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平成16年長審第65号
件名

漁船久丸乗組員負傷事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年4月25日

審判庁区分
長崎地方海難審判庁(山本哲也,藤江哲三,稲木秀邦)

理事官
花原敏朗

受審人
A 職名:久丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士
補佐人
B

損害
C甲板員が長期間の入院加療を要する頸髄損傷の負傷

原因
網捌き機移動用ワイヤロープの点検及び整備不十分

主文

 本件乗組員負傷は,網捌き機移動用ワイヤロープの点検及び整備がいずれも十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aの小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年8月10日03時45分
 長崎県佐世保港西方海域
 (北緯33度07.1分 東経129度34.7分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船久丸
総トン数 14トン
登録長 14.31メートル
機関の種類 ディーゼル機関
漁船法馬力数 150
(2)構造及び漁労設備等
 久丸は,昭和56年4月に進水した一層甲板型のFRP製漁船で,船首から順に船首楼,前部甲板,操舵室,その後方に隣接する機関室囲壁(以下「囲壁」という。),後部甲板及び船尾甲板となっており,前部甲板左舷側に環巻ウインチ及びパースウインチ,囲壁船尾部左舷側に大手巻ウインチ,ブルワークとほぼ同じ高さの船尾甲板にネットホーラーなど,いずれも油圧式の漁労機器が設置されていたほか,後部甲板が網置場となっていて,囲壁屋根の後部中央に鳥居型マストが設けられ,同マストに網捌きデリック装置が装備されていた。
 網捌きデリック装置は,鋼製のデリックブーム(以下「ブーム」という。),ブームに吊り下げられた網捌き機,ブームの付け根付近上面に取り付けられた網捌き機移動ウインチ(以下「移動ウインチ」という。),囲壁の屋根に備えられたトッピングウインチ及び2台のバングウインチ等からなり,囲壁後側面にこれら油圧ウインチ,ネットホーラー等の操作ハンドルが取り付けられ,ブーム先端をトッピング及びバングウインチによって上下左右いずれにも,また,移動ウインチで網捌き機をブームに沿って前後にそれぞれ移動できるようになっていて,揚網時に船尾からネットホーラーで巻き上げた漁網を後部甲板に引き込んで揚収する際に使用されていた。
 網捌き機は,本体が直径75センチメートル(cm)のつづみ形をした油圧駆動の回転体で,鋼製の囲い金具,吊り金具(以下「吊り金具」という。)等を含めて全体の重量が200キログラムあり,I字形断面のブーム下縁を内部両側にローラを組み込んだ吊り金具で挟んで吊り下げてあった。
 網捌き機移動用のワイヤロープ(以下「移動ワイヤ」という。)は,直径が12ミリメートルで,一端が吊り金具の右舷船首側にターンバックルで接続され,他端が船首側の移動ウインチ及びその両側に配置した各ローラから,さらに,船尾側のブーム先端に取り付けたローラを経て,ブームに沿って周囲を一周するかたちで掛け回されたうえ,吊り金具の右舷船尾側に接続されていた。
 漁網は,網幅及び網丈がそれぞれ600メートル(m)及び40mばかりの合成繊維製で,上縁の浮子綱には多数の浮子が,下縁には多数の沈子及び金属製丸環が取り付けられ,丸環には環ワイヤが通してあり,後部甲板への揚収は,丸環を取り外したうえネットホーラーから網捌き機で引き込んだ漁網を,乗組員の手により,浮子側を左舷側にして左右に広げながら高さ,前後長さ及び幅がそれぞれ約80cm,170cm及び300cmのブロック状に船首側から畳んでゆき,3山にして揚収されていた。
 なお,ブームは,長さが約9mで,使用しないときは船尾方向にほぼ水平の位置に保たれ,揚収した漁網の2山目に網捌き機を載せた状態で格納されており,上面に移動ウインチのほか,左右二股になった作業灯用スタンドが数箇所に,また,揚収した漁網が直射日光によって乾燥し過ぎないよう適宜海水を散布する目的で,海水ノズル(以下「海水ノズル」という。)が左舷側上縁の付け根から約1.5m及び4.5mの位置にそれぞれ取り付けられていた。

3 事実の経過
(1)網捌き機,移動ワイヤ等の整備状況
 A受審人は,いわし漁の期間以外には,一本釣り漁業等に使用する灯船を除く他の所有船と同様に,久丸を黒島漁港に係留しており,毎年,係留期間中に自ら上架して底洗いなど船体整備を行うほか,機関が不調のときは業者に依頼して整備させ,甲板機器等はまき網漁開始前の5月か6月に操業に支障のないよう作動するか確かめ,異状があれば整備するようにしていた。
 平成14年の6月A受審人は,甲板機器の作動状況を確認中,移動ワイヤが発錆していることに気付いて新替したものの,その後は,新替したので当分は大丈夫と思い,伸張してスリップするようになるとターンバックルを締めて張りを調整する程度で,定期的に発錆箇所がないか調べてグリースを塗布するなどの点検整備を行わなかったことから,いつしか,移動ワイヤのうち網捌き機休止中に船首側の海水ノズル付近に当たる部分が同ノズルからの海水の飛沫を浴び,前後約1mにわたって発錆していることに気付かなかった。
 また,A受審人は,ブーム先端や吊り金具内部等に用いられているローラ類についても,使用上不具合がなかったことから,一度も整備していなかったので,吊り金具内のローラが固着気味となっていることに気付かなかった。
 平成15年6月にもA受審人は,甲板機器の作動状況を確認してワイヤ類にグリースを塗布したが,移動ワイヤについては,グリースを塗るとスリップしやすくなるので塗布せず,点検も十分に行わなかったので,このころには,前示発錆部分の腐食が内部まで進行し,また,吊り金具内部のローラが固着して網捌き機移動の度に余分な荷重が作用し,移動ワイヤの強度が低下していたが,このことに気付かないまま操業を開始し,出漁を繰り返していた。
(2)操業方法及び人員配置等
 操業は,探査した魚群を灯船で集めたうえ,浮子綱及び環ワイヤの一端を運搬船に渡して魚群を囲むように右回りに網を入れ,運搬船の位置に戻って浮子綱等を受け取り,網の沈子側を環ワイヤで絞るとともに浮子側を引き寄せ,船尾側から網の揚収に掛かり,網の輪が小さくなったところで網の横揚げを行い,運搬船に魚を取り込んだのち網を後部甲板に揚収するもので,投網に4ないし5分,揚網に約1時間を要し,日没から夜明けまで一晩に2ないし4回繰り返されていた。
(3)本件発生に至る経緯
 久丸は,A受審人が船長兼漁労長として甲板員6人と乗り組み,まき網漁業に従事する目的で,船首1.3m船尾2.0mの喫水をもって,平成15年8月9日17時00分黒島漁港を発し,同時30分同島南方沖合の漁場に至り,灯船及び運搬船各2隻とともに操業を開始した。
 久丸は,同日23時前に1回目の投網を行い,24時ごろ揚網を終え,しばらく魚群を探査したのち漁場を移動し,翌10日00時55分黒島南東方2海里ばかりの海域に至り,2時間ばかり休息後03時30分に投網を開始し,同時35分引き続き揚網に取り掛かり,A受審人が囲壁後部右舷側の通路で丸環の取外し作業に就き,甲板員6人全員が後部甲板船首側に横一列に並び,左舷側に就いた乗組員が浮子綱,右舷側の乗組員が沈子側,残りの乗組員が適宜ウインチ類を操作しながら網の中央部をそれぞれたぐって船尾方に向けて畳んでゆく手順で揚収作業を開始した。
 C甲板員は,フード付雨合羽の上衣とズボンにゴム長靴と軍手を着用してフードを被り,後部甲板船幅方向ほぼ真ん中の位置に就いて他の甲板員3人とともに網の中央部を受け持ち,約1m船尾側の斜め上方に吊り下げられた網捌き機から引き寄せた漁網の揚収作業を行っていた。
 こうして,久丸は,漁網の揚収作業中,C甲板員等が畳み終えた2山目の漁網の上に移動し,3山目に掛かったとき強度の低下した移動ワイヤが荷重に耐えきれずに切断し,03時45分牛ケ首灯台から真方位183度2.5海里の地点において,作業全体を監視して危険を知らせる者がいないまま,網捌き機が約45度の仰角で正船尾を向いたブームに沿って滑り落ち,うつむき加減の姿勢で作業を行っていたC甲板員の頭部を漁網を介して強打した。
 当時,天候は晴で風はほとんどなく,海上は穏やかであった。
 A受審人は,乗組員が騒ぐ声で異常を知り,意識を失って倒れているC甲板員を接舷していた灯船に移し,長崎県相浦港に向かわせ,手配した救急車で佐世保市の病院に搬送させた。
 その結果,C甲板員は長期間の入院加療を要する頸髄損傷を負った。

(本件発生に至る事由)
1 A受審人が移動ワイヤの点検整備を十分に行っていなかったこと
2 移動ワイヤが海水の飛沫で発錆して強度が低下したこと
3 吊り金具内部のローラが固着したこと
4 漁網の揚収作業中に移動ワイヤが切断し,網捌き機がブームに沿って滑り落ちたこと
5 乗組員の減少に伴って作業の監視員を配置できなくなっていたこと
6 C甲板員が雨合羽のフードを被っていて周囲の状況に気付き難かったこと
7 C甲板員がブームに沿って滑り落ちてきた網捌き機に強打されたこと

(原因の考察)
 本件乗組員負傷は,海水の飛沫を浴びて発錆し,強度が低下した移動ワイヤが漁網の揚収作業中に切断し,網捌き機がブームに沿って滑り落ち,ブームの下で作業を行っていた乗組員を漁網を介して強打したことによって発生したもので,移動ワイヤの点検整備が十分に行われていれば発錆を防ぐことができ,また,例え発錆してもこれに気付いて腐食の進行を防ぐことにより,本件は防止できたものと認められる。従って,A受審人が移動ワイヤの点検整備を十分に行っていなかったこと,このため,海水の飛沫で発錆して強度が低下していることに気付かないまま使用された移動ワイヤが漁網の揚収作業中に切断し,ブームに沿って滑り落ちたこと及び作業中の甲板員が網捌き機に強打されたことは,いずれも本件発生の原因となる。
 なお,吊り金具内部のローラが固着したこと,乗組員の減少に伴って作業の監視員を配置できなくなっていたこと,及びC甲板員が雨合羽のフードを被っていて周囲の状況に気付き難かったことは,本件発生に至る過程において関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,これらは海難防止の観点から是正されるべき事項である。

(海難の原因)

 本件乗組員負傷は,移動ワイヤの点検及び整備がいずれも不十分で,夜間,佐世保港西方海域において,乗組員全員が後部甲板に出て漁網の揚収作業中,強度が低下した移動ワイヤが切断して網捌き機がブームに沿って滑り落ち,ブームの下で作業に従事していた甲板員の頭部を強打したことによって発生したものである。

(受審人の所為)

 A受審人は,夜間,佐世保港西方沖合において,甲板員に後部甲板で漁網の揚収作業を行わせる場合,移動ワイヤが切断して作業中の甲板員が負傷することのないよう,定期的に発錆箇所がないか調べてグリースを塗布するなどの点検整備を十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同人は,新替したので当分は大丈夫と思い,移動ワイヤの点検整備を十分に行わなかった職務上の過失により,操業中,発錆して強度が低下した移動ワイヤが切断し,網捌き機がブームに沿って滑り落ち,甲板員の頭部を強打する事態を招き,同甲板員に頸髄損傷の重傷を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第2号を適用して同人の小型船舶操縦士の業務を1箇月停止する。

 よって主文のとおり裁決する。





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