日本財団 図書館


近距離無線による造船所内位置計測方法の研究
学生員 岩崎 哲*
 田中 砂与子*
 廣田 輝直*
正員  安藤 英幸*
正員  榎本 昌一**
正員  佐々木 裕一***
 
* 東京大学大学院新領域創成科学研究科
** 東京大学大学院工学系研究科
*** 三菱重工業株式会社長崎研究所
原稿受理 平成17年1月24日
 
Short Distance Radio Positioning System in Shipbuilding
by Tetsu Iwasaki, Student Memher
Sayoko Tanaka
Terunao Hirota
Hideyuki Ando, Member
Masakazu Enomoto, Member
Yuichi Sasaki, Member
 
Summary
 In this study an indoor positioning system available in shipyards was developed using Bluetooth technology. As a result of the experiment in the shipyard, positioning was able to be performed in the accuracy of 1.5-3.0[m].
 
1. 緒言
 造船所において紙からデジタルデータヘの移行,ネットワーク化による情報共有といったIT化が進められている.さらに,経験や勘に基づいた熟練者の作業ノウハウの継承のために,ITを用いた支援が求められている.このためには人間や作業に関わる多様なデータをセンシングし,分析・評価し,相互に伝達することが必要となる.こうしたプラットフォームとしてウェアラブルPCは極めて重要な役割を担うことが期待される.
 造船業は一品受注型の生産形態であるため,頻繁に生産ラインが変更される.したがって,十分な工程管理システムを組むことができず作業環境を最適化することが難しい.作業手順・レイアウト等の改善のために,作業計測が定期的に実施され,作業効率の分析が行われている.しかし,現状の作業計測では,監視員が作業内容のメモを取り,作業終了後にメモ内容をコンピュータに入力して作業の分析をしており,人的コストの増大や情報の即時性がないという問題がある.
 本研究では,ウェアラブルPCを用いた作業計測システム(Fig. 1)に向けた造船所内での位置計測システムの開発を目的とした.安藤ら1)は無線LANを用いたサーバ・クライアント型の音声認識システムを開発し,騒音下での音声認識率の試験を行っている.これに加えて作業者の位置情報を取得することで作業位置の記録と大まかな作業内容の推測が可能になる.
 このような作業計測システムの利用によって,以下のような効果が期待できる.
1)工数の見積もり精度向上
2)作業時間の短縮
3〉作業支援情報の蓄積・運用
4)情報共有の即時性上昇
5)事故防止
 位置計測にはBluetoothの電波強度を利用した.作業者が持つ移動端末と固定基地局との間におけるBluetooth無線の伝搬損失値を計測して距離を求め,三角測量により位置を推定するシステムの開発を行い,造船現場において位置精度の評価を行った.
 
Fig. 1 ウェアラブルPCを用いた作業計測システム
 
2. 位置計測システム
2.1 位置計測手法
 位置計測手法としてはGPSが一般的に普及しているが,GPSの利用は見通しのきく屋外に限られるため,造船所においてはGPSを使用することはできない.屋内で利用可能な位置計測手法としては,赤外線,超音波,慣性航法,RFIDなど数多くの手法が研究されてきた2).しかしながら,精度やコスト,計測範囲などのあらゆる観点で優位性を示すものはなく,アプリケーションに応じた使い分けが必要である.本研究では造船所内での作業計測を自動化することを目的とし,現状の手動の作業計測と比較した上で,以下のように造船所での位置計測システムに対する要求仕様を導いた.
(1)作業エリアの10〜20%の位置精度(1〜10m)であること:工場内全域などの数十m四方のエリア内でどの場所で作業中かを把握するためには,10m程度の位置精度が必要である.10m四方程度の単一の作業エリア内で,詳細な作業内容を推定するためには,1〜2m程度の位置精度が必要である.
(2)端末が作業の安全性に支障を与えないこと:造船現場では,安全性確保のためにハンズフリーでの作業が義務付けられている.端末の大きさ,重さの観点から,作業に支障を与えないものである必要がある.
(3)双方向データ通信により作業指示等のデータのやり取りが可能なこと:位置計測のネットワークが作業指示やCADデータのダウンロード等のデータ通信にも使用できるように,双方向のデータ通信機能を持っていることが望ましい.
(4)頻繁なレイアウト変更に耐え得ること:組み立てエリアなど作業場のレイアウト変更が頻繁に行われる場所でも使用できるように,機材等の設置の簡易性が高い必要がある.
(5)造船所特有の課題への対応:大型のワークによる電波の遮蔽や,作業員が建造中のブロックに登るなど高さ方向の移動に対する対応が必要である.
 上記の仕様に着目した位置計測システムの比較表をTable. 1に示す.本研究では,低コストかつ低消費電力であること,アドホックな通信プロトコルを応用して,造船所特有のニーズである設置の簡便性の高いシステムを構築可能であることに着目して,Bluetoothを用いた位置計測システムを開発した.ここでは,Bluetoothの電波の伝搬損失を用いて移動端末と固定基地局間の擬似距離を測定し,三角測量により位置を求めた.
 
