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平成17年仙審第25号
件名

漁船第五光洋丸乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年10月5日

審判庁区分
仙台地方海難審判庁(大山繁樹,原 清澄,半間俊士)

理事官
寺戸和夫

受審人
A 職名:第五光洋丸船長 海技免許:三級海技士(航海)
補佐人
a

損害
甲板員が溺死

原因
高波に対する監視態勢不十分

主文

 本件乗組員死亡は,高波の監視態勢が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年7月27日01時10分(日本標準時)
 南アフリカ共和国南方沖合
 (南緯39度50分 東経23度15分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第五光洋丸
総トン数 408トン
全長 55.41メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 698キロワット
(2)設備及び性能等
ア 第五光洋丸
 第五光洋丸(以下「光洋丸」という。)は,まぐろはえ縄漁業に従事する長船尾楼型鋼製漁船で,推進器として可変ピッチプロペラを装備し,上甲板下には船首から順にフォアピークタンク,燃料油タンク,魚倉,機関室及び燃料油タンクを配置し,上甲板には船首から順に船首楼,作業甲板,冷凍室,冷凍機室,食堂及び操舵機室を配置し,船尾楼甲板には船員室が,その後方に幹縄室,枝縄室等がそれぞれ設けられ,船員室前部の上方が船橋となっていた。
イ 作業甲板及び同甲板のブルワーク
 作業甲板は,上甲板の上方50センチメートル(以下「センチ」という。)に設けられた長さ15.0メートル幅8.8メートルの一部にグレーチングを設けた木甲板で,両甲板の間が空所をなし,打ち込んだ海水がグレーチングから空所に落ちるようになっており,空所には幅80センチ高さ30センチの放水口が右舷に4箇所,左舷に5箇所設けられていた。
 作業甲板のブルワークは,揚縄時に波を左舷側から受けるように,左舷側が上甲板からの高さが3.0メートルになっていて,更にブルワークを越えて作業甲板に入り込む波やしぶきを防ぐため,鋼板が左舷側ブルワーク頂部から2.5メートル,船首楼甲板から4.0メートル作業甲板側にそれぞれ屋根状に張り出して設けられ,このため作業甲板で作業している乗組員は,左舷方からの波が見えなかった。また,右舷側ブルワークは,上甲板からの高さが1.3メートル,作業甲板からの高さが0.8メートルで,揚縄時に幹縄及び枝縄をブルワーク越しに取り込むようになっていた。
ウ 作業甲板の漁労設備等
 幹縄を巻き揚げるラインホーラが作業甲板船首部右舷側に1台,枝縄を巻き取るブランリールが作業甲板右舷側ブルワーク沿いに2台,同甲板中央右舷寄りに1台それぞれ設置し,ブランリール付近の甲板には滑り止めとしてゴムマットが張られており,作業甲板周囲には500ワットの作業灯6個及び1キロワットの作業灯1個を備えているほか,3キロワットの探照灯1個を船橋頂部の右舷側に備えていた。
エ まぐろはえ縄漁
 光洋丸のまぐろはえ縄漁は,釣り針を付けた径3ミリメートル(以下ミリという。)長さ40メートルのナイロン製枝縄9本を,径6ミリ長さ390メートルのナイロン製幹縄にスナップ金具で装着し,これに浮子玉1個取り付けたものを1鉢と称し,370鉢連結した約140キロメートルのはえ縄漁具を6時間かけて船尾から投縄し,4時間漂泊したのち揚縄を始め,12時間に及ぶ揚縄作業が終了したところで次の投縄の準備にかかるもので,1日1回の操業が行われていた。
オ 揚縄作業
 幹縄は,右舷側からサイドローラを介してラインホーラで巻き揚げられたのち,作業甲板船首側のスローコンベア,船尾楼甲板左舷側の円管を順に通って船尾の幹縄室の巻込み機で格納し,枝縄は,幹縄からスナップ金具を取り外したのち,ブランリールで巻き取って,コイルして浮子玉とともにかごに入れ,そのかごを船尾楼甲板左舷側のベルトコンベアで船尾の枝縄格納室に運んでいた。そして,まぐろがかかったときには,右舷側ブルワーク中央船尾寄りに設けられた舷門の差し板を外してこれより取り込み,それ以外は差し板を取り付けた状態としていた。
カ 操舵室の操縦スタンド
 操舵室の操縦スタンドは,右舷側に可変ピッチプロペラの翼角制御ダイヤル,操舵ダイヤル,高波が来たときに鳴らす警報ベルスイッチ,探照灯を上下・左右に照射するための操作スイッチ等が設けられており,同スタンドの右舷側後部には椅子が設置され,揚縄中,操舵室右舷側から窓越しに縄の状態を見ながら操船できるようになっていた。なお,警報ベルは,作業甲板前部壁中央に取り付けられていた。
キ 船橋当直
 船橋当直は,投縄中に漁労長が,漂泊中にA受審人が就き,揚縄中は,同受審人,一等航海士及び甲板長が交代でそれぞれ4時間の単独で入直していた。

3 事実の経過
 光洋丸は,A受審人ほか日本人船員8人及びインドネシア人船員13人が乗り組み,操業の目的で,船首2.0メートル船尾3.5メートルの喫水をもって,平成15年3月18日23時30分(日本標準時,以下同じ。)南アフリカ共和国ケープタウン港を発し,同月24日同港南東方沖合の漁場に至って操業を開始し,越えて7月26日15時00分ごろ,南緯40度30分東経23度25分の地点で,ケープタウン港発港後113回目の投縄を終えて漂泊した。
 18時45分A受審人は,作業責任者として揚縄を開始することとし,一等航海士を船橋当直に就かせ,漁労長,機関長,操機長,通信長及び司厨長並びに幹縄室及び枝縄室担当者1人を除いた,甲板員Bを含む14人とともに作業甲板の各配置についたが,これから天候が悪化する旨の気象情報を気象衛星から得ていたので,このことを船橋当直者及び作業甲板の乗組員に知らせ,同乗組員がいつものとおり救命胴衣及び保護帽を着用して作業に就いた。
 ところで,作業甲板上における揚縄作業の配置は,ラインホーラの操作及び幹縄送りに2人,ブランリールの操作及び枝縄処理に6人,枝縄及び浮子玉運びに2人がそれぞれ当たり,残りの5人はまぐろの舷門からの引き揚げ,まぐろを処理して冷凍庫への搬入,枝縄の修理等に従事し,8鉢処理したところで順次交代するようにしていた。
 22時45分A受審人は,船橋当直者を交代することとし,当時,西風が約20メートル吹き,更にこれから数時間の間,西から低気圧が接近する旨の気象情報が入っていて時化の強まることが予想され,このことを乗組員に周知して高波には注意するように指示したものの,船橋当直者は,右舷側の縄の状態を見ながら翼角と舵の操作をするだけでなく,漁獲物の記録や報告などの作業のうえ,夜間で見えにくい左舷船首方からの波の状態も監視し,高波が来襲したときには警報ベルで知らせなければならなかったが,高波に注意するよう指示したので大丈夫と思い,高波を監視する見張り員を操舵室に配置するなど,高波の監視態勢を十分にとることなく,甲板長を単独で船橋当直に就かせた。
 光洋丸は,船首を北方に向け,左舷ないし船首方から常時波高4メートルばかりの波を受けて船体が左右に10度から20度揺れ,波が右舷側からブルワークを越えて打ち込まなかったものの,しぶきが作業甲板に入ってくる状況下,翌27日01時00分作業に従事する乗組員が各作業配置を交代し,A受審人が作業甲板左舷船首寄りの作業台前で枝縄の修理に当たり,B甲板員が右舷船尾側ブランリールの側で枝縄の処理に従事していたところ,突然左舷船首方から7,8メートルの高波が来襲した。そのころ,甲板長は,探照灯で左舷方を照射していたものの,右舷側の縄の状態を見ながら,機関を2ノットばかりの微速力前進にかけて手動操舵に当たっていたことから,高波の来襲を間近になって初めて気付き,警報ベルを押す間もなく高波が激しく左舷外板に打当たり,船体が30度以上右舷側に傾斜したので,右舷側ブルワークを越えて大量の海水が作業甲板に打ち込み,作業中の乗組員は漁労機械につかまったり,船首方へ逃れたりしたものの,保護帽に合羽上下,ゴム長靴,軍手及び作業用救命胴衣を着用していたB甲板員は,打ち込んだ海水と船体傾斜のため転倒し,左舷側に船体が傾斜するとともに左舷方へ押し流され,01時10分南緯39度50分東経23度15分の地点において,再度右舷側に傾いたときブルワークを越えて流出する海水とともに海中に転落した。
 当時,天候は曇で風力10の西風が吹き,波高7,8メートルの波があり,海上は時化模様で,気温は摂氏15度,海水温度は摂氏17度であった。
 B甲板員(インドネシア共和国籍)は,救命浮環が投下されたがうつ伏せ状態のままで,15分後に船内に舷門から引き揚げられ,蘇生処置がとられたものの心肺停止状態であったので,ケープタウン市内の病院に搬送され,のち溺死と診断された。

(本件発生に至る事由)
1 A受審人が高波には注意するように指示したので大丈夫と思ったこと
2 夜間,右舷側を見ながら操船していると左舷側からの波が見えにくい状況であったこと
3 A受審人が高波の監視態勢を十分にとらなかったこと
4 高波が来襲したこと

(原因の考察)
 本件は,高波の監視態勢を十分にとっていたなら,早期に高波の来襲に気付いて警報ベルで知らせることができ,乗組員の海中転落を防ぐことができたものである。したがって,A受審人が,高波に注意するよう指示したので大丈夫と思い,高波を監視する見張り員を操舵室に配置するなど,高波の監視態勢を十分にとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 夜間,右舷側を見ながら操船していると左舷側からの波が見えにくい状況であったこと,及び高波が来襲したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件乗組員死亡は,夜間,南アフリカ共和国南方沖合において,まぐろはえ縄漁業に従事中,荒天のもとで揚縄作業を行う際,高波の監視態勢が不十分で,来襲した高波により船体が大きく傾き,作業中の乗組員が打ち込んだ海水に押し流され,海中に転落したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,夜間,南アフリカ共和国南方沖合において,まぐろはえ縄漁業に従事中,荒天のもとで左舷方から波を受けて揚縄作業を行う場合,高波により船体が大きく傾いて右舷側から波が打ち込むことがあるから,早期に高波を発見できるよう,高波を監視する見張り員を操舵室に配置するなど,高波の監視態勢を十分にとるべき注意義務があった。ところが,同受審人は,高波に注意するよう指示したので大丈夫と思い,高波の監視態勢を十分にとらなかった職務上の過失により,来襲した高波により船体が右舷側に大きく傾き,作業中の乗組員が打ち込んだ海水によって押し流され,海中に転落する事態を招き,同乗組員が溺死するに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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