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平成17年函審第16号
件名

漁船第八十六北雄丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成17年8月17日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(弓田邦雄,西山烝一,堀川康基)

理事官
平井 透

受審人
A 職名:第八十六北雄丸船長 海技免許:四級海技士(航海)
B 職名:第八十六北雄丸機関長 海技免許:四級海技士(機関)(機関限定)

損害
主機シリンダライナの損傷

原因
主機負荷を軽減する措置不十分

主文

 本件機関損傷は,操業中の主機負荷を軽減する措置が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。
 受審人Bを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年8月18日12時00分
 北海道紋別港北北東方沖合
 (北緯44度50分 東経143度40分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 第八十六北雄丸
総トン数 160トン
全長 38.126メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 860キロワット
(2)設備及び性能等
 第八十六北雄丸(以下「北雄丸」という。)は,昭和59年11月に進水した,オッタートロール式の沖合底びき網漁業に従事する鋼製漁船で,主機としてC社が製造した6M28H4C型と呼称する,計画出力860キロワット同回転数毎分590(以下,回転数は毎分のものとする。)の過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関と可変ピッチプロペラを有し,船体前部の操舵室に主機の遠隔操作装置を備え,主機前部の動力取出軸からエアクラッチ及び増速機を介して甲板機械用の油圧ポンプを回すようになっていた。
 主機は,定格出力1,471キロワット同回転数750の原機に負荷制限装置を付設して計画されたものであるが,同装置が機能しないまま,回転数700以上まで運転できるようになっていた。
(3)主機のピストン及びシリンダライナ
 ピストンは,鋼製クラウンと鋳鉄製スカートの組立形で,ピストンリングとして3本の圧力リングと2本のオイルリングが組み込まれ,クラウンが連接棒の油穴を通った潤滑油により冷却されていた。
 また,シリンダライナは,特殊鋳鉄製で内面にはクロームメッキが施され,平成2年2月全シリンダが再メッキ修理(以下「再生修理」という。)され,同12年3月にも再生修理されるとともに一部のシリンダは取替えられた。
(4)主機の遠隔操作装置
 主機の遠隔操作盤は,操舵室前部左舷側に位置し,ガバナ操作スイッチ,プロペラピッチ調整ダイヤル,クラッチ操作スイッチ,回転計,同ピッチ計及び燃料噴射ポンプラック指針(以下「負荷指針」という。)計等が組み込まれ,ガバナ及びクラッチ各操作スイッチは隣接して取り付けられていた。
(5)主機の過回転危急停止装置
 当初の作動値は回転数800であったが,回転数780に変更されていた。
(6)主機の負荷指針警報装置
 連続最大出力での負荷指針が27.0ないし27.5のところ,同指針26.5で操舵室及び機関室で警報が作動するようになっており,作動した際は回転数またはプロペラピッチを下げれば警報が停止するようになっていた。

3 事実の経過
 北雄丸は,オホーツク海の漁場において,毎年3月から翌年1月までの間操業に従事し,航行中の全速力時及び一番負荷が多い操業中の曵網時とも高負荷の状態で,主機が年間に約3,500時間使用されていた。
 B受審人は,遠心清浄機により主機サンプタンク内の潤滑油を連続清浄するとともに,年に1回同油の取替えを行い,入口主管前の複式ノッチワイヤこし器(以下「こし器」という。)の前後の圧力差(以下「差圧」という。)が通常0.3キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)のところ,差圧が0.4キロとなる約10日ごとにこし器を開放掃除していた。
 なお,主機取扱説明書には差圧が0.6ないし0.8キロになれば逆流洗浄を行い,同洗浄を行ってもすぐに差圧が大きくなるようであれば開放掃除するよう記載していた。
 ところで,平成13年9月北雄丸は,機関製造業者サービス技師(以下「サービス員」という。)が定期点検のため紋別港で訪船した際,主機のシリンダライナにスカッフィングが認められ,3,4及び6番シリンダの同ライナ及びピストンリング,3番シリンダのピストン等が取り替えられたが,高負荷での使用状態にあったことから,サービス員から負荷指針が23ないし25の範囲で使用するよう推奨された。
 その後,B受審人は,主機負荷を急変動させないようA受審人に申し入れすれば大丈夫と思い,曵網時の主機負荷を軽減するよう,同人に進言しなかった。
 A受審人は,主機負荷を急変動させないよう留意すれば大丈夫と思い,曵網時にトルクリッチ運転とならないよう,回転数またはプロペラピッチを下げるなど,曵網時の主機負荷を軽減しないで,主機を運転していた。
 同14年1月北雄丸は,定期整備工事で入渠した際,再び主機シリンダライナに軽微なスカッフィングが認められ,1,2及び5番シリンダの同ライナ及びピストンリングが取り替えられたが,訪船したサービス員により再生修理の繰返しにより金属疲労したものと判断された。
 そして,同15年2月下旬北雄丸は,第一種中間検査工事で入渠し,サービス員の立会いのもと,主機のピストン抜き,全ピストンリング取替え,過給機開放,潤滑油の取替え等の全般的な整備を行なったが,各シリンダライナに特に異常が認められなかった。
 北雄丸は,翌3月から一航海約2.5日の操業に従事していたところ,6月中旬A受審人が,入港に備えて12.5ノットの全速力の回転数700から主機の回転を下げるとき,カバナ操作スイッチと間違えてクラッチ操作スイッチを操作し,減速機内蔵のクラッチが切れて主機が急回転したが,過回転危急停止装置が正常に作動して停止した。
 その後,北雄丸は,依然として曵網時の主機負荷が軽減されないまま,負荷指針警報が作動する状態で主機が運転されていたところ,8月中旬曵網時に各シリンダがトルクリッチ運転となったとき,シリンダライナとピストンリング間の油膜が切れ,同ライナに掻き傷を生じ,その後の運転で進展するようになった。
 こうして,北雄丸は,A,B両受審人ほか13人が乗り組み,船首2.3メートル船尾5.1メートルの喫水をもって,同月17日01時00分紋別港を発し,03時30分ごろ漁場に至って操業を始めた。
 翌18日北雄丸は,主機回転数695プロペラピッチ14.6度とし,A受審人が操船して5.7ノットの速力で曵網中,スカッフィングに進展したシリンダライナ及びピストンリングの金属粉がこし器に捕捉され,12時00分紋別灯台から真方位026度31.9海里の地点において,機関室を定期巡回中のB受審人が差圧が0.5キロとなっているのを認めた。
 当時,天候は晴で風力3の南東風が吹いていた。
 B受審人は,こし器の差圧が更に上昇するので逆流洗浄を行いながら操業を続け,22時40分操業を終えて主機を停止し,こし器を開放したところ多量の金属粉がこし筒に付着しているのを認めた。
 北雄丸は,翌19日も操業を続けたうえ,16時00分紋別港に帰港し,待機していたサービス員及び整備業者が調査したところ,主機1,3,4,5及び6番シリンダのシリンダライナの損傷が判明し,それらは取り替えられた。

(本件発生に至る事由)
1 主機負荷制限装置が機能しないまま,回転数700以上まで運転できるようになっていたこと
2 主機が高負荷で使用されていたこと
3 主機負荷を急変動させなければ大丈夫と思い,曵網時の主機負荷を軽減する措置が不十分であったこと
4 主機が急回転したこと
5 本件前,曵網時に主機各シリンダがトルクリッチ運転となったこと

(原因の考察)
 操業中,曵網時の主機負荷を軽減する措置が十分であれば,トルクリッチ運転による油膜切れによりシリンダライナに掻き傷が生じ,それがスカッフィングに進展することを回避できたと認められる。
 したがって,A受審人が,主機負荷を急変動させないよう留意すれば大丈夫と思い,曵網時にトルクリッチ運転とならないよう,回転数またはプロペラピッチを下げるなど,曵網時の主機負荷を軽減しないで運転していたこと,B受審人が,主機負荷を急変動させないようA受審人に申し入れすれば大丈夫と思い,曵網時の主機負荷を軽減するよう,同人に進言しなかったこと及び本件前,曵網時に各シリンダがトルクリッチ運転となったことは,本件発生の原因となる。
 主機が高負荷で使用されていたことは,一番負荷が多い曵網時に負荷指針警報が作動しないよう,主機負荷を軽減していればトルクリッチ運転とならなかったのであって,本件発生の原因とならない。
 主機が急回転したことは,過回転危急停止装置が正常に作動し,定格回転数750のところ780ばかりに上昇したのみであり,それから本件まで約2箇月が経過し,約一週間前のこし器掃除の際は金属粉が認められなかったのであるから,急回転時にシリンダライナに傷が生じ,それが進展したとは認められない。
 主機負荷制限装置が機能しないまま,回転数700以上まで運転できるようになっていたことは,本件発生の原因とは認めないが,同装置が機能しないようにすることは,漁業生産力の合理的な発展に寄与するとの漁船法の趣旨に反するものであるから,厳に慎まなければならない。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,沖合底びき網漁業において主機が高負荷で使用されている状況下,操業中に曵網する際,主機負荷を軽減する措置が不十分で,各シリンダがトルクリッチ運転となったとき,シリンダライナとピストンリング間の油膜切れにより同ライナに掻き傷を生じ,その後の運転でスカッフィングに進展したことによって発生したものである。
 曵網時の主機負荷を軽減する措置が不十分であったのは,船長が,主機負荷を軽減しないで運転していたことと,機関長が,主機負荷を軽減するよう同人に進言しなかったこととによるものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,沖合底びき網漁業において主機が高負荷で使用されている状況下,操舵室で操船して曵網作業に当たる場合,トルクリッチで運転すると機関各部に悪影響を及ぼすから,同運転とならないよう,回転数またはプロペラピッチを下げるなど,曵網時の主機負荷を軽減して運転すべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,主機負荷を急変動させないよう留意すれば大丈夫と思い,曵網時の主機負荷を軽減して運転しなかった職務上の過失により,曵網時に負荷指針警報が作動する状態で主機を運転し,各シリンダがトルクリッチ運転となったとき,油膜切れによりシリンダライナに掻き傷を生じさせ,それが進展してスカッフィングを招き,5本の同ライナを損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B受審人は,沖合底びき網漁業において主機が高負荷で使用されている状況下,主機の運転管理に当たる場合,トルクリッチで運転すると機関各部に悪影響を及ぼすから,曵網時の主機負荷を軽減するよう船長に進言すべき注意義務があった。しかるに,同受審人は,主機負荷を急変動させないよう船長に申し入れすれば大丈夫と思い,曵網時の主機負荷を軽減するよう同人に進言しなかった職務上の過失により,曵網時に負荷指針警報が作動する状態で主機が運転され,各シリンダがトルクリッチ運転となったとき,油膜切れによりシリンダライナに掻き傷を生じさせ,それが進展してスカッフィングを招き,前示の損傷を生じさせるに至った。
 以上のB受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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