Table. 1 位置計測システムの比較
超音波 赤外線 カメラ RFID Bluetooth
位置精度
サイズ
障害物影響 × ×
コスト ×
双方向通信 × × × ×
ユーザ認識 × ×
 
2.2 伝搬損失を用いた擬似距離の計測
 移動端末・固定基地局間の擬似距離の計測には,電波の伝搬損失を利用した.反射・回折などの影響を無視した自由空間においては,電波の送信側がPt[W]で送信したときの距離d[m]離れた地点における受信電力Pr[W]は次式で表される(フリスの伝達公式3)).
 
 
 ここで,Gt,Gr,λはそれぞれ送信アンテナの絶対利得,受信アンテナの絶対利得,電波の波長[m]である.(1)式によると,伝搬損失L=Pt/Prは距離の2乗に比例して大きくなるので,Lの測定値から距離の推定が可能である.実際の使用環境では,マルチパスやフェージングの影響により伝搬損失特性が変わってくるので,下記の近似式が用いられる4)
 
 
 ここでd0は基準点となる距離で,Kはd0における自由空間伝搬損失である.本研究では初期補正によりKとγの値を求め,移動端末における送信電力Ptと,固定基地局における受信電力Prをリアルタイムに測定し(2)式から距離を求めた.実測によって得られた距離と伝搬損失Lとの関係をFig. 2に示す.
 
Fig. 2 伝搬損失の距離特性
 
2.3 三角測量による位置計測
 n台の固定基地局に対して擬似距離di(i=1, 2, ・・・, n)を測定し,(3)式の評価関数Eを最小化する三角測量演算により端末の位置Pを推定した.擬似距離の誤差の二乗和に重み付けした評価関数を用いた.
 
 
 ただし,liは端末の推定位置と固定基地局iの位置との距離である.αiは各擬似距離ごとに設定される重みで,αi=1/diとし,近距離のデータを優先させることで位置推定精度の向上を図った.1ステップごとの位置修正ベクトルを初期位置P0に加算していく最急降下法の収束演算により位置Pを求めた.最急降下法のループ演算の1ステップにおける位置修正ベクトルは下記の式で表される.
 
 
 ただし,uiはループ過程における端末の推定位置を始点とし固定基地局iの位置を終点とするベクトルを単位ベクトル化したものである.Δの大きさが0.01mより小さくなるか,ループ回数が5000回を超えた時点でループ演算を終了させた.
 
2.4 位置計測システム
 Bluetoothと汎用マイコンを用いてFig. 3に示すような位置計測システムを開発した.システムは移動端末をMasterとして固定基地局をSlaveとするマルチポイント型のBluetoothネットワークで構成される.移動端末と固定基地局間で送受信電力データの計測をし,ロケーションサーバにデータを収集して距離計測および位置演算を行う.作業場のレイアウト変更があった場合にも対応できるように,固定基地局同士を無線で接続させ,Bluetoothのアドホック性を利用した自動的な固定基地局発見プロセスを持たせることで,インフラ設置の容易性を高めた.また,Bluetoothのネットワークはノード同士が網目状に接続された”scatternet”を容易に組むことができるため,固定基地局同士を無線接続して計測領域を拡大することができる.大型のワークが存在し計測電波の障害となる場合や,作業者の移動経路において高さが大きく異なる場合には,ワークの周辺部分や高さの変わる階段等に固定基地局を設置することで,計測領域を連続に保つことが可能である.ロケーションサーバはノートPCとBluetoothモジュールを用いて構成され,移動端末が同期信号を発することで任意の時間間隔ごとの位置取得が可能である.ここでは造船所作業員の動線把握を目的として,ロケーションサーバ上で1秒ごとにリアルタイムで位置取得ができるよう設定した.Table. 2に試作した端末の主な仕様を示す.
 
Fig. 3 Bluetooth位置計測システムの構成
 
Table. 2 移動端末のハードウェア仕様
サイズ 60mm×103mm×28mm
重量 130g(006P乾電池搭載時)
電源 7-12V
動作電圧 5V
Bluetooth
(TC2001P)
通信速度 最大721kbps
通信方式 周波数ホッピング
送信電力 クラス2(2.5mW)
消費電流 30mA(通信時)
MCU
(H8/3664F)
CPU 16ビット H8/300H
ROM 32kByte
RAM 2kByte
動作周波数 16MHz
消費電流 平均15mA


前ページ 目次へ 次ページ





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION