日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2005年度(平成17年度) >  乗揚事件一覧 >  事件





平成17年門審第61号
件名

遊漁船第八吉見丸乗揚事件(簡易)

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成17年12月6日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(千手末年)

副理事官
三宅和親

受審人
A 職名:第八吉見丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
プロぺラ翼,プロペラシャフト及び同ブラケットの曲損等

原因
水路調査不十分

裁決主文

 本件乗揚は,水路調査が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 
裁決理由の要旨

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成17年3月27日16時50分
 山口県海士ケ瀬戸
 (北緯34度21.1分 東経130度52.9分)

2 船舶の要目
船種船名 遊漁船第八吉見丸
総トン数 13トン
登録長 13.44メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 213キロワット

3 事実の経過
 第八吉見丸(以下「吉見丸」という。)は,船体中央やや前部に操舵室,その後方にキャビンが続いた構造の全通一層甲板型FRP製小型船舶で,操舵室前面にジャイロコンパス,自動操舵装置が組み込まれていない操舵スタンド,レーダー及び魚群探知器併用のGPSプロッタを,キャビンの右舷側に海図台を備えており,B所有者が遊漁船として使用する予定でC法人から購入し,平成17年1月交付の小型船舶操縦免許証を受有するA受審人が,外航船の機関士職を執った経験のある甲板員1人と乗り組み,回航の目的で,船首0.6メートル船尾1.5メートルの喫水をもって,同年3月27日06時00分尾道糸崎港を発し,島根県三隅港に向かった。
 ところで,A受審人は,建設関係の職業に就いていたところ,平成15年ごろからB所有者のもとで,渡船や遊漁船に乗り組んで経験を積んだのち,同16年5月に小型船舶操縦士の免許を取得し,その後プレジャーボートなどの船長を務めていたところ,今回初めて瀬戸内海から関門海峡を経て三隅港へ向かうことになり,この航路に必要な小縮尺の海図を揃え,関門海峡西口から山口県北西部の角島付近に至る間の海図としてはW201(倉良瀬戸至角島)を新規に購入していた。しかし,海図の見方などに慣れていなかったので,発航時の航海計画にあたり,前示C法人の職員に尾道糸崎港から関門海峡東口に至るまでの推薦針路を海図に記入してもらい,このとき,同職員から角島と本州陸岸との間の海士ケ瀬戸は危険なので,同瀬戸を通航せずに同島西岸から1.5キロメートル以上離して沖合を航行するよう助言を受けた。そして,同受審人も,関門港若松区で1泊する予定としていたので,日程に余裕があり,同瀬戸の通航を考えていなかったことから,同瀬戸が詳細に記載された大縮尺の海図を備えずに発航していた。
 こうして,A受審人は,同日14時30分ごろ関門海峡東口に至り,関門港に予定より早く着いたことから,同港若松区で1泊する予定を取り止めて日没まで行けるところまで行こうと考え,15時25分六連島の北東方1海里ばかりの地点で関門航路を出航し,水島水道を経て山口県西岸沖合を北上した。
 16時38分ごろA受審人は,自らによる手動操舵で,甲板員を操舵室右舷側に配して見張りを行わせ,山口県特牛港の沖合2.4海里の地点に差しかかったとき,日没前に同県油谷港に入港し,そこで1泊することに決め,右舷前方の海士ケ瀬戸を望んだところ,同瀬戸の水路が十分に開けているようであり,ここを通航すれば航程の短縮ができ,明るいうちに同港に入ることができると考え,急遽,同瀬戸の通航を思いついた。
 ところで,海士ケ瀬戸は,角島と鳩島の間にある,ほぼ南北に切り開かれた可航幅約50メートル水深約3.1メートルの掘り下げ水道で,水道の東側には海士ケ瀬戸南灯浮標及び同北灯浮標(いずれも水源を特牛港とする左舷灯浮標で,以下同灯浮標の名称は「海士ケ瀬戸」を省略する。)が設置されていた。そして,南灯浮標の北西方には,角島の瀬埼から南東向きで舌状に拡延する浅所の先端部が,0.9メートルの浅瀬を伴って同灯浮標の北西方近距離に迫っており,同灯浮標の北東方至近には鳩島から拡延した浅瀬が存在していた。
 このような水路事情は,海図W201によって調査すれば,海士ケ瀬戸の可航幅が極端に狭く,南,北両灯浮標至近に至るまで東,西両側から広範囲にわたって浅所が迫っていることが分かる状況であり,また,A受審人は,同瀬戸の通航経験もなく,C法人の職員から同瀬戸の通航は危険である旨の助言を受けており,その通航が極めて危険で,困難であることが十分認識できる状況であった。
 ところが,A受審人は,甲板員に魚群探知器を監視させて水深を逐次報告させながら行けば無難に通航できると思い,海図にあたって海士ケ瀬戸の水路調査を十分に行わなかったので,同瀬戸の通航が極めて危険で,困難であることに気付かず,同瀬戸の通航を取り止めることなく,16時38分半角島港南防波堤灯台(以下「南防波堤灯台」という。)から202度(真方位,以下同じ。)2.0海里の地点に達したとき,針路を鳩島に向く046度に定め,引き続き機関を全速力前進にかけ,16.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で進行した。
 定針したのち,A受審人は,操舵を甲板員と交代して海図にあたったものの一見したのみで,海図を見ることに自分より慣れていると思っていた甲板員に海図にあたらせたところ,同人からこの海図では水深状況が分からない旨の返事があったが,依然として拡大鏡を使用するなどして同海図にあたって水路調査を十分に行わず,同瀬戸の通航を取り止めることなく,自らが手動操舵に就いて舵輪後方のいすに腰掛け,操舵室右舷側のいすに腰掛けた甲板員に,その前面にある魚群探知器,GPSプロッタ及びレーダーを監視させて続航した。
 16時48分A受審人は,南防波堤灯台から095度1.1海里の地点に達したとき,針路を鳩島と瀬埼の中間に向く020度に転じ,機関の回転数を減じて10.0ノットの速力で,甲板員に魚群探知器を監視させ逐次水深を報告させながら進行し,同時50分少し前南灯浮標を右舷側に100メートルばかりで並航したところ,吉見丸は,16時50分長門伊瀬灯台から220度1,560メートルの海士ケ瀬戸の浅所に,原針路,原速力のまま乗り揚げた。
 当時,天候は小雨で風力2の南東風が吹き,潮候は下げ潮の末期で,視界はほぼ良好であり,日没は18時34分であった。
 乗揚の結果,吉見丸はプロぺラ翼,プロペラシャフト及び同ブラケットに曲損などを生じたが,上げ潮時に自然離礁し,低速力で角島元山の船溜まりに立ち寄り,のち修理された。

(海難の原因)
 本件乗揚は,山口県北西方の角島付近の海域を航行するにあたり,海士ケ瀬戸に対する水路調査が不十分で,同瀬戸の通航を取り止めず,浅所に向かって進行したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,山口県角島西方沖合を航行する予定で北上中,同県油谷港で仮泊することになり,航程の短縮を図るため海士ケ瀬戸の通航を思いついた場合,同瀬戸の水路事情が不案内であったから,海図にあたって同瀬戸の水路調査を十分に行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,甲板員に魚群探知器を監視させて水深を逐次報告させながら行けば無難に通航できると思い,海図にあたって海士ケ瀬戸の水路調査を十分に行わなかった職務上の過失により,同瀬戸の通航が極めて危険で,困難であることに気付かないまま,これを取り止めることなく,同瀬戸に進入して浅所へ乗り揚げる事態を招き,プロぺラ翼,プロペラシャフト及び同ブラケットの曲損などを生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION