日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2005年度(平成17年度) >  機関損傷事件一覧 >  事件





平成17年門審第18号
件名

漁船崎吉丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成17年7月28日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(西林 眞,千手末年,尾崎安則)

理事官
花原敏朗

受審人
A 職名:崎吉丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
左舷機の左舷側シリンダブロックが破損,3,4及び6番シリンダのピストンとシリンダライナ,全主軸受及びクランクピン軸受並びにクランク軸等が焼損

原因
主機燃料噴射弁の整備不十分,オイルミスト量と油滑油の消費量とが増加した際ピストン抜き整備不十分

主文

 本件機関損傷は,主機燃料噴射弁の整備が十分でなかったこと,及びオイルミスト量と潤滑油の消費量とが増加した際,ピストン抜き整備が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年5月5日21時00分
 長崎県壱岐島北方沖
 (北緯34度10分東経129度48分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船崎吉丸
総トン数 19トン
全長 23.30メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 768キロワット
(2)設備及び性能等
ア 崎吉丸
 崎吉丸は,平成11年6月に進水した,2機2軸を備えいか一本つり漁業に従事する平甲板型FRP製漁船で,船体中央に操舵室をその甲板下に機関室をそれぞれ配置し,主機として,B社が製造した6M122A-1型と称する連続最大出力367キロワット同回転数毎分2,132のディーゼル機関を機関室両舷(以下,右舷主機及び左舷主機を「右舷機」及び「左舷機」という。)に装備していたところ,就航間もない同年11月に右舷機に不具合が生じたことから,メーカー補償にて同機が6M122AP-1型と称する連続最大出力401キロワット同回転数毎分2,227のディーゼル機関に換装された。
イ 主機
 主機は,それぞれ船首側を1番として6番までのシリンダ番号を付し,クラッチ式逆転減速機を介してプロペラを駆動するほか,右舷機の前部動力取出軸には容量250キロボルトアンペアの,左舷機の前部動力取出軸には容量100キロボルトアンペアの集魚灯用発電機を連結しており,操舵室にキースイッチ,計器類,潤滑油圧力低下及び冷却清水温度上昇警報装置等を組み込んだ計器盤が設けられ,A重油を燃料油としていた。
 また,主機は,ピストンリングとして2本の圧力リングと1本のオイルリングを装着したダクタイル鋳鉄製のピストンに,水平分割式の大端部をクロムモリブデン鋼製の連接棒ボルト2本で締め付けた鍛鋼製の連接棒仕組を組み立て,主軸受及びクランクピン軸受には三層メタルを装着しており,クランク室内のオイルミストが,ミスト抜き管を経て操舵室後方の化粧煙突前部甲板上に設けられた同管開口部から大気に排出されるようになっていた。
 潤滑油系統は,オイルパンから直結潤滑油ポンプにより吸引,加圧された潤滑油が,複式こし器,油冷却器及び圧力調整弁を経たのち,入口主管からクランク軸,カム軸,動弁装置,燃料噴射ポンプ及び過給機などに至る経路と,同弁から各シリンダライナの下部に取り付けられたピストン冷却油ノズルに至る経路とに分岐して給油されるほか,ピストンとシリンダライナとの摺動面がクランク軸の回転によるはねかけ注油方式で潤滑され,いずれもオイルパンに戻って循環するようになっていた。
 ところで,主機は,ピストンリングの経年摩耗が進行するにつれ,潤滑油が燃焼室に浸入して同油の消費量が増加するほか,燃焼不良や燃焼残渣などによるリング溝の汚損が進行することにより,ピストンリングが膠着してクランク室への燃焼ガスの吹抜けが生じると,同摺動面の潤滑油膜が破壊されるばかりか,潤滑油が急速に汚損劣化するおそれがあるので,定期的にピストンを抜き出し,ピストンリングを新替えするなどの整備を行う必要があった。

