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平成17年函審第18号
件名

潜水支援船第1和丸潜水作業者死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年7月27日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(西山烝一,弓田邦雄,野村昌志)

理事官
喜多 保

受審人
A 職名:第1和丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
a
指定海難関係人
B社
C 職名:B社監督安全責任者
補佐人
a

損害
潜水士1人が溺死,潜水士1人が肺及び耳に炎症の負傷

原因
潜水作業時の安全措置不十分
海上工事監督安全責任者の潜水作業時の安全管理不十分

主文

 本件潜水作業者死亡は,潜水作業時の安全措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 海上工事の監督安全責任者が,潜水作業時の安全管理を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年9月4日10時30分
 北海道羅臼港
 (北緯44度01.4分 東経145度12.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 潜水支援船第1和丸
総トン数 7.9トン
登録長 11.05メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 121キロワット
(2)設備及び性能等
 第1和丸(以下「和丸」という。)は,平成7年7月に進水した潜水作業に従事する鋼製交通船兼作業船で,船体後方に操舵室があり,フーカー潜水用の出力2.2キロワットガソリン機関駆動空気圧縮機(以下「空気圧縮機」という。)が同室後部に,潜水用空気槽が同室前船員室左舷側にそれぞれ備え付けられ,係船用ドラムが船首部に設けられており,それを駆動する発電用原動機(以下「係船用ドラム原動機」という。)が船首部甲板下に設置されていた。
 空気圧縮機は,PLUE22-7型と称するアネストイワタ製の可搬式で,その燃料タンクが鋼製で容量3リットル,燃料消費量が1時間に約1リットル,同圧縮機付きの空気槽が容量11リットル,吐出圧力7キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)で,総重量49キログラムであった。
 和丸の潜水用空気槽は,2人用横型空気槽で2つの空気槽を持ち,各空気槽に約3.8リットルの送気空気室(以下「潜水用送気空気室」という。)と約31.3リットルの緊急時のための予備空気室(以下「潜水用予備空気室」という。)を設け,1人当たり約35リットルで合計約70リットルの容積があり,予備空気室弁,送気元弁,切替弁,送気及び同空気室の各圧力計などが取り付けられていた。

3 北海道羅臼漁港清浄海水取水管敷設その他工事(以下「取水管工事」という。)
 取水管工事は,元請会社の下に,B社が1次下請けとして海上工事全般を担当し,2次下請けのD社が取水管工事に伴う同管の接続作業を行っており,予定工期が平成16年6月30日から同年10月29日までとなっていた。
 本件当時の取水管工事は,沖合からの取水管と岸壁側の同管を,調整管と称する直径275ミリメートル長さ2.8メートルの管で接続する最終の作業で,起重機船(以下「台船」という。)のクレーンを使用して同管を海底に降ろし,潜水士2人でその両端と各取水管をボルト・ナットにより締め付けるものであった。

4 工事水域
 工事水域は,羅臼港内の島防波堤北端付近の防波堤から沖合約22メートルの水深約18メートルの地点で,底質は泥であった。

5 フーカー潜水
 和丸のフーカー潜水は,船上に置いた空気圧縮機と潜水用空気槽をホースにより連結し,潜水用送気空気室を経由して,送気元弁から送気用ゴムホースを介して潜水者に呼吸用空気を供給する方式であった。その潜水器具は,同ホースの末端に取り付けたレギュレータ,マスク,潜水用スーツ,足ひれ,ウエイト及び水中ナイフ等により構成されていた。
 フーカー潜水を行う際,空気圧縮機等の不具合に備え,潜水開始前に緊急用の空気を潜水用予備空気室に充気して同空気室弁を閉め,送気が停止したときは,直ちに同弁を開けることにより,潜水者が少しの間呼吸することを確保し,緊急浮上などで対処できるように,労働安全衛生法に基づく高気圧作業安全衛生規則により規定されていた。

6 事実の経過
 和丸は,A受審人が1人で乗り組み,潜水士E及び同Fを乗せ,取水管工事に伴う潜水作業支援の目的で,船首0.3メートル船尾1.2メートルの喫水をもって,平成16年9月4日07時30分羅臼港第3東防波堤の係留地を発し,台船と共に同港島防波堤に向かった。
 ところで,B社は,潜水作業用として,安全指針及び潜水士船の始業前点検表(以下「点検表」という。)を作成して周知し,安全指針には,作業指揮者の職務,潜水再圧室の設置,潜水士船及び潜水器具の点検体制,作業時の安全対策を定めており,点検表には,機関等操縦,航海用具,空気圧縮機,潜水用空気槽の充気,ヘルメット式,フーカー式及びスクーバ式各潜水器具などの点検項目があり,A受審人が各項目の点検を行って点検表に記入し,C指定海難関係人が同表により点検結果を確認するように決めており,潜水作業に対する安全管理を行っていた。
 取水管の接続作業は,通常,D社所属の潜水士2人が行っていたが,当時,同社の潜水士1人が体調不良のため,同社所属のF潜水士とB社所属のE潜水士とで同作業を行うことになり,また,数日前からD社の空気圧縮機が故障していたことから,同社の潜水士が行っていたスクーバ潜水でなく,和丸の同圧縮機と潜水用空気槽を使用するフーカー潜水で同作業を行うことになった。
 なお,船上と海中の連絡方法については,電話により行われ,F潜水士は台船上の担当者と連絡を取り,E潜水士は和丸上のA受審人と連絡を取るようになっていた。
 A受審人は,08時00分羅臼港第3西防波堤灯台(以下「西防波堤灯台」という。)から043度(真方位,以下同じ。)205メートルの,島防波堤北端付近に到着して右舷付けで係留したのち,フーカー潜水の支援作業を行うこととしたが,今まで空気圧縮機が運転中に停止したことがなかったので,まさか同圧縮機が停止することはないと思い,潜水用予備空気室に充気したうえ,専従の連絡員を置くようC指定海難関係人に進言するなど,潜水作業時の安全措置を十分に行うことなく,08時10分同圧縮機を始動したあと,左舷船首部で,送気員と連絡員を兼務したまま潜水支援作業に取りかかった。また,同受審人は,係留後,取水管の接続作業でロープを使用することもあることから,係船用ドラム原動機を作動させていた。
 C指定海難関係人は,取水管工事について,毎日作業開始前に作業内容及び災害防止対策を周知していたものの,当時,潜水作業を行わせるにあたり,点検表により点検結果を確認したうえ,和丸に送気員のほか専従の連絡員を配置させるよう,潜水作業時の安全管理を十分に行わないまま,同工事を開始し,防波堤上で待機した。
 E潜水士は,同13年6月に潜水士の免許を取得し,B社に作業員として雇われ,4年間で1,200時間ぐらいの潜水経験があり,当日,D社の潜水士が体調不良のため,急きょ潜水作業を行うようC指定海難関係人から指示され,ドライスーツ,手袋,足ひれ,送気用ゴムホースを接続したレギュレータ付き全面マスク,ウエイトベルト及び水中ナイフなどを着用し,09時10分潜水を開始した。
 一方,F潜水士は,同7年7月に潜水士の免許を取得し,当時,D社専属の潜水士として取水管の接続作業に従事しており,ドライスーツ,ウエイトベスト,手袋,足ひれ,水中メガネ及び送気用ゴムホースを接続したレギュレータなどを着用し,E潜水士を伴って潜水を開始した。
 E及びF両潜水士は,台船右舷船首端下の水深約18メートルの海底に着き,足ひれが泥をかき回して視界が悪くなることから,足ひれを外して作業にかかり,F潜水士が電話により台船と連絡を取って,台船のクレーンにより調整管を海底の定位置に誘導したあと,09時20分ごろから沖側取水管と調整管とをボルト・ナットで締め付ける作業を始め,その後,同作業が終了し,10時28分ごろ岸側取水管と調整管にボルトを通してナットをかけ終わったころ,空気圧縮機駆動用機関の燃料こし器のフィルターを錆が塞ぐなどかして,同圧縮機が突然停止して送気が止まった。
 E及びF両潜水士は,送気が止まったことに気付かないで,空気圧縮機付きの空気槽及び潜水用送気空気室に残っていた空気を呼吸しながら,ナットの締め付け作業中,10時29分半空気が完全に途絶えて息苦しくなった。
 E潜水士は,A受審人に空気が渋いと連絡したあと,F潜水士の指示により,岸側浅所の方に向けて歩き始めた。
 一方,F潜水士は,E潜水士に浮上するよう合図したあと,レギュレーターを手に持ち,息苦しさの中で海水を飲みながらも,間もなく送気が再開すると思って岸側へ歩いていたところ,10時30分ごろ送気が再開して呼吸できるようになり,ドライスーツに空気を入れて自力で緊急浮上した。
 A受審人は,船首部の船員室左舷側囲壁上に置いた電話の側で,潜水支援作業に当たり,係船用ドラム原動機の排気管が近くにあったことから,排気音が大きくて空気圧縮機の停止に気付かないでいたところ,E潜水士から,送気が止まったとの連絡を受け,直ちに浮上するよう指示したあと,操舵室に駆けつけ,同圧縮機が停止しているのを認めて再起動し,船首部に戻って同潜水士に連絡したが,応答がなく,同潜水士は,10時30分西防波堤灯台から049度200メートルの地点下の海中において,送気が途絶えたことにより,呼吸が停止して溺水状態となった。
 当時,天候は晴で風力1の東北東風が吹き,潮候は下げ潮の末期であった。
 A受審人は,現場作業員とともにE潜水士を和丸に引き揚げ,心臓マッサージ及び人工呼吸を続け,救急車で病院に搬送したが,同潜水士は溺水による死亡と検案された。
 また,F潜水士は,緊急浮上後,再び1時間半ほど海中に戻ってから減圧したが,肺及び耳に炎症を負った。
 本件後,B社は,再発防止のため,社員,作業員及び協力業者に対し緊急安全点検を行い,空気圧縮機に圧力低下警報器を取り付けるなどの対策をとった。

(本件発生に至る事由)
1 潜水用予備空気室に充気しなかったこと
2 専従の連絡員を置くよう進言しなかったこと
3 潜水作業時の安全管理を十分に行わなかったこと
4 係船用ドラム原動機が作動していたことにより,空気圧縮機の停止に気付かなかったこと
5 空気圧縮機が停止したこと

(原因の考察)
 本件潜水作業者死亡は,空気圧縮機が停止したことに直ぐに気付いていれば,同圧縮機を再起動することにより,また,潜水作業開始時に潜水用予備空気室に充気していれば,同予備空気室から空気を送ることにより,本件は発生しなかったと認められる。
 したがって,A受審人が,潜水作業時の安全措置として,空気圧縮機の異常にすぐ気付くことができるよう,和丸に送気員のほか専従の連絡員を置くよう進言しなかったこと及び潜水用予備空気室から空気を供給できるよう,同予備空気室に充気しなかったことは,本件発生の原因となる。
 C指定海難関係人が,潜水作業の安全指針及び点検表に基づき,各点検項目の点検結果の確認を作業前に行うことも,専従の連絡員を配置しなかったことも,潜水作業時の安全管理を十分に行っていなかったことになり,本件発生の原因となる。
 A受審人が,係船用ドラム原動機を作動させていたことにより,空気圧縮機の停止に気付かなかったことについては,送気員及び専従の連絡員の2人体制とし,同受審人が同圧縮機の側で監視していれば,同圧縮機の停止に気付くことにより,本件が発生しなかったと推認できるので,これを原因とするのは相当でない。
 空気圧縮機が停止したことについては,燃料こし器の整備を定期的に行っており,本件時,鋼製燃料タンクの錆が同こし器のフィルターを塞ぐかして突然停止したものであり,予見することが困難であることから,点検整備を不十分として原因に摘示するのは相当でない。

(海難の原因)
 本件潜水作業者死亡は,北海道羅臼港において,取水管工事を行う際,潜水作業時の安全措置が不十分で,空気圧縮機が停止したうえ送気が途絶え,潜水作業者が呼吸できずに溺水したことによって発生したものである。
 同工事の監督安全責任者が,潜水作業時の安全管理を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
1 懲戒
 A受審人は,北海道羅臼港において,取水管工事に従事するに当たり,和丸船上で潜水者の支援作業を行う場合,送気員のほかに専従の連絡員を配置するよう監督安全責任者に進言したうえ,潜水用予備空気室に充気するなど,潜水作業時の安全措置を十分に行うべき注意義務があった。しかし,同受審人は,今まで空気圧縮機が運転中に停止したことがなかったので,まさか同圧縮機が停止することはないと思い,潜水作業時の安全措置を十分に行わなかった職務上の過失により,同圧縮機から離れた船首部で主に連絡員の作業に当たり,同圧縮機が停止したことに気付かず,また,潜水者への送気が停止したとき予備空気を供給できないまま,E潜水士を呼吸不能状態に陥らせて溺水により死亡させ,F潜水士の肺及び耳に炎症を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

2 勧告
 C指定海難関係人が,北海道羅臼港において,取水管工事に伴う潜水作業を行わせる際,同作業時の安全管理を十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 C指定海難関係人に対しては,本件後,作業前に点検表の点検結果を確認し,送気員のほかに連絡員を配置するなど安全対策をとっていることに徴し,勧告しない。
 B社の所為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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