日本財団 図書館




 海難審判庁採決録 >  2005年度(平成17年度) >  乗揚事件一覧 >  事件





平成16年函審第70号
件名

巡視艇きたぐも乗揚事件

事件区分
乗揚事件
言渡年月日
平成17年3月17日

審判庁区分
函館地方海難審判庁(黒岩 貢,岸良 彬,古川隆一)

理事官
阿部房雄

受審人
A 職名:きたぐも船長 海技免許:二級海技士(航海)(履歴限定)

損害
推進器翼,同軸等に損傷

原因
船位確認不十分

主文

 本件乗揚は,船位の確認が十分でなかったことによって発生したものである。
 受審人Aを戒告する。

理由

(海難の事実)
1 事件発生の年月日時刻及び場所
 平成16年6月1日07時31分
 北海道珸瑶瑁水道
 (北緯43度23.8分 東経145度51.0分)

2 船舶の要目等
(1)要目
船種船名 巡視艇きたぐも
総トン数 157.59トン
全長 31.035メートル
機関の種類 ディーゼル機関
出力 3,530キロワット
(2)設備及び性能等
 きたぐもは,昭和53年2月に進水した2機2軸の一層甲板型軽合金製巡視艇で,甲板下には船首から順に,船首倉庫,船員室,船長室,機関長室,機関室が,上甲板中央部には操舵室が,その後方に調理室,機関室囲壁,甲板部倉庫がそれぞれ配置され,操舵室上部は,操舵スタンド,機関遠隔操舵装置が備わった予備操舵室となっていた。操舵室は,前部中央に操舵スタンドが,左舷側に機関制御盤が,右舷側にレーダーが,後部中央から右側にかけて無線機,海図台がそれぞれ備わり,同台中央にGPSが,右舷側隅に警備救難情報装置(以下「情報装置」という。)が設置されていた。また,機関制御盤後部,操舵スタンド両脇及び後部にそれぞれ椅子が置かれていた。
 情報装置は,ジャイロコンパス,GPS等から方位・速力信号と位置情報を取り入れながら,自船位置を表示した電子海図とレーダー映像とをモニター画面に重畳して表示するもので,必要に応じて電子海図上に境界線等を描くこともできた。
 また,GPSによる測位等に誤差を生じ,電子海図とレーダー映像が合わなくなることもまれにあったが,位置合わせ機能を用いて両画像をモニター上で一致させることにより,GPS本体からの位置情報を情報装置において補正し,正しく表示させることができた。これらの誤差は,両者が同時に表示されている状態であれば,停泊中,航海中を問わず補正可能であったが,メーカーでは,誤差の確認が容易な停泊中の補正を推奨し,通常,きたぐもでは,出港前,同装置の電源投入時にこれらの点検を行い,必要であれば補正することにしていた。

