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平成16年広審第24号
件名

押船第八天照丸被押台船第八天照丸遭難事件

事件区分
遭難事件
言渡年月日
平成17年3月9日

審判庁区分
広島地方海難審判庁(黒田 均,高橋昭雄,米原健一,信川 寿,片島 勲)

理事官
村松雅史

指定海難関係人
A社 代表者:代表取締役社長B 業種名:船舶修繕業
補佐人
C,D
指定海難関係人
E社 代表者:代表取締役社長F 業種名:機械製造業
補佐人
G

損害
沈没,全損処理,船長,機関長及び甲板員が溺死

原因
被押台船開口部の閉鎖不十分,船舶修繕業者が,被押台船の上甲板に通風筒を新設時,工事を適切に行わなかったこと

主文

 本件遭難は,被押台船の開口部の閉鎖が不十分で,甲板上に打ち込んだ海水が開口部を通して浸水し,船内に滞留して浮力を喪失し,押船と結合したまま沈没したことによって発生したものである。
 船舶修繕業者が,被押台船の上甲板に通風筒を新設した際,工事を適切に行わなかったことは,本件発生の原因となる。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成14年1月26日19時14分
 愛媛県見舞埼北東方沖合
 (北緯33度27.9分 東経132度09.6分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 押船第八天照丸 被押台船第八天照丸
総トン数 19トン  
全長 13.52メートル 53.00メートル
機関の種類 ディーゼル機関  
出力 735キロワット  
(2)設備及び性能等
ア 押船第八天照丸
 押船第八天照丸(以下「押船」という。)は,H社で契約され,平成8年11月にI社において,専ら被押台船第八天照丸の船尾凹部に船首部を嵌合し,ピンジョイントで結合した状態で運航されるよう建造された鋼製押船で,同月6日第1回定期検査を受検し,航行区域を限定沿海区域に定め,船体,機関ともに良好で,諸設備,属具が完備しており,海上運転が良好であることが確認され,その後同9年5月航行区域が沿海区域に変更され,同11年7月第1種中間検査を受検していた。
イ 被押台船第八天照丸
 被押台船第八天照丸(以下「台船」,押船と結合した状態を「押船列」という。)は,押船と同時にH社で契約され,J社で建造された鋼製非自航型台船で,推進機関を有しない船舶として船舶安全法の適用が除外されていたものの,内航貨物船の同法上の規則に準じて建造され,当初は木材チップ約700トンを積載して運航していたところ,積荷が少なくなったことから,平成10年ごろまで積載していたブルドーザーを陸揚げし,石灰石約1,300トンを積み,主として瀬戸内海を定期運航するようになった。

3 事実の経過
(1)台船の建造時の構造
 台船の建造時の構造は,フレーム間隔を2.0メートルとし,上甲板上は,フレーム番号23.5(以下,単位のない数字はフレーム番号を示す。)から前方が上部を船首楼甲板とする甲板長倉庫,20.5から23までがハッチカバー格納場所,4.5から20.5までが縦32.0メートル横8.5メートルの倉口及び4から後方が船尾居住区となっており,また,上甲板下は,衝突隔壁の23から前方が中央部を錨鎖庫とするボイドスペース(以下「ボイドスペース」という。),左舷側がブルドーザー出入口として開口された船倉前壁の21から23までのうち,船体中心線の左舷方0.6メートルにある側壁の右方がスラスタ室,左方がブルドーザー置き場,船倉後壁の4から21までが下部を二重底とした縦34.0メートル横10.5メートルの船倉,2から4までが発電機室及びその後方が水油タンクとなっていた。
 上甲板上の風雨密を保持するための開口の閉鎖装置として,甲板長倉庫は,左右各舷に各1個の船横方向に開く風雨密戸が,スラスタ室及びブルドーザー置き場の昇降口は,前者が右舷側に,後者が左舷側にそれぞれ設置されて換気口を兼ねており,長さ,幅とも50センチメートル(以下「センチ」という。)の小型ハッチカバーが,倉口は,11段折りのハッチカバーがそれぞれ設けられていた。また,各空気抜管頭は,自動閉鎖型となっており,船体諸管配置図には暴露甲板上の空気抜管頭を自動閉鎖型とする旨が記されていた。
 錨鎖庫は,甲板長倉庫を経由して出入りし,同倉庫内の船体中心線上に昇降口1個が設けられ,両舷錨鎖庫に通じていたところ,長さ,幅とも50センチの小型ハッチカバーはいつしか取り外され,同昇降口は,常に開放されたままとなっていた。
 スラスタ室は,ディーゼル機関駆動で推力3トンのバウスラスタが設備され,同室の通風装置として,直径50センチで吸気用のメカニカルベンチレータ(以下「メカベン」という。)が甲板長倉庫後方の上甲板右舷側に90センチの高さで設けられ,排気は前示の昇降口用小型ハッチカバーを開放することにより代用されていた。また,同室の排水設備として,40ミリメートル(以下「ミリ」という。)のビルジ管が配管され,上甲板上にハンドポンプが設備されていた。
 発電機室は,主及び補助発電機各1台が設備され,甲板機械などの電源を供給していたほか,キャブタイヤコード約10本を連結して押船にも給電されるようになっていた。
(2)ピンジョイント
 ピンジョイントは,E社で製作されたTR-M4型と称するプッシャーバージ連結装置で,押船と台船間が相対運動を行わないトリオフィックスと呼ばれる3点支持固定連結式となっており,押船に設置された連結機の連結軸(以下「ピン」という。)の先端を,台船の船体に係止する方法から多段歯噛合い係止型に分類されていた。
 この連結装置は,船側連結機2台及び船首連結機1台の各ピン先端が鋼製のV字型の歯をなしており,これが台船の連結用ラック金物の多段歯と噛み合うことで連結を保持するようになっていた。
 離脱は極めて容易で,航海中に船側連結機の操作を行えば,油圧による切り離し力等により,ピンは容易に引き込まれ,船首連結機を強制的に切り離さなくても自動的に離れ,離脱が完了するようになっていた。
 緊急離脱操作は,航海中は船橋の画面式操作盤によって行い,所要時間は操作時間を含めて10数秒と短く,遠隔操作ができない場合でも機側手動操作により離脱可能で,時間を要するものではなかった。
(3)運航形態
 船舶所有者K(指定海難関係人に指定されていたところ,平成17年2月死亡により,同月同指定が取り消された。なお,補佐人としてLが選任されていた。)は,押船及び台船の所有者で,他に貨物船など2隻を所有し,これらの船体整備や運航管理に当たっており,平成5年7月一級小型船舶操縦士免許を取得したのち,同8年11月H社に押船と台船の建造を発注し,同10年ごろまで交替要員として押船列に乗船した経験を有していた。
 K船舶所有者は,押船列を運航するに当たり,押船と台船間に給電用のキャブタイヤコード約10本を連結した状態で運航し,また,積荷を当初の木材チップから石灰石に変更した際,造船所に乾舷の検討を依頼するなどして,台船の乾舷を十分に確保して運航することなく,荷役に要する時間を勘案して石灰石約1,300トンを積むこととし,常に船首3.80メートル船尾4.10メートルの喫水で運航を繰り返していた。
(4)平成11年の改修
 押船列は,平成11年7月10日から同月17日にかけ,合入渠工事のためA社に入渠し,台船は,船体の清掃及び塗装工事などのほか,船首部に関連する次の工事が行われた。
 建造後,スラスタ室及びブルドーザー置き場の昇降口が,幅約60センチとなっていた上甲板舷側通路の通行を困難にさせていたので,A社は,その上方から船首楼甲板に至ることができる,長さ4メートル幅40センチの通路を上甲板上高さ約1.3メートルのところに設置し,昇降口用小型ハッチカバーが閉鎖されたままとなるので,このハッチを取り外して鋼板で塞いだ。
 これに関連して,上甲板からスラスタ室及びブルドーザー置き場に至る経路を設けることとし,甲板長倉庫内で錨鎖庫の左舷側上甲板に開口を設け,23の衝突隔壁左舷側と21から23までの側壁に開口し,それぞれ風雨密戸を取り付け(以下,前者を「衝突隔壁の風雨密戸」,後者を「側壁の風雨密戸」という。),同倉庫から踊り場を経てブルドーザー置き場に至るタラップを新設した。
(5)平成12年の改修
 押船列は,平成12年8月12日から同月15日にかけ,合入渠工事のためA社に入渠し,台船は,船体の清掃及び塗装工事などのほか,船首部に関連する次の工事が行われた。
 A社は,上甲板にスラスタ室の通風筒を新設したが,上甲板上の高さを十分として閉鎖装置の風雨密蓋(以下「風雨密蓋」という。)を取り付けるなど,改修工事を適切に行うことなく,船体諸管配置図などを参照しないまま,スラスタ室前部の23の衝突隔壁から上甲板を貫通して同甲板右舷前部に至る,直径150ミリの鋼管を同甲板上高さ60センチのところに配管し,風雨密蓋を取り付けず,台船に船舶安全法が適用されなかったことから,作業担当者の上司などによるチェックが行われないまま,工事を終了した。
(6)乗組員
 押船の乗組員は,小型船舶として小型船舶操縦士の免状を受有する船長1人の乗船が必要であったところ,K船舶所有者は,五級海技士(航海)と同(機関)の免状を受有し,平成9年12月一級小型船舶操縦士免許を取得した,Mを船長として,五級海技士(機関)の免状を受有しているNを機関長の名目で,及び四級海技士(航海)の免状を受有しているOを甲板員として,それぞれ配乗し運航に当たっていた。
(7)救命設備
 押船の救命設備は,小型船舶用救命胴衣5個,小型船舶用救命浮環2個及び小型船舶用救命浮器1個のほか信号紅炎など,航行区域を沿海区域とする小型船舶が設備する法定数が装備されていた。
(8)積荷の状況
 積荷は,3ミリアンダーと呼ばれる直径3ないし4ミリの石灰石1,300トンで,大分県津久見港でベルトコンベアローダーにより,船首尾方向に8山,船横方向に4山をハッチコーミングの高さに積載され,側面には隙間がなく,船倉下部において前後に約3メートルの隙間を生ずる積み付け状況であったが,これまでも強風や高波高の状況で運航したことがあり,船体が約15度横傾斜した経験があったものの,荷崩れを起こしたことがなかった。
 また,石灰石の性質は,水に濡れると泥状に固まることから,ハッチカバーは空倉時を含めて必ず閉鎖されるようになっており,発航に先立つ平成14年1月26日14時16分いつものとおりに積載を終え,ハッチカバーの閉鎖が完全に行われたのち,津久見港を発航することとなった。
(9)気象の状況
 平成14年1月26日09時00分九州南西海上を北東進する1,008ヘクトパスカルの低気圧が,南東方に温暖前線を,南西方に寒冷前線をそれぞれ伴い,その後発達しながら日本列島南岸沿いに東進を続け,同日15時00分九州南部に至って1,004ヘクトパスカルになり,その影響で,伊予灘では北東風が次第に強まり,南予地方には強風,波浪注意報が発表されていた。
(10)遭難に至る経緯
 押船は,M船長ほかN機関長とO甲板員の3人が乗り組み,船首1.40メートル船尾2.80メートルの喫水をもって,石灰石1,300トンを積載し,船首3.80メートル船尾4.10メートルの喫水となった台船の船尾凹部に押船の船首部を嵌合させ,ピンジョイントと呼ばれる油圧ピン3本により結合された押船列を形成し,直径20ミリの係船索2本を台船との間に係止したまま,平成14年1月26日14時30分大分県津久見港を発し,岡山県日比港に向かった。
 M船長は,津久見湾を東進したのち,15時04分半楠屋埼灯台から090度(真方位,以下同じ。)400メートルの地点において,針路を速吸瀬戸に向首する018度に定め,機関を全速力前進にかけ8.0ノットの速力(対地速力,以下同じ。)とし,自動操舵により進行した。
 定針後,M船長は,折からの北東風と同方からの波浪を右舷船首に受けるようになり,船体が前後左右に動揺を始め,台船の上甲板に波浪が打ち上げる状況となったが,甲板長倉庫の風雨密戸は,同室の照明が外部に漏れないよう,完全に閉鎖されていたものの,今までも同様の海水打ち込み状況で無難に航行できていたことから,風雨密蓋が取り付けられていないスラスタ室の通風筒をキャンバスで覆い,メカベン頭部のカバーを回転させて閉鎖するなど上甲板の開口部の閉鎖を十分に行わないまま続航した。
 押船列は,15時30分ごろから陸地の影響が少なくなり,増勢した風波を受けて6.0ノットの速力となり,台船の上甲板上に打ち込んだ海水がスラスタ室の通風筒を通して同室に浸水し,その一部が外開きの側壁の風雨密戸からブルドーザー置き場に漏水する状況で,同室に滞留し始めた。
 M船長は,北流時の速吸瀬戸を通過したのち,17時22分佐田岬灯台から324度1.0海里の地点に達したとき,佐田岬半島北岸を約1海里離す050度に針路を転じて続航するうち,やがて,同時35分日没となり,前示の浸水による船首喫水の増加で,台船の船首楼甲板にも波浪が打ち上げる状況となったものの,船内の開口部の閉鎖も十分に行わないまま,錨鎖庫昇降口の鋼製小型ハッチカバーや衝突隔壁の風雨密戸などを開放した状態で進行した。
 18時38分M船長は,更に風速が大きくなり,波高が高くなったことから,船体の縦運動が激しくなり,推進器が空転する状況になったので,これを避けるため針路を右に約40度とり,しばらくして同様に針路を左にとることを繰り返し,それまでと同じ方向に4.4ノットの速力となって続航した。
 このころ,押船列は,スラスタ室が満水状態となり,右舷に約2度傾斜して59センチの船首トリムとなっていたので,メカベンからも浸水する状況となり,船首楼甲板上に打ち込んだ海水がチェーンパイプを通して錨鎖庫に浸入し,小型ハッチカバーが開放されていた昇降口からあふれ出し,甲板長倉庫からボイドスペースに落下したのち,衝突隔壁の風雨密戸部分からブルドーザー置き場に漏水し,更にブルドーザー出入口から船倉に浸水している状況で進行した。
 その後,船体が右舷に傾斜して元に戻らず,台船の船首部が沈下するに至り,18時58分N機関長は,叔父に当たる僚船の船長に電話で連絡を行い,その旨と風向が北寄りであることを知らせたうえ,恐怖を感じていることを告げた。また,19時10分ごろM船長は,K船舶所有者に電話で連絡し,見舞埼沖合で船首部に浸水し,船首部が沈下中で,海上保安庁に連絡して欲しい旨を要請し,同人が海上保安部に連絡した。
 19時14分押船列は,乗組員が救命浮器を使用して早めに退船できないまま,見舞埼灯台から035度3.4海里の地点において,浮力を喪失し,ピンジョイントによる台船との離脱が行われないまま,船首部から沈没する事態を生じた。
(11)気象・海象
 当時,天候は雨で風力7の北東風が吹き,潮候はほぼ高潮時で,速吸瀬戸には17時34分1.9ノットの北流があり,有義波高は2.5メートルで,日没時刻は17時35分であった。また,南予地方には強風,波浪注意報が発表されていた。
(12)遭難の結果
 遭難の結果,翌27日救命胴衣を着用したN機関長とO甲板員が,越えて同月29日救命胴衣を着用していないM船長が,それぞれ遺体で発見され,いずれも溺死と検案された。また,押船列は引き揚げられず,全損処理された。
(13)沈没の状況
 沈没の状況は,サルベージ会社により,有人潜水艇を使用して目視による潜水調査が行われ,その結果,押船船尾部と台船船首部の船名が確認されたのち,沈没地点が北緯33度27.9分東経132度09.6分の地点で,水深が65メートルであること,押船と台船がピンジョイントで結合されたまま右舷を下にして横転していること,船首が260ないし270度に向いていること,ハッチカバーが閉鎖状態であること,押船の舵角が左舷2ないし3度であること,船首両舷の大錨などは格納された状態であること,ビルジキールは右舷側が海底の砂に埋もれているものの左舷側に変形が認められないこと,船首部のファッションプレートは内側に曲損していること,船首材下部が圧損していること,左舷舷側厚板は喫水線付近に凹損が発生していること及び船底外板は塗料の剥離が認められるものの擦過傷や亀裂が見受けられないことなどが確認された。
(14)A社の再発防止策
 A社は,本件を契機として,平成15年3月,船舶安全法が適用されない台船等の改修工事を行う際には,船主と担当技師だけで工事内容を決定せず,安全に関する問題点を上司と相談したうえで船主に進言し,再度協議決定すること,及び作業現場において安全に疑義のある工事の可能性がある場合には,必ず担当技師に申し出ることを決定し,社長通達で社員に周知したうえ励行を計った。
(15)船舶安全法等の適用
 プッシャーとバージが堅固に結合する構造を有する一体型プッシャー・バージについては,従来から一つの船舶として船舶安全法等が適用されていたが,これに該当しないプッシャー・バージの事故が増加していることから,このような船舶について,通常の船舶と同等の安全レベルを担保し,航行の安全を確保するため,平成15年8月以降建造されるものについては,結合形態に関わらず,従来の一体型プッシャー・バージと同様に,一つの船舶として船舶安全法等が適用されることになった。
 
(事実についての考察)
1 乾舷について
 台船の深さ4.5メートルに対応する線図などがないので,一般配置図を基に乾舷計算に必要なデータを求め,沿海区域を航行する船舶として,満載喫水線規則を適用して乾舷計算を行うと,形状乾舷における喫水は約3.73メートルとなり,台船の平均喫水が3.95メートルであったことから,乾舷が22センチ不足していたものと認める。

2 浸水について
 台船と押船を3点のピンジョイントで結合した押船列が,有義波高2.5メートルの波浪中を航行する場合に台船の上甲板上に打ち込む青波の大きさを推定するため,押船列を20分割した3次元弾性梁にモデル化し,押船列が波長(最大60メートル),波高2.5メートルの規則波中を船速(最大6.0ノット),出会い波角度(40度以下)で航行する場合を想定して青波の水頭と打ち込み範囲を時々刻々計算した。次に,新設したスラスタ室の通風筒の高さ60センチを超える青波が通風筒に流入する流速をベルヌーイの定理から推定し,流入流速を流入時間で積分して浸水量を計算した。
 この計算において,波長は,台船の長さとほぼ同じになる場合に台船の縦運動が大きくなり,海水打ち込みも大きくなるので,台船の長さ50メートルとその前後40メートル,60メートルの波長の場合を考えた。出会い波角度は,波浪中で船体縦運動を小さくするため,航行コースを外れない程度にできるだけ大きくとり30度に設定した。このようにして船速6.0ノットとして海水打ち込みを計算すると,青波は波長40メートル,50メートルではスラスタ室の通風筒の高さ60センチを超えないが,波長60メートルでは通風筒の高さ60センチを20センチ超える。すなわち,波浪による船首部(通風筒位置)の喫水の上昇量は1.5メートル,出港時の船首喫水は3.80メートルであるから波浪中の船首部の水没深さは3.8メートル+1.5メートル=5.3メートルとなる。また,台船のブルワーク高さは1メートル,深さは4.5メートルであるから,上甲板部のブルワークまでの深さは4.5メートル+1メートル=5.5メートルである。これより青波の波面は5.5メートル−5.3メートル=0.2メートルだけブルワーク上縁から下方にあるが,ブルワーク下部には排水口があり,そこから海水が流入する。したがって,上甲板上に打ち込む青波の海水面は,波浪中の船首部の水没深さまでくるとすれば5.3メートル−4.5メートル=0.8メートルの水頭となる。一方,通風筒(直径150ミリ)の上甲板上の高さは60センチであるから,上甲板上に打ち込む青波の海水面の通風筒からの水頭は,0.8メートル−0.6メートル=0.2メートルとなる。このように台船の上甲板上に打ち込まれる青波の海水面の水頭は,通風筒より高くなる場合があり,スラスタ室へ海水が流入したものと推定される。そして,スラスタ室が満水に達するに要する浸水時間は45分となる。すなわちこの浸水時間は,通風筒を超える青波が通風筒に流入する流速を浸水時間で積分して求めた流量がスラスタ室の容積87.3立方メートルに達するまでの時間である。ただし,出会い波周期の約24%の時間範囲においてのみ波が通風筒を超えるので,結局スラスタ室が満水するまでに要する経過時間は,45分/0.24=188分と推定される。この間押船列は19海里航行している。
 スラスタ室が満水になった時,船首喫水4.38メートル,船尾喫水3.79メートルとなるが,船首部上甲板上に冠水が溜まる場合はさらに船首トリムが生じ,船首喫水4.83メートル,船尾喫水3.62メートルとなる。そしてスラスタ室が満水になったため87.3立方メートル×1.025トン/立方メートル×1.9メートル=170トンメートルの傾斜モーメントが生じ,これに釣り合うため台船は右舷に2.3度傾斜する。さらに,この状態で波浪中を航行すると波の影響により船首喫水が次のように変動する。すなわちスラスタ室満水後にも波長60メートル,波高2.5メートルの波浪中を航行する場合,船速はさらに低下して4.4ノット,出会い波角度は船体動揺を抑えるためにさらに大きくとったとみなされ,40度を仮定すると,船首喫水は,4.83メートル+1.75メートル(波浪中での喫水上昇)=6.58メートルに達する。したがって,船首楼甲板上の青波の水頭の最大値は船首喫水−船首甲板高さ=6.58メートル−{4.5メートル(台船の深さ)+1.6メートル(船首楼高さ)}=0.48メートルとなり,チェーンパイプから海水が浸水する可能性が考えられる。
 船首楼甲板に打ち込まれた海水がチェーンパイプ(短径0.3メートル,長径0.4メートル,チェーン径32ミリφ,有効断面積0.0991平方メートル)から船内へ流入したものと推定し,また,青波が台船の船首楼甲板上を超えて冠水する時間を,出会い波周期の約25%の時間範囲と考えると,結局,錨鎖庫,甲板長倉庫,ボイドスペース(合計容積56立方メートル)は,約2分の浸水時間(経過時間8分)で満水するものと考えられる。さらに,船倉前部のブルドーザー出入口の木製仕切り壁から漏水して,スラスタ室満水から浸水時間9分(経過時間36分)で台船の平均喫水がその深さに達して台船の浮力を失うものと推定される。この間,押船列は3海里航行している。
 以上述べたように,スラスタ室が満水となる経過時間188分の間に19海里航行し,その後沈没までの36分間に3海里航行している。出港から沈没地点までの距離30海里を284分要したことが判明しているので,出港から30-19-3=8海里,284-188-36=60分間は押船列の通常の航海速力8.0ノットで正常に航行したものと考えられる。
 またスラスタ室が満水後において波浪中を航行している場合の最大船首喫水6.58メートルから台船の深さ4.5メートルを引くと上甲板上の最大水位が得られ,これは2.08メートルとなる。この水位はスラスタ室直上の上甲板上のメカベンの高さ90センチを超えている。したがって,ここからもスラスタ室に海水が流入し,そしてスラスタ室左方の側壁の風雨密戸から漏水を始め,海水が隣接のブルドーザー置き場に流入することも考えられる。また,上甲板上の水位がこのように大きくなれば,ハッチカバーからの船倉への漏水を否定することはできない。これらの事象が発生した場合は,スラスタ室が満水した時刻から沈没までの上述した経過時間は更に短縮される。

3 離脱について
 鑑定の結果,切り離し操作を行ってピンからラックへの押しつけ力を減少させれば,ピンの押し込みを強制的に拘束しない限り,歯面角度と摩擦力の関係より,連結器に上下方向荷重が加わるとピンはシリンダ内部に自動的に押し込まれる機構になっており,この状況下において,ピンのシリンダへの収納を困難にするようなピンの変形は生じない。また,ピンが完全に離脱するまでの間に,摩擦力やパッキン部の抵抗による引き抜き抵抗が計測されたが,その大きさは油圧による切り離し力に比べて十分に小さく,したがって,切り離し操作を行っておれば,ピンジョイントによる台船との離脱は機構的に可能であったと判断された。

(本件発生に至る事由)
1 K船舶所有者が,押船と台船間に約10本のキャブタイヤコードを連結した状態で運航していたこと
2 K船舶所有者が,台船の乾舷を十分に確保して運航していなかったこと
3 A社が,台船の衝突隔壁に開口し,風雨密戸を取り付けたこと
4 A社が,台船の上甲板にスラスタ室の通風筒を新設した際,上甲板上の高さを十分として風雨密蓋を取り付けるなど,改修工事を適切に行わなかったこと
5 乗組員,台船のスラスタ室の通風筒をキャンバスで覆い,メカベン頭部のカバーを回転させて閉鎖するなど上甲板の開口部と,錨鎖庫昇降口の小型ハッチカバー及び衝突隔壁の風雨密戸など船内の開口部の閉鎖を十分に行わなかったこと
6 乗組員が,救命浮器を使用して早めに退船できなかったこと
7 乗組員が,ピンジョイントによる台船との離脱を行わなかったこと

(原因の考察)
 乗組員が,台船のスラスタ室の通風筒をキャンバスで覆い,メカベン頭部のカバーを回転させて閉鎖するなど上甲板の開口部と,錨鎖庫昇降口の小型ハッチカバー及び衝突隔壁の風雨密戸など船内の開口部の閉鎖を十分に行わなかったことは,台船のスラスタ室とチェーンパイプを通しての甲板長倉庫,ボイドスペース,ブルドーザー置き場及び船倉への浸水を起こしたことにつながり,本件発生の原因となる。
 A社が,台船の上甲板にスラスタ室の通風筒を新設した際,上甲板上の高さを十分として風雨密蓋を取り付けるなど,改修工事を適切に行わなかったことは,台船のスラスタ室への浸水を起こしたことになり,このことが,更に,チェーンパイプを通しての甲板長倉庫,ボイドスペース,ブルドーザー置き場及び船倉への浸水を引き起こしたことになり,本件発生の原因となる。
 K船舶所有者が,台船の乾舷を十分に確保して運航していなかったことは,海水の打ち込み速力を増加させたと考えられるものの,本件発生までの間,同様の乾舷で航行できていたうえ,上甲板の開口部を閉鎖していれば打ち込んだ海水は自然に船外に排出されるので,本件発生の原因とは認めないものの,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 K船舶所有者が,押船と台船間に約10本のキャブタイヤコードを連結した状態で運航していたことは,押船が台船から離脱する状況となった際,これを妨げる要素となるものの,常に結合した状態で運航されており,船首部の沈下に気付いたのが本件発生の直前で,ピンジョイントによる台船との離脱が行われていないので,本件発生の原因とは認めないものの,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 A社が,台船の衝突隔壁に開口し,風雨密戸を取り付けたことは,通常の船舶では認められないことであるが,錨鎖庫昇降口の小型ハッチカバーを閉鎖していれば,これを通して海水が船内に滞留することはなかったので,本件発生の原因とは認めないものの,海難防止の観点から是正されるべき事項である。
 乗組員が,救命浮器を使用して早めに退船できなかったこと及びピンジョイントによる台船との離脱を行わなかったことは,船首部の沈下に気付いて船舶所有者に電話連絡したのが本件発生の直前であり,時間的に余裕がなかったものと考えられるので,いずれも本件発生の原因と認めない。

(主張に対する判断)
 船舶所有者側補佐人及びA社側補佐人は,「新設した通風筒の構造は,70センチの直管にエルボーを取り付けたもので,その高さは85センチであった。」旨主張するので,この点について検討する。
 通風筒の新設工事を担当したA社工務部甲板課員は,請求書(平成12年8月工事分)を参考に,「甲板長倉庫の右舷後方で錨鎖庫の舷側に,上甲板に取り付けたスリーブを介し,70センチの直管にエルボー2個を接続した通風筒を新設した。同スリーブには60センチの直管にエルボーと30センチの直管を接続し,スラスタ室右舷前部の衝突隔壁に取り付けたスリーブを介し,スラスタ室内で12センチの直管とエルボーにつないだ。」旨を供述し,その様子を概略図と台船の深さ3.0メートルの一般配置図に記入しており,A社も,同様の図を提出したうえで,P代表代行に対する質問調書添付の一般配置図に記載された内容より詳しい資料はない旨を回答している。
 他方,P代表代行は,「通風筒は,上甲板上高さ60センチのところで,頭部がエルボー状態になっており,先端の開口部には蓋のようなものはなかった。」旨を供述し,その様子を台船の深さ4.5メートルの一般配置図に記入しており,当海難審判庁の同人への照会に対する回答書にも「通風筒の最高部の高さは,60ないし70センチであった。」旨を述べている。
 両者の主張を比較検討するとき,後者は,実際の構造を示す深さ4.5メートルの一般配置図に示している反面,前者は,これとは異なる深さ3.0メートルの一般配置図をもとに鋼材の配置を説明しており,衝突隔壁から上甲板に取り付けたスリーブまでの水平距離が1メートル余りあるのに対し,30センチの直管が配置されたとする主張は矛盾を生じ,ひいては,通風筒に70センチの直管が使用されたことの否定につながることになり,その主張を認めることができない。
 ちなみに,船舶構造規則に定められた船体の水密を保持するための構造の基準を定める告示によると,本件の場合,通風筒の高さは90センチ以上で,閉鎖装置が取り付けられるか,同装置を設けない場合は,その高さを4.5メートル以上としなければならない。
 いずれにしても,新設されたスラスタ室の通風筒は,上甲板上の高さが十分でなかったうえ,風雨密蓋が取り付けられなかったことは,否定できない事実である。

(海難の原因)
 本件遭難は,夜間,低気圧の接近で北東風が強吹する状況下,愛媛県見舞埼北東方沖合を北上中,台船の開口部の閉鎖が不十分で,甲板上に打ち込んだ海水が開口部を通して浸水し,船内に滞留して浮力を喪失し,押船と結合したまま沈没したことによって発生したものである。
 船舶修繕業者が,台船の上甲板に通風筒を新設した際,上甲板上の高さを十分として風雨密蓋を取り付けるなど,改修工事を適切に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 
(指定海難関係人の所為)
 A社が,台船の上甲板に通風筒を新設した際,上甲板上の高さを十分として風雨密蓋を取り付けるなど,改修工事を適切に行わなかったことは,本件発生の原因となる。
 A社に対しては,本件を契機として,船舶安全法が適用されない台船等の改修工事を行う際には,安全に関する問題点を上司と相談したうえで船主に進言し再度協議決定すること,及び作業現場において安全に疑義のある工事の可能性がある場合には,必ず担当技師に申し出ることなど,改修工事を適切に行うよう決定し,社長通達で社員に周知したうえ励行していることに徴し,勧告しない。
 E社の所為は,本件発生の原因とならない。

 よって主文のとおり裁決する。





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