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平成17年函審第34号
件名

漁船第十一海寶丸乗組員行方不明事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年11月17日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(弓田邦雄,堀川康基,野村昌志)

理事官
向山裕則

受審人
A 職名:漁船第十一海寶丸船長 海技免許:五級海技士(航海)

損害
乗組員1名が行方不明

原因
作業の安全措置不十分

主文

 本件乗組員行方不明は,パラシュート型シーアンカーを投入する際の作業の安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aの五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年10月15日13時45分
 北海道積丹半島北西方沖合
 (北緯44度02.9分 東経138度42.5分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第十一海寶丸
総トン数 136トン
登録長 29.41メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 367キロワット
(2)設備及び性能等
 第十一海寶丸(以下「海寶丸」という。)は,昭和52年3月に進水したいか一本釣り漁業に従事する鋼製漁船で,船尾楼甲板前部の船体後部寄りに操舵室を有し,船首から同室前面までの距離が約18メートルであった。
 船首楼甲板は,長さ約7.5メートルで,後端中央に前部マストが,同マスト前方の右舷側にウインチドラムが,その前方で船首から約5.5メートル後方にはウインドラスが,船首から約3.5メートル後方の中央には高さ約50センチメートル(以下「センチ」という。)のビットがそれぞれ備えられ,ウインドラスの後端から船首方が木甲板となっていた。
 また,船首端の高さ約80センチのブルワークの頂面には,長さ約1メートルの両側ガイド付き船横方向ローラ(以下「船首ローラ」という。)が備えられ,その両側のブルワーク上には高さ約40センチ長さ約1.6メートルのハンドレールが取り付けられていた。
 シーアンカーは,パラシュート型(以下「パラアンカー」という。)で,化学繊維製パラシュート傘(以下「傘」という。)の展張時の直径が約30メートルであり,周縁に直径約10ミリメートル(以下「ミリ」という。)長さ約30メートルで約40本の傘索が結ばれてサルカンにまとめられ,シャックルを介して全長約200メートルの曳索が接続されていた。
 そして,傘頂部には約30センチの潮抜き索を経て2本の索を結び,同部を水面下約20メートルとして傘を展張させるため,1本は先端に約20キログラムの沈子を取り付け,1本は途中に浮子を取り付けた長さ約250メートルの引揚げ索となっていた。
 パラアンカーの投入方法は,浮子を船首のブルワークから舷外に吊り下げ,傘索及び傘をウインドラスを使用してウインチドラムから甲板上に引き出し,同索を下にして傘を船首尾方向に4つ折りくらいにたたみ,傘頂部を上として長さ約3メートル幅約1メートル高さ約50センチの形状にし,船首部からビットを避けて斜めに右舷側に置いた状態から,船首を風に立てて機関を微速力後進にかけ,浮子を投入したうえ,沈子を船首ローラ越しに投入して傘及び傘索を同ローラを経由して徐々に送出させ,引揚げ索とともに曳索を延出し,そのときの海況に合わせて,ウインドラスにより曳索の長さを50ないし200メートルに調節するものであった。
 また,パラアンカーの揚収方法は,引揚げ索を船首ローラを経由してウインチドラムで巻き揚げながら浮子及び沈子を船上に取り込み,次いで傘及び傘索を同ドラムに巻き取り,最後にウインドラスを使用して曳索を引き揚げるものであった。

