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(2)本システムを利用することによる心理的余裕度
<特に輻輳海域における本システム利用時の操船は従来方式による操船と比較して心理的余裕度はどうであったか、またはどうなると予測されるか?>
 
本質問に関しては全員が心理的余裕度が増すと回答。
 
<心理的余裕度が増す理由の選択(本質問に関しては複数選択可)>
 
 回答内容に関して、OZT表示により衝突危険領域を推定しなければならないという圧迫感や緊張感の低減という項目に対して7割以上、これに伴なって安全海域が見つけ易くなることによる圧迫感や緊張感の低減という項目に対しては8割以上の被験者が選択している事は注目すべき事項である。これによっても、OZT表示は操船者の心理的負担の低減に寄与することが予測される。
 なお、本質問の自由記述欄の回答例は以下であった。
・ブイ等の海図情報表示により入出港時の安全操船に寄与
・AIS、ARPA情報の同時表示により誤情報による不安は若干解消
・視界不良時に、船首方向の近距離(0.3NMできれば0.5NM)の漁船の向きがカメラで確認できることなど
・景観対応レーダ画面に加えて景観画面により相手船のアスペクトが把握できるので安心感が増す
 以上のように、本質問の自由記述欄の回答も考慮すると、心理的余裕度が増すとの回答には、総合的情報表示システムによるものという観点からの要素なども含まれているといえる。
 
(3)本システムに対する総合的評価
<本システムに対する総合的満足度は?>
 本システムに関する総合的評価としては、(1)非常に満足できる、(2)満足できる、が合わせて約57%であり、(4)満足できないが0%とはいえ、(3)それほど満足できない、が43%であった事は注目しなければならない。特に、陸上評価試験における操船経験者の方の評価として(3)項の回答の方が多かった。この理由としては、本「事後アンケート結果に関して」の(1)項の最初の質問に関する回答と連動していると考えられ、乗船評価と異なり陸上評価の場合には評価者は自身の目で航行環境を直接把握できない事に加えて、先にも述べたように景観画像のサービスエリアが残念ながら3.3マイルまで達していなかった事などが要因として挙げられる。商品化に際してはこの点の付加価値の向上を考慮しなければならないという課題が見えてきたといえる。
 
(4)本システムに関する印象や改良点など
 この質問に対する回答は自由記述形式であり回答例は以下であった。
・将来システムに関しディスプレイの大きさ及び数が問題
・OZT理論及び概念を操船者がよく理解する必要あり
・カメラ映像を目視と同程度、または特別注意船カメラ映像アップ機能
・船首側の航過と船尾側の航過の場合との危険度の相違が分るように
・ブリッジチームの情報共有化の為、船長の操船意図を伝えるシステムの構築(本システムが黒板になる様なイメージ)
・視認性、操作性、運行者にとっての必要な情報等の整理改善等により非常に有意義なシステムになる
・3つの各表示部をセンターのコンパスレピータの周りにコの字型に配置して、表示部内のコンパス方位を読まなくとも他船の景観とレーダ映像と方位が対応するようなシステムが望ましい
・OZTの位置と自船首に対する横切り方とその移動方向により表示色を色分けした方がよい
 
5-6-2-2 事後アンケート結果のまとめ
 以上の事後アンケート結果のまとめから以下の傾向がある程度明確になった。
 比較的高い評価を得た項目としては
・レーダ映像における固定物標に対するシンボル表示
・近距離における相手船の認識性に関する評価
・衝突危険領域や安全航行領域の認識までの時間短縮あるいは短縮予測、またそれに伴う避航判断時間の短縮あるいは短縮予測
・本システムを使用する事による心理的余裕度の向上あるいは向上予測
 これらは景観画像とレーダ画像やARPA、AIS情報などの統合化による相手船の誤認識の防止効果と、OZT表示による衝突危険領域などの直接的把握によって得られる危険度判断におけるヒューマンエラーの低減効果などに対する期待の表われと考えられる。以上から、本システムが安全航行に対して有効であるという基礎的な評価は得られたものと考える。
 一方、上記アンケートの回答結果や操船経験者に対する聞取り調査結果で示されたズームカメラ導入等による景観画像に対するサービスエリア向上手段や、やはり事後アンケートや聞取り調査で提案された各種要望、特にマンマシンインターフェース機能の向上などが実用化に向けた検討課題となる。
 
