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平成17年横審第21号
件名

漁船第五十三富丸乗組員負傷事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年8月2日

審判庁区分
横浜地方海難審判庁(小寺俊秋,西田克史,古城達也)

理事官
小金沢重充

受審人
A 職名:第五十三富丸一等航海士 海技免許:三級海技士(航海)
指定海難関係人
B 職名:第五十三富丸漁ろう長

損害
一等航海士が,右下腿骨骨折の負傷

原因
揚網作業時,安全確保措置不十分

主文

 本件乗組員負傷は,揚網作業中,安全確保の措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年6月30日16時30分(日本標準時)
 ハワイ諸島北西方沖合
 (北緯32度00.0分 東経173度10.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第五十三富丸
総トン数 279トン
全長 58.85メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 1,912キロワット
(2)設備及び性能等
ア 船体
 第五十三富丸(以下「富丸」という。)は,昭和62年6月に進水し,可変ピッチプロペラを装備した遠洋底びき網漁業に従事する鋼製漁船で,船体中央より約11メートル船首側に操舵室,同中央から約16メートル船尾側にデリックを兼ねた門型マスト,船尾端にギャロースと称される門型構造物が設けられ,同室船尾窓際にトロールウインチ操縦装置,船体中央の上甲板両舷に同ウインチ各1台が設置されており,同操縦装置から船尾上甲板が見通せる状況であった。
 船尾上甲板は,2本のインナーブルワークで船幅がほぼ三等分に仕切られ,中央が漁ろう作業甲板で,その船尾端約4メートルが揚投網作業のため水面近くまで傾斜したスロープ状のスリップウエイとなっており,両舷側が,船首方から順に漁具置き場,荷役ウインチ設置場所,門型マストの基部及び魚倉のハッチ等になっていた。
 インナーブルワークは,船尾端から約5メートル船首側のところで,長さ60センチメートル(以下「センチ」という。)にわたり外側に40センチ張り出していて,甲板上の高さは54センチであった。
イ 漁法及び曳網索(えいもうさく)
 富丸の漁法は,オッタートロール網を用いた一艘引き(いっそうびき)トロールで,両舷の曳網索の途中にオッターボードと称する開口板を取り付けて船尾から投網し,同ボードに加わる海水の抵抗によって網口を左右に広げながら一定時間曳網し,トロールウインチで再び船尾から揚網するものであった。
 曳網索は,主として直径33ミリメートル(以下「ミリ」という。)のワイヤー製で,船尾側から網に向かって順に,ワープ,遊びワイヤー,ハンドロープ及び網の上端と下端に連結される2本の網ペンネントと称する各索によって構成され,それぞれの索の端部にアイスプライス加工を施し,ワープと遊びワイヤー及び遊びワイヤーとハンドロープがエンドリングとストレートシャックルによって,また,ハンドロープと網ペンネントがおたふくシャックルによって連結されており,ハンドロープに8字(はちのじ)リングが通されていた。
 遊びワイヤー及びハンドロープの長さは,それぞれ21メートル及び50メートルであった。
ウ オッターボード
 オッターボードは,縦4.2メートル横2.75メートル重さ7.5トンの翼状に湾曲した鋼製中空の板で,曳網中,ワープとハンドロープ間に遊びワイヤーと並列に取り付けられ,揚網時には同ボードを取り外し,ギャロースの両舷端に固定するようになっていた。そして,曳網時に船側となる面には,長さ3.2メートルのトーイングチェーン1本が,網側となる辺の上端と下端には,直径26ミリ長さ14メートルのワイヤー製オッターペンネント各1本が取り付けられ,同ペンネント2本の端部にアイスプライス加工を施して1個のおたふくシャックルに連結され,その先端に長さ約50センチのチェーンと,呼び径15センチのストレートシャックル(以下「オッターペンネントシャックル」という。)とが取り付けられていた。
 オッターボードの曳網索への取付け状況は,トーイングチェーンがシャックルによってワープ先端のエンドリングに連結され,また,オッターペンネントが,オッターペンネントシャックルによって8字リングに連結されていて,同リングが,ハンドロープに沿って移動可能な状況であった。
エ オッターボード取外し要領
 揚網時のオッターボード取外し要領は,トロールウインチでワープを巻き込み,同ボードがギャロース付近まで揚がってきたらトーイングチェーンにストッパーをかけて同ボードをギャロースの両舷端に固定し,一旦(いったん)ワープを巻き戻してたるませ,同チェーンのシャックルを外した後,再びワープを巻き込み,遊びワイヤーの網側端部が揚がってくるころオッターペンネントも甲板上に引揚げ,ハンドロープを巻き込みながらオッターペンネントシャックルを8字リングから外すこととなっていた。

3 事実の経過
 富丸は,A受審人,B指定海難関係人ほかインドネシア人船員6人を含む19人が乗り組み,操業の目的で,船首3.2メートル船尾7.0メートルの喫水をもって,平成16年6月19日17時00分北海道釧路港を発し,ハワイ諸島北西方の漁場に向かい,同月24日同漁場に至り,北緯34度34分東経171度50分付近で操業を開始した。
 B指定海難関係人は,操業全般の指揮を執っており,越えて30日16時00分トロールウインチ操縦装置のところで船尾方を向き,船尾上甲板の右舷側にA受審人を含む7人を,同左舷側に船長を含む8人をそれぞれ配置に就け,北緯32度00.5分東経173度10.0分の地点で,針路を180度(真方位,以下同じ。)に定め,機関を回転数毎分420にかけ,プロペラの翼角を前進5度として1.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で手動操舵により進行し,揚網作業を開始した。
 ところで,オッターペンネントシャックルを8字リングから外す作業は,同リングがハンドロープに沿って移動可能で,8字リングに張力が加わらない状態で同ロープが巻き込まれるように連結されているため,平素,一旦ハンドロープの巻き込みを中断しないまま行われていた。そして,A受審人及びB指定海難関係人は,オッターペンネントシャックルが外れないうちに同ロープと網ペンネントの連結部が同リングのところまで揚がってくると,そこで8字リングに引っ掛かってトロールウインチの方向に引かれるようになり,オッターペンネントが外側に引っ張られることから,緊張したハンドロープと網ペンネントの連結部が,インナーブルワークの角部に強く当たる状況になることを知っていた。
 A受審人は,上甲板右舷船尾付近で他の乗組員とともに揚網作業に当たり,オッターボード取外し要領に従ってトーイングチェーンにストッパーをかけ,ワープをたるませて同チェーンのシャックルを外した後,曳網索の巻き込みを再開して遊びワイヤーとハンドロープの連結部が揚がってきたとき,オッターペンネントを甲板上に引揚げて8字リングから取り外すこととした。
 16時29分少し過ぎA受審人は,インナーブルワークが張り出したところに内側を向いて立ち,前かがみになってオッターペンネントシャックルのボルトを回そうとしたところ,同ボルトが容易に回らずオッターペンネントを取り外す作業に手間取ったが,揚網作業の流れを止めたくないと思い,直ちにB指定海難関係人に合図して,一旦ハンドロープの巻き込みを止めることなく,近くにいた二等航海士からスパナを手渡してもらい,そのままオッターペンネントの取外し作業を続行した。
 一方,B指定海難関係人は,船尾上甲板での作業状況を見ながらトロールウインチの操作に当たっており,16時29分半A受審人がオッターペンネントを取り外す作業に手間取っているのを認めたが,左舷側の同ペンネントがいつもどおり簡単に外れていたので,右舷側も間もなく外れるものと思い,直ちにハンドロープの巻き込みを止めることなく見守った。
 16時30分わずか前B指定海難関係人は,ハンドロープと網ペンネントの連結部がスリップウエイの上部に揚がってきたことに気付き,急ぎ同ロープの巻き込みを止めたが,トロールウインチの惰性によりオッターペンネントが外側に引っ張られる状態まで巻き込まれた。
 一方,A受審人は,16時30分わずか前ようやく前示ボルトが回わったので手で外していたとき,ハンドロープと網ペンネントの連結部がスリップウエイの上部に揚がってきた音に気付いたが,どうすることもできず,16時30分北緯32度00.0分東経173度10.0分の地点において,同人の右足が,緊張した同連結部と,インナーブルワークが張り出したところの船首側角部とに挟まれた。
 当時,天候は曇で風力4の西風が吹き,日没時刻は16時36分であった。
 その結果,A受審人が,右下腿骨骨折を負った。

(本件発生に至る事由)
1 オッターペンネントシャックルを8字リングから外す作業が,平素,一旦ハンドロープの巻き込みを中断しないまま行われていたこと
2 A受審人が,揚網作業の流れを止めたくないと思ったこと
3 本件時,一旦ハンドロープの巻き込みを止めなかったこと
4 B指定海難関係人が,右舷側のオッターペンネントも間もなく外れると思ったこと

(原因の考察)
 本件は,オッターペンネントを取り外す作業に手間取った際,一旦ハンドロープの巻き込みを止めるなど,安全確保の措置を十分にとっていれば発生が避けられたものと認められる。
 したがって,A受審人が,揚網作業の流れを止めたくないと思いハンドロープの巻き込みを止めなかったこと及びB指定海難関係人が,右舷側のオッターペンネントも間もなく外れると思い同ロープの巻き込みを止めなかったことは,いずれも本件発生の原因となる。
 オッターペンネントシャックルを8字リングから外す作業が,平素,一旦ハンドロープの巻き込みを中断しないまま行われていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件乗組員負傷は,ハワイ諸島北西方沖合において,オッタートロール式底びき網の揚網作業中,安全確保の措置が不十分で,オッターペンネントを取り外す作業を行っていた一等航海士が,緊張したハンドロープと網ペンネントの連結部と,インナーブルワークとに右足を挟まれたことよって発生したものである。

(受審人等の所為)
1 懲戒
 A受審人は,ハワイ諸島北西方沖合において,オッタートロール式底びき網の揚網作業中,オッターペンネントを取り外す作業に手間取った場合,そのままハンドロープの巻き込みが続くと,同ロープと網ペンネントの連結部が8字リングに引っ掛かり,オッターペンネントが外側へ引っ張られて,緊張した同連結部が,インナーブルワークの角部に強く当たる状況になることを知っていたのだから,トロールウインチを操作している漁ろう長に合図し,一旦ハンドロープの巻き込みを止めるなどして,安全確保の措置を十分にとるべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,揚網作業の流れを止めたくないと思い,安全確保の措置を十分にとらなかった職務上の過失により,緊張した同ロープと網ペンネントの連結部と,インナーブルワークとに右足を挟まれ,右下腿骨骨折を負うに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
2 勧告
 B指定海難関係人が,ハワイ諸島北西方沖合において,オッタートロール式底びき網の揚網作業中,オッターペンネントを取り外す作業に手間取っているのを認めた際,直ちにハンドロープの巻き込みを止めるなどして,安全確保の措置を十分にとらなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,本件発生の原因を十分に検討し反省していることに徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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