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労働環境安全のための工場内溶接・切断ヒュームの拡散制御に関する研究
(その1 内業工場内ヒューム濃度計測)
正員 福地信義*   正員 田中耕平**
正員 和泉考作***  正員 胡 長洪****
 
* 九州大学大学院工学研究院
** 九州大学大学院工学府(研究当時、現在ABS Pacific)
*** 九州大学大学院工学府(研究当時、現在IHI-MU)
**** 九州大学応用力学研究所
原稿受理 平成17年4月13日
 
A Study on Diffusing Aspect and Ventilation of Metallic Fume for Improvement of Working Environment in a Fabrication Shop
(Part 1 Measurement of metallic fume)
by Nobuyoshi Fukuchi, Member
Kohei Tanaka, Member
Kousaku Izumi, Member
Changhong Hu, Member
 
Summary
 As a recent tendency to take high interest in the environmental problem, the time has come to reconsider the Present working environment. Especially, air pollution caused by the generated metallic fume during the progress of cutting and welding in a fabrication shop is a hygienic issue for labor health. For settling this matter, it is necessary to take the pollution-control measures that are desirable to conform to the diffusing aspect of metallic fume in a fabrication shop. However, the physical property and movement characteristic of fume as minute particles have not been grasped accurately even now.
 For the purpose of improving the working environment in a fabrication shop, the measurements of distributional concentration and particle size of metallic fume at N/C cutting line, sub-assembly line and cubic block manufacturing line in two shipyards were carried out. Moreover, the turbulent diffusion state of fume corresponding to measurement conditions, in which it has tendency to form those stagnant in absence of advection effect on turbulent gas flow, was numerically analyzed by using k-ε model based on SIMPLE algorithm. As the results, the prediction of fume diffusion shows considerably good agreement with the measurement data. Then, the relation between the ventilation system and the fume transportation state on the working site is investigated evidently using experimental data and calculated data, for establishing the ventilation system with efficient control of fume flow.
 
1. はじめに
 近年の環境問題1)に対する意識の高まりに伴って、造船所では労働環境に対する見直しが不可欠となっており、また厳しい労働環境での作業は若年層を主体に敬遠される傾向にある。こういった観点から、造船工場では今以上に不衛生・不快感が少ない作業環境を実現することが望まれている。ところが、造船内業工場における溶接・切断時に発生する金属ヒュームによる工場内空気汚染は労働衛生上問題となることが多く、労働安全の面からその換気システムの改善が要請されることもある。特に、切断・溶接ヒュームは上昇拡散性が高く、局所集塵装置から漏れたヒュームの排出は全体換気に依存するが、大容積の造船内業工場の換気装置は大規模なものとなるために高い換気効率のシステム2)とする必要がある。また、二重化立体ブロック内のような閉鎖性の高い空間で溶接作業を行う場合には局所的に高濃度のヒュームの曝露を受ける状況にあり、作業者の周囲の溶接ヒュームを迅遠に排除できる対策が必要となる。ただし、アーク溶接を行う際に強い換気を行えば、強い気流によりシールドガスやアークが乱れる問題も同時に考慮しなければならない。
 本研究では、溶接・切断作業環境におけるヒューム流動制御のための換気システムの構築を目的として、内業工場におけるヒューム濃度の計測と拡散解析を行った。これには、溶接・切断作業区画におけるヒューム流動・拡散状況を把握するために、NC切断ライン、小組立区画、立体ブロック内などにおいてヒューム濃度を計測し、各作業エリアにおける労働環境としてのヒューム濃度分布状態および人体に悪影響を及ぼす吸入性粒子の構成比率を調べた。そして、発生したヒュームを低濃度の極微細粒子を含む気相流と見做して、非等温場の運動量・温度・ガスの輸送方程式に基づく換気流とヒューム拡散に関する数値解析を行い、計測直との比較により解の妥当性の検証およびヒューム拡散状態の把握を行った。その解析結果に基づき、労働環境改善のための各対策の有効性、実現性などについて考察した。
 
