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船体構造部材の静的強度に及ぼす腐食の影響(第6報)
―ウェブのせん断強度に及ぼす腐食ピットの影響―
正員 中井 達郎*  正員 松下 久雄*
正員 山本 規雄*
 
* (財)日本海事協会 技術研究所
原稿受理 平成16年12月14日
 
Effect of Corrosion on Static Strength of Hull Structural Members (6th Report)
by Tatsuro Nakai, Member
Hisao Matsushita, Member
Norio Yamamoto, Member
 
Summary
 The aim of this study is to investigate the effect of pitting corrosion on local strength of hold frames of bulk carriers. In the present study, a series of 3-point bend tests with small structural models which consist of web, shell and face plates has been conducted. Artificial pitting was made on the web plate. In these tests, a concentrated load has been applied at the center of simply supported models so that shear load would act on the web plate. In this testing condition, load increased even after shear buckling occurred. When there is artificial pitting, fracture of web occurs. While no fracture is observed when there is no pitting. It has been revealed that shear buckling load and ultimate load decreases gradually and maximum vertical deflection decreases drastically with the increase of area ratio of pitting. As a result of non-linear FE-analyses, shear buckling load of the structural models where pitting prevailed uniformly on the web plates was found to be almost the same as that of the structural models where the web plates have uniform corrosion corresponding to the average thickness loss.
 
1. 緒言
 船体構造部材は就航後、腐食環境にさらされ、腐食による部材板厚の減少などの経年劣化は避けられないことから、腐食は船舶の寿命を決定する要因のひとつと考えられている[1]。それゆえ、船体構造の安全性を確保するためには、腐食のプロセスを理解し、腐食衰耗の全体強度に及ぼす影響のみならず、局部強度に及ぼす影響も的確に評価する必要がある。
 このような観点から、著者の一人は腐食の発生と進行過程を定量的に評価することのできる腐食の確率モデルを開発し[2]、本モデルを用いて船体構造における主要強度のひとつであるハルガーダー縦強度の腐食による低下について検討している[3]。全体強度に及ぼす腐食の影響が検討されている一方で、船体構造部材や各部材を構成する板要素の強度に及ぼす腐食の影響に関する研究は、文献[4]〜[8]などに見られる。また、土木構造物などの分野においても、部材強度に及ぼす腐食の影響については、その重要性から、近年研究例が増えてきているようである。例えば、腐食鋼板の表面形状に関する研究[9]〜[12]、腐食材の引張強度や座屈強度に関する研究[13]〜[17]や実際の腐食した構造部材や腐食を模擬した構造部材の強度に関する研究[18]〜[22]などがある。以上のような研究例があるものの、腐食の実態、部材を構成する板要素レベルの強度に及ぼす腐食の影響、及び、構造部材レベルの強度に及ぼす腐食の影響について系統的に調査した例は少ないようである。
 全面腐食と局部腐食は船体構造部材に見られる典型的な腐食として挙げられるが、石炭と鉄鉱石を運搬するバルクキャリア貨物倉倉内肋骨には、局部腐食の一形態である凹凸の激しい腐食ピットが板表面に発生する場合がある[23],[24]。全面腐食のように平均的に腐食が進行している場合と比較して、凹凸の激しい腐食ピットが発生している場合、表面凹凸状態の影響を考慮する必要があるため、残存強度の評価が難しいと考えられる。このため、IACS統一規則S-31[25]で、腐食ピットが発生している場合を含めた倉内肋骨の切替え基準が規定されているものの、腐食ピットの程度と残存強度の関係については十分に明らかにされているとは言えない状況にある。そこで、本研究では、バルクキャリア貨物倉倉内肋骨の局部強度に及ぼす腐食、特に腐食ピットの影響を調査し、切替え基準を検討するための基礎データを取得することを目的としている。第1報[23]及び第2報[24]では、(1)腐食の実態調査、腐食ピットの形状調査、(2)実部材と模擬腐食ピットを設けた部材を用いた引張試験、及び、(3)圧縮座屈試験を実施し、単純な荷重条件における板要素の強度に及ぼす腐食ピットの影響について検討するとともに、圧縮座屈試験結果をもとに、(4)FEM解析の際に用いる腐食ピットの形状モデリング方法を検討した。
 すでに単純な荷重条件(引張、圧縮)における板要素の強度に及ぼす腐食ピットの影響について明らかにしてきたが、さらに構造強度に腐食ピットがどのような影響を及ぼすかを明らかにするために、構造強度、すなわち倉内肋骨の曲げ部材としての強度に及ぼす腐食ピットの影響について、現在、検討を進めている。曲げを受ける部材の強度を検討する場合、一般に、(1)座屈を生じない場合の崩壊強度、(2)横倒れ座屈強度、(3)各板要素の局部座屈強度、(4)ウェブのせん断強度、などが主な検討項目であり、さらに(5)集中荷重に対するウェブの圧壊(web crippling)などの検討が必要な場合がある[26]
 第3報[27]では、上記の(1)及び(5)に及ぼす腐食ピットの影響を調べるために、断面寸法がケープサイズバルクキャリア倉内肋骨の約2分の1の構造物モデルを用いて、フェイスが引張側となるような4点曲げ試験を実施した。その結果、ウェブ上のフェイス寄りの部分に腐食ピットが集中する場合、腐食ピット底部からのき裂の発生が見られることがあり、ウェブにおける腐食ピットの防止は、腐食ピットを起点としたウェブからの破断を防ぐのに重要であることやウェブの圧壊強度は腐食ピットの分布の影響を強く受けることなどを示した。
 第4報[28]と第5報[29]では、それぞれ上記の(2)と(3)に及ぼす腐食ピットの影響を検討するために、第3報[27]と同様な断面寸法を持つ構造物モデルを用いてフェイスが圧縮側となるような4点曲げ試験(横倒れ座屈試験)及び3点曲げ試験(局部座屈試験)を実施した。その結果、ウェブにピットが均等に存在する場合の最終強度は、その平均衰耗量に対応する一様衰耗の場合の最終強度とほぼ等しいことなどを明らかにした。
 第6報である本報では、上記の(4)ウェブのせん断強度に及ぼす腐食ピットの影響について検討した結果を報告する。よく知られている通り、ウェブのせん断強度については古くから数多くの研究がなされている[30]〜[36]が、腐食による強度低下の観点から研究が実施された例は少ないようである[20]。既報[27]-[29]と同様な断面寸法を持つ構造物モデルを用いて、3点曲げ試験(せん断座屈試験)を実施した。ウェブにはドリル加工により模擬腐食ピットを設けて、ウェブのせん断座屈挙動に及ぼす腐食ピットの影響について調査した。本報の最大の目的は、ウェブのせん断強度に及ぼす腐食ピットの影響について明らかにするとともに、一様衰耗の場合との違いについて検討することにある。実験に引き続いてFEM解析を実施し、その解析精度を確認するとともに、一様衰耗の場合についてもせん断座屈強度を求め、腐食ピットがある場合のせん断座屈強度との比較検討を実施した。
 
2. 小型構造物モデルを用いた3点曲げ試験
2.1 供試材
 供試材は、YP32鋼であり、既報[28],[29]で用いたものと同じ板厚5、6、10、19及び22mmの板材を用いた。ここで、板厚5mmの板材は板厚6mmの板材を減厚加工することにより準備した。供試材の機械的性質をTable 1に示す。この表に示すように、降伏点は346〜404MPa、引張強さは535〜578MPaであり、破断伸びは30〜32%である。
 
2.2 試験体
 試験体は、ウェブ(t=5mmあるいは6mm)、外板(t=19mm)、フェイス(t=10mm)及びスティフナ(t=22mm)をすみ肉溶接により組み立てたものを用いた。溶接脚長は、板厚5mm、6mm及び22mmの母材に対して、それぞれ3mm、4mm及び10mmとした。試験体の概略をFig. 1に示す。試験体の断面寸法は、ウェブ板厚10mmあるいは12mm、外板板厚19mm、フェイス板厚20mm、ウェブ深さ450mm、フェイス幅200mm及びフレームスペース940mmのケープサイズバルクキャリア倉内肋骨の縮尺約1/2に対応する。なお、外板は板厚19mmのままとし、幅を1フレームスペースの1/4として、断面積が1/4となるようにしてある。試験体の全長は720mm、スパンは610mmであり、載荷点となるスパン中央にスティフナが設けられている。Fig. 1において、試験体中央から右側の外板、フェイス及びスティフナで囲まれた長さ305mmのウェブ部分を供試部としている。計12体の試験体を用いて試験を実施した。
 
Table 1 Mechanical Properties of Tested Steel
t
(mm)
Y.P.
(MPa)
T.S.
(MPa)
E1.
(%)
6 404 578 31
10 359 555 30
19 346 540 30
22 356 535 32
 
Fig. 1 Test Specimen
 
Fig. 2 Pitted Area in Each Specimen
 
Table 2 Artificial Pitting in Each Specimen
No. Thickness (mm) Number of Pits Area Ratio of Pit Local Average Thickness Loss
A B mm %
G3-1 6 0 0 0.0 0.0 0.0
G3-2 6 13 13 0.06 0.10 1.7
G3-3 6 32 32 0.15 0.24 4.1
G3-4 6 59 59 0.27 0.45 7.0
G3-5 6 111 111 0.51 0.85 14.1
H3-1 5 0 0 0.0 0.0 0.0
H3-3 5 32 32 0.15 0.24 4.9
H3-4 5 59 59 0.27 0.45 9.0
H3-5 5 111 111 0.51 0.85 16.9
H3-6 5 35 35 0.48 0.80 5.3
H3-7 5 35 35 0.48 0.80 5.3
H3-8 5 35 35 0.48 0.80 5.3
 
Fig. 3 Pit Distribution in Each Specimen
 
2.3 模擬腐食ピット
 本実験の主たる目的は、腐食ピットがウェブのせん断強度に及ぼす影響について調査することにあり、上記の試験体のウェブにドリル加工により模擬腐食ピットを設けている。模擬腐食ピットの形状は、石炭と鉄鉱石を運搬するバルクキャリアにおける実部材の腐食ピット形状を調査した結果[23],[24]に基づき決定し、直径20mm、深さ2.5mmの円錐形とした。本試験体は縮尺約1/2のモデルであるので、これは、実部材においては直径40mm、深さ5.0mmの円錐形の腐食ピットに相当する。各試験体におけるピット加工領域はFig. 2に黒塗りで示した部分である。また、最も厳しい場合を想定し、ピット加工領域には、ウェブの表裏面の同じ位置に同じ形状のピットが設けられている。なお、G3-1及びH3-1にはピットを設けていない。Table 2の試験体一覧にピット個数、ピット面積率及び局所平均減肉量をまとめて示す。ここで、ピット面積率とは、Fig. 2のピット加工領域においてピットが占める面積の割合であり、局所平均減肉量とは、ピット加工領域における平均減肉量である。ピット分布はFig. 3に示すように各試験体とも均等分布とした。
 
2.4 試験方法
 実験装置は1,000kN万能試験機を用い、試験体は外板側が上になるように設置して、スパン(610mm)を2等分する点に外板側から集中荷重を負荷した。試験体中央断面においては外板中央部の鉛直方向変位を、供試部中央部から15mm外側の断面すなわちFig. 1で試験体中央から右側へ167.5mm離れた断面においては、ウェブを深さ方向に4等分する3点で横たわみを計測した。試験体設置状況をPhoto 1に示す。
 
Photo 1 Test Set-up


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