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'06剣詩舞の研究◎1
幼少年の部
石川健次郎
 
剣舞「四十七士」
詩舞「九段の桜」
剣舞
「四十七士(しじゅうしちし)」の研究
大塩平八郎(おおしおへいはちろう) 作
〈詩文解釈〉
 作者の大塩平八郎(一七九四〜一八三七)は大阪で町奉行の与力をつとめる傍ら、儒学や陽明学を修め、武術は槍や砲術を学んだ。彼の性格は剛直勇敢な熱血漢で、すこぶる義侠心に富んでいた。その平八郎がこの詩を詠んだ背景には、当時(天保期)の江戸の社会道徳が地に堕ち、幕府の為政者から下級役人までが賄賂に明けくれする腐敗ぶりで、武士でありながら武人の魂を失った者が横行した世情に彼は激しい憤りを抱いたからである。そうした折に作者の大塩平八郎はたまたま泉岳寺を参詣したのであろう、当時から百年以前に起きた事件ではあるが、四十七士の行動に強く心を打たれて“武人とは斯くあるべし”と、時代を超越しての警鐘を詩文に盛り込んだのである。
 詩文の意味は“忠臣蔵”で名高い赤穂浪士が『主君の仇討ちの志を抱いて長い間苦労を重ね、元禄十五年十二月十四日、雪の降る中を吉良邸に討ち入った。その夜は雪明り(あかり)に反射した刃のきらめきが寒々としていた。(四十七士は本懐を遂げたが、時の幕府より法秩序を乱したとして切腹を命じられた)
 さて彼等四十七士の墓は、今も主君浅野内匠頭の墓を守るように同じ泉岳寺に葬られながら、この事件の原因ともなった吉良上野介のような“妖臣の肝”(心のねじけた、よこしまな人間)を冷やかに見つめている』と云うもの。
 
〈構成振付のポイント〉
 作者の生き様(いきざま)を考えると、前項で述べた様に“武人のあり方”に対する批判精神と、更に彼自身が世間が飢饉や疫病で苦しんでいた窮民救済のために大阪で乱を起こすなど激しい心情がこの作品のバックボーンになっていることがわかる。
 しかし幼少年に適した舞踊構成としては、なるべく具体的で演技者自身にも納得が出来るような振付が望ましい。從って前半は吉良邸討ち入りを勇壮な剣技で見せ、後半は泉岳寺に舞台を移すと云った筋立てを考えてみよう。
 
仇討ちを遂げた忠臣蔵の錦絵
 
 まず前奏は登場人物を特定して、例えば大石良雄が走り込んで来て、扇で見立てた陣太鼓を打つと、起句は人物を特定しないで、抜刀した剣技の様々な技法を見せながら相手に斬り込んでいく。承句は吉良邸内を隅々まで探す動きから、遂に吉良上野介を見つけて成敗して、最後に刀を中央にかざして見上げるポーズで終る。
 さて後半は、まず転句で主君の墓前に吉良上野介の首を扇で見立てて供え(そなえ)、切腹して倒れる。結句はその後の泉岳寺に飛躍し、演者は再び義士の姿で刀を重厚な扱いでかざし、四方を威圧したポーズを見せる。
 
〈衣装・持ち道具〉
 作者の心情を表わすためにも、黒紋付き地味な袴で義士達の格調を見せたい。鉢巻、たすきを前半で使い、転句でとるのも効果的である。扇は見立てに使うから燻し(いぶし)銀などがよい。
 
詩舞
「九段(くだん)の桜(さくら)」の研究
本宮三香(もとみやさんこう) 作
 
靖国神社境内の桜
 
〈詩文解釈〉
 作者の本宮三香(一八七七〜一九五四)は千葉県出身の漢学者で、漢詩は依田学海や岩渓裳川に学び多くの秀作を残した。なお三香は青年時代に日露戦争に従軍しただけに、戦没者に対する敬弔の心が厚く、この作品にも作者の気概を見ることができる。
 さて、この詩に詠まれている靖国神社は明治維新以後の国事に殉じた人々や戦没者の霊を合祀した神社で、明治二年に東京の九段坂上に招魂社として創建、明治十二年に靖国神社と改称した。
 神社の境内には数多くの桜が植られ、武士道を象徴するかのように咲き誇る桜花は東京の桜名所に数えられてきた。
 詩文の意味は『この神社に祀られた御霊が国家のために尽くした忠誠心は天地をつらぬく程に強大であり、その勇ましいふるまいは神社にそびえる鳥居の様に高大である。
 神社のある九段一帯は桜の花が満開の頃は見渡すかぎり花の海のようであり、その花の香りの中に、国のために殉じた御霊が祀られているのである。』と云うもので、九段の桜に寄せて靖国神社の御霊を弔い、その勲(いさお)を讃えた作者の心がよく表わされている。
 
日本一と云われる靖国神社の大鳥居
 
〈構成振付のポイント〉
 詩文の前半は国家のために殉じた人のことを述べているが、実際に舞踊表現する幼少年のためには、一般論より、具体的に誰のことを、誰が讃え(弔う)ているのかを決めた方がよい。例えば戦死した父のことをその子供が想う場合や、兄を妹が、夫を妻が、又は戦友が、と様々な関係が考えられるが、演技者の年齢や性別を考慮して、説得力のある内容のドラマを考えて役作りをすればよい。
 次に後半に詠まれた桜の表現は、ただ満開に咲き誇っている情景にとどめず、桜の花の散りぎわの美しさ、花吹雪と呼ばれる桜独特の美学に、武人が散りぎわを大切にした精神性を重ねることで桜花の表現にも変化を持たせたい。從って振り付けの上でも人物の性格をはっきりさせる必要がある。特に女性役で表現する場合などは、日本舞踊の女形にはならないように毅然(きぜん)とした風格が欲しい。桜の花を表わす技法には扇が最も適しているが、この詩文の様に広がりを見せる場合は、手先だけでなく体全体で扇の使い方を考えよう。そして主題である御霊を弔う心の表現を印象づけることが大切である。
 
〈衣裳・持ち道具〉
 前述のように、表現する人物設定がいろいろであるから、それらに相応しい衣装を考えて、女性ならば派手にならない範囲の清楚な色彩で、しかも桜を表現するために用いる扇の色、例えば薄ピンク系とのコントラストを考える。男性も同様に薄いグレー、ブルー系の紋付きと袴で、扇は霞模様などがよい。振付によっては二枚扇の使用もよい。


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