2. 金属ヒュームの性状と労働衛生
2.1 ヒュームの粒径分布と性状
(1)ヒュームの生成と性状
 溶接を行う際、溶加棒と母材とのアーク放電による発生熱は約6000℃の高温に達する。このため溶接時には溶加棒と母材の両方の融液表面から蒸気が発生し、これが急激に冷却、凝縮して生成した固体の微粒子がヒュームである。また、切断作業においても同様に溶融する切断面からの金属蒸気がヒュームとなる。
 ヒュームは発生直後では0.01μm前後の微細な球状粒子が主体で、凝集しないで単独粒子として生成しているが、その後それらは互いにフロック凝集して二次粒子を形成する3)4)。粒子同士は相反する極が引き合って0.1〜10μm程度の直鎖状、網状などの不定形の粒子になる。連なった二次粒子は浮遊中にさらに互いに引き合って結合し、成長する。酸化鉄の多いヒュームほど磁性も強いため、二次粒子の成長が著しい。ヒュームは発生後約2〜3分間、作業者の周辺に浮遊し、やがてゆっくり周囲に拡散していく。また、気流に乗って容易に拡散する性質がある。
(2)ヒューム粒径分布
 造船所内業工場における金属ヒュームの粒径分布の計測結果については3.3において詳述するが、一般に切断作業によるヒュームは、溶接作業部より粒径が小さいこと、およびヒューム発生点の熱量が多いことから、切断ヒュームが溶接ヒュームより高く上昇・拡散し易い。従ってNC切断ラインの集塵機から漏れた切断ヒュームは工場内全体に拡散するため、ヒューム濃度の低下には天井部に設けた排気ファンによる全体換気に頼らざるを得ない。
 
2.2 ヒュームの流動特性と労働衛生
(1)労働衛生5),6),7),8)
 金属ヒューム流は微細粒子による固気混相流であり、労働衛生関係では7.07μm以下のものを吸入性粉塵と定義づけているが、その内肺に堆積し健康被害を及ぼす恐れがある。0.5〜5μmの極微細粒子は換気流や浮力による拡散・移流性が高く、その移動性状は気相流の扱いが可能であり、Navier-Stokes方程式を解くことにより把握できる。一方、10μm以上のヒュームの構成比は小さいが3),4)、この種の粒子は発生時の熱により周囲の空気と共に固気混相流として上昇し、上層空気との熱交換により冷却されると固相が分離して粉塵として降下し、労働衛生上問題となる。ただし、ここでは労働安全上強く問題視される極微細粒子を対象として扱う。
 ヒュームによる急性障害としては涙目、鼻喉痛、頭痛、めまい、呼吸困難、頻繁な咳、胸痛などがある。また、慢性障害としては肺に粉塵が堆積し肺胞腔に溜まった粉塵巣から線維増殖が起きる塵肺がある。一般に造船所内業工場は大空間であるため、ヒューム濃度の面では他の製造業と比較して有利であると言える。しかし、二重化ブロックのような立体ブロックなどの閉空間において溶接作業を行うことも多く、その際には高濃度のヒュームの曝露を受ける危険性もある。また、ヒュームは工場内の視界低減および不快感を引き起こすことがある。なお、ACGIH(アメリカ産業衛生専門官会議)は溶接ヒュームのTLV(許容濃度)を5mg/m3と勧告9)している。
(2)金属ヒューム対策
 金属ヒュームは、発生源に局所排気装置を用いて排出するのが好ましいが、作業内容によっては完全な集塵・排出は難しい場合もあり、また健康被害を及ぼす恐れがある0.5〜5μmの極微細粒子は拡散・移流性が高いために局所排気装置では対応できないこともあり得る。従って、ルーフファンなどによる全体換気が必要となるが、内業工場は一般に大規模空間であり、換気装置は気流制御を完全に行った高い換気効率のシステムが必要である。
 また個人用の溶接・切断ヒューム防護対策として、防塵マスクの着用も重要である。防塵マスクは局所排気装置では溶接作業変化に十分対応できない際など、補足的な意味で使用される場合が多い。使用コストも比較的割安であり、労働省令(昭和54年)粉塵障害防止規則により着用が義務付けられている。
 
3. 内業工場における金属ヒューム粒径・濃度計測
3.1 計測対象と目的
 作業現場の大きさ、閉鎖性は労働環境の悪化に対する影響要因であり、内業工場における溶接・切断ヒュームに対する環境改善策の策定のためには、各作業区画の金属ヒューム濃度分布を把握する必要がある。このために、2造船所の各作業ステージの内、比較的開放的で広大なNC切断ライン、小組立ライン、比較的閉鎖的だが構造物の上方が開放されている平行部ブロック区画内、そして半閉鎖状態にある二重化立体ブロック内においてヒューム濃度の計測を行った。また溶接・切断ヒュームの粒子径分布を計測し、人体に悪影響を及ぼす吸入性粒子(粒子径0.5〜5μm)の粒子数とその構成比率を算出した。
 
3.2 計測方法
 溶接・切断ヒューム濃度および粒径の計測は以下の方法により行った。
(1)サンプラーによる質量濃度計測
 ヒュームの質量濃度の計測には、エアサンプラーを用いて溶接・切断作業区域の空気を一定の流量F(liter/min)で吸引し、その中の金属ヒュームを濾過材(濾紙)上に捕集する。その濾過材を天秤で秤量して、捕集前後の質量W1,W2(mg)から溶接・切断ヒュームの質量濃度C1(mg/m3)を次式により算出する。
 
