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平成17年神審第43号
件名

漁船第八日昇丸機関損傷事件
第二審請求者〔理事官岸 良彬〕

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成17年10月27日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(中井 勤,甲斐賢一郎,橋本 學)

理事官
岸 良彬

受審人
A 職名:第八日昇丸機関長 海技免許:四級海技士(機関)(機関限定)
指定海難関係人
B 職名:C社常務取締役

損害
主機6番シリンダのピストン,シリンダライナ,連接棒及びクランクケース側壁等の損傷

原因
第八日昇丸・・・主機の運転管理不十分
機関整備業者・・・主機連接棒大端部の点検不十分

主文

 本件機関損傷は,主機の運転管理にあたり,使用回転数の上限遵守が不十分で,連接棒大端部の歪みが進行したことによって発生したものである。
 機関整備業者が,主機連接棒大端部の点検を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年4月5日12時50分
 東京都御蔵島南方沖合
 (北緯33度40.0分 東経139度32.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第八日昇丸
総トン数 89.27トン
全長 36.10メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 735キロワット
回転数 毎分610
(2)設備及び性能等
ア 主機
 主機は,昭和63年にD社が製造したT260-ET2型と称する,シリンダ内径260ミリメートル(mm),行程330mm,シリンダ数6の過給機付4サイクルトランクピストン型機関で,製造時の定格出力及び同回転数を1,007キロワット及び毎分670とされていたところ,平成8年12月に中部運輸局清水海運支局により,それぞれ735キロワット及び毎分610に変更されたのち,同11年2月に四国運輸局高知海運支局により,燃料噴射ポンプラックの目盛り20.0の位置を過負荷制限として封印された状態で第八日昇丸(以下「日昇丸」という。)に中古で据付けられ,各シリンダには船首方から順番号が付されていた。
イ 連接棒
 連接棒は,小端部及び大端部各軸受中心間の長さが645mmのクロムモリブデン鋼製で,小端部にピストンピン軸受メタルが冷やし嵌めされ,大端部を合わせ面に角度60度のセレーション加工が施された斜め割れとしてクランクピン軸受メタルが組み込まれ,左右各2本のクランクピンボルトにより締付けられていた。
 クランクピン軸受メタルは,裏金にケルメットが鋳込まれた薄肉完成メタルで,表面にホワイトメタルのオーバーレイが施され,クランクピンとの間隙が0.40mmまで増加すれば新替えするよう主機取扱説明書に記載されていた。
 クランクピンボルトは,全長207mm,軸部外径21mmのクロムモリブデン鋼製で,頭部を対辺距離32mmの六角形状とし,先端からの長さ45mmの間には,ねじの呼びM24,ピッチ2mmのメートル細目ねじが施され,20,000時間毎に新替えするよう同説明書に記載されていた。

3 事実の経過
 日昇丸は,昭和55年2月に竣工したFRP製漁船で,3月から11月の間を漁期とし,小笠原諸島から三陸沖にかけての海域で魚群を追いながらかつお一本釣り漁業に従事しており,休漁期間中に法定検査を受検するなどの目的で入渠し,船体及び機関の定期的整備を行っていた。
 主機は,漁場を移動中には回転数を毎分600として年間約4,500時間運転されていたが,過負荷制限の封印が外され,魚群発見時に過回転域にまで増速されることがあるなど,過大な慣性力が連接棒大端部などに生じる状況での運転が繰り返されていたので,同部の歪み量が次第に増加し,同部各セレーションの当たりが不均等となる状態が進行していた。
 一方,A受審人は,主機を運転するにあたり,魚群発見時,速力を上げるために過回転域で運転されることがあると承知していたものの,短時間なので支障あるまいと思い,操船者に定格回転数以下に下げるよう指示するなど,使用回転数の上限を遵守していなかった。
 C社は,D社の代理店として,機関の販売,修理及び整備などの業務を行っており,日昇丸の主機に関する定期的整備工事を請け負っていた。
 主機は,1箇月毎にシステム油系統のこし器の掃除,1ないし2箇月毎にクランクケース内の点検が行われていたほか,システム油の消費量を抑制することを目的に,定期的整備工事毎に全シリンダのピストンリング,また,定期検査工事毎にクランクピンボルト各全数が新替えされていた。
 B指定海難関係人は,C社に出向したのち,日昇丸の各整備工事を機関長及び船主などからの要望に基づいて仕様を作成,実施しており,平成14年1月の第1種中間検査工事時に主軸受メタル全数,また,同15年1月の一般整備工事時に4番シリンダの同メタルをそれぞれ新替えし,各連接棒大端部の本体側及びキャップ側各セレーション部には亀裂が生じやすいことを承知していたことから,両工事とも同部の非破壊検査を染色探傷法により実施し,異状のないことを確認していた。
 平成16年1月B指定海難関係人は,日昇丸の定期検査工事を担当した際,前回の工事と同様に主機全シリンダのピストンを抜き出し,各連接棒のセレーション部の非破壊検査を染色探傷法で行い,3番シリンダの同部に生じている亀裂を認めたとき,他のシリンダにおいても各セレーションの当たりが不均等となっているおそれがあったが,真円度を計測するなどして同棒大端部の歪み量についての点検を行わず,他のシリンダセレーション部には亀裂が認められなかったので,同シリンダの連接棒仕組及び主軸受メタル全数をそれぞれ新替えして復旧した。
 ところで,A受審人は,前記定期検査工事中に3番シリンダの連接棒セレーション部で亀裂が発見された際,工事に立ち会っておらず,B指定海難関係人から復旧後にこのことを知らされたが,専門業者であるB指定海難関係人の判断に任せることとして了承した。
 主機の復旧を終えたB指定海難関係人は,定期検査執行時に確認された過負荷制限の封印を外し,燃料噴射ポンプラックの目盛りが約22の位置となる回転数毎分670で試運転を実施したのち,完工させた。
 平成16年3月に入り,日昇丸は,漁を再開していたところ,いつしか主機6番シリンダの連接棒大端部の同棒側セレーション部の油穴付近を起点として微細な亀裂が発生し,それが次第に進行するに伴い,4本のクランクピンボルトのうち,上位に位置する2本の締付力が漸減し,慣性力が次第に増大して同ボルトの金属疲労が進行する状況で操業を繰り返していた。
 日昇丸は,A受審人ほか19人が乗り組み,操業の目的で平成16年4月2日13時40分千葉県勝浦港を発し,東京都八丈島北方の漁場に向かった。
 日昇丸は,A受審人を含む5人の機関部員により,昼間2時間毎及び夜間3時間毎の輪番で機関部の当直が行われていたところ,翌3日06時ごろ漁場に至って操業を繰り返し,ほぼ満載となる約43トンの漁獲量となったので,5日正午少し前,水揚げの目的で勝浦港に向け帰航を開始した。
 日昇丸は,前回出渠以後の運転時間が約645時間となった主機を回転数毎分540で運転し,9.0ノットの対地速力で航行を続けていたところ,4月5日12時50分北緯33度40.0分東経139度32.0分の地点において,6番シリンダの上位のクランクピンボルト2本,次いで下位の同ボルト2本が破断し,連接棒と共にクランク軸から遊離したピストンがシリンダライナ及びクランクケース側壁を突き破り,上甲板付近にいたA受審人が,機関室から発する大音響を認めた。
 当時,天候は晴で風力2の北風が吹き,海上は穏やかであった。
 日昇丸は,A受審人が急ぎ機関室に赴き,当直中の機関員と共に運転が続いていた主機を停止したものの,運転の再開を断念せざるを得ない状況であったので,付近で操業中の漁船に曳航を依頼し,静岡県焼津港に引き付けられ,のち,主機が換装された。
 B指定海難関係人は,本件後定年を迎え,C社を退社したのち,同社も解散された。

(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,過回転域で主機を運転しても短時間なので支障あるまいと思い,操船者に定格回転数以下に下げるよう指示するなど,使用回転数の上限を遵守しなかったこと
2 主機連接棒大端部の歪み量が増加していたこと
3 B指定海難関係人が,主機のピストンを抜き出し,3番シリンダの連接棒セレーション部に亀裂が生じているのを認めた際,他のシリンダについて,真円度を計測するなど同棒大端部の点検を十分に行わなかったこと

(原因の考察)
 3番シリンダ上位2本のクランクピンボルトが破断したのは,連接棒大端部の歪み量が過大となったことによるものと認められ,日昇丸に搭載される前の同部の状態を推し測ることはできないものの,同船に搭載されてから約4年を経たのちに本件が発生したことを勘案すると,同部の歪み量が本船搭載後に増加していたとするのが妥当である。
 また,主機の過負荷制限が度々外されていたことは明白であり,同部の歪み量が本船搭載後に増加していたことから,過回転域での運転が繰り返されていたと認められ,このことがなければ,過大な慣性力が生じることもなく,連接棒大端部の歪み量が最小限に留められ,本件が発生することを回避できたと認められる。
 したがって,A受審人が,過回転域で主機を運転しても短時間なので支障あるまいと思い,操船者に定格回転数以下に下げるよう指示するなど,使用回転数の上限を遵守しなかったことは,本件発生の原因となる。
 一方,平成16年1月に3番シリンダ連接棒のセレーション部に亀裂が生じていることが認められたとき,既に6番シリンダの同部にも同種亀裂が生じていたとまでは言えないものの,非破壊検査法の精度などを勘案すると,連接棒大端部の歪み量を計測していれば,セレーション部に亀裂が発生することを予知できたと認められる。
 したがって,B指定海難関係人が,主機のピストンを抜き出し,3番シリンダ連接棒のセレーション部に亀裂が生じているのを認めた際,他のシリンダについて,真円度を計測するなど同棒大端部の点検を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,主機の運転管理にあたり,使用回転数の上限遵守が不十分で,封印を外して過回転域での運転が繰り返されるうち,主機6番シリンダ連接棒大端部の歪みが進行して合わせ面のセレーション部に亀裂が生じ,千葉県勝浦港に向け帰航中,同亀裂が進行するに伴い,クランクピンボルトの締付力が漸減する状況のまま運転が続けられたことによって発生したものである。
 機関整備業者が,主機連接棒大端部の点検を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
1 懲戒
 A受審人は,主機の運転管理にあたる場合,封印を外し,魚群発見時などに速力を上げることを承知していたのであるから,各運動部に過大な慣性力を付加させることがないよう,使用回転数の上限を遵守すべき注意義務があった。しかるに,同人は,短時間なので支障あるまいと思い,操船者に定格回転数以下に下げるよう指示するなど,使用回転数の上限を遵守しなかった職務上の過失により,連接棒大端部に過大な慣性力が生じる状態での運転を繰り返しているうち,同部の歪み量が次第に増加し,不均等な当たりとなった6番シリンダの同部合わせ面のセレーション部に亀裂を生じさせ,クランクピンボルトの締付力が漸減すると共に同ボルトの金属疲労が進行して破断を招き,遊離した連接棒がクランクケース側壁から突出して主機の運転を不能とさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

2 勧告
 B指定海難関係人が,主機3番シリンダ連接棒大端部のセレーション部に亀裂が生じているのを認めたとき,全シリンダについて,同棒大端部の真円度を計測するなど,同部の点検を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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