日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2005年度(平成17年度) >  転覆事件一覧 >  事件





平成16年広審第101号
件名

押船親龍被押バージバクシン5転覆事件

事件区分
転覆事件
言渡年月日
平成17年11月11日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(島友二郎,吉川 進,黒田 均)

理事官
阿部能正

受審人
A 職名:親龍船長 海技免許:五級海技士(航海)

損害
親龍・・・係留ワイヤーの切断
バクシン5・・・全損

原因
ランプドア開口部の浸水防止措置不十分

主文

 本件転覆は,被押バージのランプドア開口部の浸水防止措置が不十分で,高起した船首波がバージ内に浸入し,復原力を喪失したことによって発生したものである。
 受審人Aの五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年9月12日16時22分
 愛媛県大島及び鵜島間の水道
 (北緯34度11.1分 東経133度04.7分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 押船親龍 バージバクシン5
総トン数 98トン 約1,260トン
全長 24.34メートル 71.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 1,323キロワット  
(2)設備及び性能等
ア 親龍
 親龍は,平成4年12月に進水した,限定沿海区域を航行区域とする2機2軸2舵を装備した押船兼作業船で,上甲板上に4層を有する船橋楼が設けられ,同12年1月にB社が購入して,専らバクシン5の船尾凹部に船首部を嵌合した状態で,全長約89メートルの押船列を形成し,山土等の運搬に従事していた。
 航海速力は,機関を回転数毎分345としてバージ押航時,バージが空船の場合で7.5ノット,満船の場合で6.0ノットであった。
イ バクシン5
 バクシン5(以下「バクシン」という。)は,平成7年に建造された鋼製バージで,船体外板,上甲板等に亀裂や劣化はなく,船首端に長さ10メートル幅8メートルのランプドアが設けられ,船首部には門型マスト及び長さ18メートルのスパッド2本を装備し,上甲板の船首部両舷に倉庫室,後部にクレーン及び同ハウスが配置され,それらと両舷の上甲板上高さ2.0メートル幅1.5メートルのコーミングに囲われた長さ42.5メートル幅15.0メートルの区画がカーゴホールドとなっていた。
 また,上甲板はフレーム番号28付近から船首端に向かって40センチメートル(以下「センチ」という。)の船首舷弧がつけられ,同甲板下は隔壁により15区画に分割されたボイドスペースで,船首端両舷の区画が,チェーンロッカーとなっていた。

3 事実の経過
(1)ランプドア根付け部の開口部
 バクシンは,平素ランプドアを水平から約25度の角度で吊り上げた状態で運航され,その根付け部には,全幅にわたり約10センチの隙間が生じ,満船時波の高いときには,この隙間(以下「ランプドア開口部」という。)から海水が浸入することがあった。そのため,ショベルカーで船首端のガイドに差し込んで垂直に立てて使用する,高さ約90センチ幅約8メートル厚さ約7ミリメートルの鉄板(以下「浸水防止板」という。)が備えられていた。
(2)船首部倉庫室及びチェーンロッカーアクセスハッチ
 船首部両舷の倉庫室内には,その下部のチェーンロッカーがあるボイドスペースに通ずる,開口部が約40センチ四方でコーミング高さが約70センチの水密ドア付きアクセスハッチが設けられていたが,同ドアは通常開放されたままであった。また,倉庫室船尾側の出入口にも水密ドアが設けられていたが,同様に開放されたままで,以前同室内に上甲板上に滞留した海水が浸入したことがあったので,同出入口に内側から上甲板上高さ約40センチの鉄板が溶接付けされていた。
(3)上甲板の排水設備
 バクシンの船首端から約10メートルで左舷側から約4.4メートルのところの上甲板上に,40センチ四方の開口部があり,その下のボイドスペース天井部分に,縦約2.7メートル横約4.5メートル深さ約1.0メートルで容量約12立方メートルのビルジタンクが設けられ,その開口部に向け両舷側から2センチ角の鉄棒が上甲板上に溶接付けされ,船首部から浸入した海水がこれを伝って同タンクに流入するようになっていた。
 また,バクシンの船首端から約22メートル付近の両舷コーミング下部に,上甲板上高さ10センチ幅20センチの排水口が設けられていた。
(4)バクシンの重量物等の積載状態
 本件出港時には,カーゴホールド後端から,底面の長さ約25.7メートル幅15.0メートルで高さ約3.6メートルまで台形状に山土約2,254トンを積載し,同ホールド右舷後部に重量9.3トンのラッチアームバケット,左舷前部に同12.0トンの石用バケット,石用バケットの後方及びその右方船体中央やや右舷よりに27.85トン及び28.9トンのショベルカーをそれぞれ格納していたが,それらはラッシングされていなかった。また,今回,積荷中の降雨により,山土は多くの水分を含んでいた。
 荷役用クレーンは,バケットを山土の右舷側前部頂上に置き,ワイヤーを軽く張り,クレーンジブを船体中央部にほぼ水平に降ろした状態で格納していた。


(5)バクシンの喫水及び横傾斜
 本件当時の総排水量は3,509トンで,船首2.3メートル船尾3.6メートルの喫水となり,停泊時における水面からランプドア開口部までの乾舷は,平均で約1.1メートルであった。また,上甲板上の左舷側にある前示ビルジタンク開口部に海水が流入し易いように,出港時積荷により横傾斜の調整を行い,左舷側に約2度傾斜させていたので,乾舷が同開口部左舷端で約0.96メートル,左舷側排水口付近でほぼ0となっていた。
(6)転覆地点付近の潮流状況等
 本件転覆地点付近は,伯方大島大橋から荒神瀬戸に至る,北方を見近島及び伯方島,東方を鵜島及び能島,西方を大島に囲まれた,幅が200ないし500メートルの西方から南方へ大きく屈曲した水道で,周囲の地形により生じた不均一な潮流があった。
(7)転覆に至る経緯
 親龍は,A受審人ほか3人が乗り組み,船首2.20メートル船尾3.20メートルの喫水をもって,バクシンの船尾凹部にその船首部を嵌合させ,直径100ミリメートルの合成繊維索及び直径40ミリメートルのワイヤーロープにより結合された押船列(以下「親龍押船列」という。)を形成し,平成15年9月12日14時30分愛媛県吉海港福田岸壁を発し,荒神瀬戸経由で同県三島川之江港に向かった。
 発航に当たりA受審人は,不均一な潮流がある伯方大島大橋から荒神瀬戸に至る水道を航行するので,高起した船首波がランプドア開口部から浸入するおそれがあったが,海上が平穏であるから船首波が浸入することはないものと思い,浸水防止板を設置せず,浸水防止措置を十分にとらなかった。
 A受審人は,発航後大島沿岸を時計回りに航行し,16時00分伯方大島大橋を通過したとき,鶏小島灯台から270度(真方位,以下同じ。)700メートルの地点で,針路を117度に定め,機関を全速力前進にかけ6.0ノットの対水速力とし,折からの北流に抗して2.0ノットの対地速力で,手動操舵により進行した。
 定針後,A受審人は,不均一な逆潮流を船首に受け,高起した船首波及びその砕け波がランプドア開口部から浸入する状況となり,16時10分鶏小島灯台から230度300メートルの地点に達し,水道に沿って徐々に右転し,針路を172度として,更に増勢した逆潮流を受けて1.5ノットの対地速力で続航したところ,浸入した海水が上甲板上に滞留し,バクシンの船首沈下及び左方傾斜が徐々に増大した。
 16時17分ごろA受審人は,上甲板上に滞留した海水が左舷倉庫室内に浸入し,同室内のチェーンロッカーアクセスハッチを通じて左舷船首ボイド区画へと浸水が拡大した結果,バクシンが左舷側に大きく傾斜していくことに気付き,機関を停止したものの,更に船首沈下及び左方傾斜を増し,16時22分バクシンは,鶏小島灯台から195度770メートルの地点において,上甲板上の重量物等が荷崩れを起こして復原力を喪失し,左舷側から転覆した。
(8)気象・海象
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,潮候は下げ潮の末期にあたり,付近には4.5ノットの北流があった。
(9)損傷等
 転覆の結果,親龍は係船ワイヤーが切断しただけで他に損傷を生じなかったが,転覆したバクシンは,後日サルベージ会社の大型起重機船により巻き起されたものの,上甲板上構造物等の損傷が大きく,費用の関係で,全損処理された。

(鑑定に基づく事実についての考察)
1 ランプドア開口部からの船首波の浸入について
 親龍押船列が,ほとんど風浪及び船体動揺のない状態で航行中,バクシンのランプドア開口部から船首波が浸入する可能性について検討するため,バクシンの模型を作製して本件時と同様の喫水とし,回流水槽における模型試験により,横傾斜,対水速力及び水流の状況を変化させ,ランプドア開口部からの船首波浸入状況を調査した。
 その結果,左舷側に2度傾斜した状態で,6ノットの対水速力をもってその前面に不均一流を受けながら航走する場合,船首波が高起し,ランプドア開口部から浸入することが確認できた。
 したがって,本件当時のバクシンの船首喫水及び横傾斜,運航状況及び転覆地点付近の潮流模様から,高起した船首波がランプドア開口部から浸入したものと認定できる。

2 浸水防止板の効果について
 浸水防止板の効果について検討するため,前示模型のランプドア開口部に高さ90センチに相当する浸水防止板を取り付け,同様の水槽実験を行った。その結果,左舷側に2度傾斜した状態で,7ノットの対水速力に増速して,その前面に不均一流を受けながら航走しても,高起した船首波が同開口部から浸入しないことが確認できた。したがって,浸水防止板を設置していれば,船首波の浸入を防止できたものと認定できる。

3 浸水による船首沈下等について
 ランプドア開口部から浸入した海水が,船首舷弧とトリムにより積載山土のない上甲板前部に滞留すると,船首は沈下して左方傾斜が強まり,更に船首波の浸入が続くと左舷側倉庫室入口から同室内に浸水が始まり,同室内のチェーンロッカーアクセスハッチを通じて左舷船首ボイド区画へと浸水が拡大し,同区画の浮力が失われ,更に船首沈下及び左方傾斜が強まったものと認定できる。

4 積載重量物の移動による復原力の喪失について
 船首沈下及び左方傾斜の増加により,積載山土及びショベルカー等の重量物が荷崩れを起こし,その重心の移動によって復原梃が減少し,復原力を喪失して転覆に至る過程を検討するため計算を行った。
 計算の結果,平均喫水3メートルにおける,上甲板上に滞留した自由水影響によるGMの減少を考慮した残存復原梃を示すと下図の通りになる。


 上図によると,自由水がある場合において,横傾斜角度が10度生じる間の残存復原梃は,自由水がある場合の復原梃0.536メートルから船首左舷側ボイド区画が満水となった場合の同区画の海水重量による復原梃の減少量ΔGM0.17メートルを減じた0.366メートルとなる。
 上甲板上の重量物が荷崩れを起こして,船体重心が傾斜角に比例して傾斜側に水平移動することは,復原梃が減少することを意味し,その移動量は復原梃の減少量となる。したがって,船体重心が0.366メートルの水平移動を生じたとすれば復原梃はゼロとなり,この場合の上甲板上の重量物水平移動量は次式で求められる。


 上式の結果,荷崩れによる上甲板上の山土やショベルカー等の重量物の移動によって,これらの重心水平移動が0.56メートル生じれば,復原梃は0となり転覆することになる。
 本件直前に,荷崩れによる上甲板上の重量物の移動が発生しており,このことにより復原力を喪失し,転覆に至ったものと認定できる。

(本件発生に至る事由)
1 ランプドア開口部がある状態で運航されていたこと
2 浸水防止板を設置していなかったこと
3 船首部倉庫室入口及びチェーンロッカーアクセスハッチの各水密ドアを閉鎖していなかったこと
4 ショベルカー等の重量物をラッシングしておらず,荷崩れを起こして移動したこと
5 出港時左舷側に約2度傾斜させていたこと
6 転覆地点付近に4.5ノットの北流及び不均一流があったこと

(原因の考察)
 本件は,バクシンに浸水防止板を設置して浸水防止措置を十分にとっていれば,高起した船首波がランプドア開口部から浸入することを防止でき,復原性を喪失することはなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,海上が平穏であるから船首波が高起することはないものと思い,浸水防止板を設置せず,浸水防止措置を十分にとっていなかったことは,本件発生の原因となる。
船首部倉庫室入口及びチェーンロッカーアクセスハッチの各水密ドアを閉鎖していなかったこと,ショベルカー等の重量物をラッシングしていなかったことは,いずれも本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 バクシンにランプドア開口部がある状態で運航されていたこと,出港時左舷側に約2度傾斜させていたこと,転覆地点付近に北流及び不均一流があったことは,浸水防止板を設置して浸水防止措置を十分にとっていれば,高起した船首波が同開口部から浸入することを防止できたことから,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件転覆は,ランプドア開口部があるバクシンに山土等の重量物を積載して,不均一な潮流がある伯方大島大橋から荒神瀬戸に至る水道を経由する予定で発航する際,同開口部の浸水防止措置が不十分で,同水道を航行中,高起した船首波がランプドア開口部から浸入して上甲板上に海水が滞留し,船体傾斜の増大により重量物が移動し,復原力を喪失したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,ランプドア開口部があるバクシンに山土等の重量物を積載して,不均一な潮流がある伯方大島大橋から荒神瀬戸に至る水道を経由する予定で発航する場合,船首波が高起すると同開口部から浸入することを知っていたのであるから,装備していた浸水防止板を設置して,浸水防止措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同人は,海上が平穏であるから船首波が高起することはないものと思い,浸水防止板を設置せず,浸水防止措置を十分にとらなかった職務上の過失により,同水道を航行中,高起した船首波がランプドア開口部から浸入して上甲板上に海水が滞留し,船体傾斜の増大により重量物が移動し,復原力を喪失して転覆を招き,バクシンを全損させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION