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船体構造部材の静的強度に及ぼす腐食の影響(第7報)
―圧縮最終強度、せん断最終強度に及ぼす腐食ピットの影響―
正員 中井達郎*  正員 松下久雄*
正員 山本規雄*
 
* (財)日本海事協会 技術研究所
原稿受理 平成17年3月22日
 
Effect of Corrosion on Static Strength of Hull Structural Members (7th Report)
by Tatsuro Nakai, Member
Hisao Matsushita, Member
Norio Yamamoto, Member
 
Summary
 Pitting corrosion is typical corrosion observed on coated hold frames of bulk carriers which exclusively carry coal and iron ore. In order to secure the safety of these types of bulk carriers, it is important to understand the effect of pitting corrosion on local strength of hold frames.
 In order to investigate this effect, a series of non-linear FE-analyses has been performed with pitted rectangular plates under compressive and shear loading conditions. It has been revealed that ultimate compressive and shear strength of pitted plates is smaller than that of uniformly corroded plates in terms of average thickness loss and that prediction results of ultimate strength using average thickness loss at the minimum cross section would be on the safe side. It has been also found that reduction of tensile strength due to pitting corrosion is larger than that of ultimate compressive and shear strength.
 
1. 緒言
 本研究は、石炭と鉄鉱石を運搬するばら積み貨物船の腐食ピットが発生している構造部材の局部強度の評価法確立を目的として実施している[1]-[7]。腐食ピットが発生している構造部材の残存強度を実験や解析により検討する場合、部材表面の凹凸が残存強度に影響を及ぼすと考えられることから、腐食実態すなわち実際の腐食ピットの形態を考慮する必要がある。そこで、既報[1]-[3]では、まず3隻のばら積み貨物船の貨物倉倉内肋骨の腐食実態を調査し、以下のようなことを明らかにした。
・倉内肋骨に見られる典型的な腐食ピットは、円錐形であり、その直径と深さの比は8:1〜10:1の範囲にある。
 例として、船齢14年のばら積み貨物船から採取したサンドブラスト後の倉内肋骨[1]をFig. 1に示す。この図から、腐食ピットが部材表面全体に広がっていることが分かる。また、Fig. 2に、上記とは異なる船齢14年のばら積み貨物船の倉内肋骨に発生していた腐食ピットの断面写真を示す。この図から分かるように、腐食ピットが発生している箇所では、こぶ錆が盛り上がるように発生しており、また、腐食ピットは、断面形状が三角形の円錐形であることが分かる。
 
Fig. 1 Pitting corrosion in hold frame
 
Fig. 2 Cross-sectional view of corrosion pit
 
 腐食ピットが発生している部材の強度評価方法を確立するためには、どのような荷重条件下における破壊形態や崩壊形態が腐食ピットによる影響を最も強く受けるかについて検討する必要があると考え、第2段階として、構造部材を構成する板要素レベルの強度に及ぼす腐食ピットの影響を調査するために、実際に腐食ピットが発生している部材、及び、模擬腐食ピットを設けた試験片を用いて、引張試験、及び、圧縮座屈試験を実施した[1]-[3]。これらの実験から以下のようなことを明らかにした。
・腐食ピットによる衰耗量が増加するにつれて、部材の公称引張強さは徐々に低下し、破断伸びは急激に低下する。
・小型引張試験片における引張強度は、[最小断面積]×[材料の引張強さ]により予測可能である。
・幅広引張試験片の場合、大きなピット部に局所的な塑性変形が集中し、局所破壊が開始する場合があるため、その正味破断応力は、小型試験片よりも小さくなる場合がある。
・腐食ピットが発生している部材の圧縮最終強度は、平均衰耗量で整理した場合、一様衰耗の場合の最終強度とほぼ等しいかそれよりも小さくなる。
 上記の通り、単純な荷重条件下における板要素の強度に及ぼす腐食ピットの影響についてはデータが蓄積されつつあるが、構造強度に及ぼす腐食ピットの影響についても検討する必要があると考えられる。そこで第3段階として、第3報〜第6報[4]-[7]においては、倉内肋骨の曲げ部材としての強度、すなわち、(1)座屈を生じない場合の崩壊強度[4]、(2)横倒れ座屈強度[5]、(3)局部座屈強度[6]、(4)ウェブのせん断強度[7]、及び、(5)集中荷重に対するウェブの圧壊強度[4]のそれぞれについてウェブに発生している円錐形の腐食ピットの影響を検討し、これまでに、以下のようなことを明らかにした。
・最終強度はウェブに発生している腐食ピットの影響を受け低下する。
・ウェブで曲げによる引張を受ける領域に腐食ピットが集中する場合、腐食ピット底部からき裂が発生する場合がある。
・横倒れ座屈や局部座屈が生じる場合の最終強度は、腐食ピットがウェブに均等に分布している場合、平均衰耗率に対応する一様衰耗の場合の最終強度とほぼ等しい。
・ウェブに腐食ピットが存在し、せん断座屈を生じる場合、座屈後にウェブで破断が生じる。
・集中荷重によりウェブの圧壊が生じる場合、応力が高い領域に腐食ピットが存在する方が強度低下が大きい。
 以上のように、曲げ部材強度に及ぼす腐食ピットの影響についても、腐食ピットが発生している構造部材の局部強度の評価法検討のための基礎データが収集されつつある。
 本報では、圧縮最終強度とせん断最終強度に及ぼす円錐形の腐食ピットの影響について調査することを目的とした。よく知られている通り、圧縮座屈[8]-[10]やせん断座屈[11]-[15]については古くから数多くの研究がなされているが、腐食ピットによる強度低下という観点から研究が実施された例は少ないようである[16]、[17]。圧縮最終強度やせん断最終強度に及ぼす腐食ピットの影響については、上述の通り、著者らの一連の研究[1]-[3]、[7]で、腐食ピットが実際に発生している部材や模擬腐食ピットを設けた試験片を用いた実験により検討を進めているが、データが十分とはいえず、未だ不明な点が多い。そこで、本報ではFEMを用いた弾塑性大たわみ解析によるシリーズ計算を実施し、円錐形の腐食ピットの分布や大きさの影響を調査するとともに、既報における模擬腐食ピットを設けた試験片を用いた引張試験結果[1]、[3]と比較することにより、圧縮最終強度、せん断座屈強度、及び、引張強度のいずれが腐食ピットの影響を最も強く受けるかについても検討した。
 
2. 解析対象および解析手法
2.1 解析対象
 腐食ピットが発生している矩形板を対象として、FEMを用いた弾塑性大たわみ解析を実施した。解析コードはMSC.Marcを用い、要素には4節点厚肉シェル要素(Element Type 75)を用いた。また、腐食ピットの形状モデリング方法について検証するために、8節点6面体ソリッド要素(Element Type 117)を用いた解析も一部実施した。
 解析対象モデルは、圧縮座屈モデル及びせん断座屈モデルともFig. 3に示す矩形板で、板幅b=450mm、長さa=450mm、板厚t=10mmとし、腐食ピットの分布を変化させて解析を実施した。圧縮座屈モデルの場合、板厚tが13及び16mmの場合、及び、長さaが900、1350及び2250mmの場合についても一部解析を実施した。
 境界条件は、面外変位については周辺単純支持とし、面内変位については周辺が直線を保持しながら変位するという条件を設けた。面内せん断力を導入するにあたっては、文献[13]、[18]、[19]を参考にして、Fig. 3(b)及びTable 1のような境界条件とともに、下式で表される拘束条件を与えた。
 
 
 ここで、u、vは、それぞれx、y方向変位であり、添え字のB及びDは、それぞれ点B及びDにおける変位であることを示す。
 
Fig. 3 Rectangular panel under compression and shear
(a) Compression
 
(b) Shear
 
 本研究で取り扱う腐食ピットの形状は円錐形である。石炭と鉄鉱石を運搬する大型ばら積み貨物船の倉内肋骨に見られる典型的な腐食ピットはFig. 2に示したとおり円錐形であり、その直径と深さの比は8:1〜10:1程度の範囲にある[1]-[3]。ここでは、より厳しいケースすなわち同じ直径に対してより深い腐食ピットを想定して直径と深さの比は8:1とし、その直径は20、30あるいは40mmで一定とした。また、腐食ピット底部の残存板厚が最も小さくなる場合を想定して、板の両面の同じ位置に腐食ピットを配置した。なお、比較のため上記の3種類の直径の腐食ピットが混在する場合についても一部解析を実施した。解析に用いた腐食ピットの分布の例をFig. 4に示す。以上のように、解析対象モデルは腐食ピットの分布、腐食ピットの直径、及び、板厚を主なパラメータとしており、以下のように表記するものとする。
 
圧縮座屈:CAj-D-t あるいは CBk-D-t
せん断座屈:SAj-D-t あるいは SBk-D-t
 
 ここで、C及びSはそれぞれ圧縮座屈モデル及びせん断座屈モデルを表す。また、A及びBは、それぞれFig. 4(a)、(c)及び(b)、(d)に示した腐食ピット分布を表し、j及びkはFig. 4(a)、(c)及び(b)、(d)に示す位置の腐食ピットの個数である。Dは腐食ピットの直径(D=20、30または40)であるが、3種類の直径の腐食ピットが混在するモデルの場合にはD=234と表記する。tは板厚(t=10、13または16)である。解析したモデルは計319ケースであり、Table 2にまとめて示した。
 
Table 1 Boundary conditions in shear buckling analysis
Edge u v w θx θy θz
x=0 1 0 1 1 0 1
x=a 0 0 1 1 0 1
y=0 0 0 1 0 1 0
y=b 0 0 1 0 1 0
Note:
free = 0, fixed = 1
u, v, w = x-, y-, z-displacement, respectively
θx, θy, θz = rotation about x-, y-, z-axis, respectively
 
Fig. 4 Example of pit distribution
 
Table 2 Calculated models with pitting corrosion
Load Type Model D (mm) j or k t (mm) a/b
Compression CAj-D-t 20 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20, 21 10, 13, 16 1
30 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15 10, 13, 16 1, 2*, 3*, 5*
40 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11 10, 13, 16 1
20, 30, 40 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11 10, 13, 16 1
CBk-D-t 20 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15 10, 13, 16 1
30 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10 10, 13, 16 1
40 3, 4, 5, 6, 7, 8 10, 13, 16 1
20, 30, 40 3, 4, 5, 6, 7, 8 10, 13, 16 1
Shear SAj-D-t 20 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16, 17, 18, 19, 20, 21 10 1
30 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15 10 1
40 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11 10 1
20, 30, 40 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11 10 1
SBk-D-t 20 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 11, 12, 13, 14, 15 10 1
30 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10 10 1
40 3, 4, 5, 6, 7, 8 10 1
20, 30, 40 3, 4, 5, 6, 7, 8 10 1
Note:
 *a/b=2, 3 and 5 are used only for CA10-30-10
 
 一般に、工作時に生じる溶接変形などの初期不整の分布は複雑であると言われている。本解析は、最終強度に及ぼす腐食ピットの影響について調査することを主目的としているため、初期不整は下式に示す単純なたわみ波形[20]を仮定した。
 
 
 ここで、w0は板厚tの1/100とし、nの値は、アスペクト比a/b=1、2、3及び5に対してそれぞれ1、2、3及び5とした。なお、溶接残留応力は考慮していない。
 材料は、YP32鋼を想定して、ヤング率Eは205.8GPa、降伏応力σyは313.6MPaとし、加工硬化率H’はE/75と仮定した。
 
2.2 腐食ピットの形状モデリング
 本解析で問題となるのは、腐食ピットの形状モデリング方法であるが、本モデルでは、一辺の長さが6mmの正方形のシェル要素でモデリングし、ピットの位置と直径、直径と深さの比、及び、ピット形状が円錐形であることから各節点における板厚を求め、各要素を構成する節点における板厚の平均値をその要素の板厚とした。これまでに、板厚程度の大きさのシェル要素を用いて上記のようなピットの形状モデリング方法により、圧縮試験結果、及び、構造モデルを用いた各種試験結果の解析を実施してきた[1]-[7]が、そのモデリング方法の妥当性についてはさらに検討の余地がある[7]。そこで、予備解析において、さらにピット部のメッシュを細かくしたシェル要素を用いたモデル、及び、ソリッド要素を用いたモデルでも解析を実施し、上記のモデリング方法の妥当性を検証した。


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