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平成16年長審第31号
件名

漁船第一太喜丸乗組員負傷事件
第二審請求者〔受審人A,補佐人C〕

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年5月31日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(山本哲也,藤江哲三,稲木秀邦)

理事官
千葉 廣

受審人
A 職名:第一太喜丸船長 海技免許:五級海技士(航海)
指定海難関係人
B 職名:第一太喜丸通信士
補佐人
C(A及びB選任)

損害
D甲板員が,長期間の入院加療を要する左下腿不全切断の負傷

原因
着岸作業時,操船が不適切で乗組員が走出する係船索に左足を巻き込まれたこと

主文

 本件乗組員負傷は,港内でシフトのうえ着岸作業中,運航が不適切で,船首配置に就いた乗組員が走出する係船索に左足を巻き込まれたことによって発生したものである。
 受審人Aの五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年3月21日15時55分
 長崎県三重式見港
 (北緯32度49.2分 東経129度46.3分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第一太喜丸
総トン数 119トン
全長 39.83メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 588キロワット
(2)設備及び構造等
 第一太喜丸(以下「太喜丸」という。)は,平成元年4月に進水した,船首楼及び船尾楼付の可変ピッチプロペラを装備する一層甲板型鋼製漁船で,船首尾それぞれにサイドスラスタを備え,船尾楼前端に3層の船橋構造物を設置し,下段が無線室及び船員室等に,中段が操舵室となっていて,その上方に上段操舵室が設けられ,船首楼と船尾楼の間が長さ約14.5メートル(m)の漁労甲板に,同甲板下が燃料タンクや魚倉に,船尾楼甲板の船尾側が前後長さ約6mの網置き場にそれぞれ区画されていた。
 なお,船尾スラスタは,さんま棒受け網漁のとき左舷側に投入した網を展張するため,船首スラスタとともに使用して右舷方に横移動することを主目的に装備されたもので,右移動の機能のみ有していた。
 船首楼甲板(以下「船首甲板」という。)は,喫水線上から高さ約2.5m,前後長さ約5.3m同甲板後端の幅約6.3mで,木製すのこが一面に敷き詰められ,両舷が斜め外方に張り出した高さ約1mのブルワーク,後ろ側がブルワークと同じ高さの鋼板製仕切りによって囲われており,後部中央に鳥居型の船首マスト,その前側にウインチが設置され,同マストの支柱を利用して同甲板上高さ2.5mばかりの位置に見張り台が組まれ,船首端から2.95mの位置に直径約20センチメートル高さ約1.2mの係船索用ビットが,同ビットから1m前方の両舷ブルワーク上に係船索用フェアリーダがそれぞれ取り付けられていた。
 船首甲板に用意されていた係船索は,直径40ミリメートル長さ約100mの合成繊維製ロープ2本で,係船索を2本以上とる必要があるときは同索の両端を繰り出してそれぞれ陸側にとり,張り合わせたうえビットに係止する方法がとられており,普段は同甲板後部右舷側の格納場所にコイルダウンして格納されていた。
 操舵室は,床面が喫水線上からの高さ約4.5mで,船首方に向けて逆凸字形状の室内は後ろ半分がチャートテーブルや階段区画で占められ,前半分の操舵スペースは,前面に7面の,両側面に各2面の,さらに後ろ側両舷に各1面の,いずれも同サイズのガラス窓をそれぞれ備え,前面中央の窓の下に操舵スタンド,左舷側にレーダー,延長コード付の船内マイク,主機操縦盤等が設けられていた。
 操舵室から船首甲板の見通し状況は,操舵スタンドの正面に立つと,後ろ側の鋼板製仕切りによって同甲板後部足下は見通せず,また,船首マストや見張り台支柱がやや邪魔になるものの,甲板上のビットは全体が見通し可能で,作業する乗組員の動きはほぼ把握することができた。

3 事実の経過
 太喜丸は,毎年,1月ないし4月は東シナ海で,6月から8月中旬までは三陸沖でいずれもかじき等流し網漁業,8月下旬から11月下旬まで北海道周辺から銚子沖に至る海域でさんま棒受け網漁業,12月は金華山沖でまぐろ延縄漁業にそれぞれ従事しており,4月中旬から5月末までの期間には,基地とする長崎県京泊漁港に停泊して乗組員の休暇や漁具の手入れを行うほか,同県内の造船所に入渠して船体及び機関の整備を行っていた。
 平成15年1月10日太喜丸は,正月休暇を京泊漁港で過ごしたのち,A受審人,B指定海難関係人及びD甲板員ほか5人並びにインドネシア人実習生2人が乗り組み,かじき等流し網漁業に従事する目的で,10時10分同港を発し,東シナ海の漁場に至って操業を開始し,その後,平均5ないし6日ごとに長崎県三重式見港に水揚げや仕込みのため入港して操業を繰り返していた。
 3月16日15時00分三重式見港に入港した太喜丸は,翌17日早朝に水揚げを終えたのち,07時30分ごろ中央埠頭付け根東側の給氷岸壁から300mばかりの距離で,三重式見港三重南防波堤東灯台から007度(真方位,以下同じ。)1,100mの位置に当たる,同埠頭東側ほぼ中央の突堤岸壁に入船左舷着けの状態で,船首尾から岸壁にそれぞれ3本の係船索をとって係留した。
 A受審人は,係留後,乗組員に停泊直を委ねて帰宅し,天候不順で出漁を見合わせていたところ,知人に不幸があって同月21日午後に葬儀が行われることになったので,参列したのち出漁することとして太喜丸と連絡をとり,葬儀時間を考慮して21日16時00分までに全員が帰船し,給氷岸壁にシフトして氷を積み込んだのち出港することを伝え,製氷業者にも予定を告げた。
 ところで,A受審人は,自身以外の乗組員に航海士の海技免許を受有するものはいなかったが,漁場移動など航海が長くなるときは,自らと通信士及び機関長の3人にそれぞれ甲板員を付け,航海時間によって2ないし4時間ごとの3直制の航海当直を組んでいたほか,操業中及び入出港の際等には,自ら在橋はするものの,操舵操船をほとんど通信士に,状況によってときには機関長に任せており,B指定海難関係人についても乗船後すぐに操船させ,慣れた様子であったので操船を任せても大丈夫と思うようになっていた。
 また,A受審人は,離着岸時の作業配置について,一々指示するまでもないと考えて明確に定めておらず,長年離着岸作業が繰り返されるうち乗組員の間で船首配置には甲板長と甲板員1人,船尾配置には甲板員2人が就き,ほかの乗組員は同作業の補助に当たることが多くなったものの,ときには他の作業が平行して行われるなど,適宜,配置や人員が変わる状況であったが,容認して乗組員に任せていた。
 3月21日葬儀に参列したA受審人は,着替えのため一旦帰宅して14時に車で出発し,帰船時間に間に合うよう太喜丸に急いでいたところ,15時ごろ製氷業者から携帯電話に連絡が入り,大型まき網漁船から給氷の注文があって太喜丸の予定と重なるので氷積込み開始を早めることができないか打診を受けた。
 同漁船の後回しになると出港時間が大幅に遅れると思ったA受審人は,折から道路が混み始めて予定の帰船時刻にも遅れそうな状況で,また,予定を早めると乗組員が揃わないことが予想されたが,安全運航に対する認識が不十分で,港内の短い距離なのでB指定海難関係人に任せても問題ないものと安易に考え,自らが帰船するまで待たせて操船の指揮をとることなく,携帯電話で同人と連絡をとって状況説明のうえ,帰船者の確認や乗組員配置について何も注意しないまま,用意ができ次第操船の指揮をとって給氷岸壁にシフトするよう指示した。
 こうして,太喜丸は,船長以外に甲板長及び実習生2人が帰船していなかったが,B指定海難関係人が帰船者の確認を行わないまま機関の準備が整ったところで単独で操船を指揮し,機関長が機関室に,D甲板員が船首配置に,甲板員2人が船尾配置にそれぞれ就いたほか,ちょうど帰船した機関員が岸壁に留まって係船索を解き放ち,氷積込みのため,船首1.8m船尾3.6mの喫水をもって,3月21日15時30分に離岸し,給氷岸壁に向けてシフトを開始した。
 D甲板員は,離着岸作業のときは甲板長とともに船首配置に就くことが多く,何度か1人で同配置に就いたこともあったので,甲板長が帰船していないことについて,とくに気にもせず自主的に同配置に就いたが,当日昼食時に350ミリリットル入りの缶ビールを2本,その後1本を飲んでおり,離岸後両端及び片端がそれぞれ使用されていた係船索2本を取り込み,格納場所にコイルダウンするなど整理する余裕のないまま,船首ビット周囲の甲板上に乱雑に積み重ねた状態で着岸に備えた。
 B指定海難関係人は,適宜プロペラピッチを調整して給氷岸壁前に至り,左舷着けの状態で船首から同岸壁に近付いた時点で,舵と機関及び船首スラスタを小刻みに使用し始めたが,慣れた作業なので必要ないものと思い,船首尾配置に就いた乗組員に対し,これら操作を行うごとにマイク等で事前に連絡していなかった。
 D甲板員は,船体と岸壁との距離が船首約5m船尾約10mとなったとき,自身の判断で,船首左舷側のフェアリーダを通した係船索1本を岸壁の機関員に投げ渡してボラードにとらせ,その後,船尾が岸壁に寄せられてほぼ着岸状態となり,船首端が同ボラードから約7m前方の位置で停止したとき,同索を船首ビットに二重に巻き付けて仮止めし,左舷ブルワークの側に行って岸壁の様子をうかがっていた。
 B指定海難関係人は,ほぼ着岸位置に着いたとき,D甲板員が係船索をとったことを認めたが,同人に事前に連絡することなく,船体位置を微調整するつもりで主機を前進操作したところ,同索が緊張したのち船首ビットから走出し始め,15時55分三重式見港三重南防波堤東灯台から015度1,340mの地点において,D甲板員が急ぎ同索を緩めようと近付いたところ,甲板上の係船索が絡まった状態で同ビットに引き寄せられたことから足をすくわれて転倒し,左足を同ビットに強力に締め付けられた。
 当時,天候は曇で風力3の北北西風が吹き,海上は穏やかであった。
 B指定海難関係人は,D甲板員が船首甲板で転倒したのを認め,岸壁上の機関員に状況を確認させたところ,負傷したことを知らされ,救急車を手配して同甲板員を病院に搬送した。
 一方,A受審人は,帰船途中の車の中で,機関長から携帯電話に事故の報告を受けてそのまま病院に向かい,事後の処理に当たった。
 その結果,D甲板員は,長期間の入院加療を要する左下腿不全切断の負傷を負った。

(本件発生に至る事由)
1 離着岸時の乗組員配置が明確に定められていなかったこと
2 大型まき網漁船が給氷岸壁に太喜丸の先船として着岸予定となったこと
3 A受審人がB指定海難関係人に単独の操船を指示したこと
4 甲板長が帰船していなかったためD甲板員が単独で船首配置に就いたこと
5 D甲板員が飲酒していたこと
6 離岸の際に取り込まれた係船索が甲板上に乱雑に積み重ねられていたこと
7 B指定海難関係人が事前にD甲板員に連絡することなく機関を前進操作したこと
8 船首ビットに仮止めされていた係船索が機関前進操作に伴って走出したこと
9 D甲板員が甲板上の係船索とともに左足を走出する同索に引き込まれたこと

(原因の考察)
 本件乗組員負傷は,無資格者が単独で操船して着岸中,岸壁にとった係船索を船首ビットに仮止めした状態で,船首配置の甲板員に連絡しないまま機関が前進操作されたことから,同甲板員が走出する係船索に左足をとられたことによって発生したもので,船長が操船指揮を行っていれば,機関操作の際の事前連絡など適切な措置をとって本件の発生を防止できたものと認められる。
 従って,A受審人がB指定海難関係人に単独の操船を任せたこと,B指定海難関係人が船首配置の甲板員に事前に連絡することなく機関を前進操作したこと,このためビットに仮止めされていた係船索が走出し,近付いた甲板員が係船索の間に足を踏み入れて引き込まれたことは,いずれも本件発生の原因となる。
 D甲板員が飲酒状態で甲板作業に就いたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認めない。しかしながら,このことは,海難防止の観点から厳に是正されるべき事項である。
 離着岸時の乗組員配置が明確に定められていなかったこと,甲板長が帰船していなかったためD甲板員が単独で船首配置に就いたこと及び離岸の際に取り込まれた係船索が甲板上に乱雑に積み重ねられていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらのことは,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 大型まき網漁船が給氷岸壁に太喜丸の先船として着岸予定となったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。

(海難の原因)
 本件乗組員負傷は,三重式見港において,港内シフトのうえ給氷岸壁に着岸作業中,運航が不適切で,船首ビットに仮止めされた係船索が機関前進操作に伴って走出し,同索を緩めようと同ビットに近付いた乗組員が左足を巻き込まれたことによって発生したものである。
 運航が適切でなかったのは,船長が,安全運航に対する認識が不十分で,無資格者に単独でシフト操船を任せたことと,操船を任された通信士が,船首配置の甲板員に事前に連絡しないまま,機関の前進操作を行ったこととによるものである。

(受審人等の所為)
1 懲戒
 A受審人は,帰船中の車中で製氷業者から給氷岸壁へのシフト開始を帰船の予定時間より早くすることを打診された場合,船内に有資格者はいなかったのだから,帰船するまでシフトを待たせて自らが操船の指揮をとるべき注意義務があった。しかしながら,同人は,安全運航に対する認識が不十分で,港内の短い距離なのでB指定海難関係人に任せても問題ないものと安易に考え,帰船するまでシフトを待たせて自らが操船の指揮をとらなかった職務上の過失により,船首配置に就いた甲板員に対して十分な安全措置が講じられないままシフトが行われ,同甲板員が走出する係船索に左足を巻き込まれる事態を招き,長期間の入院加療を要する負傷を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の五級海技士(航海)の業務を1箇月停止する。

2 勧告
 B指定海難関係人が,A受審人の指示に従って単独で港内シフトの操船指揮をとり,着岸のため種々機関を操作する際,甲板配置に就いた甲板員に事前に連絡しなかったことは,本件発生の原因となる。
 B指定海難関係人に対しては,今回の事故を反省して以降有資格者不在のままでの操船は行っていない点に徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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