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平成17年神審第25号
件名

漁船第三金慶丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成17年7月7日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(中井 勤,工藤民雄,橋本 學)

理事官
岸 良彬

受審人
A 職名:第三金慶丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
主機のクランクピン軸受メタルが溶損,同ピンの焼損,クランク軸摺動部の擦過傷など

原因
主機クランク室オイルミスト管から排出されるガス状態の点検不十分

主文

 本件機関損傷は,操業を終え,帰航を開始したとき,主機クランク室オイルミスト管から排出されるガスの状態についての点検が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年3月26日06時30分
 石川県富来漁港港口
 (北緯37度08.6分東経136度42.1分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第三金慶丸
総トン数 17.00トン
登録長 17.27メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 360キロワット
回転数 毎分1,800
(2)設備及び性能等
ア 第三金慶丸
 第三金慶丸(以下「金慶丸」という。)は,平成6年12月に進水し,同14年9月にA受審人が中古で購入したFRP製漁船で,船体中央部からやや船尾寄りに操舵室,同室の下方に機関室を有し,主機のクランク室オイルミスト管(以下「オイルミスト管」という。)及び排気管が操舵室後方で大気に開口しており,翌15年に,3月から12月までの間を漁期として使用が開始され,石川県能登半島西方沖合におけるはえなわ(かご)漁業に従事していた。
イ 主機
 主機は,昭和63年1月にB社が製造した,6LA-ST型と呼称する,シリンダ径150ミリメートル(mm),行程165mmの,燃料油として軽油を使用する過給機付6シリンダ4サイクル機関で,各シリンダには船首側から順番号が付されていた。
 そして,金慶丸の新造時に中古機関として搭載され,クランク軸船尾側が逆転減速機を介して推進軸系に接続されていたほか,同軸船首側からも動力を取り出し,発電機及び油圧ポンプ各3台などを駆動できるようになっており,出漁すると停止されることがなく,航行中及び操業中の回転数を,それぞれ毎分1,600ないし1,700及び1,000として,月間480ないし600時間運転されていた。
ウ クランク軸
 クランク軸は,クランクジャーナル径120mm,クランクピン径97mmのクロムモリブデン鋼製一体型で,主軸受及び同ピン軸受メタルとして薄肉完成メタルが組み込まれていた。
エ システム油系統
 システム油系統は,台板内に溜められた約60リットルの潤滑油が,直結潤滑油ポンプにより吸引・加圧され,こし器及び潤滑油冷却器を経たのち,圧力を約5キログラム毎平方センチメートル(kgf/cm2)に調節されて入口主管に至り,主軸受,クランクピン軸受及びピストンピン軸受への系統及び過給機,動弁機構,調時歯車並びにカム軸などへの各系統に分岐して供給されるほか,ピストンの冷却がシリンダライナ下部に取り付けられたノズルからの噴射方式で,また,シリンダ潤滑が掻き上げ方式で行われるようになっていた。
 システム油の圧力警報装置は,こし器出入口の差圧が約1.5kgf/cm2に達した場合,また,入口主管において約1.0kgf/cm2に低下した場合にそれぞれ作動し,操舵室で警報を発するようになっていた。
オ シリンダヘッド
 シリンダヘッドは,鋳鉄製で,各シリンダ毎に排気弁及び吸気弁がそれぞれ2本ずつ組み込まれ,シリンダヘッド触火面に冷やし嵌めされた弁座とのあたりが悪くなると,圧縮圧力が低下することから,良好な燃焼を維持できなくなるおそれがあった。

