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5.4 段差・隙間を通過しやすくするための機構の試作
(1)いす側の工夫の意義
 2000年に「高齢者・身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」(通称:交通バリアフリー法)が制定され、新設鉄道路線や主要駅などを中心としてバリアフリー化がかなり進んでいる例が見られる(例えば、福岡市営地下鉄3号線;通称七隈線)。しかし一方、既存の旅客施設や車両については努力義務にとどまっているため、それらの中には依然としてバリアフリー化が進んでいない例が多いのも事実である。とくに、鉄道駅プラットホームと車両床面の間には、建築上の設計限界と車両設計限界があるため、段差と隙間が存在する。また、地理的条件により、プラットホームを曲線にせざるをえない場合は、大きな隙間が存在するのが現状である。こうしたプラットホームと車両の間の段差・隙間は一朝一夕にはなくならないと考えるのが現実的である。したがって、環境整備(バリアフリー化)を進める一方で、車いす側にバリアをより安全かつ楽に通り抜けられるようにするための機構的工夫の可能性を追求することも意義がある。
 
(2)段差・隙間通過補助機構の試作
 径の小さい車いすのキャスターで段差・隙間を通過しやすくする機構はいくつか開発・市販化されている。以下の図5-11、図5-12はその例である。図5-11は、車いすが前向きに進むときのキャスターの前方に補助機構を取り付けた形式である。また、図5-12は、車いす前方の左右サイドフレームに梁を渡して、それに振り子状のロッドを取り付け、そのロッドの下端にソリを装着した機構である。
 
図5-11 キャスタを工夫した段差越え機構
 
図5-12 ソリ型段差・隙間越え機構2)
 
 図5-11の段差越え機構はキャスターごと交換する必要がある。図5-12の段差・隙間越え機構は着脱式であるが、その取り付け・取り外しはそれほど簡単ではないと思われる。
 本研究においては、キャスターによる段差越え時の駆動力が軽減でき、80mmの隙間を安全に通過できる、機構が単純で軽量である、着脱が簡単にできる可能性があるといった条件を設定して、ソリ状の補助装置を車いすのフットサポートに取り付ける方式を試作した。図5-13は試作した装置を計測用車いすに装着したものである。
 
図5-13 試作した段差・隙間通過補助機構
 
(3)有効性の検証
 試作した段差・隙間通過補助機構が有効か否かを検証するために、本試作機構を計測用車いすのフットサポートに取り付けて(図5-13)、段差・隙間通過時の駆動力データを収集した。なお、段差高0に対しては本試作機構の有効性はないので、段差高条件は5、10、15、20、30、40、50mmとし、隙間幅条件は80mmのみとした。図5-14に段差高50mm・隙間幅80mmを補助機構つきで通過したときの駆動力パターンの例を示す。
 参考のために、段差高50mm・隙間幅70mmを通常状態(補助機構なし)で通過したときの駆動力パターンの例を図5-15に示す。なお、前述したように、段差高50mm・隙間幅80mmの条件では、補助機構なし通常状態では通過することはできなかったので、データなしである。
 
図5-14 補助機構付きでの駆動パターン
 
図5-15 補助機構なしでの駆動パターン
 
 すべての駆動パターンのデータから、キャスターで段差・隙間を通過するときの駆動力ピーク値を求め、段差高による必要駆動力の違いとしてまとめると図5-16を得る。なお、この図では比較のために、同じ段差高・隙間幅条件を補助機構なしで通過したときの駆動力ピーク値(図4-24より)も示している。ただし、補助機構なしでの段差高50mm・隙間幅80mm通過時のデータはないので、代わりに段差高50mm・隙間幅70mmにおける駆動力ピーク値データを示している。
 
図5-16  段差・隙間通過補助機構付きで段差を通過するときの駆動力ピーク値
 
 この図から、試作した段差・隙間通過補助機構を装着したことにより、手動車いすで段差・隙間を通過するのに必要な駆動力が非常に小さくなっていることが明らかである。段差高が30mmでは、駆動力は補助機構なしの場合の半分以下になる。さらに、補助機構のない場合では、段差高50mm・隙間幅80mmではキャスターが隙間にはまり込んでまったく動けなくなってしまったのに対し、補助機構を装着したことにより、キャスターの隙間へのはまり込みがなく通過できるようになったことは、本試作補助機構が安全性確保の面からも有効であることを示唆している。


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