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自律型水中ロボットによる人工構造物の観測
学生員 巻 俊宏*  正員  近藤逸人**
正員  浦 環*   正員  能勢義昭*
正員  坂巻 隆*
 
* 東京大学生産技術研究所
** 東京海洋大学
原稿受理 平成17年4月28日
 
Observation of Artificial Structures by Autonomous Underwater Vehicle
by Toshihiro Maki, Student
Hayato Kondo, Member
Tamaki Ura, Member
Yoshiaki Nose, Member
Takashi Sakamaki, Member
 
Summary
 There is a great demand for Autonomous Underwater Vehicles (AUVs) not only for wide area surveys but also for condition surveys of artificial underwater structures such as breakwater caissons, pillars, ship hulls, and installations of offshore oilfields. This paper pro-poses a navigation method for AUVs operating around structures, whose major configuration is given in advance. By referring to sensory data and the map of the environment where the AUV is deployed, the method enables it to localize in real-time and follow pre-given way-points without any external help as needed for conventional acoustic positioning method. Probabilistic approach called " Particle filter " utilizes multi-sensor data to realize robust and stable navigation even at harsh condition where single sensor systems might fail. This method was implemented on the AUV " Tri-Dog l" and experiments were carried out around break-water caissons at the mouth of Kamaishi bay, Iwate Prefecture. The vehicle took accurate images of the surface of a caisson, foot protection blocks, and rock mound. Mosaics of the bottom and the surface of the caisson are made from these images based on the precise vehicle's position estimated at each time of the mission and their quality verifies the performance of the method. This is the first time in world that caissons have ever been observed fully autonomously by an AUV.
 
1. はじめに
 防波堤や橋脚、石油掘削リグといった人工構造物及びその周辺水域における観測活動は、保守点検、学術調査、捜索救助、テロ対策などの観点から重要であり、現在はダイバーと遠隔操縦ロボット(ROV: Remotely Operated Vehicle)がこのような活動の主役となっている1, 2, 3)。しかしながらダイバーを経済的に展開できるのは水深30m程度の浅海域までであり、人命の危険を伴う。一方でROVは給電及び通信のためにアンビリカルケーブルを必要とするため、観測範囲の制限を受けるとともに、複雑な構造物周辺ではケーブルが絡む危険性を排除できない。また潮流などの外乱のもとでは、ケーブルにかかる外力によって機動性が著しく制限されてしまう。さらに両者ともに支援船などの大規模な水上支援設備を必要とすることから、より経済的で効率的な観測手法が求められている。
 自律型水中ロボット(AUV: Autonomous Under-water vehicle)は索の拘束なしで自由に活動できるため水中観測用の新たなプラットフォームとして注目されているが、構造物周辺で活用するためには測位手法が課題となる。水中環境では電磁波が使用できないため、通常はLBL(Long Base Line)やSBL(Short Base Line)、SSBL(Super Short Base Line)などの音響測位が用いられる。しかしながら音響測位にはトランスポンダやピンガといった外部支援装置を設置する必要があり、構造物周辺ではマルチパスによる測位精度の悪化、音響的な影に起因する測位不能領域等の問題が発生する。また、慣性航法装置を用いた推測航法(Dead Reckoning)では時間とともに誤差が大きく蓄積してしまう。港湾構造物や水中ケーブルの観測においてはロボットに搭載されたセンサを用いた相対航法が提案されているが4, 5)、これらの手法は相対位置の獲得に単一のセンサ情報を使用しているため、手法の適用範囲が個々のセンサ能力による制限を受けるとともに、センサノイズに弱いという欠点がある。
 AUVが構造物周辺で観測活動を行うためには、
・センサノイズに対してロバストであり
・測位のための外部支援装置を必要とせず
・観測活動中は人間の管制を受けなくともよい
 航法を確立する必要がある。このような観点から、筆者らはシートレーザによる測距システム、センサフュージョンを用いた自律航法という二種類の手法を提案し、両者を組み合わせることで画像と音響を含む複数のセンサによる相対航法を提案した。そしてAUV“Tri-Dog 16)”を用いた一連の水槽実験によって、提案手法が上記の条件を満たすことを検証した7, 8, 9, 10)。本手法においては活動水域に存在する構造物の形状及び観測経路をあらかじめ与えておく必要があるが、人工構造物の形状は一般的に既知であり、観測経路は内容に応じて人間が決定するべきでものあるため、この限定は手法の一般性を損ねるものではない。
 本論文では“Tri-Dog 1”を岩手県の釜石湾口防波堤周辺に展開し、提案手法の実用性を示すとともに、AUVによる人工構造物観測について論ずる。ケーソン表面や根固めブロック及び捨石マウンドの観測は、工程管理、保守点検、災害復旧などの観点から極めて重要である。そこで本展開では根固めブロックと捨石マウンド、そしてケーソン表面の画像マッピングという実用に即した観測ミッションを実行し、本手法の実際の観測への適用可能性を議論する。
 
2. センサフュージョンを用いた自律航法
Fig. 1 Autonomous navigation scheme.
 
Fig. 2 Environmental map M and Way points W.
 
 本手法はFig. 1のように状態推定部(State Estimator)と行動制御部(Motion Controller)という二つの部分から構成される。状態推定部は複数のセンサ情報と環境マップMからリアルタイムにAUVの状態
 
 
を推定する。ただしrは水平位置を表すベクトル[x,y]Tであり、ψは機首方位である。ロール・ピッチ及び深度についてはセンサにより精度よく求まるため、推定する必要はない。行動制御部は推定された状態xと環境マップMを基に、観測経路Wに沿って航行するための制御指令値Rを出力する。
 環境マップMは線分の集合として、観測経路Wは航路点{w1, w2,..., Wnw}の集合としてFig. 2のように定義する。制御指令値Rはサージ速度uref、ヨー角速度ωref、深度Zrefからなる。
 
2.1 状態推定部
 AUVの測位を確率的な状態推定問題として捉え、状態推定手法としてパーティクルフィルタを導入する。パーティクルフィルタの最大の特徴は、確率密度関数p(x)を数式により明示的に表現するのではなく、p(x)に従って無作為抽出されたと仮定するN点の標本集合
 
 
によって表現することである。このためカルマンフィルタなどの従来手法に比べて
・センサの特徴、運動モデル、ノイズ分布を自由に設定できる。
・あらゆる種類の分布を表現できる。
・標本数を増減させることで、計算量を調整できる。
という利点があり、移動ロボットの状態推定手法として盛んに研究されている11, 12)。AUVの測立手法としても提案されているが13)、実際のAUVの航法に適用された例はほとんどない。
 時刻tにおけるAUVの状態xtはStの平均値とし、時刻t-1における標本集合St-1は、以下に示す二段階の処理を経てStへ更新される。標本集合の初期値S0は環境マップ上であらかじめ与えておく必要がある。
 
2.1.1 予測フェイズ
 期間[t-1,t]におけるAUVの移動量をat-1とし、各標本ごとに確率分布から1点サンプリングし、これをとする。即ちこの操作によって、時刻t-1までの情報から時刻tにおける状態を「予測」したことになる。
 標本について具体的に説明する。移動量at-1は水平方向の移動量と角度変化量を持っているため、
 
 
と表現される。このとき標本の移動量は、平均μ、標準偏差σのガウス分布に従う確率変数N(μ, σ)を用いて
 
 
と計算される。よっての関係は
 
 
となる。ただしA2は二次元の回転行列である。
 各標本ごとに移動量が異なるため、全体としては標本が拡散する。この過程は推測航法による誤差の増加過程を表しており、σr及びσψは方位センサや速度センサの特性を考慮して決定する。


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