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平成17年長審第43号
件名

水上オートバイグラス被引浮体搭乗者死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年12月21日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(山本哲也,藤江哲三,稲木秀邦)

理事官
清水正男

受審人
A 職名:グラス船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
ゴムボート搭乗者が頚椎及び骨盤骨折により死亡

原因
搭乗者に対する安全措置不十分

主文

 本件被引浮体搭乗者死亡は,搭乗者に対する安全措置が不十分で,被引浮体が突堤の被覆ブロックに激突したことによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を2箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年8月9日17時00分
 長崎県諫早市飯盛町結の浜(ゆいのはま)マリンパーク
 (北緯32度45.3分 東経129度59.6分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 水上オートバイグラス
登録長 2.70メートル
機関の種類 電気点火機関
出力 62キロワット
(2)構造等
 グラスは,B社が製造したMJ-760XL型と称するウオータージェット推進式の3人乗りFRP製水上オートバイで,船体中央部に主機関を装備し,その上方にステアリングハンドルを,同ハンドル後方に操縦者用及び同乗者用の順に3連の跨乗式座席をそれぞれ備えていた。
 推進力は,主機直結のジェットポンプを駆動して船尾ノズルから海水を噴射することによって得られ,ステアリングハンドルの操作で同ノズルの方向を左右に変えることにより旋回し,同ハンドル右側グリップのスロットルレバーを操作することにより,主機回転数を変化させて速力を増減するようになっていた。
(3)被引浮体
 事故発生当時,グラスが牽引していた,いわゆるチューブボートの一種である被引浮体は,一辺の長さが約230センチメートル(cm)チューブ直径が43cmの正三角おむすび形をした3人乗りの合成ゴム製ボート(以下「三角ボート」という。)で,1頂点を前端としてチューブで囲われた縦方向の凹み3個を座席とし,各座席の中程両側にグリップが,背面に背もたれがそれぞれ設けてあり,搭乗者は下半身をチューブの間に入れ,膝をやや曲げた状態で両腕を伸ばしてグリップを握り,背もたれにもたれる格好で着座するようになっており,前端に牽引索を固縛するフックが取り付けてあった。
 ところで,チューブボートには,ほかに円柱状のバナナボートや円盤状のビスケットボート等があり,バナナボートが半ば海面に没した状態で直線的に牽引し,同ボートにしがみ付いた搭乗者が振り落とされまいとするスリルを楽しむものであるのに対し,平底の三角ボートやビスケットボートは高速で牽引し,旋回させて海面を横滑りに滑走するときや波にたたかれてジャンプするときのスピード感やスリルを味わう楽しみ方が行われていた。
(4)結の浜マリンパーク
 長崎県諫早市に所在する結の浜マリンパーク(以下「マリンパーク」という。)は,平成14年夏に一部工事を残したままオープンされた,県が地域振興のために田結港南側に構築中のレジャー施設で,平面がT字形のコンクリート製突堤(以下「T突堤」という。)を,東方の海域に面した全長約600メートル(m)の海岸のほぼ中央に築いて南北に2分し,北側海岸線を階段式の護岸で覆い,南側一面を砂浜の人工海水浴場として後背地にビーチハウス,駐車場,キャンプ場等の諸施設が設けられていた。
 T突堤は,マリンパーク海岸線のほぼ中央を50mばかり沖合まで埋め立てて扇形の広場を造成し,同広場を基部としてさらに沖合の水深約8mの海域まで捨石で台形状の基礎部分を築き,その上に構築された東西長さ約70mの突堤で,先端部の海面上高さが約6m南北長さ及び幅が約70m及び10mあり,周囲の基礎部分にはコンクリート製被覆ブロックが階段状に積み上げられていた。

3 関係人の経歴等
 A受審人は,平成15年の夏友人の誘いで初めて水上オートバイに乗って興味を持ち,何度か単独でも運転したのち翌16年7月に一級と特殊の各小型船舶操縦士免許を取得し,マリンパークで主にウェイクボードを楽しむ同友人らのグループ(以下「グループ」という。)に加わり,同ボードで滑走したり,仲間のウェイクボーダーを牽引して,延べ30回あまり水上オートバイの運転経験を積んでいた。
 結の浜グループは,A受審人ら10数人の仲間で,マリンパーク西方の長崎県牧島で海岸近くの倉庫と駐車場を借りて個人所有や借用した水上オートバイ3,4台と共同購入した三角ボートやバナナボート等を保管し,休日などを利用して専らマリンパーク北側海岸で,バーベキューを行ったり,ウェイクボードを楽しむほか,海水浴客などから頼まれるとチューブボートに乗せて遊走したりしてマリンレジャーに興じていた。

4 事実の経過
 グラスは,A受審人が1人で乗り組み,三角ボートの両側座席に搭乗者Cとその友人をそれぞれ乗せ,牽引索の両端を同ボート前端のフックとグラス後端のハンドルに係止して長さを約25mに調整し,遊走の目的で,平成16年8月9日16時45分マリンパークの仮設係留場所を発し,遊走の目的で,沖合水域に向かった。
 ところで,当日A受審人は,複数の友人とともに牧島から水上オートバイを運転して11時ごろマリンパークに着き,T突堤の北側中程に両端に錨を取り付けた係留用ロープを設置して持ち寄った水上オートバイやチューブボートの仮設係留場所とし,同地で合流した友人も加わって水上オートバイ,ウェイクボード,チューブボート等での遊走や,海岸でのバーベキューを楽しんでいた。
 一方,C搭乗者は,海水浴を楽しむ目的で何度かマリンパークに遊びに来たことがあり,1週間前の8月2日に友人と訪れた際にグループと知り合い,他の海水浴客に混じって水上オートバイやチューブボートに乗せてもらって面白くなり,当日同じグループに会えることを期待して友人2人と再びマリンパークを訪れたもので,14時30分ごろ3人でマリンパークに到着し,30分程度遊泳したのち15時ごろから結の浜グループに頼んで水上オートバイやチューブボートでの遊走を楽しんだ。
 その後,3人は,T突堤付け根付近の海岸に集まっていた同グループメンバーと歓談していたところ,その日が初対面のA受審人が加わり,まだ三角ボートに乗っていなかったC搭乗者らの頼みで,それまで5回程度同ボートを牽引して遊走した経験があった同受審人が引き受けることになったものであった。
 なお,A受審人とグラス搭乗者2人は,全員水着姿で,発航に先立って救命胴衣を着用しなかった。
 A受審人は,発航後,マリンパーク沖合の水域で大きく4,5回旋回したのち,C搭乗者らに三角ボートに1人で乗るスリルを楽しませようと,16時53分ごろ一旦北側海岸の岸近くまで戻って停止し,C搭乗者を三角ボートの中央座席に着かせ,その友人を水上オートバイの後部座席に移動させて遊走を開始し,ときどき振り返って三角ボートの様子を見ながら沖合で2回大きく旋回したのち再び海岸近くに戻り,十分満喫したものと思って三角ボートのC搭乗者に声を掛けたところ,まだ物足りないような返事だったので,そのままさらに少し遊走を続けることとした。
 このとき,A受審人は,それまで海岸近くで三角ボートを引いて旋回した経験はなかったが,マリンパーク閉園時間に合わせて引き揚げる時間が近づいていたので,旋回径を大きくとらずに海岸近くで遊走することとし,C搭乗者に急旋回するので怖くなったら合図するよう伝え,マリンパーク北側海岸近くのT突堤寄り水域で,三角ボートを2回急旋回させたところ,後ろの同乗者がスリル満点と騒いでいるのに対し,C搭乗者がまだ平気だとの合図を送ってきたので,最後にもう一度だけ旋回することとした。
 こうして,A受審人は,17時00分少し前マリンパーク北側海岸中程の海岸近くから時速30キロメートル近くの速力で,わずかに左転しながらT突堤に向かって進行したが,被覆ブロックまでの距離を目測して安全に旋回できると思い,突堤から十分に離れた安全な水域で旋回するなど,三角ボート搭乗者に対する安全措置を十分にとることなく,突堤付け根付近に集まっていた仲間に見せたい気持ちもあって突堤に近寄り,同時00分わずか前,目測を誤ったままステアリングハンドルを約30度左にとって左方に急旋回した。
 三角ボートは,グラスの左旋回に伴い,T突堤先端部の北西端に向かって右に大きく振れ回り,17時00分番屋三角点から真方位053度410mの地点において,被覆ブロックに激突して乗り揚げ,衝撃でC搭乗者が跳ね飛ばされて同突堤北側の被覆ブロック上に落下した。
 当時,天候は晴で風力1の西南西風が吹き,潮候は下げ潮の初期であった。
 その結果,三角ボートの底部二重皮膜部分に切り傷を生じ,C搭乗者は頚椎及び骨盤を骨折し,救急車で病院に搬送されたが,翌10日死亡した。

(本件発生に至る事由)
1 三角ボートが主として旋回時に海面を横滑りするスピード感とスリルを楽しむものであったこと
2 三角ボート搭乗者がスピード感とスリルに慣れて楽しむ余裕をもつようになっていたと
3 突堤付け根付近に仲間が集まっていたこと
4 三角ボートを牽引して旋回した経験のない突堤近くの水域で旋回したこと
5 被覆ブロックまでの距離の目測を誤ったこと
6 三角ボートが被覆ブロックに激突したこと

(原因の考察)
 本件は,搭乗者を乗せた三角ボートを牽引して旋回する際,突堤から十分離れた水域で旋回していれば,三角ボートが被覆ブロックに激突することはなく,発生を回避できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,三角ボートを牽引して旋回した経験のない突堤近くの水域で旋回したこと,被覆ブロックまでの距離の目測を誤ったこと,三角ボートが被覆ブロックに激突したことはいずれも本件発生の原因となる。
 三角ボートが主として旋回時に海面を横滑りするスピード感とスリルを楽しむものであったこと,三角ボート搭乗者がスピード感とスリルに慣れて楽しむ余裕をもつようになったこと及び突堤の付け根付近に仲間が集まっていたことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
 なお,本件発生時,A受審人,C搭乗者及びグラス同乗者が,いずれも救命胴衣を着用していなかったことは,本件と因果関係があるとは認められないが,船舶職員及び小型船舶操縦者法に定める遵守事項違反行為であり,海難防止の観点から厳に是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件被引浮体搭乗者死亡は,長崎県結の浜マリンパークにおいて,搭乗者を乗せた三角ボートを牽引して遊走中,搭乗者に対する安全措置が不十分で,同ボートを牽引して旋回した経験のない突堤近くの水域で距離の目測を誤ったまま旋回し,同ボートが突堤の被覆ブロックに激突したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,長崎県結の浜マリンパークにおいて,搭乗者を乗せた三角ボートを牽引し,同ボートを旋回させた経験のない突堤近くの水域で遊走中,搭乗者にスリルを楽しませるため旋回しようとする場合,同ボートが突堤の被覆ブロックなどに接触することのないよう,突堤から十分に離れた安全な水域で旋回するべき注意義務があった。しかしながら,同人は,同ブロックまでの距離を目測して安全に旋回できると思い,突堤から十分に離れた安全な水域で旋回しなかった職務上の過失により,目測を誤ったまま突堤近くで旋回して同ボートを同ブロックに激突させる事態を招き,搭乗者を死亡させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同受審人の小型船舶操縦士の業務を2箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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