3 事実の経過
 A受審人は,金慶丸を購入したとき,主機の状態について,整備状況が不詳であったところ,以前から実家が所有する漁船の保守を依頼していた機関整備業者より,積算運転時間が不明な中古機関であるものの,すぐに整備を必要としない旨の助言を得たので,シリンダヘッドの開放及びピストン抽出などの整備が不要であると判断し,システム油,同油こし器内蔵のカートリッジ式エレメント及び保護亜鉛の新替などの日常的保守を自ら行いつつ,主要部品を現状のままとして出漁を開始した。
 主機は,運転が繰り返されているうち,いつしか1番シリンダの排気弁と弁座とのあたりが悪化し,次第に圧縮圧力の不足が進行する状況となり,燃焼不良により排気色が黒みを帯びるようになった。
 このことに気付いていたA受審人は,休漁中の平成16年1月に前記機関整備業者に主機の点検を依頼したところ,主機付過給機の著しい損傷及びシステム油の汚損が判明したので,同過給機一式及び同油全量を新替えするなどの措置をとり,1番シリンダのシリンダヘッドを開放することなく修理を終えた。
 漁期となった平成16年3月A受審人は,2日間にわたる操業形態での漁を再開し,主機を始動する前に冷却清水量及びシステム油量などの,また,出漁中に,2,3回機関室上部の扉を開けて内部を覗き,ビルジ量,異音及び異臭の有無についての点検を行いながら出漁を繰り返していた。
 ところが,主機は,前記のとおり依然として1番シリンダでの燃焼が改善されていなかったことから,未燃焼の燃料油などによりシリンダ潤滑が阻害され,シリンダライナ及びピストンリングの摩耗が進行すると共に,同油などが混入したシステム油の性状劣化が進行し,いつしか同シリンダでブローバイを生じ始め,オイルミスト管から排出される白色がかったガスの量が次第に増加する状況となっていた。
 金慶丸は,A受審人ほか3人が乗り組み,操業の目的で,船首0.5メートル船尾2.0メートルの喫水をもって,平成16年3月25日18時30分石川県富来漁港を発し,海士埼西北西方沖合の漁場に至って漁を行い,べにずわいがに約2トンを獲たのち,翌26日03時過ぎ水揚げのため,主機を回転数毎分約1,700で運転し,同漁港に向け,約12ノットの対地速力で帰航の途についた。
 A受審人は,帰航を開始したとき,オイルミスト管から臭気を伴う多量の白煙が排出され,いずれかのシリンダでブローバイが生じていることがわかる状況であったが,いつものように機関室を覗き,特段の異変を認めなかったことから,主機を無難に運転できているものと思い,同管から排出されるガスの状態について点検を行わなかったのでこのことに気付かず,システム油の性状劣化が更に進行する状況で,減速することなく運転を続けた。
 こうして,金慶丸は,A受審人が単独で操舵室に立ち,乗組員が船員室で休息をとっている状況で航行を続け,富来漁港の港口に至って入港操船のために主機を回転数毎分約700まで減速したところ,平成16年3月26日06時30分能登富来港南防波堤灯台から真方位110度90メートルの地点において,入港準備のために甲板上に出てきた乗組員が,オイルミスト管から排出される多量の白煙を認め,A受審人に同状況を報告した。
 当時,天候は曇で風力1の北東風が吹き,海上にはわずかな波浪があった。
 その後,A受審人は,係留予定地点が間近であったことから,現状のまま続航して係留を終え,主機を停止したのち,前記機関整備業者に点検を依頼した。
 点検の結果,主機は,潤滑が阻害された4番シリンダクランクピン軸受メタルが溶損して始動不能となっていること,同ピンの焼損,他のクランク軸摺動部で擦過傷及び1番シリンダのシリンダライナの異常摩耗並びにシステム油量が著しく減少していることなどが判明し,のち,換装された。

(本件発生に至る事由)
1 A受審人が,金慶丸を中古で購入したとき,積算運転時間が不明であった主機について,シリンダヘッドを開放するなどの整備を行わなかったこと
2 A受審人が,主機の排気色が黒変していることを認めた際,シリンダヘッドを開放するなどの整備を行わなかったこと
3 1番シリンダでブローバイが生じている状況のまま,主機の運転が繰り返されていたこと
4 A受審人が,帰航を開始したとき,オイルミスト管から排出されるガスの状態を十分に点検しなかったこと

(原因の考察)
 本件機関損傷は,主機が,1番シリンダにおいてブローバイを生じたまま運転が続けられ,システム油の性状劣化が著しく進行し,クランク軸などの潤滑が阻害されたことによって発生したもので,ブローバイの発生を早期に知っていれば,低負荷運転で帰航したのち,ピストンを抜き出したうえ,シリンダヘッドの開放整備を含む必要な措置をとることができたと認められる。
 したがって,A受審人が,帰航を開始したとき,オイルミスト管から排出されるガスの状態を十分に点検しなかったことは,本件発生の原因となる。
 前記ブローバイが,排気弁と同弁座とのあたりが悪く,著しく燃焼が不良となり,シリンダ潤滑が阻害されたことに起因すると認められることから,A受審人が,金慶丸を中古で購入したとき及びその後,排気色が黒変していることを認めた際,積算運転時間が不明であった主機について,シリンダヘッドを開放するなどの整備を行わなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,小型船舶操縦士の操縦免許を受有する同人が,機関整備業者からの助言や修理に依存して同整備の必要性を認めなかったことを容認でき,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,主機の運転管理を行うにあたり,操業を終え,帰航を開始したとき,オイルミスト管から排出されるガスの状態についての点検が不十分で,ブローバイを生じたまま運転が続けられ,燃焼ガス及び燃料油などの混入によりシステム油の性状劣化が進行したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,主機の運転管理を行うにあたり,操業を終え,帰航を開始した場合,製造後年月を経た整備状況が不詳な機関であったのであるから,ブローバイの有無を判断できるよう,時折操舵室から出るなどして,オイルミスト管から排出されるガスの状態についての点検を行うべき注意義務があった。しかるに,同人は,いつものように機関室を覗き,特段の異変を認めなかったので,主機を無難に運転できているものと思い,オイルミスト管から排出されるガスの状態についての点検を行わなかった職務上の過失により,ブローバイが生じていることに気付かないまま運転を続けているうち,システム油の性状劣化の更なる進行を招き,潤滑が阻害された4番シリンダのクランクピン軸受メタルに溶損及びクランク軸摺動部に焼損及び擦過傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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