日本財団 図書館


3. 遮蔽影響による発電量低下
3.1 年間発電量の計算法
 年間発電量は、当該箇所の年間平均風速がvである確率密度f(v)と風車の発電特性P(v)から次式で計算できる。
 
 
 一般に風速分布は、(18)に示すWeibull分布で表されることが知られている。ここで、cは尺度係数、kは形状係数である。
 
 
 日本周辺における風速分布では形状係数kは0.8〜2.2であり、平均風速が5m/sを超えるところでは1.5〜2.2であることが知られている。k=2のときのWeibull分布を特にRayleigh分布といい、日本周辺における風速分布ではRayleigh分布を用いて評価することが多い。本論文でもRayleigh分布を用いることにする。
 年間発電量を計算するにあたっては、定格5MWの風車を用いることとし、Fig. 16に示すような発電特性曲線を(19)のように近似した。
 
 
Fig. 16 発電特性曲線
 
3.2 遮蔽影響による発電量の低下
 Fig. 16に示す発電特性を持つ定格5MWの風車3基から成る風車群を対象として、遮蔽影響を(16),(17)式で推定し、風車間の遮蔽影響による設備利用率の低下が、平均風速と風向によってどのように変化するかにつき計算した結果をFig. 17に示す。なお、風車中心間隔は風車径の2倍とし、各風車は風向が変化しても、常に風に正対する方向にy−制御されると仮定した。このグラフから、平均風速が小さいほど遮蔽効果による発電量低下の割合が大きいことが分かる。(図は風向45度以上の場合を示しているが、風向が45度以下の揚合は、発電量の低下はほとんど見られない。)
 
Fig. 17 遮蔽影響による平均風速ごとの設備利用率低下
 
3.3 風向分布と発電量の関係
 Fig. 17に示した設備利用率は、風向が変わらないとして計算しているが、実海域では風向は卓越風向の周りに変動する。そこで、風車中心間隔を風車径の1.1倍とし、風向変動を考慮して年間発電量の算出を行った。結果をFig. 18に示す。(対象としたのは、Fig. 16のような発電特性を持つ風車を3基配列した場合であり、Fig. 18の縦軸は3基による総年間発電量を3で割った値である。)
 図中横軸の「卓越風向出現確率」とは、卓越風向とその両側45度までの風向を持つ風の出現確率のことである。(卓越風向出現確率を変化させるにあたって、卓越風向から45度以上離れた風向の相対的な出現確率は一定であるとした。)なお、45度は遮蔽影響が顕著になり始める角度であり、45度よりも小さな角度では遮蔽影響は小さい。
 図より、卓越風向出現確率の変化による年間発電量の変化は大きく、当然ながら卓越風向出現確率が大きいほど年間発電量が増加する。通常、卓越風向出現確率70%を越せば風向が安定しているといわれるが、日本近海においては珍しいことではない。Fig. 19に示すように、特に季節風の影響を受ける地域や、陸海風の影響を受けやすい離岸距離の小さい場所では卓越風向出現確率が80%近くに達することも珍しくない。
 
Fig. 18 卓越風向出現確率―年間発電量
 
Fig. 19 日本近海の卓越風向出現確率5)
 
3.4 遮蔽影響による発電量低下の低減法
 遮蔽影響による発電量の低下を抑えるための手法として、風車間隔を広く取る方法以外に、緒方・林・影本ら2)は、Fig. 20に示すように、浮体を一点係留し、風の力を利用して浮体全体を風向に対して常に正対するように動かす浮体ヨー制御方式を提案している。このような方式にすれば、風車はそれ自体がヨー制御をすることなく常に風に正対するため、2章で示したように、隣り合う風車のブレードがほとんど接するまで(L/D=1まで)風車間を近接させても風車間影響による発電量低下はほとんど生じないことが予想される。即ち、各風車による発電量を低下させることなく、浮体上に多数の風車を配置することが可能となり、結果的に当該風力発電ファームの発電コストの大幅な低減を図ることができる。
 
Fig. 20 浮体ヨー制御の概念図
 
 このような浮体ヨー制御方式の効果を確認するために、浮体ヨー制御方式の風力発電ファームと、浮体ヨー制御を行わない風力発電ファームの設備利用率を比較した。(ただし、浮体ヨー制御を行わない風力発電ファームでも、既存の風力発電のように、風向の変化に伴って、各風車は風に正対するような向きに個別に回転するものと仮定した。)浮体ヨー制御を行わない風力発電ファームとしては、2基、5基、10基で構成されるものについてそれぞれ推算を行った。結果をFig. 21に示す。なお、推算を行うにあたっての風速・風向のデータには愛知県常滑沖の伊勢湾海上に建設予定である中部国際空港における常滑沖海上環境測定局(以後、MT局)の2002年の測定値を用いた。浮体ヨー制御方式の風力発電ファームでは、風車間間隔(L/D)が1でも、すなわち隣り合う風車のブレードがほとんど接するまで近づけても風車間影響がほとんどないので、風車の数にかかわらず設備利用率はほぼ一定となる。横軸に風車中心間隔と風車径の比をとっているが、浮体ヨー制御方式の風力発電ファームでは、上述のように風車間隔にかかわらず風車間影響はほとんどないので、設備利用率は横軸にほぼ平行で一定となる。一方、浮体ヨー制御を行わない風力発電ファームでは、風車間隔を大きく取ったほうが遮蔽効果は低減でき、また風車台数が多いと遮蔽効果による発電量低下はより大きくなることが分かった。
 これらの結果から、浮体ヨー制御方式を採り入れることによって、当該風力発電ファームを構成する風車数にかかわらず、遮蔽影響による発電量低下を大きく抑えることができることが確認された。
 
Fig. 21 遮蔽影響による設備利用率の低下
 
7. 結論
 本研究によって得られた主な結論は以下の通りである。
(1)風車後方の流れの構造は、風速が非常に低い場合以外は、風速によってあまり変化せず、風車の抗力係数は風速によらずほぼ一定である。
(2)風上側風車の風下側風車への影響は風上から3基目以降の風車ではほぼ一定となる。
(3)風車中心間隔を風車径の3倍離した場合には、風向70度程度までは風上風車による遮蔽影響がほとんど見られず、さらに風車中心間隔を風車径の1倍まで近接させた場合でも、風向30度程度までは遮蔽影響がみられない。通常、主たる風向から±30°に95%以上の確率で風向が収まることから、従来言われてきたように「隣り合う風車間の中心間距離を風車ブレード直径の3倍以上離すこと」は必要以上に風車間隔を大きくとりすぎており、風車間の遮蔽影響による発電量低下なしに風車群をもっと近接させて配置することが可能であることが示唆される。
(4)一方、卓越風向と平行な方向に風車を配置した場合、即ち風向90度の場合には、風車中心間隔を風車径の10倍程度離して設置した際でも、風速は78%位までしか回復せず、発電量は風車単独の場合の半分程度にまで低下する。
(5)風車間の遮蔽影響は、風向が大きくなって幾何学的に風上風車の風向への投影が風下風車に重なり始めるにしたがって現れ始め、逆に幾何学的に風上風車の風向への投影が風下風車に重ならない場合にはほとんど影響がないとして、おおよそモデル化できる。
(6)平均風速が小さいほど遮蔽効果による発電量低下の割合が大きい。
(7)卓越風向出現確率の変化による年間発電量の変化は大きく、卓越風向出現確率が大きいほど年間発電量が増加する。
(8)浮体ヨー制御方式を採り入れることによって、当該風力発電ファームを構成する風車数にかかわらず、遮蔽効果による発電量低下を大きく抑えることができ、実質上風車中心間距離とブレード直径の比を1.0、即ち隣り合う風車のブレードがほとんど接するまで近接させても風車間による遮蔽影響はほとんど存在しない。この結果として当該風力発電ファームの発電コストを大きく低減することが可能となる。
 
 実際の海上での風速分布は、海面近傍に発達する境界層により、海面からの高さによらず一定ではなく、数メガワット級の大型風車を用いたとしても、風車本体はなお有意な境界層内に含まれると予想される。本研究ではこのような境界層の影響を考慮していないが、風車が境界層内にあれば、粘性影響のために風車後流の乱れが抑制されることになるので、遮蔽影響は本実験で得られた結果よりもさらに緩和されると推察される。
 また、本実験では風車群が一列に配置される揚合を対象とし、もっぱら風向きに対し横方向に配列された風車間の間隔について検討を行った。これは、風車群を搭載する浮体の建設・係留のためのコストが、当該ウィンドファームのコストの大きな部分を占めるため、浮体に搭載可能な風車数を風車間の遮蔽影響が出ない範囲でできるだけ多くしたいという理由によるものであった。実際のウィンドファームでは、数行数列のマトリックス状に配置されることが予想される。従って、風向に対して直角方向に横一列に配置された風車列を、風向に並行な方向にタンデムに2行、3行と配置した揚合の遮蔽影響も今後検討すべきである。
 
 本研究では、本来風洞で行うべき実験を水槽試験によって置き換えて実施した。この第一の理由は、著者らが使用可能な風洞を有していない一方で、船舶試験用の水槽を手軽に使える状態にあったという都合によるものであるが、実際問題として風洞を有している機関は限られるので、風洞実験を水槽試験によって置き換えて行うことができれば、風車実験に関わる実用的な意義は大きいと考えられる。
 
8. 謝辞
 本研究には文部科学省の科研費(14350525)の助成を得た。
 また、本研究において用いた気象データは中部国際空港株式会社建設事務所より提供いただきました。
 
参考文献
1)Hoerner, S: Fluid Dynamic Drag, III Pressure Drag
2)緒方龍、林竜也、影本浩:Floating Wind Farmの試計画, 第16回海洋工学シンポジウム論文集, 549-556, 2001
3)小杉晃:日本近海における沖合風力発電の実現可能性に関する研究, 東京大学新領域創成科学研究科修士論文, 2002
4)緒方龍:日本近海における洋上風力発電の実現可能性に関する研究, 東京大学新領域創成科学研究科修士論文, 2004
5)(財)気象業務支援センター:アメダス10分値データ(CSV)2000.1〜2002.12


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION