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5 海辺の埋没・漂着物調査結果の総括
 今回の海辺の埋没・漂着物調査は、4ヶ国25自治体51海岸で実施した。
 漂着物調査は、87列、174区画、調査面積17,230m2で実施され、採集された総重量は513,385.7g、総個数は66,611個であった。
 埋没物調査は11海岸、調査面積5.3m2で実施され、採集された総重量は101.5095g、総個数11,749個であった。表4.4-1に漂着物および埋没物の海岸別重量・個数を示す。
 4ヶ国全体の平均は、漂着物で、1m2当たりの重量・個数は28.91g、4.0個、埋没物は1m2当たりの重量・個数は19.23g、2,225.19個であった。
 漂着物調査については、重量別では、「プラスチック類」が302,014.6g(総重量の58.8%)と最も多く、次いで「その他の人工物」が72,067.5g(同14.0%)、「ガラス・陶磁器類」が46,994.0g(同9.2%)、「発泡スチレン類」が29,100.2g(同5.7%)、「金属類」が29,063.8g(同5,7%)の順であった。
 個数別では、「プラスチック類」が48,045個(総個数の72.1%)と最も多く、次いで「発泡スチレン類」が11,200個(同16.8%)、「ガラス・陶磁器類」が3,523個(同5.3%)、「その他の人工物」が1,514個(同2.3%)の順であり、「紙類」、「布類」は重量、個数とも漂着物に占める割合は少なかった。
 埋没物調査については、重量別では、「製品破片」が76.2359g(総重量の75.1%)と最も多く、次いで「発泡スチレン」が8.7965g(同8.7%)、「その他」が8.0638g(同7.9%)、「製品」4.1254g(同4.1%)の順であった。
 個数別では、「発泡スチレン」が9,636個(総個数の82.0%)と最も多く、次いで「製品破片」が1,858個(同15.8%)、「原材料」が160個(同1.4%)の順であった。
 埋没物の比率で評価した場合、全海岸の平均は0.39であり、1以上が5海岸、0.1以上1未満が3海岸であった。つまり、全体の約7割程度の海岸で埋没物が漂着物と同程度若しくは、それ以上に埋没していることを意味しており、広範囲に多くの人工プラスチック類が埋没されていることが示唆される。
 両調査を通じて破損・細分化した人工物が多数確認され、特に、漂着物ではプラスチック製品、埋没物では発泡スチレンが多数採集されたことにより、海岸がこうした人工物で広範囲に占有されている実態が明らかとなった。
 また、平成14年度から新たな埋没物として出現した「被覆肥料の殻」は、本年度は、日本の3岸から検出された。
 また、プラスチックの原材料である「レジンペレット」は、51海岸中、漂着物調査では、日本の25海岸、ロシアの1海岸、中国の3海岸、埋没物調査では、更に日本の1海岸で確認され、計30海岸から、レジンペレットが採集され、環日本海地域を広範囲に浮遊し海岸に漂着している実態が判明した。
 海外漂着物は、日本では九州・中国地方を中心に確認され、海外では韓国とロシアの一部で少量確認された。しかしながらロシア国内では、海外から直輸入された品物を多数使用している状況もあることから、ロシアでの調査で確認された海外漂着物が、国外から漂着したものであるかどうかの区分は難しい。
 このように本年度の調査結果からは、個数や重量の差異はあるものの、各国の海岸での漂着・埋没物の主体は、生活系や漁業活動など人間活動由来のプラスチック類であることが確認された。
 これらプラスチック類は、自然に分解されず、人間がそれらを取り除かなくてはいつまでも存在し、それらによる生態系への影響が懸念されるだけでなく、その一部は劣化・破片化され海岸に埋没し、取り除くことが困難になるなど、深刻な海洋汚染への発展が危惧される。
 
6 今後の課題と展望
 プラスチック等による海洋汚染の現状から、今後の海洋環境保全の課題と展望を以下に述べる。(富山県立大学短期大学部 楠井隆史教授)
 
6.1 海洋のプラスチック汚染の現状
 1869年にアメリカのハイファット兄弟が発明したセルロイドが最初のプラスチックとして登場して以降、様々な種類のプラスチックが発明され、1950年代以降は石油化学工業の発展とともに、軽量で加工しやすい材料として急激に生産量が増加した。一方、環境中に排出されたプラスチックは、化学的・生物的に分解しにくく、長期間、環境中に残留するため、1930年代にアラスカのポリビロフ島でゴムバンドに絡まったオットセイが報告されて以降、様々な生態系への影響をしめす事例が報告されてきた。
 ここでは、Derraikの総説(2002)を引用してプラスチック汚染の現状を概観する。
 まず、海洋廃棄物(marine debris)としてのプラスチック類は、方法の異なる様々な調査結果から推定すると、海洋廃棄物の60-80%を占めていた。海洋に流入するプラスチック廃棄物の正確な量を見積もることは不可能であるが、1975年では、世界中の漁業用船舶からプラスチック漁具約135,400t、合成包装材23,600tが投棄され、また、船舶からは、プラスチック容器が毎日、639,000t(1982年)も投棄されているとの推定値が挙げられている。以上の結果に基づくと、船舶から数十万〜数百万トンが毎日、海洋に投棄されていることが示唆される。
 一方、船舶からのプラスチックの海洋投棄を禁じたMARPOL条約付属議定書V(1988年発効)により、投棄量は減少したと推定されるが、正確な推定値はなく、また、陸域からの発生量の推定値もないため、海洋に流入するプラスチック廃棄物量が減少したとする確証はない。さらに、人口集中地域から遠く離れた南アフリカ、パナマなどの離島でもプラスチック汚染が報告されていることから、この問題が地球規模の問題に拡大していることは明らかである。
 こうしたプラスチック汚染によって引き起こされる海洋生物への影響については、様々な事例が報告されている。海鳥の胃の内容物調査の比較では、過去10-15年間の期間における海鳥の摂取事例の報告が増え、世界中で少なくとも267種に影響を与えることが報告されている。影響として報告されている主な内容は、プラスチックの摂取(誤飲・誤食)、摂取に伴う化学物質の吸収、プラスチック廃棄物への絡まりなどが考えられる。
 プラスチックの摂取(誤飲・誤食)は海鳥の他、魚類、海亀、クジラ類などの事例が報告されている。一部の鳥類、魚類、亀では、特定のプラスチック破片(形状、色)を選択的に誤食することから、その生物種の採餌戦略、技術、餌の種類に直接関連していることが明らかとなってきた。鶏を用いた実験の結果、プラスチックは胃の貯蔵容積を減らし、食欲が減退することにより、餌の摂取量が減ることが示された。その結果、脂肪堆積が減少し、健康を損ねる。特に、渡り鳥の場合は、長距離の渡りを阻害し、繁殖地での繁殖に悪影響を与えることが推測された。それ以外に、消化酵素分泌阻害、食欲減退、ステロイドホルモン低下、排卵の遅れと繁殖の失敗などなどの影響がおきる。ハワイ諸島のアホウドリの調査によれば、親鳥の吐き戻したプラスチック粒子を摂取した雛は吐き戻すことができず、胃の中に蓄積し、致死の原因となっている。また、小魚の場合、採餌量の減少、体内部での損傷、内部消化管の閉塞による致死が生ずる。
 また、プラスチックの摂取により、海中からプラスチック表面に濃縮された微量化学物質を同時に摂取する危険性が指摘されている。ミズナギドリの調査から、組織中のPCBがプラスチック粒子由来であることが明らかとなっている。日本でも高田ら(2001)がレジンペレット表面に化学物質が濃縮されることを示した。
 プラスチック廃棄物への絡まり、特に魚網によるものは海洋生物への深刻な脅威となっている。特に絶滅の危機に瀕している海ガメ、好奇心が強く遊び好きのオットセイには問題である。
 また、日本では指摘されていない問題点として、手の洗浄剤、化粧品、エアーブラスト洗浄剤に用いられる小片(通常、0.5mmまで)プラスチック汚染が挙げられている。現時点では、その挙動・影響などについてはほとんど解明されていない。
 最後の問題点として、外来種の侵入経路としてのプラスチック廃棄物がある。細菌、珪藻、藻類、フジツボ、ヒドロ虫類など様々な付着生物がその対象となる。
 以上、Derraikの総説では、プラスチック廃棄物がすでに、野生生物に様々な形で大きな影響を与えることがまとめられており、かつ、十分には解明されていない影響を与えている可能性も示唆している。さらに、海洋での汚染状況が依然として深刻であり、その削減のために各層が各々役割を果たし「地球規模で考え、地域で活動する」ことを提唱している。
 1986年から始まり、現在では世界規模で行われている国際海岸クリーンアップキャンペーンでは、2001年には、延べ75.5万人が参加し、1,258万ポンド(5,700t)を回収している。ごみ品目の個数では、多い順に、タバコ吸殻1,527,837(22.31%)、袋・食品包装933,856(13.64%)、キャップ・ふた541,432(7.91%)、プラスチック製飲料瓶(2L以下)448,759(6.55%)であった。また、クリーンアップ全国事務局(2003)が呼びかけて2003年秋に日本で実施した海岸クリーンアップは、全国223会場で延べ17,516人が参加して取り組まれた。その結果、54万個、25tのごみが回収された。内訳は、個数別では、タバコのフィルター(76,140個、14%)、プラスチック破片(75,759個、14%)、発泡スチロール破片(小、1m3以下;46,494個、9%)の順で多かった。
 また、新たなプラスチック廃棄物として、「被覆肥料の殻」(中空ポリスチレン)がある。昭和52-53年から稲作用を中心に、野菜や果樹、園芸に使用され、肥料が無駄にならないとされている(3-4割の節約)。年間使用量が5万トンで、その10%弱がコーティング材である(約500kg)。本年度の埋没物調査でも日本の海岸で見出されており、今後、新たなモニタリング対象物として留意する必要がある。また、ロシアなどでも従来見られていない原材料(レジンペレット)が発見されており、外見等から判断するとロシア起源でない可能性が強く、日本海でのプラスチック汚染が慢性的かつ拡大している傾向を示唆していると考えられる。
 また、特に対馬、壱岐などの離島部(エリアA)では、他の地域に比べ著しく多量の海外起因と推察される漂着物が確認されている。これら漂着物の回収・処分は地元自治体に大きな負担となっており、国レベル、さらには、日本海地域全体として解決すべき問題と考えられる。
 
【離島の漂着物による被害状況
(島根県隠岐の島町 長尾田海岸2005.1.15)】
 
6.2 今後の展望
 先に指摘したように、プラスチック生産量・使用量が増加する一方、プラスチック容器リサイクル法などプラスチックの回収の体制が進み、環境への排出量の減少が期待される。しかし、有価物と異なり、価格の安いプラスチックの場合、その物流を厳密に制御する事は困難である。社会での流通量が増加する限り、環境への意図的・非意図的な排出を抑制するメカニズムは容易に機能しないことが予測される。Goldberg(1995)が指摘しているように、プラスチックは21世紀の海洋汚染の重要課題の一つである。そのためには、本調査で実施しているモニタリング結果を社会に還元し、環境教育や製品開発を通じて発生抑制型社会の変革及び、日本海沿岸諸国が連携して取り組む必要がある。具体的には、以下の課題が挙げられる。
 
(1)海洋モニタリング体制および調査研究の充実
−ボランティアやNPOと提携した大規模海岸調査と海洋漂流物・海底堆積物調査との組み合わせ:調査の充実と啓蒙
−統一的手法による定点モニタリング網の確立
−日本海のモニタリングを目的とした国際ネットワークの構築
−モニタリングデータの集約・解析・評価の体制確立
−プラスチック可塑剤の生態影響(内分泌攪乱作用等)の研究推進
 近年、自治体、NGOなど各種団体の取り組むモニタリングデータが蓄積されており、それらを有効に統合して全体像、経年変化、地域特性などを把握する努力が求められている。
 
(2)プラスチックの環境放出量削減
−プラスチックモニタリング情報の業界・消費者へのフィードバック:啓発と教育
−海洋環境影響を含めたプラスチック製品のLCA(ライフサイクルアセスメント)
−リサイクル容易なプラスチック素材利用の推進:素材の単純化、添加剤種類の削減
−環境放出量の多い使用・用途の制限
−プラスチック・リサイクル体制の充実
−海岸漂着プラスチック等の収集・処理:費用負担、処理責任の明確化
 以上を実施する上で、各層の連携が緊要である。NGO、NPECの継続的な活動の成果により日本国内でもようやく漂流・漂着ゴミに対する省庁間の連携が開始されている。また、海外からの漂着ゴミの問題を解決するためには、NOWPAP諸国間の国際的な連携が必要不可欠である。
 
(3)環境影響の少ないプラスチックの開発
−生分解性プラスチックの開発
−環境影響の少ない可塑剤の開発、溶出量の抑制
 現在、一部の製品では実用化しているが耐久性などの点でまだ開発途上であり、今後、より一層の進展が期待される。
 
引用文献
Derraik, J.G.B. (2002) The pollution of marine environment by plastic debris: a review, Marine Pollution Bulletin, 44, 842-852.
Goldberg, E.D. (1995) Emerging problems in the coastal zone for the 21st century, Marine Pollution Bulletin, 31, 152-158.
Mato, Y., T. Isobe, H. Takada, H. Kanehiro, C. Ohtake, T. Kaminuma (2001) Plastic Resin Pellets as a Transport Medium for Toxic Chemicals in the Marine Environment, Environ. Sci. Technol., 35, 318-324.
クリーンアップ全国事務局(2003)クリーンアップキャンペーン2002 REPORT. 海洋のリモートセンシング(1982)共立出版(株)


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