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平成17年長審第13号
件名

漁船第一恵漁丸乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年9月29日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(山本哲也,藤江哲三,稲木秀邦)

理事官
千葉 廣

受審人
A 職名:第一恵漁丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
甲板員が左腸骨骨折による骨盤内出血,出血性ショックにより死亡

原因
船首配置の甲板員に対する安全措置不十分

主文

 本件乗組員死亡は,船首配置の甲板員に対する安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年5月22日02時30分
 長崎県長崎港
 (北緯32度43.7分 東経129度48.1分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第一恵漁丸
総トン数 15トン
全長 17.75メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 301キロワット
(2)設備及び構造等
 第一恵漁丸(以下「恵漁丸」という。)は,平成2年6月に進水した船首操舵室型のFRP製漁船で,甲板上が船首甲板,操舵室,中央甲板,網置き場及び船尾端甲板の順に区画され,船首甲板の後部右舷側に立型ローラ(以下「立ローラ」という。),中央甲板の左舷側にパースウインチ,右舷側に起倒式のダビット,網置き場の前部中央に網捌き機ブーム,前部左舷側に大手巻ウインチ,船尾端甲板にはネットホーラーなど,いずれも油圧式の漁労用機器がそれぞれ設置されていたほか,操舵室前部から網置き場中央付近までの右舷側ブルワーク上にサイドローラが取り付けられていた。
 船首甲板は,操舵室前面と斜め外方に張り出した船首ブルワークとの間の,床面が半径約2メートル(m)の半円形状をした狭い甲板で,立ローラのほか,船首部にビットを備え,その船尾側甲板上に船首倉庫のハッチがあって,一辺が約60センチメートル(cm)の正方形で高さ20cmのさぶたが被せてあり,右舷側ブルワークの船首寄りに三方ローラが取り付けてあった。
 立ローラは,操舵室前壁近くに設置した高さ70cmの円筒形鋼製台座の上に取り付けられ,ローラ部が高さ27.5cm中央部直径18cmで,床面から頂部までの高さが約1.1mあり,台座の船尾側上部に長さ約20cmの棒状の操作レバーが水平に取り付けられ,操舵室前壁との間には,甲板上に高さ40cmの清水タンク用測深管が,また,同壁の操作レバー上方に作業灯が溶接され,人が通るスペースはなかった。
(3)操業方法等
 漁網は,長さ約350m網丈約100mの合成繊維製で,上縁に多数の浮子(以下「アバ」という。)を,下縁に多数の沈子及び金属製丸環を取り付け,アバ側の片端にはアバ綱を,他端には大手巻ワイヤを結び付け,沈子側丸環に環ワイヤが通してあるほか,網のアバ綱側縁部にも,同所を絞る目的で,複数の丸環を取り付けて締綱(以下「絞り綱」という。)を通し,絞り綱の沈子側に付けた丸環に環ワイヤが通してあった。
 また,漁網沈子側には両端と中央の3箇所にゾンデが取り付けてあり,操舵室右舷側に設置した受信機で,漁網の沈降速度や環ワイヤの巻込み速度を確認できるようになっていた。
 操業方法は,環ワイヤとアバ綱の片端を手船と称する運搬船に渡して投網を開始し,漁労長が乗り組んだ灯船を中心として魚群を囲むように網を入れながら右回りに掛け回し,手船の位置に戻ってアバ綱等を受け取り,灯船を網から出したうえ,網の両側から環ワイヤで沈子側を絞りながらアバ側を引き寄せ,船尾側から網の揚収に掛かるとともに,サイドローラを使用して網の横揚げを行い,運搬船に魚を取り込んだのち網を網置き場に収容するもので,投網に5ないし6分,揚網に約40分を要し,一晩に平均3ないし4回操業を行っていた。
 操業中の船首作業は,漁網の掛け回し終了時に手船から受け取ったアバ綱を三方ローラを通して立ローラで巻き込み,アバ綱の途中に結びつけたリングに絞り綱が結ばれて一緒に上がってくるので,立ローラの速度を減じ,アバ綱を滑らせながら船首方に移動し,同リングを三方ローラに掛けたのち,立ローラを停止してアバ綱を係止し,続いて絞り綱を立ローラで巻き込むもので,船首甲板が狭いうえハッチやコイルダウンされた係留索で足場が限定され,1人で配置に就くと,足下に注意してアバ綱や絞り綱を引き込みながら立ローラの速度調整を行う必要があるので,やや機敏な動作が必要であった。

3 事実の経過
 恵漁丸は,中型まき網船団の網船として灯船2隻及び運搬船3隻とともに,長崎県三重式見港を基地に同港周辺海域で,月夜間と称する満月前後の4日ばかりを休業する以外は,周年,主として片口いわしを対象魚に,午後出漁して日没から夜明けまで操業し,翌朝帰港するいわゆる日帰り操業に従事していた。
 ところで,恵漁丸は,船団の操業規模が小さく水揚額は限られていたが,日帰り操業であったうえ網船は集魚中などに休息をとることができるので,乗組員には,A受審人のように半農半漁の生活者や,B甲板員のように高齢の年金併給者が多かった。
 A受審人は,乗組員の安全管理に当たり,漁労中の就労配置については高齢者をできるだけ安全な配置に就けるよう配慮しており,自身が乗船する前から単独で船首配置に就いていた70歳を超えるB甲板員についても,しばらく前から敏捷性の衰えが気になっていたので,恵漁丸の船長職に就いたころ,より安全な中央甲板に替わるよう勧めたが,本人が慣れた船首配置に留まりたいと希望したので,そのまま船首配置に就けていたところ,平成16年3月中旬,操業中,同甲板員がアバ綱のリングを三方ローラに掛ける際,右手をアバ綱と同ローラの間に挟まれて軽傷を負った。
 このとき,A受審人は,いつものように操舵室右舷側の入口戸のところで中央甲板の作業を監督指示していて,B甲板員が発した声で事故に気付き,直ぐに立ローラを停止して大事に至ることはなかったが,同甲板員を単独配置に就けていることに不安を覚え,立ローラの操作を行う乗組員を1人増やすように勧めたが,このときもB甲板員が1人で大丈夫とこれを受け入れなかったので,仕方がないものと思い,B甲板員に対する安全措置をとることなく,そのまま単独で船首配置に就けて操業を繰り返していた。
 こうして,恵漁丸は,A受審人及びB甲板員ほか8人が乗り組み,操業の目的で,船首1.8メートル船尾2.5メートルの喫水をもって,平成16年5月21日18時00分三重式見港を発し,探索を行いながら,20時30分長崎港港界近くの漁場に至り,待機ののち翌22日01時00分投網を開始して同時50分1回目の操業を終え,02時15分A受審人が操舵室,B甲板員が船首甲板,他の乗組員が中央甲板に5人網置き場に3人それぞれ配置に就いて2回目の投網を開始した。
 B甲板員は,フード付雨合羽の上下にゴム長靴,ゴム手袋及び安全帽を着けて,単独で船首配置に就き,漁網の掛け回し終了時に手船から受け取ったアバ綱を三方ローラを通して立ローラに重ね巻きにしたうえ,正回転させた同ローラと船首倉庫さぶたの間に立って巻き込み始め,リングとともに絞り綱が揚がってきたので,立ローラの回転速度を減じるため操作レバーに近づいたとき,体勢をくずして体を支えようとローラに引き込まれる側のアバ綱を掴んだものか,左手を立ローラに巻き込まれ,02時30分伊王島灯台から真方位069度2.2海里の地点において,同甲板員は同ローラに覆い被さる格好で振り回され,身体の左側を操舵室壁面に激しく打ち付けた。
 当時,天候は晴で風力1の西風が吹き,海上は穏やかであった。
 A受審人は,操舵室右舷側入口戸のところで船尾方を向き,ときどき操舵室内のゾンデ受信機を見て漁網の絞り込み速度に注意しながら,手にした船内マイクで操業指揮に当たっていたとき,船首方からの悲鳴を聞いて振り返り,B甲板員が立ローラに巻き込まれているのを認め,直ちに立ローラを停止し,同甲板員を抱きかかえて引き離したが,自船は揚網中で身動きがとれず,B甲板員の負傷状況が不明であったことから,船団の漁労長と連絡を取って同甲板員を病院に搬送するよう措置した。
 その結果,B甲板員は,僚船に移乗されて三重式見港に戻り,手配された救急車で病院に搬送され,左腸骨骨折による骨盤内出血と診断されて加療中のところ,同日夕刻出血性ショックにより死亡した。
 A受審人は,その後,操業中の船首配置を2人配置に改めた。

(本件発生に至る事由)
1 単独で船首作業に当たる際はやや機敏な動作が要求されたこと
2 高齢の甲板員が単独で船首配置に就いていたこと
3 船首配置の甲板員が勧められた安全措置を受け入れなかったこと
4 船首配置の甲板員に対する安全措置がとられなかったこと
5 甲板員がアバ綱の巻上げ作業中,立ローラに巻き込まれて操舵室壁面に打ち付けられたこと

(原因の考察)
 本件は,単独で船首配置に就いている甲板員がアバ綱と三方ローラに右手を挟まれて軽傷を負った際,より大きな事故につながりかねないインシデントと捉え,同甲板員を説得して安全な作業に配置換えするなり,2人配置とするなどの安全措置がとられていれば,発生を回避できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,やや機敏な動作が要求される船首配置に高齢の甲板員を単独で就けていたこと,同甲板員が漁労作業中に軽傷を負った際,同人を説得して中央甲板への配置換えや船首を2人配置とするなど,同甲板員に対する安全措置をとらなかったこと,同甲板員がアバ綱の巻上げ作業中,立ローラに巻き込まれて操舵室壁面に打ち付けられたことはいずれも本件発生の原因となる。
 甲板員が船首作業に慣れていてA受審人に勧められた安全措置を受け入れなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件の原因とならない。

(海難の原因)
 本件乗組員死亡は,操業中,やや機敏な動作が要求される船首配置に単独で就いていた高齢の甲板員に対する安全措置が不十分で,長崎港港界近くの漁場において,立ローラでアバ綱を巻き込んでいた同甲板員が,左手から同ローラに巻き込まれ,操舵室壁面に激しく打ち付けられたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,乗組員の安全管理に当たり,単独で船首配置に就けた甲板員が漁労作業中に軽傷を負った場合,単独配置のままにしておくと同様の事故を起こすおそれがあったから,同甲板員がさらに大きな事故に巻き込まれて重傷を負うことなどのないよう,強く説得して安全な作業に配置換えするなり,2人配置とするなど,同甲板員に対する安全措置を十分にとるべき注意義務があった。しかしながら,同人は,配置換えや2人配置を勧めたものの,同甲板員がこれを受け入れなかったので仕方ないものと思い,同甲板員に対する安全措置を十分にとらなかった職務上の過失により,長崎港港界近くの漁場において,操業中,同甲板員が立ローラに巻き込まれて操舵室壁面に激しく打ち付けられる事態を招き,死亡させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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