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はじめに
 本報告書は、競艇の交付金による日本財団の助成金を受け、社団法人日本舶用工業会が平成16年度〜17年度の2カ年にわたり実施した「情報統合化による相手船動静監視システムの開発研究」事業の成果をとりまとめたものである。
 
 本事業の背景には従来から一向に減らない海難事故、特に船舶間の衝突事故に対して、その予防のための新たな手段の構築が重要であると考えられる事がある。
 これまで一般に船舶の操船に関しては、操船者による航行環境の目視確認に加え、レーダ/ARPA情報、近年ではAISの普及により、これら情報を基に操船者がその情報を自身の頭脳における知的作業により統合し、他船との衝突危険の可能性やそれに伴った避航判断を下している。ところが各情報は本来質の異なったものであり、例えばそれぞれ取り扱われる座標系が違っている。従って特に輻輳海域では、操船者の知的作業に伴った誤認識や誤判断による衝突の危険性が潜んでいるといえる。
 本事業は従来からの操船方法が持つ欠点を克服して、操船者の衝突防止のための諸作業の負担および心理的負担を低減する事を目的として東京海洋大学・今津隼馬教授が提案された目標情報の統合と提供に関する理論を基本として、同教授が提案されたシステム案をプロトタイプとして設計・製作し実船評価を含んだ各種評価を実施したものである。同提案にはカメラによる景観画像とレーダ/ARPA、AIS情報を同一画面に統合表示する事と、OZTと呼ばれる新しい衝突危険評価方式を導入する事が含まれている。相手船動静監視システムプロトタイプに対する各種評価や改善作業の実施により、本システムの実用化に向けて必要となる多くの基礎データの取得を完了した。また、同提案内容が船舶の安全航行に寄与するものである事が確認された。今後は本事業で得られた各種データを基に、国内外の関連機関などに対して本システムの提案を行なう事や国際的な規格化を目指す事になる。
 
 本事業の実施に当たっては、古野電気(株)を主体とし、(株)トキメックおよび日本無線(株)が加わったプロジェクトチームとして、東京海洋大学・今津教授のご指導をいただきながら、実施計画の検討・確認、並びに成果のとりまとめを行なった。
 
 貴重な開発資金を助成いただいた日本財団、並びに本事業の推進にご指導ご助言をいただいた東京海洋大学・今津教授に感謝申し上げるとともに、多忙な中で貴重な時間を割いてご協力いただいた(株)エム・オー・マリンコンサルティング殿、商船三井フェリー(株)殿ならびに関係者の皆様にはひたすら感謝にたえない。この機会を借りて御礼申し上げる次第である。
 
平成18年3月
(社)日本舶用工業会
 
第1章 事業の概要
1-1 事業名
「情報統合化による相手船動静監視システムの開発」
 
1-2 事業の背景
 船舶航行に関する安全性の向上と操船効率の向上に対し、これらを実現するための提案がここ数年盛んになってきている。
 これらの実現のための一つの手段として、各種航海機器・システムに対してデータの取扱い方や情報表示に関する提案や規格制定がなされている。たとえばINS(Integrated Navigation System)に関する規格提案には、構成機器やシステム間における航行に関するデータの共有化の概念が含まれている。また、IMOは2008年7月1日以降、各航海機器に表示されるシンボルや用語・省略語や表示に関する一般要件など表示内容の共通化を要求している。これらの目的はブリッジ内の情報共通化を通して各操船者間の判断の差を低減する事にあるといえる。
 しかしながら、上記は航海機器・システムが取り扱うべき情報の内容や表示上の物理的配置などに関する言及程度にとどまっており、従って安全航行や操船効率向上に対して、これら各種情報の解釈に関する人的判断の容易化やそれに伴う心理的負担の低減といった積極的な視点での機器やシステムの構築に関する提案内容とはなっていない。つまりこれら提案などを実現したとしても、従来からの操船システムで問題となっている対象となる相手船の動向を誤認識したり、場合によっては対象とすべき相手船自身を取り違えるなどという人為的ミスが発生する危険性が依然として潜んでいるといえる。
 
 ところで衝突予防に関していえば、SOLASによる従来からのARPAの搭載要件に加えて近年、AIS(Automatic Identification System: 船舶自動識別装置)の装備が制度化され、相手船の動静に関する情報が豊富に得られるようになりつつある。また今後非SOLAS船に対してもAISクラスBの普及も予想されこの分野による情報の充実化が期待できる。しかし、その活用については、AISで得られた情報をレーダ画面上でARPA(自動衝突予防援助装置)情報と同時に表すこと(2008年以後の新造船から実施の方向;IMO・NAV50)や、ECDIS(電子海図表示画面)におけるAIS情報の表示要件が検討されようとしているにすぎず、このままでは情報の増加に伴う運航者の負担が過大になり、安全運航の容易化に寄与することは必ずしも期待しがたい。
 その基本的要因は、本来目視情報も含めてどの情報も最終的には衝突予防という目的に対して重要なものであるのにかかわらず、各情報ごとに座標系が異なっていたり、表現の質が違う次元のものとして扱われているためなどである。
 また、運航の安全につながる衝突危険評価に関しては、ARPAには安全航過距離円にもとづく警報を発する機能を備えているが、輻輳域においては不必要な場合にも警報が発せられることが頻繁に生じ、運航感覚にマッチした有効な援助機能とはなり得ていないのが実状である。
 
1-3 事業の目的
 前項で述べたような諸状況の中で、これらの解決に結びつくことが期待される提案が、東京海洋大学・今津隼馬教授により発表された。その一つは、情報の統合に関するものであり、目視情報との対応を可能とするよう定義した「景観座標」上に、相手船の動静に関するレーダ(ARPA機能)およびAISによる情報を表現することによって、この3種の情報を統合することができ、運航者の判断が容易かつ的確に行えるとするものである。他の一つは、OZT(Obstacle Zone by Target)理論と呼ばれる衝突危険評価方式であって、従来の安全航過距離円による衝突危険評価の欠点を解消し、輻輳域においても安全な運航判断を支援するものであることが操船シミュレータ実験等により示されている。
 
 なお、安全航行の向上という付加価値を実現するための船舶航行支援システムの構築を含めた上記概念実現のための今津教授の提案内容は、「目標情報の統合と提供」として、平成16年度事業成果報告書の巻末資料に掲げられている。
 
 本事業は、これらの理論をもとに、その具体化・実用化を目指すための開発研究を行い、その成果を反映したプロトタイプ装置を製作し、実船搭載実験を含む評価と改良をさらに重ねて、その有効性とくに安全運航への効果を実証しようとするものである。また同時に、本事業を通じて十分なデータ収集を行い、評価結果を含むそれら成果をIMOなどの国際機関に公開し、国際規格化を促すことも視野におく。
 これらにより、本システムが、航海の安全に寄与するものとして広く認知されて、その製品化が進み、わが国舶用工業に新規需要をもたらすことが期待される。
 
1-4 事業実施の意義
(1)必要性
 船舶の安全運航の基本となる情報は「景観情報」、すなわち視覚による相手船(付近を運航する他船)等の情報である。夜間や見通しの悪い気象環境下ではレーダがそれを支援するが、レーダの表示は景観とは異なる座標系であるため、運航者はレーダ映像から得られる情報を景観に対応するよう頭の中で変換し、景観情報を補いながら操船判断を行っている。AISによる他船情報の把握も、データとして読み取るほか、レーダ画面や電子海図画面に位置や速度ベクトルを重畳する表示方法しか発案されておらず、それを景観に関連づけることは、運航者の判断に委ねられている。このために、多数のAIS情報が得られるようになりつつあることが、安全運航の容易化にはつながっていない。
 
(2)効率性・緊急度
 AISの導入に伴いIMOなどで検討されている情報の統合化は、レーダ情報とAIS情報の統合に留まっており景観との統合には至っていない。本開発は、その問題を解決する手段を示しかつその実用性を実証するものであるので、欧米に先んじてこれを実現し提案することは、国際的な貢献となり得る。さらに本開発では、景観上のどの付近がどの相手船や障害物により邪魔されているかの情報を提供し行動決定を支援する機能も同時に実現するので、船舶航行の安全性向上にも大きく寄与するものである。
 
(3)開発の新規性
 これら統合表示方式ならびに安全かつ効率的な運航に寄与する情報提供方式(OZT理論による)は世界的にも初の試みである。なお、OZT理論は3年前の日本航海学会、一昨年の国際航法学会(ドイツ)で発表され、米国(コーストガード)、オランダ等(IEC関係者)関連機関の参加者から強い関心が示されている。
注記:OZT理論は過去の衝突危険評価手法(考えられる誤差を単に危険域を拡大することで解決している)とは異なり誤差を配慮した確率にもとづいて評価している。確率を導入する考え方は約10年前に発表され、到達時間の確率としてのOZT理論が完成し公表されたのは3年前である。
 
1-5 事業の目標
(1)運航に際しての人の判断を支援し、特に輻輳域における航行の安全性を向上させるシステムとして、その機能や表示方式を実用レベルで完成させる。
(2)実船搭載実験を通じて運航者および海運会社、関係研究機関などの評価を受け、それにもとづく改良も含めた開発成果を確立する。
(3)本システムの普及と国際規格化に向けて、IMOなどへの提案の背景となるデータを収集し提供する。


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