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平成16年門審第138号
件名

漁船第3漁栄丸機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成17年5月31日

審判庁区分
門司地方海難審判庁(西林 眞,織戸孝治,尾崎安則)

理事官
花原敏朗

受審人
A 職名:第3漁栄丸船長 操縦免許:小型船舶操縦士

損害
主軸受及びクランクピン軸受焼損,6番シリンダストン,シリンダライナ及び連接棒の損傷

原因
主機直結潤滑油ポンプ整備不十分,運転中の同油圧力の監視不十分

主文

 本件機関損傷は,主機直結潤滑油ポンプの整備が十分でなかったばかりか,運転中の同油圧力の監視が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年7月28日20時30分
 長崎県五根緒漁港北東沖
 (北緯34度39分東経129度36分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 漁船第3漁栄丸
総トン数 13.26トン
登録長 14.50メートル
機関の種類 過給機付4サイクル6シリンダ・ディーゼル機関
出力 77キロワット
回転数 毎分1,150
(2)設備及び性能等
ア 第3漁栄丸
 第3漁栄丸(以下「漁栄丸」という。)は,昭和54年11月に進水した平甲板型のFRP製漁船で,船体ほぼ中央に機関室を同室囲壁後方に操舵室をそれぞれ配置し,同室前部の右舷側下方に機関室出入口引戸が設けられていた。
イ 主機
 主機は,B社が同年に製造した6HAS-HT型と称する逆転減速機付ディーゼル機関で,連続最大出力220キロワット同回転数毎分2,100(以下,回転数は毎分のものを示す。)の原機に負荷制限装置を付設して登録されていたが,いつしか同装置が取り外されて全速力前進時の回転数を1,800として運転されており,各シリンダに船首側を1番として6番までの順番号を付し,前部動力取出軸で集魚灯用発電機及び甲板機器用油圧ポンプを駆動するようになっていた。
 また,主機は,キースイッチ,ブザースイッチ,回転計,潤滑油圧力計,冷却清水温度計,潤滑油圧力低下及び冷却清水温度上昇警報装置,警報ブザー並びに警報ランプ等を組み込んだ計器盤を操舵室内下方の機関室囲壁に設置し,始動を同盤キースイッチ,停止を機側の燃料カット用停止ノブでそれぞれ行い,回転数制御とクラッチの嵌脱を操舵室のワイヤ式遠隔操縦ハンドルで行うようになっていた。
 なお,主機の警報装置は,一般に,GLOW,OFF,ON及びSTARTの4段階になっているキースイッチをON位置に操作したときに電源が入り,作動確認のため3秒間警報ブザーが鳴るとともに,すべての警報ランプが点灯するようになっていたところ,漁栄丸の場合,機関室内に設けた蓄電池スイッチを投入したときに電源が入るようになっていた。
ウ 主機潤滑油系統
 潤滑油系統は,シリンダブロック下部のオイルパン(張込み量約30リットル)の潤滑油が,直結の歯車式潤滑油ポンプ(以下「潤滑油ポンプ」という。)によって吸引加圧され,複式こし器及び油冷却器を経たのち入口主管に至る経路と圧力調整弁を通って過給機を潤滑する経路とに分岐し,同主管から主軸受,クランクピン軸受及びピストンピン軸受,並びにカム軸,調時歯車装置及びピストン冷却油ノズルなどに分岐して各部を潤滑及び冷却を行い,いずれもオイルパンに戻って循環するようになっていた。
 また,主機は,運転中の潤滑油圧力が入口主管で4.5ないし5キログラム毎平方センチメートル(以下「キロ」という。)になるよう圧力調整弁で調圧され,同圧力が0.5キロに低下すると油圧低下警報装置が作動し,計器盤のブザーが吹鳴するとともに警報ランプが点灯するようになっており,計器盤の潤滑油圧力計の文字盤には4ないし6キロの間に正常範囲を示す緑色マークが施されていた。
 ところで,潤滑油ポンプは,駆動歯車及び従動歯車の両歯車軸端をそれぞれポンプケーシング及びケーシングカバーの軸受穴に圧入した軸受ブッシュで支持する構造で,シリンダブロック下面からオイルパン内に吊り下げて取り付け,クランク軸前端のクランク歯車から中間歯車及びポンプ駆動歯車を介して駆動されるようになっており,経年により歯車及び軸受ブッシュなどの摩耗が進行すると,吐出能力が低下して主機各部の潤滑を阻害するおそれがあるため,点検についてはシリンダブロックとオイルパンを切り離さないと困難なことから,主機のピストン抜きを含む開放整備時に行っておく必要があった。

3 事実の経過
 A受審人は,主機の潤滑油を500時間を目安として新替えしたうえ,同油こし器のフィルタエレメントを交換するようにしていたところ,同油の消費量が増加してきたことから,平成15年8月に主機のピストン抜きを含む開放整備を整備業者に依頼することとした。ところが,潤滑油ポンプについては本船購入以来長期間点検しておらず,主機を陸揚げ開放しないと同ポンプの点検や取替えが困難なことを知っていたにもかかわらず,それまで運転に支障なかったので問題ないものと思い,工事日数と経費の節減のために主機を据え付けたままで工事を行わせ,整備業者に依頼して同ポンプを整備することなく,歯車及び軸受ブッシュなどに経年摩耗を生じていることに気付かないまま,全シリンダのピストン,シリンダライナ及びクランクピン軸受等を新替えして工事を終えた。
 また,A受審人は,いつしか主機潤滑油圧力低下警報装置の圧力スイッチが不良となって,主機始動前に蓄電池スイッチを投入したとき同装置が作動しないようになっていたものの,その作動状況にほとんど注意を払っていなかった。そして,潤滑油ポンプの経年摩耗の進行にともなって始動時には正常範囲にあった同油圧力が運転中に徐々に低下する状況となっていたが,運転中に計器盤上の潤滑油圧力計示度を十分に監視しなかったので,そのことに気付かなかった。
 こうして,漁栄丸は,A受審人が単独で乗り組み,操業の目的で,平成16年7月28日18時00分五根緒漁港を発し,同港から北東約6海里沖合の漁場に至り,逆転減速機を中立として漂泊したのち,主機を回転数1,600として集魚灯用発電機を運転したうえで20時00分に操業を開始したところ,潤滑油ポンプの歯車及び軸受ブッシュなどが著しく摩耗して主機の潤滑油圧力が急激に低下するとともにハンチングするようになり,同油圧力が警報点に至らないまでも主機各部の潤滑が阻害されて主軸受及びクランクピン軸受などが焼き付き始め,20時30分尉殿埼灯台から真方位083度5.5海里の地点において,主機から異音を発した。
 当時,天候は晴で風力2の南西風が吹き,海上は穏やかであった。
 甲板上で作業を行っていたA受審人は,異音とともにミスト管から白煙が出ているのを認め,主機の異常と判断して操業を打ち切り帰港することとした。
 漁栄丸は,主機を回転数800にかけ微速力で帰航を開始して間もなく主機が自停したため,付近で操業中の僚船によって五根緒漁港に引きつけられ,主機各部を精査した結果,前示軸受及びクランク軸の焼損に加え,6番シリンダにおいてクランクピン軸受の破損からピストンとシリンダライナ下部とが接触し,連接棒を含めて損傷していることなどが判明し,のち潤滑油ポンプほか損傷部品をすべて新替えして修理された。

(本件発生に至る事由)

1 主機の構造上,潤滑油ポンプがシリンダブロックとオイルパンを切り離さないと点検することが困難な箇所に取り付けられていたこと
2 A受審人が,本件発生約1年前に実施した主機のピストン抜きを含む開放整備の際,長期間点検を行っていなかった潤滑油ポンプを整備せず,経年摩耗を進行させたこと
3 A受審人が,主機の運転中,操舵室の計器盤で潤滑油圧力の監視を十分に行なっていなかったこと

(原因の考察)
 本件は,潤滑油ポンプの歯車及び軸受ブッシュが経年摩耗したことにより,運転中に同油圧力が低下して主機各部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。
 A受審人は,本件発生約1年前の平成15年8月にピストン抜きを含む開放整備を整備業者に依頼した際,潤滑油ポンプが,主機開放整備時にシリンダブロックとオイルパンを切り離さないと点検や取替えが困難な箇所に取り付けられていることを承知したうえで,主機を据え付けたままで工事を行わせたものである。
 また,本件は,主機始動時のみならず運転中も計器盤上の潤滑油圧力計示度を十分に監視していれば,前示機関整備後,同油圧力が徐々に低下していることに気付き,潤滑油ポンプを含む同油系統の点検が行われていれば,防止できたものと認められる。
 したがって,A受審人が,本船購入以来長期間潤滑油ポンプの点検を行っていなかったにもかかわらず,主機を開放整備する機会に同ポンプを整備せず,経年摩耗を進行させたばかりか,運転中の同油圧力の監視が不十分で,同油圧力が低下するまま運転を続けたことは,本件発生の原因となる。
 なお,潤滑油ポンプが主機開放整備時にシリンダブロックとオイルパンを切り離さないと点検や取替えが困難な箇所に取り付けられていたことは,A受審人がそのことを承知したうえで工事を行わせており,本件発生の原因とはならない。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,潤滑油ポンプの整備が不十分であったばかりか,運転中の同油圧力の監視が不十分で,同ポンプの歯車及び軸受ブッシュなどの経年摩耗の進行により同油圧力が低下するまま運転が続けられ,主機各部の潤滑が阻害されたことによって発生したものである。

(受審人の所為)

 A受審人は,主機の運転管理にあたり,ピストン抜きを含む開放整備を行う場合,潤滑油ポンプを本船購入以来長期間点検していなかったのであるから,経年摩耗が進行して潤滑阻害を起こすことのないよう,整備業者に依頼するなどして同ポンプを整備すべき注意義務があった。ところが,同人は,それまで運転に支障がなかったので問題ないものと思い,主機を据え付けたまま工事をさせ,潤滑油ポンプの整備を行わなかった職務上の過失により,ポンプ歯車及び軸受ブッシュなどの経年摩耗の進行により同油圧力が低下して潤滑が阻害される事態を招き,主軸受,クランクピン軸受及びクランク軸を焼損し,6番シリンダのピストン及びシリンダライナ等を損傷させるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





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