日本財団 図書館


乗り心地評価のための表情評価モデルの構築
正員 有馬正和*  正員 池田和外**
 
* 大阪府立大学大学院工学研究科
** ダイハツ工業株式会社
(研究当時 大阪府立大学大学院工学研究科)
原稿受理 平成17年4月26日
 
Fuzzy Modelling of Facial-Expression Analysis for Evaluating Ride Comfort
by Masakazu Arima, Member
Kazuto Ikeda, Member
 
Summary
 The authors have developed an evaluation method of facial expression for evaluating ride quality of vehicles. They demonstrated that facial expression can be quantitatively characterised by introducing the concept of the Fourier Descriptor (FD) and that the relationship between one's each individual facial factor such as eyes or a mouth and his/her psychological situation can be sufficiently expressed by the optimised discriminant analysis model. The present paper deals with overall evaluation of facial expression by other people using the FDs of both eyes and mouth. The subjects were asked to exhibit the six fundamental emotions investigated in the field of psychology: happiness, surprise, fear, anger, disgust and sadness. The fuzzy measure theory was here introduced to represent human ambiguous judgement. The process of estimating one's emotion from his/her overall facial expression was modelled by means of the fuzzy integral. The contributions of each individual factor of average of both eyes' shapes, mouth's shape and difference of both eyes' shapes to the evaluation were then identified quantitatively as fuzzy measures.
 
1. 緒言
 本研究の目的は,表情から乗り心地や乗り物酔いの発症を推定・評価するための手法を確立するために,眼や口の形状にフーリエ記述子法1)を適用し,(1)表情の定量的表現,(2)表情と心理状態との関連付け,(3)表情評価モデルの構築を行うことで,表情要素の形状およびその変化を定量的に表現できることを示し,さらに,心理学分野における6つの基本感情2)を意図的に表出したときの表情とその基本感情との関連を明らかにすることである。
 著者等は,フーリエ記述子法を用いて表情要素(眼と口)の特徴表現を試みた結果,眼や口のように2次元閉曲線で記述できる表情要素は,フーリエ記述子によって定量的に表現でき,統計的手法のひとつである判別分析を用いることにより,表情と心理状態を結びつけ,判別できる可能性があるということを明らかにした3)
 また,乗り物酔い発症者に特徴的に見られる「うつろ」な表情には,表情要素のすべてにうつろである手掛かりが示される必要のあること,眼と口の組み合わせでうつろの状態を表現し得ることを明らかにした4)
 さらに,フーリエ記述子による特徴表現を表情(両眼と口)に適用し,心理学の分野で用いられる基本感情との間の関連性を調べた。この表情判別モデルでは,フーリエ記述子によって定量的に表された被験者の表情から本人の申告に基づく基本感情を推定・評価することのできるモデルの構築を目指した。そして,統計的手法の判別分析や重回帰分析をモデルに適用することによって,高い判別率で表情から基本感情を推定・評価することのできるモデルを提案することができた5)
 本研究の最終目標は,表情を客観的で非侵襲な計測が可能な唯一の生理指標として乗り心地や乗り物酔いの発症を評価することにある。我々は,船や電車・バスの中で他人の表情や所作を見て,その人が乗り物酔いを発症しているか否かの評価・判断を短時間の内にいとも簡単にしてしまうことが可能である。この表情評価を実現するためには,表情を定量的に計測・解析・評価して,被験者本人の愁訴に基づく乗り心地・乗り物酔いの発症,およびその表情を第三者が見たときの推定・評価との関係を把握しておく必要がある。
 そこで,本論文では,基本感情を表出した表情を第三者が評価する際に,表情要素のどの部分に重点を置いて評価を行うのかを明らかにする。この場合,評価における加法性が成立することは必ずしも期待できないので,表情評価モデルには統計的手法を用いることをせず,単調性のみを必要とするファジィ測度6)の概念を導入することとし,表情評価実験の結果よりファジィ測度論を導入することの妥当性・有効性を明らかにする。モデリングに必要となるファジィ測度論の概念については成書も多く,ここでは説明を省略する。そして,アンケート調査による外部評価の実験結果より,構築した表情評価モデルの妥当性・有効性を検証する。
 
2. フーリエ記述子による図形の特徴表現
2.1 フーリエ記述子法
 フーリエ記述子法1)とは,2次元平面上に描かれた閉曲線が周長を周期とする周期関数で表されることを利用して,閉曲線の特徴量をフーリエ級数展開し,フーリエ係数あるいはその組み合わせによって2次元閉曲線の特徴表現を行う方法である。
 Fig. 1に示すような2次元平面上の閉曲線を考える。
 
Fig. 1 Plane-closed curve.
 
 閉曲線上の1点Aを始点とし,始点から時計回りに曲線上を長さsだけ進んだ点の位置をZ(s),Z(s)における方向ベクトルと水平軸とのなす角を偏角φ(s)とする。閉曲線の周長をLとすると,始点における偏角はφ(0)で,終点における偏角はφ(L)=ψ(0)-2πとなり,始点と終点において偏角に2πの差が生じ,不連続な関数となる。
 閉曲線では始点と終点は一致するため,
 
 
と正規化することによって,Fig. 2に示すような始点と終点の偏角が一致する周期2πの周期関数φ*(t)を得ることができる。φ*(t)をフーリエ級数展開すると
 
 
となり,これによって得られる有限個のフーリエ記述子ak,bkによって,不規則な閉図形の形状特徴を記述する。ここに,
 
 
である。
 
Fig. 2 φ(s)andφ*(t)functions.
 
 形態の全体的な構造はフーリエ記述子の低周波数成分に反映され,高周波数成分は局所的な変動を表す。
 
2.2 フーリエ記述子による図形の復元
 フーリエ記述子の持つ数学的性質は詳細に調べられており,閉曲線の平行移動や回転,拡大・縮小に対してakとbkが変化しないことがわかっている。表情の解析においてこれらの性質は非常に重要で,表情の撮影状況の影響を受け難いという利点となる。また,フーリエ記述子法のもうひとつの大きな長所は,フーリエ記述子によって元の図形が復元できることである。閉曲線が偏角φ(s)と始点Z(0)で記述されるとき,この曲線上の任意の点Z(s)の位置は,
 
 
で表される。ここで,φ*(t)は,(1),(2)式であるため,フーリエ記述子ak,bkとμ0,閉曲線の周長L,初期接線方向δ0,始点の位置Z(0)を用いることにより,(4)式は
 
 
となり,ak,bkを与えることにより元の図形を完全に復元できる。しかし,実際には有限個の項数のフーリエ記述子を用いて数値積分を行わねばならないことと,閉曲線を多角形として表現するので,正規化偏角関数φ*(t)が不連続となり,復元された図形が必ずしも閉じないという欠点を持つことに注意しなければならない。


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION