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平成17年広審第36号
件名

貨物船しゅり乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成17年11月18日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(米原健一,吉川 進,島友二郎)

理事官
蓮池 力

受審人
A 職名:しゅり船長 海技免許:一級海技士(航海)

損害
船首船底外板に破口を伴う凹損

原因
過大速力

主文

 本件乗揚は,来島海峡航路を中水道に向かう際,安全な速力に減じて航行せず,転針時機を失したことによって発生したものである。
 受審人Aの一級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。
 
理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年10月20日05時05分
 来島海峡馬島
 (北緯34度06.8分 東経132度59.7分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 貨物船しゅり
総トン数 9,813トン
全長 167.72メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 12,640キロワット
(2)設備及び性能等
 しゅりは,平成14年4月に進水した船首船橋型のロールオン・ロールオフ貨物船で,京浜港東京区,大阪港及び沖縄県那覇港の各港を約1週間で回る定期航路に就航していた。
 操舵室は,船底から高さ約25メートルの航海船橋甲板にあって右舷側のみウイングの端までが同室に含まれており,中央に操舵スタンドが,その右舷側に機関やバウスラスターの遠隔操縦装置などを備えた操船コンソールが,左舷側に第1レーダー及び第2レーダーが,右舷側ウイング壁際に離着桟時に使用する機関,バウスラスター及び舵の操縦装置が,後部に海図台及びGPS受信機がそれぞれ設置されていた。
 操縦性能は,航海速力が機関を回転数毎分120として約21ノットで,海上試運転成績表抜粋写によると,機関を回転数毎分127にかけて速力が24.7ノットのとき,最大縦距及び同横距が,右旋回ではそれぞれ609メートル及び793メートル,左旋回ではそれぞれ589メートル及び673メートルで,60度回頭するのにいずれも約1分を要し,全速力後進を発令すると,船体が停止するまでに4分27秒を要し,そのときの航走距離が1,735メートルであった。

3 来島海峡航行計画について
 A受審人は,平成16年10月19日大阪港から那覇港に向かうにあたり,折から接近する台風23号に備え,四国南方沖合の太平洋を航行する予定を変更し,瀬戸内海を西行して山口県屋代島沖合で避泊したのち,豊後水道を経由することとし,翌20日夜間来島海峡航路を通航するとき潮流が西流であったので,同航路東口北側の来島海峡航路第9号灯浮標を右舷側350メートル離して同航路に入り,同航路に沿い,愛媛県大島側に近寄り約600メートル航行して竜神島灯台の灯火を右舷正横に見る地点で,針路を中水道と西水道間に位置する同県馬島南西端のウズ鼻灯台の灯火を正船首に見る300度(真方位,以下同じ。)に転じ,同島南東端に900メートルまで接近して右転し,中水道の中央を通航するよう航行計画を立案した。

4 事実の経過
 しゅりは,A受審人ほか11人が乗り組み,コンテナ127個,シャーシ63台,乗用車など93台を積載し,船首6.34メートル船尾6.73メートルの喫水をもって,平成16年10月19日22時00分大阪港を発し,瀬戸内海を経由する予定で那覇港に向かった。
 翌20日04時45分A受審人は,備後灘航路第1号灯浮標に並んだころ,来島海峡航路通航に備えて昇橋し,船橋当直中の一等航海士をレーダー監視などの操船補佐に,甲板手を手動操舵にそれぞれ就けて操船指揮をとり,航行中の動力船の灯火を表示して燧灘を同航路東口に向かった。
 A受審人は,04時58分来島長瀬ノ鼻潮流信号所の電光表示により潮流が西流であることを確認して来島海峡航路に入り,狭隘で屈曲した同航路を高速力で航行すると,風潮流など気象海象が操船に与える影響を適宜判断して転針するなど,的確な操船が十分にできないおそれがあったが,避泊地に早く到着しようと急ぐあまり,高速力で航行しても何とか操船できるものと思い,安全な速力に減じて航行することなく,竜神島灯台から145度1,370メートルの地点で,針路を同航路に沿う262度に定め,機関を全速力前進から少し落とした回転数毎分110の19.0ノットとし,折からの潮流に乗じて21.7ノットの対地速力で,手動操舵により進行した。
 A受審人は,順潮流のもと,北北東風を右舷方から受ける状況下,操舵室前部中央に立ち,馬島南東端までの距離を一等航海士に逐次報告させるとともに,竜神島灯台やウズ鼻灯台の灯火を確認しながら操船にあたり,04時59分竜神島灯台から171度1,220メートルの,ほぼ予定転針地点に達したとき,針路を300度に転じたところ,ウズ鼻灯台の灯火を正船首少し右方に見る状況となり,大島側に近寄っていたものの,予定針路線から200メートルばかり左側の,航路中央寄りを続航した。
 A受審人は,05時03分馬島南東端に1,330メートルまで接近し,しゅりの操縦性能,予定針路線の左側を進行していたこと及び風潮流などの影響を考慮すると,転針するべき地点に達したが,安全な速力に減じて航行しなかったので,的確な操船が十分にできず,転針時機を失して進行した。
 05時03分半A受審人は,ウズ鼻灯台から130度1,240メートルの地点に至り,馬島南東端にほぼ予定の距離まで接近したとき,針路350度を命じて右転を開始したところ,ゆっくり回頭しながら急速に同島に接近する状況となって乗揚の危険を感じ,05時04分少し過ぎ右舵一杯を命じたものの,及ばず,05時05分ウズ鼻灯台から088度400メートルの地点において,しゅりは,045度に向首したとき,原速力のまま,同島南東岸沖の浅所に船首部を乗り揚げた。
 当時,天候は雨で風力3の北北東風が吹き,潮候は下げ潮の中央期で,付近には2.7ノットの北流があり,愛媛県東予西部に大雨,雷,強風,波浪,洪水の各注意報が発表されていた。
 乗揚の結果,船首船底外板に破口を含む凹損などを生じてスラスター室などに浸水したが,20日11時30分ごろの満潮時来援した3隻の引船によって引き下ろされ,自力で航行して屋代島沖に錨泊し,のち修理された。

(本件発生に至る事由)
1 来島海峡を通航した経験がなかったこと
2 避泊地に早く到着しようと急ぐあまり,高速力で航行しても何とか操船できるものと思い,安全な速力に減じて航行しなかったこと
3 大島側に近寄っていたものの,予定針路線の200メートルばかり左側で,航路の中央寄りを続航したこと
4 転針時期を失したこと

(原因の考察)
 本件は,夜間,狭隘で屈曲した来島海峡航路を中水道に向かう際,安全な速力に減じて航行していれば,風潮流など気象海象が操船に与える影響を適宜判断して転針するなど,的確な操船が十分にでき,転針時機を失することなく,乗揚を回避できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,夜間,狭隘で屈曲した来島海峡航路を中水道に向かう際,避泊地に早く到着しようと急ぐあまり,高速力で航行しても何とか操船できるものと思い,安全な速力に減じて航行せず,転針時機を失したことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が,大島側に近寄っていたものの,予定針路線の200メートルばかり左側で,航路の中央寄りを続航したことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 A受審人が,来島海峡を通航した経験がなかったことは,安全な速力に減じて航行していれば,風潮流など気象海象が操船に与える影響を適宜判断して転針するなど,的確な操船が十分にでき,転針時機を失することなく,適切な時期に転針を行って乗揚を回避できたものと認められるので,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件乗揚は,夜間,瀬戸内海を台風避泊地に向けて西行中,狭隘で屈曲した来島海峡航路を中水道に向かう際,安全な速力に減じて航行せず,転針時機を失し,右回頭しながら馬島に著しく接近したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,夜間,瀬戸内海を台風避泊地に向けて西行中,狭隘で屈曲した来島海峡航路を中水道に向かう場合,高速力で航行すると,風潮流など気象海象が操船に与える影響を適宜判断して転針するなど,的確な操船が十分にできないおそれがあったから,安全な速力に減じて航行するべき注意義務があった。しかるに,同人は,避泊地に早く到着しようと急ぐあまり,高速力で航行しても何とか操船できるものと思い,安全な速力に減じて航行しなかった職務上の過失により,転針時機を失し,右回頭しながら馬島に著しく接近して同島南東岸沖の浅所への乗揚を招き,船首船底外板に破口を伴う凹損などを生じてスラスター室などに浸水させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の一級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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