3 事実の経過
 A受審人は,周年主に日本海において,一航海約25日間のパラアンカーを投入した夜間操業に従事し,昼間は漂泊して休息をとるほか,魚群探索を行って次の操業に備えるようにしており,同アンカーの投入・揚収作業を,平成11年10月に乗船した甲板員Bほか3人の甲板員に行わせていた。
 海寶丸は,A受審人ほか6人が乗り組み,操業の目的で,船首1.2メートル船尾3.5メートルの喫水をもって,同16年10月7日22時30分福岡県博多港を発し,北海道積丹半島北西方沖合の漁場に向かい,越えて12日20時00分漁場に到着して操業を始め,以後適宜漁場を移動しながら操業を行った。
 ところで,A受審人は,荒天下にパラアンカーを投入する際,傘がばらつきながら甲板上を送出し,船首方向の保持が困難な状況のもと,横からの強風に煽られて風を孕む(はらむ)と傘が船上で拡がり,甲板員に危険を及ぼすおそれがあったが,甲板員は同アンカーの投入作業に慣れているので大丈夫と思い,船首ローラ手前で解縛が容易な方法により傘の下部を縛るなどして,送出する傘が船上で拡がらない措置をとっていなかった。
 15日05時30分A受審人は,第3回目の操業を終え,パラアンカーを揚収して魚群探索のうえ,北海道北方海上の低気圧の影響により荒天模様のなか,07時30分同アンカーを投入して乗組員が全員休息に入ったが,更に西寄りの風が増勢して荒天となる状況のもと,漁模様の良好な漁場を早く確保するため再度移動することとし,12時50分同アンカーを揚収して魚群探索を始めた。
 13時35分A受審人は,魚群を探知し,船尾居住区に待機していた甲板員にサイレンでパラアンカー投入準備を指示し,船首部の大きな動揺等により海中転落の危険があったが,甲板員は同アンカーの投入作業に慣れているので大丈夫と思い,風が強いから気を付けろとのみ注意し,救命胴衣を着用することも,浮子・沈子を投入後送出する傘から離れた安全な位置に移動することも指示しなかった。
 A受審人は,操舵室で操船と作業指揮に当たり,上下のフード付雨合羽,防水手袋及びゴム長靴を着用し,救命胴衣未着用の4人の甲板員が船首配置に就き,前示揚収の際,次の投入に備えてパラアンカーが甲板上に折りたたんであるなか,浮子を舷外に吊り下げたのち,船首ローラ上に同アンカーの傘頂部を延ばしたうえ,B甲板員が同ローラ右舷側のブルワーク部に,一人の甲板員が同ローラ左舷側の同部にそれぞれ立って投入準備を終えたとき,船首を風に立てて機関を約1ノットの微速力後進にかけ,13時44分半過ぎスピーカーで同アンカーの投入を命じた。
 こうして,海寶丸は,浮子を投入したうえ,片手でハンドレールを掴んだ両甲板員が他の手で沈子を両側から持ち上げて船首ローラ越しに投入し,続いて傘が3分の2ばかり送出したとき船首が右舷風下に落とされ,残った傘が左舷方からの強風に煽られ,風を孕んで右舷方に拡がり,13時45分神威岬灯台から真方位301度83.3海里の地点において,浮子・沈子を投入後安全な位置に移動しないまま,右舷側船首部の狭所に立っていたB甲板員が,傘に跳ね飛ばされてハンドレール越しに海中に転落した。
 当時,天候は晴で風力7の西北西が吹き,波高は約4メートルで,北海道西方海上には海上強風警報が発表されていた。
 海中転落を目撃した,A受審人は,クラッチを前進に入れて後進行きあしを止めるとともに,船体に絡まった傘索を切断させたうえ転落地点を捜索したが,B甲板員を発見できなかった。
 この結果,B甲板員は,巡視船及び航空機による捜索にも発見されず,翌16日14時15分捜索が打ち切られ,行方不明となり,その後死亡と認定された。

(本件発生に至る事由)
1 荒天時にパラアンカーを投入する際,送出する傘が船上で拡がらない措置をとっていなかったこと
2 当時,荒天であったこと
3 救命胴衣を着用するよう指示しなかったこと,また着用しなかったこと
4 浮子・沈子を投入後安全な位置に移動するよう指示しなかったこと,また移動しなかったこと
5 パラアンカーの送出中に船上で拡がった傘に跳ね飛ばされて海中転落したこと

(原因の考察)
 本件は,荒天時にパラアンカーを投入する際,送出する傘が船上で拡がらない措置をとり,浮子・沈子を投入後安全な位置に移動していれば,船上で傘が拡がることも,拡がった傘に跳ね飛ばされることも回避できたと認められる。
 また,救命胴衣を着用していれば,拡がった傘に跳ね飛ばされて海中に転落しても,行方不明となることを回避できたと認められる。
 従って,A受審人が,荒天時にパラアンカーを投入する際,作業の安全措置が不十分で,船首ローラ手前で解縛が容易な方法により傘の下部を縛るなどして,送出する傘が船上で拡がらない措置をとらず,救命胴衣を着用することも,浮子・沈子を投入後安全な位置に移動することも甲板員に指示しなかったこと,甲板員が救命胴衣を着用せず,浮子・沈子を投入後安全な位置に移動しなかったこと及び同アンカーの送出中に船上で拡がった傘に跳ね飛ばされて甲板員が海中に転落したことは,本件発生の原因となる。
 当時,荒天であったことは,パラアンカーの投入が大型いか釣り船に特有なものではなく,荒天時に船体を支える目的のため行われるものであるから,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件乗組員行方不明は,魚群を探索したのち,荒天下,船首からパラアンカーを投入する際,作業の安全措置が不十分で,浮子・沈子に続いて同アンカーの傘が甲板上を送出中,強風に煽られて風を孕んで船上で拡がり,甲板員が傘に跳ね飛ばされて海中に転落したことによって発生したものである。
 作業の安全措置が十分でなかったのは,船長が,送出するパラアンカーの傘が船上で拡がらない措置をとらなかったこと,救命胴衣を着用するよう甲板員に指示しなかったこと及び浮子・沈子の投入後安全な位置に移動するよう甲板員に指示しなかったことと,甲板員が,救命胴衣を着用しなかったこと及び浮子・沈子の投入後安全な位置に移動しなかったこととによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,魚群を探索したのち,荒天下,船首からパラアンカーを投入する場合,送出する同アンカーの傘が強風に煽られて風を孕むと船上で拡がり,甲板員に危険を及ぼすおそれがあったから,船首ローラ手前で解縛が容易な方法により傘の下部を縛るなどして,送出する傘が船上で拡がらない措置をとり,また,船首部の大きな動揺等により海中転落の危険があったから,救命胴衣を着用するよう甲板員に指示し,浮子・沈子を投入後送出する傘から離れた安全な位置に移動するよう甲板員に指示するなど,作業の安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,甲板員はパラアンカーの投入作業に慣れているので大丈夫と思い,作業の安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により,浮子・沈子に続いて甲板上を送出中の傘が強風に煽られて風を孕んで船上で拡がり,甲板員が傘に跳ね飛ばされて海中転落する事態を招き,行方不明とさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して,同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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