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損傷船舶の浸水時安全性評価模型実験法に関する一考察
正員 片山 徹*  学生員 武内祐二**
正員 池田良穂*
 
* 大阪府立大学大学院工学研究科
** 大阪府立大学大学院工学研究科博士前期課程(現株式会社IHIマリンユナイテッド)
原稿受理 平成17年4月20日
 
A Study on Model Test Method to Assess Safety of Damaged Ship with Flooding from Damaged Opening
by Toru Katayama, Member
Yuji Takeuchi, Student Member
Yoshiho Ikeda, Member
 
Summary
 In this study, two different scaled models of a Large Passenger Ship (110,000 gross tonnage), which has three decks in water tight compartments, were developed. And the damaged ship's behaviors in intermediate stages of flooding were experimentally investigated. In some cases, large heel angle was measured for both of the models. However, the times to reach to the maximum heel angle for these ships have significantly different from the safety point of view. It was confirmed that the difference is caused by the difference of flooding velocity from damaged opening affected by the size of the opening and air compression in the damaged water tight compartments.
 
1. 緒言
 衝突や座礁等により浸水した船舶の安全性については、客船「タイタニック」の海難を契機として国際的な法規制定の流れができ、その安全性を担保するためのSOLAS条約が成立した。この条約については、国際海事機関IMOの復原性・満載喫水線・漁船安全性小委員会SLFにおいて、船舶の大型化や高性能化に伴う見直しが常に行なわれている。こうした流れの下、近年続々と登場している乗船者5,000名以上の巨大クルーズ客船に対してもまた、現行の損傷時復原性規則の妥当性がSLFにおいて検討されている。
 著者らはこのSLFでの検討作業に貢献するために、日本造船研究協会のRR研究の一環として、現行規則に従い復原性能(損傷時を含む)に問題の無い船を対象に、現行規則では考慮されていない浸水中間段階における危険性の有無について水槽試験によって検討してきた。先の論文1)で対象とした船型は、船体内部に多層甲板を持つ巨大客船(11万総トン数相当)である。縮尺50分の1の2次元模型を作成し、損傷時浸水中間段階の運動計測実験を行った。その結果、浸水中間段階に大横傾斜が発生する可能性があり、損傷破口が高い位置(高い甲板から浸水する位置)にあり、区画内のアレンジメントが複雑もしくは船体の初期横傾斜等により浸水開始直後に損傷破口付近に水が滞留しやすい場合に大横傾斜が発生することを示した。また、その発生原因は、多層の甲板にある程度の流入水が滞留したために、各甲板で自由水による傾斜モーメントが発生したためであることを示すと共に、浸水中間段階での最大横傾斜角を静的な計算によって概略推定できること等を示した。
 前述のような浸水中間段階での大横傾斜が発生した場合、たとえその最終釣り合い状態(最終的な横傾斜角および喫水)が現行の安全基準を満足していても、その最大横傾斜角、最大横傾斜角発生時刻、大横傾斜継続時間は、乗客や積み荷の安全性に影響を与えることが考えられ、これらを把握するためには、実用上十分な精度での水槽試験や数値実験が実施される必要がある。しかしながら、浸水中間段階での船体の挙動に関する研究1)-4)は必ずしも十分ではなく、水槽試験や数値実験の仕様(例えば、模型船内部区画等の再現精度、模型船の大きさ、数値実験で用いられる各種推定モデルなど)について、検討を進める必要がある。本研究では、先の研究1)と同供試船を対象とし異なる大きさの3次元模型で実験を行い、模型実験法について検討を行うと共に、さらに損傷破口からの浸水流量に着目しその特性を調査し、推定モデルについて検討を行った結果について報告する。
 
2. 損傷時浸水中間段階の船体運動計測実験
2.1 模型船および実験概要
 供試模型は、IMOにおける研究のためにフィンカンテリ造船所が試設計した、架空の11万総トン級大型クルーズ客船の1/125縮尺模型である。その正面線図および主要目をFig. 1、Table 1に示す。
 同模型船ではFig. 2に示すように、その船体中央付近船長方向に5つの水密区画を再現した。鉛直方向には、2重底と3層の甲板(DKl〜DK3)があり、第3甲板の上の甲板がBHDである。なお、大横傾斜が発生する場合でもBHD上部へ浸水がないように十分な乾舷を設けている。各甲板は階段室によって鉛直方向に繋がっており、この階段を通して各甲板間を水および空気が行き来できる。さらに、各甲板にはBHD上部に繋がる給排気管等を見立てた小さな空気管(144mm2)を設けた。
 
Fig. 1 Body plan of ship.
 
Table 1 Principle particulars of model.
scale 1/125.32
LOA 2.200 m
LPP 1.933 m
Breadth 0.287 m
Draft 0.067 m
Displacement 24.31 kg
GM 1.642×10-2m
TS 1.93 sec
 
Fig. 2  Schematic view of 3-D model and deck arrangement in compartments.
 
 浸水を仮定した区画内の甲板には、船員室スペース(cc)とボイドスペース(v)を想定している。船員室スペースでは、可能な限り全船員室を再現したため複雑な構造になっている1)。各室のドアと天井および床との間、壁と天井との間には、それぞれ隙間を設け、水が行き来できるようにした。なお、各甲板のアレンジとしては、第1甲板は全てボイドスペース、第3甲板は全て船員室スペースとし、第2甲板はボイドスペースと船員室スペースとの組み合わせを考えた。実験では、2区画浸水を仮定し、Fig. 2中の(3)(4)区画を対象とした。なお、この2区画が100%水で満たされた場合でも船体は沈没することは無い。
 損傷破口(以下、破口と記す)長さは、SOLAS条約の最大長さ(SOLAS条約II-1章8.4; min{0.03L+3.0,11.0m})とし、船長方向の前後位置は、浸水区画(3)(4)の中央とした。実験では、破口の高さ、破口の鉛直方向位置をFig. 3に示すように変化させた。
 実験においては、破口をテープで完全に塞いでおき、静水中で静止している船体からテープを静かにかつ素早く剥がし、船体内部へ浸水させた。船体の運動は、上下揺れ、縦揺れ、横揺れを自由とし、浸水最終状態に至るまでのこれらの運動を計測した。
 
Fig. 3  Location and size of damage openings on side hull.
 
2.1 実験結果
 本研究で実施した実験状態について、大横傾斜発生の有無をTable 2に示す。また、同表には先の論文1)における2次元模型を用いた同実験状態での結果も示している。同表から、模型の大小を問わず同じ実験状態、つまり損傷破口の位置が高く、高い甲板から浸水し、区画内のアレンジメントが複雑で浸水開始直後に損傷破口付近に水が滞留しやすい場合に、大横傾斜が発生することが確認できる。
 
Table 2 Experimental conditions and results.
case opening size internal arrangement on DK2 air pipe large rolling
3D
model
2D
model
1 small low cc-v exist × ×
4 small middle v-v no × ×
6 small high cc-v no
8 small high cc-v exist
9 large high cc-v exist*
12 large high v-v exist × ×
15 very large cc-v exist × ×
18 large high cc-v exist
*) case 9: there is only air pipe from DK3
 
 Fig. 4にTable 2に示す実験状態の中から、一例としてCase 18の横揺れの時系列データを、2次元模型での実験結果と比較して、3次元模型の結果を実線、2次元模型の結果を破線で示す。(図中一点鎖線については後述する。)なお、比較にあたっては、大型の2次元模型の計測結果をフルード相似則に従って小型の3次元模型の縮尺に合わせて示している。両者(実線と破線)の横揺れを比較すると、特に最大横傾斜角発生時刻および大横傾斜継続時間が大きく異なり、小型である3次元模型の結果が大型の2次元模型の結果に比べて短くなっていることがわかる。大型の2次元模型での結果を詳細に見ると浸水開始直後に、一旦船体が5度程度横傾斜した後に3度程度まで横傾斜角が減少していることがわかる。これは、第2甲板上の浸水量の増加によって、浸水が階段室に到達し第1甲板に落ちることにより一時的に復原力が回復したものと考えられる。しかしながら、小型の3次元模型においてはこのような現象は見られなかった。
 異なる大きさの模型においては、浸水中間段階の横揺れに前述のような差異が見られた。これらの原因としては、浸水中間段階における船体に働く力、つまり復原力、減衰力および慣性力(付加質量を含む)が相似でないことや、浸水によって生じる外力つまり損傷破口からの浸水の流量や各甲板上の水の運動、階段室からの下部甲板への流量などが相似でないことなどが考えられる。Fig. 4の計測結果を観ると、小型の3次元模型を用いた場合の最大横傾斜角発生時刻は約13秒であり、この模型船の横揺れ固有周期1.93秒に比べるとゆっくりとした運動であり、前述の前者が原因であるとは考えにくい。そこで、Fig. 4に見られる大小の模型での結果の差異の原因のひとつとして、大型の模型の破口からの流入量が小型の模型の場合に比べて少ないのではないかと考え、浸水開始直後に損傷破口が水面下に下がる実験ケースを対象に、水密区画内の各甲板からBHD上に繋がる排気管を塞ぎ区画内の空気圧縮の影響を利用することで、浸水の流量を減少させることを試みた。その結果をFig. 4中に一点鎖線で示す。同図から、排気管を塞いだ結果では、最大横傾斜角発生時刻および大横傾斜継続時間が長くなる結果が得られ、この結果は大型の2次元模型を用いた実験結果に近づく傾向があることがわかる。ただ、最終釣り合い角については、排気管を塞ぐことで、下層の甲板に空気が閉じ込められ、他の2状態とは異なり6度程度の傾斜角が残ってしまった。以上の結果から、模型船の大きさが異なる場合に見られる浸水中間段階での差異の原因のひとつとして、損傷破口からの浸水の流量が相似でない可能性があることがわかった。
 
Fig. 4  Comparison of the measured results; rolling, for different scaled 3D- and 2D-models at case 18. (The scale of results for 2D-model is modified according to Froude similarity law to adjust to the scale of 3D-model.)


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