第6章 本事業の総括と今後の課題
 従来の船舶の操船においては、操船者による目視からの相手船情報を基本とし、レーダによる相手船位置確認とARPA情報、加えて最近では一部の相手船からのAIS情報などから、相手船の航行方位や速度を把握し、それら情報を基に操船者が自己の頭脳による知的作業によって相手船の動静を判断している。従って特に輻輳した海域においては、衝突危険対象船の特定に関して誤認識や誤判断を伴う危険性が存在する可能性を否定できない。
 相手船動静監視システムは従来の操船概念の持つ上記欠点を克服するためのものである。すなわち本システムは、ビデオカメラによる景観画像と景観画像に表示上対応する様に座標変換されたレーダ画像あるいはARPA情報やAIS情報を同時表示、すなわち情報を一画面に統合化してそれぞれの情報の一致性(対応付け)を確実なものとする事が大きな特長の一つである。また、AIS、ARPA情報を基に他船と自船の衝突可能性判断の新指標であるOZT(Obstacle Zone by Target)理論と呼ばれる衝突危険評価方式を導入して上記統合画面内に衝突可能性エリアであるOZTを直接表示する事により、従来の安全航過距離円による衝突危険評価の欠点を解消し、輻輳域においても安全な運航判断を支援することが可能である点も大きな特長である。上記特長により、衝突可能性判断に関する操船者の知的作業の負担を低減させ、その結果としてヒューマンエラーの低減や操船者の操船に関する心理的負担を低減させる効果が期待できる。
 上記システムに関する基本的理論は東京海洋大学今津教授により提案されていたものであり、国内外から高い関心が示されていたが、それを具体的に実現しその価値を評価するには至っていなかった。
 本事業は今津教授の提案理論を相手船動静監視システムとして実現するために、今津教授のご指導をいただきながら国内3メーカの共同作業としてプロトタイプシステムを試作し、さらに各種評価を実施して、実用化に向けた基本データの取得や機能・性能改善を行なったものである。
 
 平成16年度はメーカ3社でプロジェクトチームを結成し、今津教授のご指導をいただいて設計に先立つ各種基礎調査、それに基づくシステム設計、プロトタイプ試作、試作したプロトタイプの基本的完成度をチェックするための工場評価を実施してシステムの基本動作の確認を終了した。また実船搭載試験の準備を終了した。
 
 平成17年度は、商船三井フェリー株式会社殿所有「さんふらわあ とまこまい」にプロトタイプの実船装備を行ない、やはり今津教授のご指導のもと海上評価試験を約8ヶ月にわたり実施した。それと同時に海上評価試験で収録した航行環境データを基に、それらを陸上で再現して評価するための陸上評価システムを構築して、プロジェクトチームおよび関係者による機能・性能およびその他一般事項を含んだ数回にわたる陸上評価を実施して改善や追加項目などを提案した。つまり、提案、改善、評価というサイクルを繰り返し、それをプロトタイプに反映させるという手順によりシステムの機能性能の向上をはかった。
 また、平成17年度の後半には操船経験者による海上評価試験や陸上評価試験を実施してアンケートや聞き取り調査等によりプロトタイプに対する客観的評価を実施した。
 
 以上が本事業の実施の背景および各作業内容のまとめであるが、その結果以下の主要成果が得られた。
(1)今津教授ご提案の相手船動静監視に関する、景観画像、レーダ映像、AIS情報、ARPA情報を同じ画面上で統合表示し、さらにOZTという新たな衝突危険評価による衝突危険エリアを表示するというシステムをプロトタイプとして始めて船上で実動作可能なものとしたこと
(2)海上評価試験および陸上評価試験により各種機能動作が所期設計目標をほぼ満足するという結果が得られたこと
(3)以上に加え固定物標に対するシンボル重畳機能など、システムに対する幾つかの新たな提案内容を機能として実現し各関係者から高い評価を得たこと
(4)操船経験者による海上評価試験および陸上評価試験の実施をとおして景観画像とレーダ画像の同時表示方式やOZT表示などシステムの妥当性に関する客観的評価が得られたこと
(5)上記評価試験を通じて、操船経験者から本システムによる衝突危険領域の把握や避航判断等に関して心理的負担が低減する、またはするであろうという評価を得たこと
(6)さらに今後本システムの検証や改善を陸上において行なうための、ソフトウエアを準備し、多くの実航行データを取得できたこと
(7)以上の各成果に基づき、システムの実用化に向けた基礎が得られたこと
 
 また、本事業内容に付随する今後の主要課題は以下に示した内容であり、商品化に向けて引き続き取り組みを行なっていく。
(1)本成果をベースにして、コストも含めた実用化に向けたシステムとしてのあり方の検討
(2)上記に際し、各種評価試験を通じて本事業関係者から出された意見、コメントや、操船経験者に対するアンケート結果や聞取り調査から得られた評価内容を最大限考慮して、システムとしての付加価値をさらに高めること
(3)国土交通省が平成17年度から実施している「先進安全航行支援システム(通称INT・NAV)構築検討委員会」の事業に、本事業で得られた成果や基礎データを十分に反映させるよう協力していくこと
(4)さらに国が進めようとしている、海難事故の減少・セキュリティの向上を目指したIMO等に対する必要な基準化の提案を含む戦略的な取り組み、ならびにそのもとでの複数のプロジェクトに対しても、本事業の成果をもとに提案やデータ提供などの面で積極的に貢献すること
 
 今後の船舶の安全航行は海運事業の重要性が再認識されている今日、ますます重要視されることになる。乗務員の安全と財産(積荷)の保全ばかりでなく海洋汚染を防止する意味でも衝突予防は重要であり、操船者の思い込みによる誤判断やヒューマンエラーを極力低減させるための新たな衝突予防援助システムの導入が望ましいと考えられる。
 本事業による成果が、今後船舶を安全に操船する上での新たなシステム導入の起点となりその安全航行に寄与していくものとなる事に期待しつつ、そのための検討の努力を継続するものとする。


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