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平成17年神審第20号
件名

旅客船アントニーナ ネジダノバ遭難事件

事件区分
遭難事件
言渡年月日
平成17年7月12日

審判庁区分
神戸地方海難審判庁(甲斐賢一郎,工藤民雄,横須賀勇一)

理事官
阿部直之

指定海難関係人
A 職名:アントニーナ ネジダノバ船長

損害
アントニーナ ネジダノバ・・・船体左舷外板に破口を伴う凹損,水没,全損処理
岸壁 ・・・防舷材の損傷等

原因
気象・海象に対する配慮不十分,早期の避難を行わなかったこと

主文

 本件遭難は,着岸中,台風の接近により暴風と波浪の回り込みが予想される状況となった際,早期の避難を行わなかったことによって発生したものである。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年10月20日21時10分
 富山県伏木富山港外港
 (北緯36度48.1分東経137度04.1分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船アントニーナ ネジダノバ
総トン数 4,254トン
登録長 90.91メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 3,884キロワット
(2)設備及び性能等
 アントニーナ ネジダノバ(以下「ア号」という。)は,西暦1978年ユーゴスラビア連邦共和国で建造された,船首船橋型の鋼製旅客船で,旅客定員は170人であった。
 ア号は,2機2軸の推進器を備えていたが,バウスラスターやスターンスラスターの装備はなかった。
 また,同号は,西暦2000年ごろからウラジオストク,伏木富山港間を年50往復ほどの運航を行っていた。

3 台風23号
 台風23号は,平成16年10月13日09時(日本標準時,以下同じ。),マリアナ諸島近海で発生し,同月18日09時には超大型で強い勢力となって沖縄の南方海上を北上した。同台風は,19日には沖縄本島から奄美諸島沿いに進み,20日09時ごろ宮崎県南東方沖合では毎時45キロメートルの速力に達して,さらに増速しながら北東進し,同13時ごろ,大型で強い勢力のまま高知県土佐清水市付近に上陸した後,20日18時前大阪府泉佐野市付近に再上陸した。その後同21時ごろ滋賀県琵琶湖の南方を通過し,東日本を東進して21日03時ごろ関東地方で温帯低気圧となった。


4 遭難現場付近の状況
(1)富山湾
 富山湾は,南部沿岸に迫る急峻な高山と能登半島に抱かれ,北東方向に開かれた外洋性の湾で,その水深は1,200メートルを超え,数多くの海底谷が沿岸近くまで迫っており,急勾配の斜面の多い,複雑な海底地形を有していた。このため,富山湾で発生する北東方向からの波浪は,湾奥の海岸で急にその波高を大きくする傾向があった。
(2)伏木富山港
 伏木富山港は,富山湾湾奥の海岸の大半を占める港で,東西に10海里ほどの広がりを持っているが,その港域は,古くからの川港である伏木区,陸岸を掘り込んで作った新湊・富山両区など係船施設をもつ内港部とそれ以外の外港とに分かれていた。国分・伏木両航路に挟まれた海域の外港では,万葉ふ頭が埋め立てられつつあり,一部が供用を開始していた。
(3)万葉ふ頭
 万葉ふ頭は,建設中の埋立地で,この北東側に水深7.5メートルの1号岸壁と水深10.0メートルの2号岸壁が供用を開始していた。同岸壁の周辺には,全長1,500メートルの伏木外港万葉北防波堤と全長150メートルの伏木外港万葉東防波堤が完成していたが,北東寄りの強風による波浪の回り込みを防ぐための西防波堤と北沖防波堤は完成していなかった。
 このことから,発達した低気圧や台風が伏木富山港の南側を通過する場合は,富山湾で北東寄りの風を受けることになり,万葉ふ頭前面海域では侵入した波浪の影響を大きく受けることとなって,船舶が同ふ頭に着岸したまま暴風と波浪を凌ぐことは困難であった。

5 事実の経過
 ア号は,A指定海難関係人ほか61人が乗り組み,旅客50人を乗せ,平成16年10月16日16時00分ウラジオストク港を発し,同月18日08時30分伏木富山港万葉ふ頭1号岸壁で,伏木外港万葉北防波堤東灯台から真方位262度680メートルの地点に,右舷錨と同錨鎖5節を使用し,船首4.20メートル船尾4.60メートルの喫水をもって左舷付けで着岸した。
 A指定海難関係人は,台風23号の発生時から気象情報の収集を開始し,19日の台風情報により同台風が富山湾の南方を通過して伏木富山港が暴風域に入るおそれがあることを知ったので,ア号が万葉ふ頭に着岸したままで台風を凌ぐのは危険と判断して,同日15時ごろ代理店担当者に対し,波浪を避けることができる同港伏木区の岸壁へ避難したい旨を伝え,そのための岸壁使用許可の取得を要請した。
 翌20日06時ごろA指定海難関係人は,ア号の船首方で万葉ふ頭2号岸壁に着岸していたロシア海洋調査船が伏木区左岸3号岸壁に向けて避難しつつあることを知った。このロシア海洋調査船は,ア号と同程度の大きさで前日早朝に着岸したもので,同岸壁に避難して台風23号による暴風と波浪を凌ぐことができた。
 20日09時ごろA指定海難関係人は,代理店担当者から伏木区左岸2号岸壁の使用許可が得られたことを伝えられたとき,港内での風波はまだ強まっておらず,新湊区に停泊する引船も来援できる状況であったが,台風23号が宮崎県南東方沖にあり,移動速度を毎時45キロメートルから50キロメートルに上げて,さらに増速する勢いで北東進を続けており,富山湾で昼前には風波が強まり,波浪が増大すると避難できなくなることは十分予想できる状況であった。
 ところで,A指定海難関係人は,ア号が伏木富山港の出入港で引船を使用するに際して,港内外のうねりなどで引船の定係地である同港新湊区から万葉ふ頭に来援できないことがあったことを,ア号同僚船長から引き継いで知っていた。
 A指定海難関係人は,周辺での風波がそれほど強くなかった上,荷役作業が昼前には終了できそうだったので,作業終了後引船を手配すれば大丈夫と考え,直ちに荷役作業を中断し,引船を手配して伏木区左岸2号岸壁への早期の避難を行わなかった。
 このころ代理店担当者は,A指定海難関係人から要請のあった避難予定先の岸壁使用許可を取ったのち,台風23号の影響や港が波浪の影響を受けやすいという特殊性を勘案して,同指定海難関係人に対して早期の避難を強く進言することができたが,最終的には船長が判断するものと考え,あえてそのことを進言しなかった。
 11時40分A指定海難関係人は,乗用車87台を積み終えて荷役作業を終了し,代理店担当者を介して引船を手配したが,このころ北北東の風が毎秒10メートルに達するようになっていた。
 代理店担当者は,通常万葉ふ頭や伏木区付近に引船がいなかったので,新湊区で待機する引船を手配し,依頼を受けた引船は,11時45分ごろ新湊航路を北上して12時15分ごろ万葉ふ頭に向け左転しようとしたが,北東寄りの波浪がすでに大きくなっていたので,万葉ふ頭に向かうことができずに新湊区に引き返した。
 そのことを聞いた代理店担当者は新湊区にいた別の引船を手配したが,外港では波浪がさらに増大しつつあり,同船も避難支援に出向くことができなかった。
 13時20分ごろ引船の援助が得られないことを知ったA指定海難関係人は,すでに北北東の風が秒速15メートルを超え始めたので,自力で移動することもあきらめ,万葉ふ頭で接岸ロープを増し取りして暴風と波浪を凌ぐこととし,その措置に当たった。
 このときのア号の係留状況については,使用ビットを船首前方からA,B,C,D,E,F及びGビットとすると,着岸時にとった直径約8センチメートルの係留索は,Bビットに2本,Cビットに2本,Dビットに1本,Eビットに1本,Fビットに1本,Gビットに3本それぞれ取られ,代理店手配の直径約12センチメートルの増し取り用索が,Aビットに2本,Cビットに2本,Fビットに3本,Gビットに3本それぞれ追加された。


 その後,北北東寄りの風が更に強まり,17時過ぎには風速が秒速20メートルを超え始めた。北東寄りの波浪が万葉ふ頭に打ち付け,同ふ頭の上部を洗うようになって,ア号の左舷船体は,岸壁に繰り返し衝突し始めた。
 19時30分A指定海難関係人は,ツインデッキ左舷中央部船室の舷窓付近に亀裂を伴う凹損が生じて海水が流入しつつあることを確認したが,凹損部が岸壁に繰り返し衝突するので,どうすることもできないまま,ア号は,前示着岸地点において,同損傷部から多量の海水が船内に流入して,20日21時10分船体が左舷側に30度傾斜し,総員が岸壁上に退避した。
 このときの乗船者数は,伏木富山港に入港後旅客12人が下船し,新たに6人が乗船したので,乗組員62人と旅客44人の合計106人であったが,人的被害は生じなかった。
 当時,天候は雨で風力11の北北東風が吹き,潮候は上げ潮の中央期で,台風23号は依然大型の勢力のまま,伏木富山港を暴風圏に巻き込んで,その中心が琵琶湖の西方にあり,毎時65キロメートルの速力で東進していた。
 その結果,船体左舷外板は広い範囲で破口を伴う凹損を生じて水没し,左舷側に74度傾斜した状態で着底したが,のち引き起こされ,全損処理された。また,万葉ふ頭1号岸壁に,船体の衝突による防舷材の損傷等を生じた。

(本件発生の事由)
1 台風23号が大型で強い勢力を保ち,その移動速度が毎時60キロメートルに達していたこと
2 代理店担当者が,早期に万葉ふ頭から避難することを強力に進言しなかったこと
3 A指定海難関係人が,引船の来援可能な時機に万葉ふ頭から早期の避難を行わなかったこと
4 新湊区に停泊する引船が荒天で来援できなかったこと

(原因の考察)
 本件は,ロシア海洋調査船の例を考えると,ア号が避難先の伏木区左岸2号岸壁の使用許可が得られ,引船が来援できた時機に同岸壁への避難を行っておれば,遭難を避けることができたものと認められる。したがって,A指定海難関係人が波浪の状況によって引船の来援が得られないことを知っていたものの,引船の来援可能な時機に万葉ふ頭から早期の避難を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 代理店担当者が万葉ふ頭から早期に避難することを強く進言しなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 台風23号が,大型で強い勢力を持ち,移動速度が毎時60キロメートルに達していたことは,事前に予報され,十分周知されていたことであり,伏木富山港内での早期に避難した停泊船は海難を未然に防止していたことなどから,本件発生の原因とはならない。
 新湊区に停泊する引船が荒天で来援できなかったことは,A指定海難関係人が早期に手配しなかったことに由来するものであり,本件発生の原因とはならない。

(海難の原因)
 本件遭難は,富山県伏木富山港外港において,着岸中,台風の接近により暴風と波浪の回り込みが予想される状況となった際,早期の避難を行わなかったことによって発生したものである。

(指定海難関係人の所為)
 A指定海難関係人が,富山県伏木富山港外港において,着岸中,台風の接近により暴風と波浪の回り込みが予想される状況となった際,波浪の状況によって引船の来援が得られない場合があることを知っていたものの,早期の避難を行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 A指定海難関係人に対しては,本件発生を深く反省し,再び海難を起こさないことを誓っていることに徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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