3 事実の経過
 きたぐもは,A受審人ほか6人が乗り組み,哨戒業務の目的で,船首1.2メートル船尾2.2メートルの喫水をもって,平成16年6月1日03時00分北海道根室港を発し,同港北東方に向かった。
 ところで,根室半島沖合は,ロシア連邦(以下「ロシア」という。)が主張する領海と接しており,日本船舶がこの領海に入ると,ロシアに臨検・拿捕されるおそれがあった。このため,北海道海面漁業調整規則に基づく操業制限区域を示す線(以下「参考ライン」という。)が,ロシア主張の領海線に沿って設けられ,参考ライン東側の越境区域に入らないよう,日本船舶に対する海上保安庁の監視・指導が行われており,きたぐもでは,情報装置に参考ラインを表示し,これらの業務を行っていた。
 きたぐもの船橋当直は,A受審人と主任航海士が当直士官となってほぼ4時間交代輪番制で行い,当日は,03時から07時までを主任航海士が,07時から11時までをA受審人が担当することにしていた。また,平素,乗組員10人で,各直に操舵員,機関担当者,見張り員が入直して4人体制で当直が行われていたところ,当時3人が休暇中であったため,各直に操舵員,機関担当者のみが入る3人体制での当直が行われていた。
 出港操船後まもなくA受審人は,主任航海士に根室港北東方の哨戒業務を依頼して自室で休息したのち,06時40分に再び昇橋し,操舵員を操舵スタンド後部の椅子に,機関担当者を機関制御盤後部の椅子にそれぞれ腰を掛けさせ,自らは操舵スタンド右舷側の椅子に腰を掛けた姿勢で当直に就いた。
 これより先,前直の主任航海士は,情報装置の電子海図とレーダー映像が合っていないと判断し,同装置に補正を加えたところ,電子海図が1海里ばかり東側にずれることとなったが,これに気付かないまま当直を続け,引き継ぎ時には,情報装置に表示された電子海図を見ながら,そこに描かれた参考ラインの少し西側をこれに沿って北上するよう操船していたことから,結果的にきたぐもは,本来の参考ラインの東側1,500メートルの地点まで入り込んでいた。
 一方,A受審人は,これまで情報装置においてレーダー映像と電子海図のずれを認めたことがほとんどなく,平素から同装置を信頼して自船位置の確認等に利用しており,物標やレーダー本体の映像等による船位の確認は,海難捜査等で陸岸に接近するとき以外,ほとんど行っていなかった。
 このときもA受審人は,情報装置に補正を加えたという引継ぎを受けなかったこともあって,自船位置を電子海図上で確認しただけで,電子海図とレーダー映像のずれにも,実際の船位が参考ラインの東側にあることにも気付かず,引き継いだ針路のまま,ときどき右手後方に置かれた情報装置のモニターを見ながら北上した。
 06時45分A受審人は,参考ライン東側1,500メートルとなる,納沙布岬灯台から331度(真方位,以下同じ。)9.5海里の地点に達したとき,花咲港沖合の監視業務に移ることとして反転し,電子海図に表示される参考ラインの少し西側をこれに沿って南下するつもりで,針路を同ラインに沿う140度に定め,機関を右舷1軸の微速力前進にかけ,8.9ノットの速力(対地速力,以下同じ。)で珸瑶瑁水道に向け手動操舵で進行し,07時15分納沙布岬灯台から341度5.3海里の地点に至ったとき,機関を両舷機半速力前進とし,20.4ノットまで増速した。
 また,珸瑶瑁水道東側の貝殻島周辺には,貝殻浅瀬と呼称される浅水域があり,参考ラインの西側を航行すると安全であったが,同ラインの東側に入ると,浅水域に乗り揚げるおそれがあり,平素,A受審人は,情報装置を見ながら参考ラインの西側を通ることにより,浅水域を回避していた。
 機関を増速してまもなくA受審人は,本来,左舷船首に見えるはずの貝殻島灯台を船首わずか右に見るようになり,貝殻島灯台と納沙布岬の位置関係からも,自船の位置が予定より大きくそれて参考ラインの東側にあることを明確に認識できる状況となったが,参考ライン西側を南下していることを示す情報装置の表示を信頼し,針路を転ずることなく続航した。
 また,他の当直員2人は,何となく自船位置がいつもより東に寄っていることは分かったものの,両人とも珸瑶瑁水道の通航経験が少なく,参考ラインの東側に入り込んでいることに気付かなかった。
 07時27分A受審人は,納沙布岬灯台から030度2.1海里の地点に達したとき,針路を珸瑶瑁水道の通航針路である160度に転じたところ,貝殻島灯台西側600メートル付近の貝殻浅瀬中央部に向首することとなり,周囲の様子から何となく不安が胸をよぎったが,情報装置の表示が参考ライン西側の安全な海域を航行中であることを示していたことから大丈夫と思い,物標やレーダー本体の映像等を利用しての船位の確認を十分に行わなかったので,このことに気付かないまま続航中,07時31分きたぐもは,納沙布岬灯台から066度1.7海里の浅礁に原針路原速力のまま乗り揚げた。
 当時,天候は曇で風力3の南風が吹き,潮候は下げ潮の中央期にあたり,視界は良好で,波高2ないし3メートルの南寄りのうねりがあった。
 乗揚の結果,きたぐもは,推進器翼,同軸等に損傷を生じたが,まもなく自力離礁し,のち,修理された。

(本件発生に至る事由)
1 前直者が,情報装置のレーダー映像と電子海図とが合っていないと判断して同装置に補正を加え,それらにずれが生じたこと
2 前直者が,A受審人に対し,情報装置に補正を加えた旨の引き継ぎを行わなかったこと
3 A受審人が,通常航海では物標やレーダー本体の映像等により船位の確認を行っておらず,平素から情報装置に頼りきっていたこと
4 他の当直者2人が,参考ラインの東側に入り込んでいることに気付かなかったこと
5 A受審人が,乗揚前,物標やレーダー本体の映像等により船位の確認を十分に行わなかったこと

(原因の考察)
 A受審人が,物標やレーダー本体の映像等により船位の確認を十分に行っていたなら,自船の位置が参考ラインの東側に入り込んでいること,また,情報装置のレーダー映像と電子海図の表示にずれのあることに気付き,早い段階で本来の針路線に戻すことが可能であり,本件は発生していなかったものと認められる。
 したがって,A受審人が,船位を十分に確認しなかったことは,本件発生の原因となる。
 前直者が,情報装置に補正を加えた結果,レーダー映像と電子海図にずれが生じたこと,補正を加えたことを次直のA受審人に引き継がなかったこと,A受審人が平素から情報装置に頼りきっていたこと,他の当直者が,参考ラインの東側に入り込んでいることに気付かなかったことは,それぞれ本件発生に至る過程で関与した事実であるが,本件と相当な因果関係があるとは認められない。しかしながら,いずれも海難防止の観点からは是正すべき事実である。

(海難の原因)
 本件乗揚は,北海道珸瑶瑁水道を南下中,船位の確認が不十分で,同水道東側の貝殻浅瀬に向首したまま進行したことによって発生したものである。

(受審人の所為)
 A受審人は,北海道珸瑶瑁水道を南下する場合,同水道にはロシア主張の領海線が存在したうえ,東側の貝殻島周辺には貝殻浅瀬と呼称される浅瀬があったから,物標やレーダー本体の映像等により船位を十分に確認すべき注意義務があった。しかるに,同人は,情報装置の表示が安全な海域を航行中であることを示していたことから大丈夫と思い,船位の確認を十分に行わなかった職務上の過失により,貝殻浅瀬への乗揚を招き,推進器翼,同軸等に損傷を生じさせるに至った。
 以上のA受審人の所為に対しては,海難審判法第4条第2項の規定により,同法第5条第1項第3号を適用して同人を戒告する。

 よって主文のとおり裁決する。





日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION