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平成16年那審第30号
件名

モーターボートひとみ潜水者負傷事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年3月1日

審判庁区分
門司地方海難審判庁那覇支部(加藤昌平,杉崎忠志,小須田敏)

理事官
上原 直

受審人
A 職名:ひとみ船長 操縦免許:小型船舶操縦士
指定海難関係人
B 職名:潜水者

損害
潜水者が全治一週間の頭部打撲及び額部裂傷の負傷

原因
見張り不十分

主文

 本件潜水者負傷は,ひとみが,見張り不十分で,浮上中の潜水者を避けなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年3月14日15時00分
 沖縄県伊計島北西岸沖
 (北緯26度23.8分 東経127度59.5分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 モーターボートひとみ
総トン数 0.3トン
登録長 3.83メートル
機関の種類 電気点火機関
出力 11キロワット
(2)設備及び性能等
 ひとみは,平成14年8月に第1回定期検査を受け,船外機を装備した最大とう載人員4人の和船型FRP製モーターボートで,甲板中央部に1個及び同後部に2個のさぶた付船倉を設け,船外機付バーハンドルによって針路の変更を行い,速力は同ハンドルに設けたスロットルグリップにより調整し,船外機の左舷側に設けられたシフトレバーを操作して後進にかけることができるものであった。
 同船の旋回径は,毎時10キロメートルの速力で進行時にバーハンドルを一杯にとると約6メートルとなるものであった。

3 大泊ビーチ
 大泊ビーチは,伊計島北端付近にある伊計島灯台から222度(真方位,以下同じ。)約600メートルの地点をその北端として南西方向に300メートルほどの長さで続く同島北西岸にある砂浜で,その沖合約200メートルのところまで水深2ないし5メートルのさんご礁と砂混じりの海底が続き,同ビーチ北端の海岸から10メートルばかり沖側には,数人が乗ることのできる岩場があった。
 また,同ビーチは,夏期には海水浴客に利用されて賑わい,同ビーチ沖のさんご礁域では,地元の潜水漁業者によって,船を使用しない素潜り漁が周年行われていた。

4 潜水漁業者が操業の際使用する標識等
 大泊ビーチ沖で素潜り漁を行う潜水漁業者は,地元漁業協同組合で指定した標識及び潜水中の表示方法がないことから,操業に際して,周囲に自己の存在を示すために,各々,発砲スチロール製の赤色や青色の浮きを表示し,同浮きに長さ数メートルのロープを付け,他端を自らの腰に結び付けて漁を行っていた。

5 事実の経過
 ひとみは,A受審人が1人で乗り組み,操縦免許を受有しない友人1人を同乗させ,釣りの目的で,船首0.05メートル船尾0.25メートルの喫水をもって,平成16年3月14日08時30分沖縄県金武中城港屋慶名地区を発した。
 発航後,A受審人は,09時00分同港伊計地区で,おいを同乗させ,同人を大泊ビーチ北端の沖側にある岩場(以下「北端岩場」という。)に降ろした後,友人1人を乗せたまま同岩場北西方200メートルばかりの地点に移動して投錨し,しばらく同地点で釣りをしたところ,釣果が思わしくなかったので,その後伊計島灯台から247度450メートルの地点に移動し,同地点に投錨して釣りを行った。
 投錨後,ひとみは折からの風潮流によりほぼ西方に向首するようになり,A受審人は,船尾に腰をおろして船首を向いた態勢で釣りを行い,周囲の状況に注意を払っていなかったので,13時ごろ,B指定海難関係人が,北端岩場付近の海岸から入水し,その後,自船の近くで素潜り漁を行っていることに気付かなかった。
 14時50分ごろA受審人は,釣りを終えることとし,釣り道具を片づけるとともに同乗者に錨を揚げるよう指示し,ほぼ西方に向首していたひとみをゆっくり回頭させながら,14時59分半わずか前前示錨地を発し,針路を北端岩場に向く180度に定め,機関をほぼ半速力にかけて毎時10キロメートルの対地速力で進行した。
 定針したとき,A受審人は,ほぼ正船首100メートルの海面上に,B指定海難関係人が,自己の存在を示すために使用している白色で直径約25センチメートルの球形プラスチック製浮き(以下「白色浮玉」という。)を視認することのできる状況であったが,夏期には素潜り漁の漁業者を見たことがあるものの,3月は水温が低いので素潜り漁を行う者はいないものと思い,北端岩場のおいを見ることに気を取られて前路の海面上の見張りを十分に行っていなかったので,同浮玉の存在に気付かなかった。
 15時00分少し前A受審人は,伊計島灯台から242度470メートルの地点に達したとき,白色浮玉がほぼ正船首50メートルとなり,B指定海難関係人が同浮玉のすぐそばで水面から顔を出し,その後,海面付近で身体を伸ばしてシュノーケリングを行っているのを視認でき,同人に向首する態勢で接近しているのを認め得る状況であったが,依然,前路の海面上の見張りを十分に行っていなかったので,このことに気付かず,同指定海難関係人を避けることなく続航し,15時00分伊計島灯台から237度500メートルの地点において,ひとみは原針路,原速力のまま,その右舷船尾がB指定海難関係人の頭部に接触した。
 当時,天候は曇で風力3の南南東風が吹き,潮候は下げ潮の中央期で,海上は穏やかであった。
 A受審人は,船首部で座っていた同乗者の発した声で異常に気付き,機関を停止したところ,自船船尾方にB指定海難関係人を初めて認め,接触したことを知り,急いで同指定海難関係人を自船に収容して大泊ビーチに向かい,救急車で病院に搬送するなどの事後措置に当たった。
 また,B指定海難関係人は,14日昼過ぎ,素潜り漁でたこをとるつもりで,自宅から車で出発して大泊ビーチに至り,13時ごろ同ビーチの北端岩場付近の海岸から海に入った。
 ところで,B指定海難関係人は,素潜り漁を行うに当たって,黒色のウエットスーツを着用し,顔には色があせて白っぽくなった青色のフードをかぶって黄縁の水中眼鏡と緑色のシュノーケルを付け,足に黒色のフィンを装着して白色の軍手をはめた手に銀色の水中銃を持ち,潜水中の自己の存在を示すために,白色浮玉に長さ約3メートルのロープを付け,同ロープの他端を自分の腰のベルトに付けたリングにつないでいた。
 B指定海難関係人は,入水後,海面付近でシュノーケリングをしながら獲物を探し,獲物が見つかれば30秒ほど潜水する方法を繰り返しながら,ほぼ北に向かって進み,14時59分半わずか前前示接触地点付近に達したとき,北方約100メートルのところにひとみを視認したものの,海面は穏やかで,そばに白色浮玉を表示しているので,同船が接近すれば,容易に同浮玉に気付いて自分を避けるものと考え,自己の存在を示すことができるよう,手を水面から出して振るなどの合図を行わなかった。
 15時00分少し前B指定海難関係人は,前示接触地点で立ち泳ぎをしながら顔を水面から出して北方を見たとき,ひとみが自分に向首したまま50メートルのところに接近しているのを認めたものの,依然,同船が自分の存在に気付いているものと考えていたことから,その後,海面付近で身体を伸ばしてシュノーケリングを続けて獲物を探していたところ,自分の右側を通過したひとみと前示のとおり接触した。
 その結果,ひとみに損傷はなかったが,B指定海難関係人は,全治一週間の頭部打撲及び額部裂傷を負った。

(本件発生に至る事由)
1 ひとみ側
(1)3月には大泊ビーチ付近で素潜り漁が行われていないと思っていたこと
(2)投錨して釣りを行っている間,周囲の状況に注意を払っていなかったこと
(3)B指定海難関係人が自船の近くで素潜り漁を行っているのに気付かなかったこと
(4)錨地発進後,前路の海面上の見張りを十分に行わなかったこと

2 潜水者側
(1)自分は白色浮玉のすぐ近くにいるので,相手船は,浮玉も自分の存在にも気付いていると思っていたこと
(2)ひとみが50メートルのところで自分に向首しているのを立ち泳ぎの態勢で視認したこと
(3)ひとみに自己の存在を示すことができるよう,手を水面から出して振るなどの合図を行わなかったこと

(原因の考察)
 本件は,航行中のひとみが,前路で浮上中の潜水者と接触したことによって発生したもので,以下,その原因について考察する。
 A受審人は,錨地を発進して180度に針路を定めたときには,目的地である約300メートル前方の北端岩場上にいるおいを視認し得たのであるから,前路の海面上の見張りを十分に行っていれば,100メートル前方のB指定海難関係人が表示する白色浮玉を視認できたものと認められ,その時点で同浮玉のすぐそばの海面で身体を伸ばした状態の同指定海難関係人の存在を認めることは困難であるとしても,その後の接近中に同浮玉付近の十分な見張りを行っていれば,50メートルの距離で同人が海面から顔を出したとき,あるいは海面から出た同人の身体及び付近の波立ち等から,その存在を知ることが可能であり,ひとみの操縦性能からして,これを避けることができたと考えられる。
 したがって,A受審人が,錨地発進後,前路の海面上の見張りを十分に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 A受審人が,3月には大泊ビーチ沖で素潜り漁が行われていないと思っていたことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,海難防止の観点から,自らの航行する水域の事情を把握しておくよう是正されるべき事項である。
 A受審人が,投錨して釣りを行っている間,周囲の状況に注意を払っていなかったこと及びB指定海難関係人が自船の近くで素潜り漁を行っているのに気付かなかったことは,本件発生に至る過程で関与した事実であるが,発進後,前路の海面上の見張りを十分に行っていれば,白色浮玉を視認し,その後,潜水者の存在に気付いたものと考えられるから,本件と相当な因果関係があるとは認められない。
 B指定海難関係人が,自分は白色浮玉のすぐそばにいるので,相手船は,同浮玉も自分の存在にも気付いているものと思っていたこと,ひとみが50メートルのところで自分に向首しているのを立ち泳ぎの態勢で視認したこと及びひとみに自己の存在を示すことができるよう,手を水面から出して振るなどの合図を行わなかったことは,前示のとおり,ひとみにおいて,前路の海面の見張りを十分に行っていれば,B指定海難関係人の表示する白色浮玉を視認し,同人を避けることができたものであることから,いずれも原因とはならない。

(海難の原因)
 本件潜水者負傷は,ひとみが,沖縄県伊計島北西岸沖において航行中,前路の海面上の見張りが不十分で,白色浮玉を表示して浮上中の潜水者を避けなかったことによって発生したものである。

(受審人等の所為)
 A受審人は,沖縄県伊計島北西岸沖において航行中,同水域では周年素潜り漁が行われていたから,素潜り漁を行う潜水者を見落とすことのないよう,前路の海面上の見張りを十分に行うべき注意義務があった。しかしながら,同受審人は,水温の低い3月に素潜り漁を行う潜水者はいないものと思い,前路の海面上の見張りを十分に行わなかった職務上の過失により,前路で白色浮玉を表示して浮上中の潜水者に気付かず,これを避けることなく進行して同人との接触を招き,頭部打撲及び額部裂傷を負わせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。
 B指定海難関係人の所為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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