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平成16年広審第99号
件名

旅客船ソレイユ機関損傷事件

事件区分
機関損傷事件
言渡年月日
平成17年2月25日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(吉川 進,黒田 均,米原健一)

理事官
平井 透

指定海難関係人
A社BグループCチーム 責任者:Cチーム長D 業種名:機関製造業

損害
左舷機の左舷側過給機のタービンノズル動翼などが損傷,9番シリンダの噴口の下部が脱落,吸気弁及び排気弁が変形などの損傷

原因
機関製造業者が,整備方法を見直した時,点検項目の検討が不十分で,その後噴口取付ねじの外観点検が行われなかったこと

主文

 本件機関損傷は,機関製造業者が,主機のシリンダヘッド内部の予燃焼室に装着された噴口が弛んで噴口下部が折損する事例が生じ,整備方法を見直した際,点検項目の検討が不十分で,その後噴口取付ねじの外観点検が行われなかったことによって発生したものである。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成15年9月19日19時45分
 広島県阿多田島東方沖
 (北緯34度11.5分 東経132度19.8分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 旅客船ソレイユ
総トン数 298トン
全長 43.2メートル
機関の種類 過給機付4サイクル16シリンダ・ディーゼル機関
出力 5,295キロワット
回転数 毎分1,475
(2)設備及び性能等
ア 船体及び設備
 ソレイユは,平成3年8月に進水した,軽合金製旅客船で,愛媛県松山市,広島県呉市,同県広島市,山口県柳井市及び大分県別府市を結ぶ定期航路に就航していた。
 船体は,双胴形で,中央部後方の航海船橋甲板上に操舵室を,その下の船橋甲板と全通の上甲板に旅客室を,上甲板下の両舷胴後部に機関室をそれぞれ配置していた。
 機関室は,各舷とも中央に主機を,その後部に減速機とウォータージェット推進器を設置していた。
イ 主機
 主機は,A社が製造した16PA4V-200VGA型と呼称する,90度V型シリンダ配置のディーゼル機関で,クランクケース,油だめ及び伝動歯車ケースを一体鋳造したシリンダブロックにシリンダ径200ミリメートル(以下「ミリ」という。)ストローク210ミリのシリンダライナを装着し,ピストンを鍛鋼製連接棒でクランク軸に組み付け,シリンダヘッドを載せた構造で,左舷シリンダ列の船尾側から船首側に順に1ないし8番の,右舷シリンダ列の船尾側から同様に9ないし16番のシリンダ番号が付されていた。また,過給機を2基備え,左舷シリンダ列の排気ガスが右舷側過給機タービンに,右舷シリンダ列の排気ガスが左舷側過給機タービンにそれぞれ送られるようになっていた。
 シリンダヘッドは,鋳鉄製で,吸気弁及び排気弁を2個ずつ備え,中央に燃料噴射弁を取り付け,同噴射弁の先端からピストンに面する部分までが,予燃焼室になっていた。
ウ 予燃焼室
 予燃焼室は,ピストンで圧縮された高温,高圧の空気に燃料を噴射して着火燃焼させる,シリンダヘッド中央に位置する縦長円形断面の空間と,ピストン面につながる下側に,予燃焼室側からねじ込まれた筒状の噴口とで構成されていた。
 噴口は,ステライト系耐熱合金製で,上半部の外周がシリンダヘッド側にねじ込まれる呼び径39ミリピッチ2ミリのねじで,下半部が燃焼ガスをピストン側燃焼室面に噴出させる内径20ミリの筒になっており,中間部の段付き形状の肘がシリンダヘッド側の着座部に全周で当たるまでねじ込まれ,下半部外周とシリンダヘッドとの隙間が片側0.3ミリであった。また,段付き部に応力集中を逃がす加工が施されていた。
 ところで,予燃焼室は,特に高速回転機関の燃料噴射時の着火を確実にし,より完全な燃焼を目指すために設けられたもので,ピストンで圧縮された空気に燃料が噴射されて着火と初期燃焼で内部圧力が急上昇するが,ピストンが上死点付近にあって,ピストン頂部に取り付けられた突起状のボスが噴口下部に挿入されているので,ボスと噴口との隙間から燃焼ガスをピストンに向けて噴出するようになっていた。
 また,噴口は,予燃焼室から燃焼ガスをピストンに噴出するときに大きな反動力が加わり,その後,ピストンの下降に従い,噴口からピストン面にガスを押し出しながら反動力が減少するので,燃焼の都度,噴口下部に繰り返し圧縮力が加わるようになっていた。

3 事実の経過
(1)整備マニュアル
 整備マニュアルは,PA4型ディーゼル機関が日本でライセンシー販売が開始されるに当たって日本語のものが作成され,整備表という項目で取扱説明書の中に置かれ,整備作業の指針となった。そして,それらの内容を具体的に詳細な項目に分けて整備作業時のチェックリスト類が作られていた。
 Cチームは,平成5年にソレイユの同型機に噴口が弛んで折損する事例が発生したのち,シリンダヘッドの整備方法を見直した際,トルクレンチを使って従来行われていた,噴口の弛みがないことの確認のほか,噴口を装着するときにポリマーセメントをねじ部に塗ることと,締め付け後に噴口とシリンダヘッド側との境目にポンチで回り止めのかしめを打ち込む方法を加えたが,シリンダヘッド側の噴口取付ねじについて十分検討することなく,シリンダヘッドに噴口を取り付ける際のチェックリストに,噴口取付ねじを点検する外観チェックの項目を追加しなかった。
(2)主機の整備及び点検
 主機は,年間約4,000時間運転され,通常の整備として,機関士が潤滑油,冷却水,フィルタ,ストレーナ類の取替え管理を行い,船主及び親会社の工務担当者が部品購入,整備工事の手配及び監督業務を行う外は,Cチームが整備作業と工事の実務を請け負っていた。毎年2月に運休して行われる入渠に際して,左舷機及び右舷機とも2年で一回りするよう,両舷列の半分ずつがピストン抜き整備が行われ,シリンダヘッドについては全シリンダ分が取り外された上,吸気弁,排気弁など付着物が取り外され,整備と点検が行われたほか,整備マニュアルに従って3箇月毎に燃料噴射弁が抜き出され,噴射テストが行われた。
 予燃焼室の噴口は,耐用限度が12,000時間で,使用時間が同限度を超えないよう,シリンダヘッドが取り外されて整備される2回に1回の頻度で新替えされ,35キログラム重メートルのトルクで締め付けたのち,シリンダヘッド側と噴口側との相対する位置にポンチマークが刻印されており,燃料噴射弁が抜き出されてテストされる際に,10キログラム重メートルのトルクを加えて弛まないことの確認が行われていた。
(3)本件発生に至る経緯
 ソレイユは,平成15年2月に定期検査のため入渠し,主機のピストンが前示の割合で抜き出し整備され,そのうち左舷機の9番及び14番シリンダのシリンダヘッドが,燃焼室面に亀裂が発見されたため,予備のシリンダヘッドに取り替えられることとなった。
 予備のシリンダヘッドは,船主保有の予備品として造船所に保管されていたものが9番シリンダに充てられた。
 ところで,9番シリンダに充てられた予備のシリンダヘッドは,ソレイユが現所有者に購入された際に,前船主が運航していた数隻分の予備シリンダとして保有していたものが併せて引き取られ,整備を経ながら装備されてきたものの一つであったが,運転と整備の来歴が記録されておらず,噴口の取替えが繰り返されるうちに,予燃焼室の噴口取付ねじが摩耗していた。
 Cチームは,同シリンダヘッドを前回主機から取り外した後,予備として保管するに当たり,作業員にチェックリストに従って各部分を点検させたが,予燃焼室の噴口取付ねじの点検項目がなかったことから,同ねじの摩耗状況が見過ごされ,噴口が摩耗したねじ山を超えてわずかに斜めにねじ込まれたことに気付かず,更に吸気弁,排気弁など全ての付着物を取り付けさせた。
 予備シリンダヘッドは,整備済みのシリンダヘッド仕組として造船所に保管されたが,噴口中間部の段付き形状の肘がシリンダヘッド側の着座部に全周で当たらないまま,噴口が締め付けられたので,段付き部に曲げ応力が残っていた。
 ソレイユは,平成15年3月初旬,出渠して再び定期航路に就航した。
 左舷機は運転中,9番シリンダの予燃焼室噴口の段付き部に曲げ応力が残留した状態で燃焼毎に圧力変動にさらされ,燃焼ガス噴出の反動応力が繰り返し加わって,疲労のためにいつしか亀裂を生じ,運転の継続で同亀裂が進行した。
 ソレイユは,運航開始後3箇月毎の点検の一環として同年9月2日に燃料噴射弁の抜き出しと噴射テストが行われ,シリンダヘッド上面からポンチマーク位置の目視とトルクレンチによるチェックで噴口の弛みがないことが確認されたが,噴口の着座状態や亀裂など見えない部分の異状が見出されなかった。
 こうして,ソレイユは,船長及び機関長ほか2人が乗り組み,旅客27人を乗せて同年9月19日19時07分柳井港を発し,主機を回転数毎分1,300にかけて広島港に向かっていたところ,左舷機9番シリンダの噴口に生じていた亀裂がつながって噴口下部が折損,脱落し,ピストンとシリンダヘッドに挟撃された破片が排気弁から排気管に飛び出し,右舷側過給機タービンノズルと動翼に当たって損傷させ,19時45分阿多田港猪ノ子東防波堤灯台から真方位111度1,200メートルの地点において,同過給機入り口温度が急上昇し,給気圧力が変動した。
 当時,天候は雨で風力2の北東風が吹き,海上は穏やかであった。
 機関長は,客室など船内の巡視を終えて操舵室に戻って来たところ,コックピットの計器盤で左舷機の排気温度が摂氏860度と異状に高く,吸気圧力が1.3から1.7キロの範囲で激しく脈動していることを認め,直ちに機関室に赴いたが,異状箇所を特定できず,操舵室に戻って船長に左舷機が運転継続不能と報告し,同機を停止した。
 ソレイユは,左舷機を停止して右舷機のみで航行を続け,広島港及び呉港に遅れて入港した。呉港で左舷機が点検され,左舷側過給機のタービンノズル,動翼などが損傷しており,排気を送り出す右舷シリンダ列の燃料噴射弁が抜き出され,9番シリンダの噴口の下部が脱落し,吸気弁及び排気弁が変形するなど損傷していることが発見され,過給機及びシリンダヘッドが取り替えられた。
(4)事後の措置
 Cチームは,予燃焼室に残った噴口とシリンダヘッド側の噴口取付ねじ部を精査し,噴口の破面の半周に亀裂の起点が,そして起点から進展した疲労破壊の特徴をそれぞれ見出し,また,噴口取付ねじの8山のうち5山が異状に摩耗しており,残っている山も変形していることを認めた。
 同チームは,整備マニュアルの点検内容を再検討し,シリンダヘッド側の噴口取付ねじをねじゲージを使用して点検すること,噴口を装着した際に同下部とシリンダヘッド側との隙間が全周にわたって均等になっているかを隙見ゲージで確認することを点検項目に明記し,噴口新替えの際のチェックリストにそれらの点検記録を加えることなど,再発防止を図り,更にねじ部の外観点検も行うこととした。

(本件発生に至る事由)
1 主機のシリンダヘッドに装着された噴口下部に,燃焼の都度,反動力による繰り返し圧縮力が加わるようになっていたこと
2 Cチームが,シリンダヘッドに噴口を取り付ける際のチェックリストに,予燃焼室の噴口取付ねじを点検する外観チェックの項目を追加しなかったこと
3 シリンダヘッドの運転と整備の来歴が記録されていなかったこと
4 予燃焼室の噴口取付ねじの摩耗状況が見過ごされたこと
5 予備シリンダヘッドが,噴口中間部の段付き形状の肘がシリンダヘッド側の着座部に全周で当たらないまま,噴口が締め付けられたこと

(原因の考察)
 本件機関損傷は,主機のシリンダヘッド内部の予燃焼室に装着された噴口の下半部が折損,脱落して破片がピストンとシリンダヘッドに挟撃されたことによって発生したものであるが,噴口に亀裂を生じることになった繰り返し応力と,予燃焼室側のねじの摩耗とについて検討する。
 まず,噴口は,着座部に全周で当たるように装着されれば,燃焼の都度,反動力による繰り返し圧縮力が加わっても中心軸に対称的な力を受けるので,問題を生じない。本件では,噴口に残る破面のラチェットが約半周に見られること,シリンダヘッドの着座部にまくれが残っていたこと,そして噴口に加わるガス噴出の反動の性質から,中間部の段付き形状の肘がシリンダヘッド側の着座部に全周で当たらないまま,正規の締め付けトルクで締め付けられ,段付き部に曲げ応力が残っていたところに,燃焼ガス噴出の反動応力が繰り返し加わったため,疲労のためにいつしか亀裂を生じ,運転の継続で同亀裂が進行したと考えるのが相当である。
 次に,シリンダヘッドの予燃焼室側のねじは,本件後の精査で,およそ8山のうち3山がかろうじて残るのみであったことが認められた。調査報告書写のSEM写真によって示される,ねじ山の欠けや潰れは,複数回の繰り返し摩耗を経た結果と考えられる。鋳鉄製である同ねじが,硬度の高い材質の噴口が繰り返し着脱されるうちに,経年的に摩耗することは容易に考えられる。そして予燃焼室がシリンダヘッドの奥まった箇所にあり,更にその下側に噴口取付ねじがあるので,意図的に行うことにしなければ点検の目が行き渡らなかった。すなわち,Cチームが,シリンダヘッドに噴口を取り付ける際のチェックリストに,予燃焼室の噴口取付ねじを点検する外観チェックの項目を加えなかったことは,ねじの摩耗を見過ごし,噴口中間部の段付き形状の肘がシリンダヘッド側の着座部に全周で当たらないまま,噴口が締め付けられることにつながったのであり,点検項目の検討が十分でなかったことは,本件発生の原因となる。
 なお,シリンダヘッドの運転と整備の来歴が記録されていなかったことは,経年摩耗の多寡を,すなわち念入りな点検が必要か否かを判断する材料がなかったことを示し,改善の余地があるが,本件との相当因果関係の条件とはならない。

(海難の原因)
 本件機関損傷は,機関製造業者が,主機のシリンダヘッド内部の予燃焼室に装着された噴口が弛んで噴口下部が折損する事例が生じ,整備方法を見直した際,点検項目の検討が不十分で,その後噴口取付ねじの外観点検が行われず,同ねじが摩耗して噴口中間部の段付き形状の肘がシリンダヘッド側の着座部に全周で当たらないまま,噴口が締め付けられ,段付き部に曲げ応力が残っていたところに,燃焼ガス噴出の反動応力が繰り返し加わり,疲労のためにいつしか亀裂を生じ,運転の継続で同亀裂が進行し,噴口の下半部が折損,脱落して破片がピストンとシリンダヘッドに挟撃されたことによって発生したものである。
 
(指定海難関係人の所為)
 Cチームが,予燃焼室の噴口の弛みで噴口が破損する事例が生じ,整備方法を見直した際,シリンダヘッドに噴口を取り付ける際のチェックリストに,予燃焼室の噴口取付ねじを点検する外観チェックの項目を加えるなど,点検項目の検討を十分行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 Cチームに対しては,本件後,整備マニュアルの点検内容を再検討し,噴口取付ねじの点検,噴口を装着した状態の点検を行うなど,再発防止を図っていることに徴し,勧告しない。

 よって主文のとおり裁決する。





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