 実際の着桟操船においては常に外乱が存在し、操船者が手動で着桟操船する場合は、外乱の影響を常に念頭に置いて操船される。これと同様に、自動着桟制御システムにおいても、目標値に対する精度よい追従機能を有することはもちろん、外乱に対する補償機能を備えていなければならない。
 ここでは、絶対風速VWD=30ノット、絶対風向ΘWDが45°、135°、225°及び315°の場合について、LFFCDとLFFCWDを備えた制御システムの計算機シミュレーションを実施し、Fig. 7〜Fig. 10に示す。
 目標値はFig. 5及びFig. 6と同じである。
 風向に関わりなく良好な制御結果が得られており、LFFCDとLFFCWDが干渉することなく有効に作動していると考えられる。
 以上の計算アルゴリズムは積分法として5次のルンゲ・クッタ法を用いている。計算ステップは、Fig. 5及びFig. 6は1秒の固定ステップとしている。また、Fig. 7〜Fig. 10では、0.1秒の固定ステップとしている。Fig. 7〜Fig. 10の計算を1秒の固定ステップで実施すると、計算が振動的となる。因みに、風速がVWD=10ノット程度の低外乱であれば、1秒の固定ステップでも安定に計算できる。この原因は、LFFCD単独時の計算及び低外乱時の計算が1秒の固定ステップで可能であることを考えると、大きな外乱がある時のLFFCWDの学習速度に問題があると考えられる。
 実船実験時にGPSから得られる位置情報は、サンプリングタイムが1秒であることを考えると、LFFCWDの改良が更に必要であると考えられる。
 
Fig. 7  Follow-up ability with respect to the desired values, manipulated variables, and trajectory with LFFCD and LFFCWD, under wind disturbance (VWD = 30knots, ΘWD = 45°)
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Fig. 8  Follow-up ability with respect to the desired values, manipulated variables, and trajectory with LFFCD and LFFCWD, under wind disturbance (VWD = 30knots, ΘWD = 135°)
(拡大画面:101KB)
 
Fig. 9  Follow-up ability with respect to the desired values, manipulated variables, and trajectory with LFFCD and LFFCWD, under wind disturbance (Vw = 30knots, ΘWD = 225°)
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Fig. 10  Follow-up ability with respect to the desired values, manipulated variables, and trajectory with LFFCD and LFFCWD, under wind disturbance (VW = 30knots, ΘWD = 315°)
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5. 結言
 アプローチ操船から着桟直前のバーシング操船までの運動特性を連続的に表現できる操縦運動モデルは、現時点では入手困難であり、今後この操船問題に対応できる操縦運動モデルの開発が待たれるところである。今回は、通常船速モデルに数値計算上可能な限り小さな船速を与えて得られる運動を便宜的に着桟直前の運動とみなすことにし、このモデルで得られる範囲の非線形性と運動特性変化に対して学習による適応機能と汎化特性が発揮できるかを調査した。
 文献1, 2, 3)に示されている設計法に従って設計された自動着桟制御システムの制御性能を計算機シミュレーションによって検討した結果、以下のような結論が得られた。
 
1. 学習型フィードフォワード制御システムの逆システムの構成は、線形操縦運動方程式から導かれるいわゆる逆伝達関数と同じ構造にすることによって、十分なフィードフォワード制御機能を発揮できる。
2. 学習型フィードフォワード制御システムは、基本的な各システム間の干渉は小さく、予め学習されていない目標値や外乱に対しても学習機能と汎化特性によって適応できる。
3. 学習型フィードフォワード制御方式によって、複数の目標値追従と風外乱を同時に補償する制御系が得られたが、実用的な観点から、風外乱補償系は更に改良が必要である。
 
 以上の結論の有効性は、通常の操縦運動モデルから得られる非線形運動と運動特性変化の範囲に限られる。従って、実際の操縦運動制御の立場からは、通常船速から着桟直前の低船速までの運動特性変化をもっと正確に一貫して表現できる数学モデルを用いて、再度検討すべき余地が残されている。
 
参考文献
1)小川原陽一, 岩本才次, 吉村 学:風外乱補償機能を付加した船舶操縦運動の学習型フィードフォワード制御方式の基礎検討, 日本造船学会論文集, 第178号(1995)pp.321-328。
2)小川原陽一, 岩本才次, 山本善弘:船舶操縦運動の学習型フィードフォワード制御方式の実用化に関する研究(1)―複数外乱下における多変数制御システムの構築―, 日本造船学会論文集, 第180号(1996)pp.705-712.
3) Iwamoto, S. and Ogawara, Y: A Ship manoeuvring Control System to Compensate for the Influence of Current, Wind, and Wave Disturbances, Memoirs of the Faculty of Engineering, Kyushu University, Vol. 57, No. 4, December (1997) pp.133-145.
4)岩本才次, 山本善弘, 小川原陽一:船舶操縦運動の学習型フィードフォワード制御方式の実用化に関する研究(II)―実船実験による目標値追従制御系の検証―, 日本造船学会論文集, 第183号(1998)pp.165-171.
5)岩本才次:船舶操縦運動の学習型フィードフォワード制御方式の実用化に関する研究(III)―実船実験による風外乱補償制御系の検証―, 日本造船学会論文集, 第188号(2000)pp.201-209.
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7) Kijima, K., Katsuno, T., Nakiri, Y. and Furukawa, Y: On the manoeuvring performance of a ship with the parameter of loading condition, Journal of The Society of Naval Architects of Japan, Vol. 168 (1990) pp.141-148.
8)貴島勝郎, 古川芳孝, 江島光昭, 山本欽司:操縦運動時における横頃斜に関する一考察, 西部造船会々報, 第93号(1997)pp.35-46.
9)小瀬邦治, 福戸淳司, 菅野賢治, 赤木茂, 原田美秀子:船の自動離着棧システムに関する研究, 日本造船学論文集 第160号, (1986)pp.103-110.
10)第108研究部会 高速貨物船の波浪中における諸性能に関する研究報告書, 社団法人日本造船研究協会, 1970.3.
11) Kawato, M: Feedback-Error-Learning Neural Network for Supervised Motor Learning, Advanced Neural Computers, R. Eckmiller (Editor), Elsevier Science Publishers B.V. (North-Holland), (1990) pp.365-372.
12)小川原陽一, 平方 勝, 南 佳成, 新宅英司:船舶の操縦運動の多変数制御に対する学習型制御方式の適用と学習の高速化に関する研究, 西部造船会々報, 第87号(1994)pp.211-219.
13) Isherwood, R. M: Wind Resistance of Merchant Ships, TRANSACTIONS OF THE ROYAL INSTITUTION OF NAVAL ARCHITECTS, Vol. 115 (1973) pp.327-338.


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