3 事実の経過
 崎吉丸は,航行時に両舷機を,操業時に通常右舷機駆動の集魚灯用発電機のみをそれぞれ運転し,周囲に同業船が多くなって光力が必要なときには左舷機駆動の集魚灯用発電機を追加運転するようにしており,年間の運転時間は右舷機が約3,400時間,左舷機が約2,900時間であった。
 A受審人は,主機について,1箇月毎に潤滑油を新替えするとともに複式こし器のフィルタエレメントをカートリッジごと交換し,始動前に油量計測を行って適宜補給するようにしており,平成15年4月に両舷機のシリンダヘッドの開放整備を行い,吸・排気弁及び燃料噴射弁を新替えしたが,ピストン抜きなどを行うための陸揚げ,開放整備についてはそれまでの経験から多くの工事日数と経費を要することから実施せずに,就航7年目に主機を換装する予定とし,その後は取扱説明書で1,000時間毎に行うよう明記されていた燃料噴射弁の整備等も行っていなかった。
 主機は,同16年4月初旬に潤滑油及び同油こし器エレメントの新替えが行われて運転を続けていたところ,各ピストンリングとシリンダライナの経年摩耗が進行する状況下,左舷機において,いつしか4番シリンダの燃料噴射弁にあとだれが発生し,燃焼不良と未燃油のためにピストンリングが膠着して燃焼ガスの吹抜けが生じ,潤滑油の汚損劣化が進行し始めた。
 主機の潤滑油を新替え後,A受審人は,左舷機ミスト抜き管からのオイルミスト量と潤滑油の補給量が次第に増加してきたのを認めていたが,前年にシリンダヘッドの整備を行っているので何とかあと2年は保たせたいと思い,速やかに整備業者に依頼して同機のピストン抜き整備を行うことなく,左舷機の燃焼ガスの吹抜けが激化し,潤滑油が急速に汚損劣化するまま運転を続けた。
 こうして,崎吉丸は,A受審人ほか2人が乗り組み,操業の目的で,船首0.75メートル船尾0.90メートルの喫水をもって,同年5月5日19時00分長崎県厳原港を発し,両舷機を回転数毎分1,650にかけて13.0ノットの対地速力で同港東方沖合の漁場に向けて航行中,左舷機の潤滑油が著しく汚損劣化して各軸受の潤滑が阻害されるとともに,4番シリンダのピストンとシリンダライナ摺動面が焼き付き,連接棒ボルトが過大な衝撃荷重を受けて破断し,連接棒大端部がクランク軸から外れてシリンダブロックを突き破り,21時00分若宮灯台から真方位018度18.5海里の地点において,左舷機が大音響を発した。
 当時,天候は晴で風力1の西風が吹き,海上は穏やかであった。
 操舵室で操船していたA受審人は,突然船体が振動したことから直ちに両舷機を中立とし,周囲を点検するために作業灯を点灯したところ,ミスト抜き管付近に多量の潤滑油が噴出しており,機関室に急行して左舷機の左舷側シリンダブロックが破損しているのを認め,操舵室に戻って同機を停止したが,右舷機に異常がないことから,同機のみで操業を行った。
 崎吉丸は,翌6日早朝操業を終えて厳原港に帰港し,整備業者によって左舷機の開放調査が行われた結果,前示損傷のほか,3,4及び6番シリンダのピストンとシリンダライナ,全主軸受及びクランクピン軸受並びにクランク軸等が焼損していることが判明し,のちピストン抜き整備を行わずに同年数経過している右舷機も合わせ,両舷機を換装した。

(本件発生に至る事由)
1 経費の面から主機はピストン抜き整備を行わずに就航後7年で換装する予定にしていたこと
2 燃料噴射弁の整備が不十分で,左舷機4番シリンダの燃料噴射弁にあとだれを生じたこと
3 左舷機4番シリンダに燃焼不良等を起因とした燃焼ガスの吹抜けを生じ,潤滑油の汚損劣化が進行したこと
4 左舷機のクランク室からのオイルミスト量と潤滑油の消費量とが増加した際,速やかにピストン抜き整備を行わなかったこと

(原因の考察)
 本件は,主機燃料噴射弁の整備を適正間隔で行っていたならば,左舷機4番シリンダ同弁のあとだれを防止できた可能性が高く,また,左舷機のクランク室からのオイルミスト量と潤滑油の消費量とが増加したのを認めた際,速やかに整備業者に依頼して同機のピストン抜き整備を行っていれば,燃焼ガスの吹抜けの激化と潤滑油の著しい汚損劣化とによる損傷は回避できたと認められる。
 したがって,A受審人が,主機燃料噴射弁の整備を十分に行わなかったこと,及び左舷機のクランク室からのオイルミスト量と潤滑油の消費量とが増加したのを認めた際,前年にシリンダヘッドの整備を行っているので何とかあと2年は保たせたいと思い,速やかに整備業者に依頼してピストン抜き整備を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 経費の面から主機はピストン抜き整備は行わずに就航後7年で換装する予定にしていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があると認められない。しかしながら,これは,海難防止上の観点から是正されるべき事項である。


(海難の原因)
 本件機関損傷は,主機燃料噴射弁の整備が不十分で,左舷機4番シリンダの同弁にあとだれを生じたこと,及び左舷機のクランク室からのオイルミスト量と潤滑油の消費量とが増加した際,ピストン抜き整備が不十分で,燃焼ガスの吹抜けが激化するとともに潤滑油の汚損劣化が進行するまま運転が続けられ,ピストンとシリンダライナ摺動面ほか各部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,左舷機のクランク室からのオイルミスト量と潤滑油の消費量とが増加してきたことを認めた場合,建造以来同機の開放整備をしていないのであるから,吹抜けの激化から重大損傷を生じさせることのないよう,速やかに整備業者に依頼して主機のピストン抜き整備を行うべき注意義務があった。ところが,同人は,前年にシリンダヘッドの整備を行っているので何とかあと2年は保たせたいと思い,速やかに整備業者に依頼して主機のピストン抜き整備を行わなかった職務上の過失により,燃焼ガスの吹抜けが激化するとともに潤滑油の汚損が進行するまま運転を続け,主機各部の潤滑阻害を招き,ピストンとシリンダライナの焼き付き,主軸受及びクランクピン軸受の焼損を生じ,クランク軸,4番シリンダ連接棒及びシリンダブロック等を損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION