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平成17年横審第40号
件名

漁船第十一広栄丸乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年8月30日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(黒岩 貢,小寺俊秋,古城達也)

理事官
小金沢重充

受審人
A 職名:第十一広栄丸船長 海技免許:三級海技士(航海)
指定海難関係人
B 職名:第十一広栄丸漁ろう長

損害
甲板員1人が溺死

原因
漁ろう中の安全措置不十分

主文

 本件乗組員死亡は,漁ろう中の安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年4月10日14時50分
 南太平洋中西部
 (南緯12度18.0分 東経179度04.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第十一広栄丸
総トン数 499トン
全長 65.07メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,471キロワット
(2)設備及び性能等
 第十一広栄丸(以下「広栄丸」という。)は,平成7年に進水したかつお一本釣り漁に従事する,一層甲板の船尾船橋型鋼製漁船で,ブルワーク外側の全周にわたり,舷外に75センチメートルの幅で水平に張り出した釣り台が設置されており,同台の外縁部には,海中転落防止用の柵が取り付けられていなかったが,同台に備えられた散水用の鋼製パイプに,海中転落防止用命綱(以下「命綱」という。)を取り付けることは可能であった。

3 事実の経過
 広栄丸は,A受審人及びB指定海難関係人ほか日本人船員16人及びキリバス共和国人船員11人が乗り組み,かつお一本釣り漁の目的で,船首3.2メートル船尾5.2メートルの喫水をもって,平成16年3月20日17時30分(日本標準時,以下同じ。)鹿児島県枕崎港を発し,南太平洋中西部マーシャル諸島北方の漁場に向かった。
 A受審人は翌4月6日前示漁場に到着し,8日まで魚群を探したものの魚影が見付からず,漁場を移動することとし,10日12時00分フィジー諸島北方海域に至り,B指定海難関係人の指揮の下操業を開始した。
 ところで,広栄丸の釣り台の外縁部には海中転落防止用の柵が取り付けられていなかったため,気象,海象が平穏な状況であっても,一本釣りを行っている乗組員が,釣り針に掛かった魚に引き込まれて海中に転落するおそれがあったが,A受審人は,海面状態が良好で風もあまりなかったことから大丈夫と思い,B指定海難関係人に対し,舷外で一本釣りを行う乗組員に,命綱及び作業用救命胴衣を着用させるよう指示しなかった。
 B指定海難関係人は,上部操舵室で操船に当たり,魚群探索と操業を繰り返し,14時45分魚影を認めたので,船首を南西方に向け,クラッチを切って5ノットの対地速力で魚群に接近し,一本釣りを行う乗組員に命綱及び作業用救命胴衣を着用させないまま,乗組員を釣り台に配置して一本釣りに掛からせた。
 一方,甲板員Cは,広栄丸では司厨長としての業務を担当し,平素から手透きのときには,他の乗組員とともに一本釣りに従事しており,14時45分ごろまでに食事の後片付けを終えたことから,操業開始の指示により,ヘルメット,半袖シャツ,雨合羽のズボン及び長靴を着用し,命綱及び作業用救命胴衣を着用しないまま,船尾部釣り台の右舷側で,長さ2.5メートル,重さ500グラムの釣り竿を持ち,中腰の姿勢で一本釣りを行っていたところ,14時50分南緯12度18.0分東経179度04.0分の地点において,突然,釣り針に掛かった魚に引き込まれ,海中に転落した。
 B指定海難関係人は,船尾で乗組員が騒ぐ声を聞いて異変に気付き,直ちに機関を後進にかけ,船体をC甲板員に接近させたが,同甲板員が,泳げなかったこともあり,船橋右正横になるころ急に沈み始めたので,2人の乗組員が救命浮環を持って海中に飛び込み,15時00分C甲板員を,右舷側の舷門から引き揚げ,人工呼吸などの蘇生を試みたが及ばず,のち溺死と検案された。
 当時,天候は晴で風力2の北西風が吹き,海上は平穏で,海水温度は摂氏29度であった。

(本件発生に至る事由)
(1)気象,海象が平穏な状況であっても,釣り針に掛かった魚に引き込まれて海中に転落するおそれがあったこと
(2)A受審人が,B指定海難関係人に操業指揮を行わせる際,乗組員に命綱及び作業用救命胴衣を着用させるよう指示しなかったこと
(3)B指定海難関係人が,乗組員に命綱及び作業用救命胴衣を着用させなかったこと
(4)C甲板員が命綱及び作業用救命胴衣を着用していなかったこと
(5)C甲板員が,釣り針に掛かった魚に引き込まれて海中に転落したこと
(6)C甲板員が泳げなかったこと

(原因の考察)
 本件乗組員死亡は,C甲板員が,舷外での一本釣りを行う際,命綱及び作業用救命胴衣を着用していたら,海中に転落して溺死する事態は避けることができたものと認められる。したがって,A受審人が,B指定海難関係人に操業指揮を行わせる際,乗組員に命綱及び作業用救命胴衣を着用させるよう指示しなかったこと,同指定海難関係人が,乗組員に命綱及び作業用救命胴衣を着用させなかったこと並びに同甲板員が命綱及び作業用救命胴衣を着用しないまま海中に転落したことは,本件発生の原因となる。
 気象,海象が平穏な状況であっても,釣り針に掛かった魚に引き込まれて海中に転落するおそれがあったこと及びC甲板員が泳げなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,同人が命綱及び作業用救命胴衣を着用していれば本件は発生しなかったと認められることから,本件発生の原因とならない。

(海難の原因)
 本件乗組員死亡は,南太平洋中西部において,かつお一本釣り漁を行う際,漁ろう中の安全措置が不十分で,舷外の釣り台で一本釣り中の乗組員が,釣り針に掛かった魚に引き込まれ,海中に転落したことによって発生したものである。
 漁ろう中の安全措置が十分でなかったのは,船長が,操業指揮に当たる漁ろう長に対し,乗組員に命綱及び作業用救命胴衣を着用させるよう指示しなかったこと,漁ろう長が,乗組員に命綱及び作業用救命胴衣を着用させなかったこと並びに乗組員が命綱及び作業用救命胴衣を着用しなかったこととによるものである。

(受審人等の所為)
1 懲戒
 A受審人は,南太平洋中西部において,漁ろう長にかつお一本釣りの操業指揮を行わせる場合,気象,海象が平穏であっても,釣り針に掛かった魚に引き込まれて海中へ転落するおそれがあったから,漁ろう長に対し,乗組員に命綱及び作業用救命胴衣を着用させるよう指示すべき注意義務があった。しかし,同受審人は,海面状態が良好で風もあまりなかったことから大丈夫と思い,漁ろう長に対し,命綱及び作業用救命胴衣を着用させるよう指示しなかった職務上の過失により,釣り台で一本釣り中の乗組員が,釣り針に掛かった魚に引き込まれて海中に転落し,溺死する事態を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

2 勧告
 B指定海難関係人が,南太平洋中西部において,操業指揮に当たって,乗組員にかつお一本釣りを行わせる際,命綱及び作業用救命胴衣を着用させなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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