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3. 英国海上保安庁(MCA)
 英国は、その国土を海に囲まれており、島国として貿易の約97%を海上輸送に依存している。また、漁業も盛んで、海洋資源で生計を建てている者も多い。海岸線は約10,500マイルに及び、浜辺で余暇を過ごす者も多い。このように、日本と似通った環境で、英国の海上保安庁とも言える機関がMCA(Maritime and Coastguard Agency)である。MCAは海上におけるSAR(Search and Rescue)、海洋汚染および海難救助についての対応と調整の責任を負っている。主な任務は、他国の船が英国内において、国際的な安全規則を満たしているかの検査、海難救助におけるSARの計画、海難汚染の防止・対応などである。これらの任務に24時間体制で対応している。さらに、ドーバーにおいては航海情報サービス(日本におけるマーチス業務)も行っている。
 
 
(1)MCAの組織体系
 英国において政府によるSAR執行機関は、民間航空及び海上分野における機関と陸上及び内陸水域における機関とに分けられる。ここで、海上分野のSAR執行機関は運輸省(DfT: the Department for Transport)に属するMCAに、その責任が置かれる。
 MCAの管区は、英国とアイルランドで6管区に分けられ、それぞれにMRCC(Maritime Rescue Coordination Centre)が配置される。さらに管区は28の地区に分けられ、それぞれにMRSC(Maritime Recue Sub-Centre)が配置されている。これにより、英国の全沿岸海域10500海里を守っている。
イ HMCG
 実際に海上において緊急事態が発生した場合、その対応、SARの業務はHer Majesty Coastguard(HMCG)が行うことになっている。HMCGは英国運輸省の機関で、SAR事件と海洋環境保護に対して責任がある。HMCGは英国内の捜索救助区域(沿岸50mile)において民間のSAR機関(RNLI)の展開及び調整を行い、当該事態を解決するための十分な人員や組織を送り込む。いわばSARの調整者(coordinator)であるといえよう。さらに、コーディネーターとして民間だけでなく、英国空軍や隣接する他国(フランス等)のSAR機関とも連携している。
 また、独自に海難救助専用のヘリコプターを有し、年間予算の約1億ドルのうち1700万ドル(約17%)を占めている(下図はSARヘリコプターの配置図)。SARヘリコプターは英国全土に配備され、MCA、英国海軍(RN)、英国空軍(RAF)の協力によって行われる。要救助者の元へより早く到着できるように、MCAはPortland、Stornowy、Suburghの4つのベース、RNはCuldrose、Prestwickの2つのベース、RAFはBoulmer、Chivenor、Leconfield、Lossiemouth、Valley、Wattishamの6つのベースに分かれている。活動日は24時間、365日である。
 
 
ロ HMCGの体制
 HMCGはその担当区域を3つの区域に分割し、それぞれの区域に海上救助調整センター:MRCC(Maritime Rescue Coordination Center)及び同支部センター:MRSC(Maritime Rescue Sub Center)を置き、地区監督官(Sector Manager)の指揮の下、業務を行っている。これは日本における、各管区、保安部、部署長の関係に置き換えると理解しやすい。
 RNLIとは別に、各地区は独自のレスキューチーム:CRT(Coastguard Rescue Team)を複数有している。
ハ CRT
 CRTはボランティアで構成され、崖や泥地域での救助、沿岸捜索、監視の専門家である。各CRTは、沿岸地域や海岸域での事故、災害に対応する装備をしており、調査、監視及びMRCCやMRSCと通信するための初期能力を有している。CRTがないが、その必要性が認められる地域には、初期対応チーム:IRT(Initial Response Team)が設けられる。
ニ MRCC、MRSCへの通報
 海難の発生を早期に把握するため、MRCC、MRSCでは断続的に無線(VHF、VHFDSC、MF、MFDSC)を聴取しており、沖合150mileの範囲の無線域をカバーしている。さらに、VHFによる方位探査や、国際的な衛星通信系(GMDSS)の運用も行っている。このほかにも海難の報告は電話やテレックスやファックスなどからも受けている。
 沿岸地域においては沿岸報告補助組合:RAA(Reporting Auxiliaries Ashore)を設け海難通報を行わせている。RAAのメンバーはボランティアであるために無報酬、非制服であり、沿岸を展望することができる場所に住んでおり、事故の存在を知った場合には独自の判断でMRCC、MRSCに通報することになっている。彼らは、CRT、INLIなどSAR部隊の到着に先立って現場の情報をできるだけ詳しく無線により連絡する。また、医療支援を必要とする船舶に対しては、医療に関する助言を無線にて行っている(UK Radio Medical Service)。
(2)海難救助
イ 海難救助支援施設の運営
 MCAは1992年より、衛星を利用して遭難船舶の位置測定を行うGMDSS INMARSATシステムを導入した。GMDSSは、従来の海上遭難通信システムに代わり、衛星通信の高度な技術を利用することで誰もが遭難信号を迅速かつ確実に行うことができるシステムである。MCAが、遭難船舶からのEPIRB等を用いた遭難警報を受信すると、巡視船艇や航空機を遭難現場に急行させる。また、レーダートランスポンダーを利用し、より早期にレーダ等にて遭難位置を決定できるようにしている。さらに、COSPAS/SARSAT衛星の運用管理センターやNAVTEX放送(518KHz, 490KHz)も運営している。
ロ SARの計画
 SAR計画に際しては、コンピュータによる命令統制システム(command control system)を採用している。これにより、事故の記録、管理、資源の選択、警報、時系列などの情報を得ることができ、さらに、コンピュータ処理により、IAMSARマニュアルに基づく、目標物の漂流予測や、捜索部隊による最適捜索区域が決定される。MRCCで策定されたこれら、の情報をもとにCRTやRNLIなどの実働捜索部隊が捜索に当たっている。
 
●ドーバー海峡の航行管制
 
 ドーバー海峡は世界で最も交通量が多い国際航路のうちの1つで、定期的に、1日に400隻以上の船舶が行き交っている。ドーバー海峡では1970年代前半からTSC(Traffic Separation Scheme)交通分離が世界で初めて導入され、完全な陸上からのレーダー監視を受けるようになった。また、1972年よりCNIS(The Channel Navigation Information Service)航路航行情報サービスが導入され、24時間、ラジオ放送やVHS等により、安全な船舶航行を支援している。
 上の写真は、航行管制用のレーダーであり、同様のものがフランスにも設置され、共同でドーバー海峡の航行管制を行っている。
 
・CNIS(The Channel Navigation Information Service)とは
 CNISは、英国がフランスと共同で行っている、ドーバー海峡の航路航行情報サービスのことである。具体的には、
(i)航路航行中の船舶をIMOで決められた手続きに従わせる
(ii)船舶が安全に航行できるよう、航路状況及び最新の情報を提供する
を業務目的としている。CNIS放送はVHF(Ch11)によって行われ、TSSで航行の困難性、気象状況、船舶の輻輳状況などを警告するため、60分(視界が2マイル以下なら30分)ごとに行っている。
 
 
 
 上の写真は、2003年に一新されたオペレーション室内の写真で、常時、航路を航行中の船舶をモニターし、3名の管制官が航行援助サービスを行っている。システムにはAIS(Automatic Identification System)船舶自動識別装置が導入され、より効率的になった。
 この業務は、船舶が海峡を安全に航行できるように国際海上衝突予防規則に基づき断続的に行われている。航行が管制されることにより、規則を遵守しない船舶に対しては特定、追跡し告訴する。300トン以上の船舶は分離通航帯を航行する際には強制的にフランス側のMRCCに、船舶名称、呼出名称、IMO識別番号、現在位置、進路速力、航行経路等を報告しなければならない。
(3)質疑応答
Q1 If vessels don't obey your command, can you do any punishment?
(船舶があなた方の命令に従わない場合、何らかの罰則を与えることができますか?)
A1 No punishment. We'll only instruct like a stop engine.
(罰則はありません。我々はエンジンを止めさせるなどの指示を行うだけです。)
 
Q2 I read the news that in future MCA will be managed by non government How do you think about it?
(私は、将来MCAが民間によって運営されるというニュースを読みました。それについてどう思いますか?)
A2 I don't think. Our charge is very little, but non government needs much.
(そうは思わない。我々の料金は微々たる物であるが、民間は多く必要とするからである。)
 
Q3 Do you think what is the most important duty of MCA?
(MCAの最も重要な任務は何ですか?)
A3 Life Save. It is so for you?
(人命救助です。あなた方にとってもそうではないですか?)
 
4. 終わりに
 英国では、日本とは異なり海難救助を行う実働部隊はRoyal National Lifeboat Institution(王立救命艇協会)という民間のボランティア団体が担っている。RNLIのメンバー達は、平時はそれぞれの本職に従事しており、その職種は医者や大工、セールスマン等様々である。が、いざ海難が発生すると直ちに基地に集まりライフボートマンに早変わりする。もちろん、ボランティアなので報酬は期待できない。また、運営資金も全て寄付金で賄われている。これらのことから英国民の海難救助に対する意識の高さに驚かされた。英国は古来、海運国家であるため海難救助の歴史も長く、また日本と同じ島国である。その点からも、英国から学べることは数多くあると感じた。
 また、ドーバーMCAでは、実際に英国海上保安庁の歴史、活動映像、航行管制システムを見学した。ドーバーMCAでアテンドをしていただいたスパイク氏に英国海上保安庁に求められる最も重要な職務は何かと尋ねると、「人命救助」と答えられ、当庁と同じ意思の下、任務を遂行していることを改めて実感した。
 今回のRNLI、MCA訪問は他国の業務内容を知る上で非常に有意義なものになった。
 このような有意義な調査をする機会を与えてくださった、日本財団及び海上保安協会の関係者の皆様をはじめ、海上保安庁及び海上保安大学校の関係者の皆様に深く感謝致します。


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