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平成16年仙審第40号
件名

作業船栄王丸乗組員死亡事件

事件区分
死傷事件
言渡年月日
平成17年2月28日

審判庁区分
仙台地方海難審判庁(内山欽郎,原 清澄,勝又三郎)

理事官
弓田邦雄

受審人
A 職名:栄王丸船長 海技免許:四級海技士(航海)
指定海難関係人
B社 業種名:建設業

損害
操機長が死亡

原因
係留解除時の作業方法不適切,船舶所有会社が乗組員の欠員を速やかに補充しなかったこと

主文

 本件乗組員死亡は,消波ブロック据付現場における係留解除時の作業方法が適切でなかったことによって発生したものである。
 船舶所有会社が乗組員の欠員を速やかに補充しなかったことは,本件発生の原因となる。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年2月4日15時20分
 青森県八戸港
 (北緯40度32.73分 東経141度33.47分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 作業船栄王丸
総トン数 499.23トン
全長 46.70メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 882キロワット
(2)設備等
ア 栄王丸
 栄王丸は,昭和54年9月に進水した2機2軸の船尾船橋型自航式鋼製起重機船で,同63年10月C社に購入されたのち同社がB社となってからは,専ら浚渫工事や防波堤築造工事などの港湾土木作業に従事していた。
イ 甲板構造及び甲板機器等
 栄王丸は,高さ1メートル弱のブルワークで囲まれた船首甲板,同甲板より1メートルほど低い上甲板,及び船首甲板とほぼ同じ高さの船橋楼を有する船尾甲板等で構成されていて,上甲板の船首側中央に120トン型起重機(以下「クレーン」という。)を備え,クレーンの後方両舷及び船尾甲板の船橋楼両舷にそれぞれ各1台のウインチ(以下,船首側のウインチを「前部左舷ウインチ」及び「前部右舷ウインチ」といい,船尾側のウインチを「後部左舷ウインチ」及び「後部右舷ウインチ」という。)を装備していた。また,同船は,前部各ウインチの係留索用として,船首甲板のブルワーク下部両舷に係留索を通す開口部を各1箇所設け,その内部に水平ローラ1個と垂直ローラ2個を組み合わせたガイド用のローラ(以下「三方ローラ」という。)を各1組備えていたほか,同ローラと前部各ウインチの中間に位置する船首甲板最船尾部両舷に,水平ローラ(以下「中間ローラ」という。)を各1個取り付けており,径6センチメートル(以下「センチ」という。)の合成繊維索を係留索として使用していた。
 なお,栄王丸は,各甲板にはハンドレールが設けられていたが,消波ブロック等を積み込む上甲板の両舷には,作業性の関係でハンドレールが取り付けられていなかった。
ウ 前部ウインチ
 前部各ウインチは,後方に操縦ハンドルを設けた2ドラム式で,ドラムの下側から係留索を巻き込んだり繰り出したりするため,外側のドラムのすぐ前方に,係留索が甲板に接触しないようにするための水平ローラ(以下「ガイドローラ」という。)が各1個設置されていた。
 ところで,ガイドローラは,ローラ部径8センチ全長73センチの鋼棒製で,高さ21センチの台上にボルトで固定された玉軸受で両側が支持され,軸の両端部が軸受端から5センチほど外側に出ていたので,係留索をガイドローラから外れたままドラムに巻き込むと,同索が軸端部に引っ掛かるおそれがあった。
エ 消波ブロック据付現場での係留方法
 栄王丸は,クレーンを使用して作業を行う関係上,据付現場の手前で2個の錨を船尾両舷から投入して各々の錨用ワイヤロープを後部各ウインチのドラムに巻き込むとともに,前部各ウインチのドラムから繰り出した2本の係留索を,ガイドローラ,中間ローラ及び三方ローラを経て防波堤上のケーソン吊上用ワイヤにシャックルを介して係止し,各錨用ワイヤロープと各係留索の長さを調節して防波堤から少し離れた位置に係留していた。

3 事実の経過
 栄王丸は,就業規則に定められた定員の8人で運航していたところ,平成15年10月に甲板員の1人が足の手術で入院することになって乗組員に欠員が生じることになったが,欠員のまま運航を続けてほしいとの会社側の要請を乗組員が受け入れたことから,その後は7人で運航を続けていた。
 B社は,乗組員に欠員が生じた場合には速やかに補充することが就業規則で決められており,同規則が改定されていないにもかかわらず,乗組員が7人で運航することを承諾したから補充しなくてもよいだろうと考え,その後も乗組員を補充しないまま栄王丸の運航を続け,同16年1月19日から同船に消波ブロックの据付作業を行わせていた。
 ところで,B社が元請会社に提出した安全作業手順書には,作業前に作業指揮者と合図者を選任すること,作業中は合図者が見えやすい場所で明確に合図すること,及び合図者の合図で作業を行うことなどが記載されており,また,元請会社が作成した統括安全衛生管理工程表にも,元請会社が下請会社に合図の統一と徹底を指導することが記載されていた。
 A受審人は,船長兼安全衛生担当者としてB社及び元請会社との連絡に当たり,作業前に合図者を指名して人員配置を決めるとともに,B社や元請会社から乗組員に合図の統一と徹底を図るよう指導されていたこともあって,朝の打合せ時に合図者の合図で作業を行うよう乗組員に指導するほか,合図なしに作業を行っている乗組員に対しては都度注意を促していた。ところが,A受審人は,乗組員が7人になってからも主機を使用する必要のある作業では船橋で指揮を執っていたものの,それ以外の作業では,合図者に指名していた甲板長が自分よりもベテランだったので,同人に任せておけば大丈夫だろうと思い,作業指揮に当たらないまま,乗組員が少なかったこともあって,他の乗組員に混じって作業の一部を担当したりしていた。
 同年2月4日,栄王丸は,いつもどおりA受審人ほか6人が乗り組み,八戸港第二中央防波堤東端の工事現場における消波ブロックの据付作業を行う目的で,空船のまま,06時45分八戸港第2区八戸漁港(舘鼻)の係留岸壁を発し,その後,八戸港第1区の鮫岸壁と称する岸壁で積み込んだ消波ブロックを工事現場に据え付けるという作業を3回繰り返したのち,4回目の据付作業のため,鮫岸壁で消波ブロック9個を上甲板に積み込み,14時10分同岸壁を発して工事現場に向かった。
 栄王丸は,工事現場で,船尾両舷から錨を投入するとともに船首両舷から係留索を防波堤上に係止して,消波ブロックから15メートルほど離れた八戸港白銀北防波堤灯台から真方位051度1,080メートルの地点に係留し,甲板長の合図で上甲板に積み込んだ9個の消波ブロックを全て据え付けたのち,空船状態の船首1.8メートル船尾2.4メートルの喫水をもって,機関室で2機の主機が,甲板上でクレーン及びウインチの各油圧モータがそれぞれ運転されるなど騒音が激しい状況下,15時15分,係留解除作業を開始した。
 ところで,A受審人は,係留解除作業を始めるに当たり,クレーン操縦者を兼務している機関長がまだクレーンの手仕舞い作業中であったが,船首甲板左舷船首部に合図者として甲板長を,風下側の左舷船首部に配置したチャッカ船と称する付属の小型作業船に操縦者として甲板員1人を,防波堤上に係留索の取外し要員として一等航海士を,前部右舷ウインチに操機長をそれぞれ就かせたうえ,今まで問題がなかったから大丈夫だろうと思い,機関長がクレーンの手仕舞い作業を終えるのを待って同人に前部左舷ウインチまたは後部ウインチの操作を担当させることなく,自らが前部左舷ウインチを担当して後部左舷ウインチを甲板員1人に担当させ,作業指揮者を配置しないまま作業を開始した。
 前部左舷ウインチを担当していたA受審人は,いつもどおり最初に風下側の左舷側係留索を放すことにし,甲板長の合図で係留索を巻き込み,船体を防波堤に近づけてから一旦緩めて端部のシャックルを外させ,放された同索を10メートルほどドラムに巻き込んだのち,船首甲板上に取り込まれた同索の先端部分を甲板長がコイルし始めるのを認めたので,ウインチはもう使わないだろうと判断し,アンカーワイヤを巻くために担当者が配置されていなかった後部右舷ウインチのところに移動した。
 また,一等航海士は,左舷側係留索を防波堤上のワイヤから外して西方に移動中,合図者の甲板長が左舷側で作業中なのに右舷側係留索が緊張し,その後同索が緩むのを認めたのでシャックルのピンを外そうとしたところ,15時16分ごろ再度同索が消波ブロックの頂部にバンバン当たるほど跳ねながら強く張り,暫くするとまた同索が緩んだので,その間にシャックルを外して同索をワイヤから放した。
 一方,操機長は,左舷側係留索が放されたのを見て右舷側係留索(以下「係留索」という。)を放す準備をしようとしたものか,合図者の甲板長が右舷側に移動するのを待つことなく,普段どおり係留索をドラムに巻き込んで船体を防波堤に近づけ,一等航海士がシャックルを外せるように同索を緩めたところ,弛んだ係留索がガイドローラから外れて左舷側の甲板上に落下する状況となったが,前部右舷ウインチの後部で操縦ハンドルを操作していたので,このことに気付かなかった。
 そのうち,船体が風に流されて係留索が張ってきたものか,操機長が再度船体を防波堤に近づけようとして係留索をドラムに巻き込んだところ,係留索がガイドローラの左舷端に引っ掛かったまま緊張する状態となった。
 こうして,操機長は,暫くして係留索の張り具合から異常に気付き,状況を確認しようとして同索を緩めないまま前部右舷ウインチ前方のガイドローラの右舷側に移動したところ,突然両軸受の軸受ハウジングが切損し,15時16分ごろ斜め上方に跳ね上がったガイドローラによって顎と胸部を強打され,ハンドレールが設置されていなかった右舷舷側から海中に転落した。
 その後,操機長Dは,救命胴衣を着用してうつ伏せで海面に浮かんでいるところを,15時20分,前示の係留地点において,左舷側での作業を終えて右舷側に移動した甲板長によって発見された。
 当時,天候は曇で風力5 の南西風が吹き,潮候は下げ潮の初期であった。
 D操機長は,チャッカ船に引き揚げられて岸壁に向かい,途中で高速の交通船に移し替えられて近くの岸壁まで運ばれたのち,待機していた救急車で病院に搬送されたものの,16時38分に死亡が確認され,司法解剖の結果,頭蓋骨骨折による脳挫傷が死因であると判定された。
 本件後,B社は,作業時の人員配置を見直して乗組員を10人に増員するとともに,元請会社と共に船内各部を点検して不具合箇所を改善するなど,事故の再発防止措置を講じた。

(本件発生に至る事由)
1 ガイドローラ端に係留索引っ掛かり防止措置が施されていなかったこと
2 B社が乗組員の欠員を補充していなかったこと
3 A受審人が機関長を係留解除作業に組み入れなかったこと
4 A受審人が作業指揮に当たらなかったこと
5 操機長が合図者が来るのを待たずに作業を行ったこと

(原因の考察)
 本件は,消波ブロックの据付現場において,据付作業終了後,機関長がまだクレーンの手仕舞い作業を行っている状況のもと,船首甲板に合図者の甲板長が,チャッカ船に甲板員1人が,防波堤上に一等航海士が,前部左舷ウインチにA受審人が,前部右舷ウインチに操機長が,及び後部左舷ウインチに甲板員1人がそれぞれ就いて係留解除作業中,左舷側の作業を終えて右舷側に移動した甲板長が海面に浮かんでいる操機長を発見し,病院に搬送したものの,同操機長が頭蓋骨骨折による脳挫傷で死亡したものである。
 また,本件当時の作業においては,事実認定の根拠で示したとおり,作業中には,作業指揮者及び合図者を選任することになっていたほか,B社及び元請会社から船長を通じて,乗組員が合図者の合図で作業を行うよう指導されていたと認められる。
 一方,操機長の行動についは,目撃者がいないので明らかではないが,事実から総合的に判断すると,事実の経過のとおり,「操機長は,左舷側の係留索が放されたのを見たので普段どおり右舷側の係留索をドラムに巻き込み,船体を防波堤に近づけてからシャックルが外せるように一旦同索を緩めたが,船体が風に流されるかして同索が張ったので,再度同索をドラムに巻き込んで船体を防波堤に近づけようとした。そのとき弛んでいた係留索がガイドローラ端に引っ掛かり,操機長が,係留索の張り具合から異常を感じて状況を確認しようとし,同索を緊張させたままガイドローラの傍に行ったところ,突然,ガイドローラが破損したため,斜め上方に跳ね上がった同ローラによって顎と胸を強打されて海中に転落した。」と推認される。
 以上の状況を踏まえて,以下,本件発生の原因について考察する。

1 ガイドローラ端の係留索引っ掛かり防止措置
 ガイドローラ端に引っ掛かり防止措置が施されていれば,係留索がガイドローラ端に引っ掛かることもなく,ガイドローラが破損して跳ね上がることもないので,本件は発生しなかったと考えられるが,就航以来ガイドローラが同様の状態で長期間使用されていたにもかかわらず,今までに同種の事故は発生していない。
 すなわち,A受審人の当廷における,「たまに係留索がガイドローラ端に引っ掛かることがあったが直ぐに気が付くので引っ掛かったまま係留索を巻くことはない。他の乗組員がウインチを操作しているときに係留索がガイドローラ端に引っ掛かって外したことがある。」旨の供述で明らかなように,例え係留索がガイドローラ端に引っ掛かったとしても,2人以上で作業を行っていれば,合図者または作業指揮者がそれに気付き,適切に対処していたから事故が発生しなかったと考えられる。
 このことは,1人で作業を行っていなければ,本件の発生を防止できた可能性が極めて高いことを示している。
 したがって,ガイドローラ端に係留索の引っ掛かり防止措置が施されていなかったことは,本件発生の原因とするまでもない。

2 操機長の所為
 前項で示したとおり,操機長が1人で作業を行っていなければ,例え係留索がガイドローラ端に引っ掛かったとしても早期に気付いて適切な措置が取れ,本件の発生を防止できたと認められるので,操機長が,合図者の合図で作業を行うようにとの指導に従わず,合図者の甲板長が来るのを待たずに作業を行ったことは,本件発生の原因となる。

3 A受審人の所為
 クレーンの手仕舞い作業が終わるのを待って,機関長に前部左舷ウインチまたは後部ウインチを担当させていれば,A受審人が作業の指揮を執ることが可能であったと考えられる。そうすれば,A受審人か甲板長のどちらかが直ぐに右舷側に移動することができたはずであるから,操機長が1人で作業を行うことは避けられたと認められる。
 また,甲板長が「操機長が合図を待たずに作業を行ったことは時々あった。」旨回答書で回答している一方,A受審人は当廷において「操機長が合図なしに作業を行っているのを見たことはない。」旨供述している。このことは,操機長が,A受審人が見ていないところでは合図なしに作業を行うことがあっても,見ているところでは合図で作業を行っていたことを示唆している。
 すなわち,操機長は,A受審人が作業指揮に当たっていれば,1人で作業を行わなかった可能性が極めて高いと認められる。
 したがって,A受審人が,クレーンの手仕舞い作業が終わるのを待って機関長を係留解除作業に組み入れず,作業指揮にも当たらなかったことは,本件発生の原因となる。

4 B社の所為
 A受審人が当廷において,「ウインチを担当するようになったのは乗組員が7人になってからである。」旨述べているように,栄王丸が定員の8人で運航されていれば,各部署(合図者,防波堤上,チャッカ船,及びウインチ4台)に乗組員が1人ずつ配置されたとしても,A受審人が作業指揮に当たることが可能であったと認められる。
 すなわち,前示のとおり,A受審人が作業指揮に当たっていれば,本件の発生を防止できた可能性が高いと認められる。
 したがって,B社が乗組員の欠員を速やかに補充しなかったことは,本件発生の原因となる。
 なお,就業規則には「定めた定員に欠員が生じた場合には会社は速やかに補充に努めるものとする。」旨記載されており,同規則が改定されていないのであるから,B社が,乗組員に欠員が生じたのちも,乗組員が承諾したことを理由に欠員のまま栄王丸の運航を継続していたことは,労働基準法第2条(船員法第6条)に違反するものであり,厳に慎むべきである。

(海難の原因)
 本件乗組員死亡は,青森県八戸港第二中央防波堤築造工事現場において,消波ブロック据付作業後に乗組員全員で係留解除作業を行う際,作業方法が不適切で,作業に従事していた乗組員が,ガイドローラ端に引っ掛かったまま係留索を緊張させ,破損して跳ね上がった同ローラに顎と胸部を強打されたことによって発生したものである。
 係留解除時の作業方法が適切でなかったのは,安全衛生担当者でもある船長が,クレーン操縦者を作業に組み入れて自ら作業を指揮するなど,乗組員の安全に配慮した適切な人員配置にしなかったことと,作業に従事していた乗組員が,合図者が来るのを待たずに作業を行ったこととによるものである。
 船舶所有会社が乗組員の欠員を速やかに補充しなかったことは,本件発生の原因となる。

(受審人等の所為)
1 受審人
 A受審人は,乗組員全員で係留解除作業を行う場合,船長兼安全衛生担当者として,乗組員が安全に作業を行えるよう,クレーンの手仕舞いが終わるのを待ってクレーン操縦者を作業に組み入れるとともに,自らが作業の指揮に当たるなど,乗組員の安全に配慮した適切な人員配置にすべき注意義務があった。ところが,同人は,それまでに問題がなかったから大丈夫と思い,乗組員の安全に配慮した適切な人員配置にしなかった職務上の過失により,乗組員が合図者が来るのを待たずに作業を行って死亡する事態を招くに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

2 指定海難関係人
 B社が乗組員の欠員を速やかに補充しなかったことは,本件発生の原因となる。
 B社に対しては,本件後,作業時の人員配置を見直して乗組員を増員するとともに,各部を点検して不具合箇所を改善するなど,事故の再発防止に努めている点に徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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