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平成16年広審第89号
件名

旅客船レインボー2機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成17年3月23日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(吉川 進,米原健一,道前洋志)

理事官
平井 透

指定海難関係人
A社B本部C部 業種名:機関製造業
補佐人
D,E,F,G

損害
1号主機5番シリンダのカム側吸気弁が半周にわたって割損,シリンダヘッドとピストンの燃焼室面に多数の凹損など,過給機タービンに曲損

原因
機関製造業者が,肉厚が薄くなるねじ穴周囲の強度の検討が十分でなかったこと

主文

 本件機関損傷は,機関製造業者が,主機の軽量化のため鋳鉄製ロッカーケースをアルミニウム製に変更する際,肉厚が薄くなるねじ穴周囲の強度の検討が十分でなかったことによって発生したものである。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年8月25日17時52分
 島根県隠岐郡隠岐の島町南方沖
 (北緯36度02.6分 東経133度19.7分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船レインボー2
総トン数 304トン
全長 33.43メートル
機関の種類 過給機付4サイクル16シリンダ・ディーゼル機関
出力 8,384キロワット
回転数 毎分2,000
(2)設備及び性能等
ア 船体及び設備
 レインボー2は,平成5年に建造されたH号の姉妹船として,同10年4月に進水した軽合金製旅客船で,H号(以下「同型船」という。)とともにI社が借り受け,島根県西郷港を始めとする隠岐諸島の各町と島根県七類港,同県加賀港及び鳥取県境港とを結ぶ定期航路で運航されていた。
 船体は,船首尾部に全没型水中翼を備える双胴の上に2層の船楼を有する構造で,上甲板に下部旅客室を,船橋甲板に操舵室及び上部旅客室をそれぞれ配置し,各舷胴には,補機室,前部主機室,後部主機室及びウォータージェット室からなる機関室を配置していた。
 主機は,各舷の両主機室に1基ずつ油圧クラッチ付減速機とともに据え付けられ,2基の出力が1基のウォータージェットポンプを駆動する,4機2軸配置になっていた。
イ 主機
 主機は,A社が製造したS16R-MTK-S型と呼称する,60度V型シリンダ配置のディーゼル機関で,一体鋳造したシリンダブロックにシリンダライナが挿入され,同ブロック下部に吊りメタル式の軸受でクランク軸を支え,アルミニウム合金製のピストンを鍛鋼製連接棒でクランク軸に組み付け,シリンダライナの上にシリンダヘッドを載せた構造で,S16R-MTK型機関を原形として軽量化された。
 シリンダヘッドは,4弁式で,吸排気弁駆動のロッカー軸等を,鋳鉄製のロッカーケースに組み付けて上面に載せていた。
 ロッカーケースは,縦271ミリメートル(以下「ミリ」という。)横186ミリ高さ65ミリ厚さ9ミリの外枠部の底面に補強板を渡して一体鋳造され,外枠上面に,ロッカーアームを組んだロッカー軸が締付ボルトで取り付けられていた。
 ロッカー軸締付ボルトは,排気側ではロッカーケースを貫通してシリンダヘッドにねじ込まれていたが,吸気側ではシリンダヘッド締付ボルトのほぼ真上に位置するため,短いボルトで,ロッカーケースにねじ込まれるようになっていた。

3 事実の経過
(1)主機の軽量化
 S16R-MTK型機関は,同型船の主機に選定され,水中翼で浮上して高速走行することから,軽量化が求められて平成3年C部が検討を開始し,主として鋳鉄製部材のうちオイルパン,ギアケース,フライホイルハウジング,エアクーラーカバー,吸気ダクト,ロッカーケースなどの部材がアルミニウム製に変更されることとなった。
 C部は,ロッカーケースをアルミニウム製に変更するに当たって,ロッカーアームが揺動して外枠の内辺部が摺り減るのを防止するために鋼板を挟み,また,ねじ穴にはボルトの着脱による摩耗を考慮してヘリサートを挿入することとしたところ,これらの対策によって吸気側ロッカー軸受締付ボルトのねじ穴周囲の肉厚が薄くなるので,強度が低下するおそれがあったが,肉厚が薄くなったときの同穴周辺の強度を十分検討することなく,鋳鉄製ロッカーケースの原図から鋳造させた。
 軽量化されたロッカーケースは,GIS規格でAC4Aと呼称されるアルミニウ合金材で鋳造され,原形では吸気側ロッカー軸締付ボルトのねじ穴部と同ケース内辺との肉厚が6ミリほどであったところ,ロッカー軸プレートと称する厚さ2ミリの鋼板が挟まれる外枠内辺部が機械加工で削られ,ヘリサート装着によってねじ穴径も増加して肉厚3.5ミリとなり,また,同ねじ穴の奥には原形同様,逃がし穴が設けられなかった。
 S16R-MTK-S型となった軽量化機関は,平成4年7月同型船に搭載され,同10年初頭には同じ仕様でレインボー2の主機として製造された。
(2)主機の整備及び点検
 レインボー2は,毎年3月1日から12月15日までの間,一部の期間1隻体制になるのを除いて同型船とともに定期旅客輸送に従事し,主機の運転時間が年間約1,800時間であった。
 主機の定期整備は,年末に上架された際に,隔年に舷毎に陸揚げのうえ造船所指定の工場でピストン抜き整備が行われた。
 運航期間中の主機の整備は,機関士が潤滑油,冷却水,フィルタ,ストレーナ類の取替えを,また,2箇月毎に吸気弁及び排気弁の弁ステム頭部の隙間(以下「弁隙間」という。)の計測,燃料噴射弁の噴射テスト等を行っていた。
(3)本件発生に至る経緯
 レインボー2は,平成14年11月初旬に入渠し,1号及び3号主機が主要部の点検と整備が行われ,組立工程でロッカーケースに吸気側ロッカー軸締付ボルトが締め付けられた際に,トルクレンチの作動するときのトルクのばらつきと,ねじ穴に溜まっていた潤滑油が逃げ切れずに同穴の内圧が高まったものか,1号主機5番シリンダの同ボルトのねじ穴に亀裂を生じた。
 レインボー2は,整備を終えた1号及び3号主機が再び搭載され,平成15年3月1日から定期航路に就き,運転中に吸気弁を押し開くときの反力が繰り返し加わるうち,前示のねじ穴に生じた亀裂が進展して持ち上がり始め,弁隙間がわずかに増加した。
 主機は,同年6月下旬の点検で吸気弁及び排気弁の弁隙間が計測され,幾つかのシリンダとともに1号主機5番シリンダについても増加していた弁隙間が規定値に再調整されたが,ロッカー軸プレートが被さった位置に生じたロッカー軸締付ボルトのねじ穴部の異状が発見されなかった。
 1号主機は,その後も運転中に5番シリンダの吸気側ロッカー軸締付ボルトのねじ穴部の亀裂が進展するとともに同ボルトが弛み,弁隙間が過大になって,吸気弁の着座するときの加速度が大きくなり,同弁傘が激しい衝撃力を受け,やがて弁傘に亀裂を生じた。
 こうして,レインボー2は,船長及び機関長ほか3人が乗り組み,旅客205人を乗せて同年8月25日17時03分七類港を発し,主機を回転数毎分1,850にかけて西郷港に向かっていたところ,1号主機5番シリンダのカム側吸気弁に生じていた亀裂がつながって弁傘が割損し,17時52分西郷岬灯台から真方位184度7.7海里の地点において,割れた破片がピストンとシリンダヘッドに挟撃されたのち,排気弁から過給機に入るとともに,吸気弁の欠損部から不完全燃焼ガスが他のシリンダに吸い込まれて各シリンダの排気温度が異状に上がり,操舵室の警報が鳴った。
 当時,天候は雨で風力2の南西風が吹いていた。
 レインボー2は,1号及び3号主機を停止し,2号及び4号主機で航行を続け,18時40分西郷港に入港し,旅客を下船させたのち隠岐郡西ノ島町別府の基地に回航され,1号主機が点検されたところ,5番シリンダのカム側吸気弁が半周にわたって割損し,シリンダヘッドとピストンの燃焼室面に多数の凹損を,ピストンとシリンダライナの摺動面にかき傷を,また過給機タービンに曲損をそれぞれ生じており,損傷部品が取り替えられた。
(4)事後の措置
 C部は,本件当時,割損した吸気弁の弁隙間が3.6ミリまで広がっていたことと,吸気側のロッカー軸締付ボルトの植え込まれたロッカーケース側が亀裂を生じて持ち上がり,同ボルトも弛んでいたことから,同型船も含む8基の主機について,全てのロッカーケースの同ボルトとねじ部を精査し,新たに2シリンダにねじ穴の亀裂を,また締付ボルト4本に伸びをそれぞれ発見した。それらの結果を踏まえて,ねじ部周辺の肉厚を増し,ねじ穴下部に油穴を付した改造型ロッカーケースを製作し,同型船と併せて全シリンダに取り付けた。

(本件発生に至る事由)
1 吸気側ロッカー軸締付ボルトが,ロッカーケースにねじ込まれるようになっていたこと
2 C部が,ロッカーケースをアルミニウム製に変更する際,肉厚が薄くなったときのねじ穴周囲の強度を十分検討しなかったこと
3 吸気側ロッカー軸締付ボルトのねじ穴部とロッカーケース内辺との肉厚が3.5ミリとなったこと,及びねじ穴奥に逃がし穴が設けられていなかったこと
4 弁隙間等の点検の際,ロッカー軸締付ボルトのねじ穴部の異状が発見されなかったこと
5 5番シリンダ吸気弁が,弁隙間が過大になって,吸気弁の着座時の加速度が大きくなり,同弁傘が激しい衝撃力を受けたこと

(原因の考察)
 本件で損傷した主機は,鋳鉄製のロッカーケースがアルミニウム製に変更される際に,ねじ穴周辺の肉厚が大幅に減少することについて,検討されなかった。C部の主張するように,鋳鉄がアルミニウムに替わるだけであれば,安全率の若干の低下だけで済むが,実際にはロッカー軸プレート分とヘリサート分の肉厚が減少するのだから,改めて安全率も含む強度の確認がなされるべきであった。すなわち,C部が,ロッカーケースをアルミニウム製に変更する際,肉厚が薄くなる吸気側のロッカー軸締付ボルトのねじ穴周囲の強度を十分検討しなかったことは,同強度が少なくなったものが製作されたのであり,本件発生の原因となる。
 なお,同型船を含め,ロッカーケースの製造から年数を経た後に本件が発生したことは,肉厚が原形より小さくなっていたアルミニウムの部材が,締付けトルク管理が機能して亀裂を生じることなく経過していたものと考えるのが相当である。
 また,吸気側ロッカー軸締付ボルトが,ロッカーケースにねじ込まれるようになっていたこと,同ボルトのねじ穴部と同ケース内辺との肉厚が3.5ミリとなったことは,ねじ穴部の強度の検討が必要であったことの背景である。また,ねじ穴奥に逃がし穴が設けられていなかったことも,鋳鉄製では問題とならなかったが,同様に強度の検討が必要であったことの背景である。
 弁隙間等の点検の際,ロッカー軸締付ボルトのねじ穴部の異状が発見されなかったことは,点検の趣旨が異なるうえ,構造上時間のかかる分解作業を伴って初めて見える箇所なので,本件発生の原因とならない。
 吸気弁が,弁隙間が増加するにつれ,着座するときの加速度が大きくなって,同弁傘に加わる衝撃力が増加したことは,本件発生に至る態様である。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,機関製造業者が,主機の軽量化のため鋳鉄製ロッカーケースをアルミニウム製に変更する際,肉厚が薄くなるねじ穴周囲の強度の検討が不十分で,強度が低下したロッカーケースが,組み立て時に吸気弁ロッカーアームを支えるロッカー軸締付ボルトのねじ穴に亀裂を生じ,運転中に亀裂が進展して同ボルトが持ち上がり,弁隙間が過大になって吸気弁の着座時の加速度が大きくなり,同弁傘が激しい衝撃力を受けて割損したことによって発生したものである。
 
(指定海難関係人の所為)
 C部が,主機の鋳鉄製ロッカーケースをアルミニウム製に変更する際,肉厚が薄くなるねじ穴周囲の強度の検討を十分行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 C部に対しては,本件後,ロッカーケースのねじ穴部の亀裂発生過程を検証し,ねじ穴部の肉厚を増加したものに取り替えて再発防止を図ったことに徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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