 
 ここに、Fは吸引流量(liter/min),tは吸引時間(min)である。なお、計測には柴田科学製のハイボリュームエアサンプラー(HV-500F)(吸引量:100〜800l/min)を用いた。
(2)光散乱方式濃度計による質量濃度計測
 この質量濃度は、同一粒子系の溶接・切断ヒュームの質量濃度に対して比例的な関係にある散乱光量(相対濃度)CR(cpm)を測定することに求める。計測した相対濃度に質量濃度変換係数K(mg/m3・cpm)を乗じて溶接・切断ヒュームの光散乱方式濃度計による質量濃度C2(mg/m3)に換算する。相対濃度計測には、柴田科学のデジタル粉塵計(LB-3KおよびP-5H)(測定範囲:0.001〜10mg/m3)を用いた。なお、本計測では同時に行うサンプラーによる質量濃度計測の結果と資料により係数Kは0.0065として光散乱方式濃度計によるヒューム濃度の計測を行った。
(3)溶接・切断ヒュームの粒径分布測定
 粒径分布の測定には、ポンプにより吸引した粉塵の粒子数をマイクロプロセサー制御のもとにレーザーダイオードの光源と検出器により計数する、パーティクル・モーター(柴田科学、GT-321)を用いた。なお、測定粒径は0.3μm,0.5μm,1.0μm,2.0μm,5.0μmの5段階となっており、これらは前後の粒径をもつ粉塵の代表径と考えてよい。
 
3.3 金属ヒュームの粒径分布
 内業工場において、溶接・切断ヒューム粒子の計測を行い、ヒュームは大きさ0.1μmの粒子が直鎖状にフロック集合している3)4)と仮定し、粒子数より粒子体積に換算したものを、A造船所についてFig. 1およびB造船所についてFig. 2に示す。またこれより算出した粒子径ごとの粒子体積構成比および健康被害の可能性がある0.5〜5μm粒子の体積構成比をTable 1に示す。
 
Fig. 1  Measuring results of particle size distribution in fabrication shop of A-shipyard
 
Fig. 2  Measuring results of particle size distribution in fabrication shop of B-shipyard
 
Table 1 Composition ration of particle sizes
(a) A-shipyard
Measuring point Composition ratio of particle size (%) particle caused illness per all (%)
Under 0.5 0.5〜1.0 1.0〜2.0 2.0〜5.0 over 5.0
NC cutting (machine side) 53 40 3 2 2 45
Welding (sub-assembly, just above weld) 4 61 29 5 1 95
Welding (sub-assembly, neighborhood) 80 14 3 2 1 19
Outside of shop 75 16 3 3 3 22
 
(b) B-shipyard
Measuring point Composition ratio of particle size (%) particle caused illness per all (%)
Under 0.5 0.5〜1.0 1.0〜2.0 2.0〜5.0 over 5.0
NC cutting (machine side) 72 23 2 2 1 27
Welding (sub-assembly, just above weld) 10 5 74 10 1 89
Welding (sub-assembly, neighborhood) 77 21 1 1 0 24
 
 A、B造船所のデータはほぼ同様の構成比を示しているが、小組立場の溶接ヒュームは溶接条件などの違いから少し傾向が異なる。これにより、以下のことがわかる。
1)内業工場内の全域において粒子径0.3μm以上の総粒子数は工場外空気よりも約10倍近い。
2)溶接作業点上ではO.5〜1.0μm(A造船所)、1.0〜2.0μm(B造船所)の粒子の構成比率が高い。
3)溶接ヒュームは溶接点から離れた周囲空気の粒径分布は0.5μm以下の構成比率が最も高くて、それより大きな粒子の構成比率は減少しており、その構成比は工場外空気の値に近い。
4)切断作業点では0.5μm以下と0.5〜1.0μm粒子の構成比率が拮抗しており、切断ヒュームは溶接作業点のヒュームに較べてより微細な粒子から構成されており、溶接点から離れた周囲空気に近い。
 溶接および切断ヒュームのいずれも、7.07μm以下の吸入性粉塵が99%程度を占めている。また、健康被害を及ぼす恐れがある0.5〜5μmの粒子は溶接作業点近傍では大部分を占めるが、一方、溶接点から離れた箇所では1/5程度および切断ヒュームについては1/3程度となっている。従って、防塵マスクなどで防護して作業する溶接作業点近傍を除けば、吸入性粉塵を対象としたヒューム拡散解析により得られた濃度の1/5〜1/3程度を環境衛生の判断に用いればよいことになる。


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