日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2005年度(平成17年度) >  死傷事件一覧 >  事件





平成17年神審第55号
件名

漁船第三勝美丸乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年10月12日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(村松雅史,佐和 明,橋本 學)

理事官
佐野映一

受審人
A 職名:第三勝美丸甲板員 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
船長が溺水により死亡

原因
揚網作業時の安全措置が不十分

主文

 本件乗組員死亡は,揚網作業時の安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年1月16日01時50分
 徳島県蒲生田岬南方沖合
 (北緯33度47.3分 東経134度43.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第三勝美丸
総トン数 3.2トン
全長 11.07メートル
機関の種類 ディーゼル機関
漁船法馬力数 60
(2)設備及び性能等
 第三勝美丸(以下「勝美丸」という。)は,昭和62年8月に進水した刺網漁業に従事するFRP製漁船で,船体中央やや後方に甲板上からの高さ1.96メートル,長さ3.07メートル,幅1.38メートルの操舵室が設けられ,同室内にはGPSプロッター及び魚群探知機が装備されていた。
 また,操舵室前面から船首方2.4メートルの右舷側に直径70センチメートル(以下「センチ」という。)のローラーを舷側外に出した揚網機が設置され,前部甲板上の操舵室前面右舷角に主機及び操舵の遠隔操縦装置(以下「遠隔操縦装置」という。)が装備され,船体中央部の舷側には甲板上からの高さ46センチのブルワークがあり,建造時には,ブルワーク上に設けられていた高さ約30センチの手すりは,その後,撤去されており,揚網機やや後方から操舵室前面右舷甲板通路上にはラバーが敷かれていた。

3 事実の経過
 勝美丸は,船長BとA受審人が2人で乗り組み,刺網を揚網する目的で,船首0.3メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,平成17年1月16日01時00分徳島県椿泊漁港を発し,同県蒲生田岬南方沖合の前日に刺網を設置した地点に向かった。
 ところで,勝美丸の刺網漁は,上端に浮子,下端に沈子を取り付けた高さ2.7メートル,長さ80.0メートルの刺網を5枚連結し,その両端に水深にあわせた合成繊維製ロープを取り付けた錘を連結して同ロープの他端に標識旗の付いた発泡スチロール製ブイ(以下「ブイ」という。)を取り付けたもので,B船長が1人で出漁して刺網を設置し,翌日早朝に同船長とA受審人と2人で出漁して揚網するものであった。
 また,揚網作業は,GPSプロッターに入力しておいた前日の刺網設置地点付近に達したのち,操舵室の右舷上部に設置したサーチライトを点灯して前示ブイを目視で探したのち,前部甲板上の遠隔操縦装置で船体を同ブイに寄せて回収し,右舷側にある揚網機の舷側外に出たローラーで刺網を揚収するという手順で行われていた。
 B船長は,これらの揚網作業を前部甲板の舷側付近において単独で行っており,ブルワークの高さが甲板上46センチと低く,船の動揺などで海中に転落するおそれがあったところ,揚網作業時の安全を確保するため2人共同で作業に当たるなど安全措置を十分にとらなかったうえ,作業がしづらいことからいつも救命胴衣を着用しておらず,A受審人にも救命胴衣を着用するよう指示していなかったことから,同受審人も着用していなかった。
 A受審人は,出漁中は専ら魚を網からはずす作業に従事しており,同船長に救命胴衣着用について,何も言っておらず,操船については主に船長が行い,自身は広いところで直進するときや短時間交代で舵をとる程度しかしたことがなく,機関の操作方法などは知らなかった。
 B船長は,操舵室で操舵と見張りに当たり,蒲生田岬東方沖合を通過して前日の刺網設置地点に向けて南下し,01時40分同地点付近に至り,サーチライトを点灯したのち,トレーナーとズボンの上に雨合羽を着て長靴を履くなど服装を整え,救命胴衣を着用しないで,A受審人には声をかけないまま,2人共同で作業に当たるなど,揚網作業時の安全措置を十分にとらなかった。
 こうして,B船長は,単独で操舵室から出て前部甲板に移動し,前日漁獲したものの売り物にならなかった魚を捨てたのち,舷側付近で揚網作業に取り掛かろうとしたところ,01時50分蒲生田岬灯台から真方位208度3.1海里の地点において,ローリングで身体の平衡を失うかして,ブルワークを超えて海中に転落した。
 当時,天候は晴で風力2の東風が吹き,海面には少し波があった。
 一方,A受審人は,発航後,操舵室前部下側にある船室で休息していたが,機関音の変化で漁場に近づいたことを知ったので,同室で甲板上に出る身支度をし,前部甲板の作業灯を点灯しようとしたところ,落水音とその後B船長の呼ぶ声を聞いて同船長が海中に転落したことを知り,あわてて甲板上に出て手近のロープを投げたが届かず,刺網に使う発泡スチロール製の白いブイを投下したところ,同船長が掴まったものの,暗闇にまぎれて見失い,携帯電話で親戚に救助を求めた。
 その結果,B船長(小型船舶操縦免許証受有)は,同日08時過ぎ捜索中の船によって発見されたが,搬送された病院で溺死と検案された。

(本件発生に至る事由)
1 ブルワーク上に手すりがなかったこと
2 船長が安全措置を十分にとらなかったこと
3 船長が救命胴衣を着用しなかったこと
4 A受審人が救命胴衣を着用するよう言わなかったこと
5 A受審人が機関の操作方法などを知らなかったこと
6 船長が海中に転落したこと

(原因の考察)
 本件乗組員死亡は,夜間,舷側付近で揚網作業を行う際,救命胴衣を着用していなかった船長が海中に転落したことによって発生したものである。
 船長が前部甲板の舷側付近で揚網作業に当たろうとする際,ブルワークの高さが甲板上46センチで,ローリングして身体の平衡を失ったときには,海中転落するおそれがあったから,救命胴衣を着用し,2人共同で揚網作業に当たるなど安全措置を十分にとっておれば,海中に転落する事態を回避でき,また,速やかに救助活動ができ,溺死する事態を回避できた可能性があると認められる。したがって,船長が救命胴衣を着用しなかったこと及び2人共同で同作業に当たるなど安全措置を十分にとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が夫の船長に救命胴衣を着用するよう言ったとしても,同船長が聞き入れた可能性は少なく,同受審人が言わなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があると認められない。しかしながら,揚網作業時の救命胴衣の不着用は,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 勝美丸のブルワーク上に手すりがあれば海中転落を防止する可能性はあるが,手すりがなかったから海中に転落したものではないので,本件発生の原因とならない。
 A受審人が機関の操作方法などを知らなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められないので,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件乗組員死亡は,夜間,徳島県蒲生田岬南方沖合において,前部甲板の舷側付近で揚網作業を行う際,安全措置が不十分で,救命胴衣を着用していなかった船長が海中に転落し,救助されず,溺れたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人の所為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION